いしきをかえることは、あなたにもできる

荒岡 梨乃  /  読み終えるまで7分  /  アクティビズム

一枚の写真をきっかけに中学生がみずから考え行動した。それから7年、大学生になった本人が石木ダムを通じて、これからの未来について考える。

長崎県東彼杵郡川棚町を流れる石木川は佐賀県との県境にそびえる虚空蔵山を源とし、川原(こうばる)地区の田畑を潤し、本流の川棚川に合流する。写真:村山 嘉昭

長崎県東彼杵郡川棚町の川原地区では石木ダムの建設計画を巡って住民と行政による対峙が約半世紀に渡って続いています。

このダム建設は1962年に計画が持ち上げられ、1982年には県による強制測量が行われたことで機動隊と住民が衝突しました。2013年に国の事業認定が認められ、その後、土地を強制的に差し押さえられたことにより住民と行政との溝はより深まることとなりました。

石木ダムは、川棚川の小さな支流である石木川に建設が予定され、その建設目的には佐世保市の水の確保と川棚川の洪水の防止が掲げられています。一方で、佐世保市の人口は年々減少し、水の需要も低下しているのが現状です。また、石木川は川棚川流域全体の11%ほどの小さな河川で、ダム建設による治水効果の客観的根拠は乏しい状況にも関わらず、いまも事業は進められています。

現在、建設予定地である川原地区には13世帯54人の暮らしが存在しています。緑の山々に囲まれ、川のせせらぎが聞こえるその場所は、どこか懐かしさを感じる原風景そのものです。しかし、そのようなのどかさとは裏腹に「建設反対」を訴える看板や、やぐらがあちこちに設置されており存在感を放っています。

いしきをかえることは、あなたにもできる

石木川にホタルが飛び交い始めると、川原地区の住民は田植えの準備で忙しくなる。そこには変わらぬ営みがある。2022年5月撮影。写真:村山 嘉昭

佐世保市で生まれ育った私が、この石木ダム問題と出会ったのは中学二年生の時でした。当時の私は、日々のほほんと過ごしており、友人とくだらない話をするためだけに学校に通っているような学生でした。中学校という小さいコミュニティが自分の世界の全てのようで、学校生活の事以外は何も考えず過ごしていました。
そんな時、偶然新聞で見つけた写真家の村山嘉昭さんのホタルの写真が、とても綺麗だったことを今でも鮮明に覚えています。撮影された川原がどのような場所なのか気になり、実際に家族と訪れたとき、はじめてこの土地がダムの建設予定地であることを知りました。自分がのうのうと暮らしているすぐ傍で、日々ふるさとを必死で守ろうとしている人がいたことに驚き、自分の無知さに恥ずかしくなりました。そして、自分には何ができるのかと考えた末、この気持ちを文章にしようと地元の新聞感想文のコンクールに応募しました。選考員の方の目に留まり入賞したことをきっかけに、今も石木ダムにまつわる活動に携わっています。

川原地区の現状や事業にまつわる話は、知れば知るほど憤りを感じる一方で、中学生の私は幼くそのもどかしさをどうすることもできませんでした。どうして自分の住むまちの話なのに関心を持ってもらえないのだろう、どうして強引に事業を進めるのだろうと訴えても届かない悔しさは募るばかりでした。

いしきをかえることは、あなたにもできる

石木川のほとりに暮らす子どもたち。自宅の前でホタルを眺めるのが日常だ。荒岡さんを魅了した光景は今も変わらずに多くの人たちの目を楽しませている。2022年5月撮影。写真:村山 嘉昭

そんな経験を通じて、将来は、まちの未来を考えることができる大人になりたいと思うようになり、大学では地域創生の分野を専攻しました。

大学では様々なフィールドに足を運び、地域とは何か、その地域のより良い在り方について実証実験や社会実験などの実践を行っています。特に私は地元である長崎県に少しでも携わりたいという思いから、ゼミでは長崎県五島列島の最北端に位置する宇久島で“本”を通じて繋がりを創出するプロジェクトに参画しています。実際に島に訪問した所、国内最大級のメガソーラーの建設が予定されており、不安を訴えている住民が多く存在している話を耳にしました。
公共事業がその土地の風景を壊してしまうことは、自然環境への影響だけでなくその土地にまつわる人々の思い出を触れられない物へと葬ってしまうことも忘れてはなりません。

公共事業は大きな事業であるからこそ、住民との対話により重きを置く必要があると私は感じました。ただ、私は公共事業全てを悪だと思っているわけではありません。道路や上下水道の整備、教育施設や病院の建設などは必要不可欠であり、私たちは多くの恩恵を受けて生活しています。このように人々の生活に欠かせない事業が存在することを踏まえた上で、今後、行う事業は、そのプロセスに住民が参加し、よく検討した上で進めることが必要です。

近年、注目されているSDGsは、未来を持続可能なものにするための17のゴールを元に構成されています。その中の一部に「11 住み続けられるまちづくりを」「12 つくる責任 つかう責任」という目標が掲げられています。これに公共事業を当てはめて考えると、事業を行うことで「11 住み続けられるまちづくり」は達成しているかのように感じるかもしれません。しかしながら、その裏にある「12 つくる責任つかう責任」があることを見落としてはなりません。自然環境の被害やその他の弊害など、包括的に考慮して、その事業を進めるべき必要があります。つくり出すことには大きな責任が伴います。
その公共事業で本当に住み続けられるまちになるのか、他に害を与えてまでやるべきことなのかということは一人一人が考えなければならないのです。

では、そんな川原地区の人々が、ふるさとを守りたいと思う気持ちは果たしておかしいことでしょうか。もし、住んでいる場所が納得できない理由で取り上げられたとしたら、ふるさとがダムの底に沈んでしまうとしたら、多くの人が耐えられない気持ちになるのではないでしょうか。

いしきをかえることは、あなたにもできる

緑の山々に囲まれ、川のせせらぎが聞こえるその場所は、どこか懐かしさを感じる原風景。2022年5月撮影。写真:村山 嘉昭

川原に住む彼らは特別な人でも怖い人でもありません。私たちと同じくふるさとが好きで守りたい気持ちがある、ただそれだけです。
自由や平等を掲げる21世紀の今、「強制」という行為はあまりにも非人道的で不公平な方法だと私は思います。強制ではなく、合理的で対等な対話の場をつくること。それが何よりも先決するべき行動です。
人々の生活のすぐそばに自然があり、いるだけでどこかホッとできる過ごしやすさが、長崎県の魅力だと私は感じています。方言まじりの言葉で「何しよるとー」「元気しとったねー」と変わらぬ温かさで声をかけてくれる人や、のどかな風景は他には変えがたい私のふるさとそのものです。
石木ダム事業を皮切りに、これからの長崎県がより“未来”を意識した選択や政策を行うことを願っています。

これからの社会は、一人が頑張るのではなく、社会全体で取り組み、包括的に変化を促さなければ、複雑な課題が増え続けてしまいます。
少子高齢化や地球温暖化など昨今では問題視されていることは数知れません。今まではなんとかできていたものでも、今後私たちの手に負えなくなるものは更に増えるはずです。そんな場面に出くわした時こそ、私たちは、一度立ち止まる勇気を持たなければなりません。過去のしがらみに囚われず、今を見つめ直し、相応しい答えを“みんなで”導き出す。それこそが今後の未来をより良くする一歩に繋がるのではないかと私は思います。

そして、忘れてはならないのが、みんなが“みんなのこと”に無関心でいないこと。賛成であろうと反対であろうと一人一人が現状を知った上で考えを持つこと。それだけで、あなたは当事者になれるのです。

“いしきをかえよう”
それは石木ダムを通じて私たち一人一人がこれからの未来を考えるお話です。

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