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コロラド・ポリシー

利根川 真幸  /  2023年10月27日  /  読み終えるまで11分  /  ハイク

コロラドトレイル(780km / 34日)をロング・ディスタンス・ハイキング

標高3,000m~4,000mのアメリカのロッキー山脈を貫くコロラドトレイル。

全ての写真:利根川 真幸

2023年8月1日、デンバーにあるウォータートン・キャニオンのトレイルヘッドから20kmほどしか歩いてないDAY1。標高2,250m地点で雹 (ひょう) に降られ、僕は早速コロラドトレイルの洗礼を受けることになった。

そう、初日からサンダーストームに遭遇してしまったのだ。雹と言っても、2cmを超える親指大で、靴の上からでも指の関節に当たると激痛が走るほどの特大サイズだった。そこに雷と雨も加わる始末だ。降り注ぐ雹や雷雨から身を守るため、普段は日除けとして活躍するロング・ディスタンス・ハイカーにお馴染の日傘で身を守りながら、樹林帯への避難と停滞を余儀なくされた。頭の上で何度も轟音が鳴り響き、落雷の地響きが伝わってきた。標高が高いトレイルが続くコロラドトレイルの厳しい自然の中に身を置いておいているのだと、早々に実感することになった。

コロラド・ポリシー

コロラドの洗礼として、空から降り注いだ雹 (ひょう)。

コロラドトレイルはアメリカのロッキー山脈を通り、標高3,000m~4,000mの、厳しくも美しい高山地帯の景色を楽しみながら歩くことができる、アメリカのロング・ディスタンス・ハイカーからも人気が高い約780kmのロングトレイルである。

7月〜8月頃まではモンスーンの影響を受けやすく、午前中どんなに晴れていてもこの季節は毎日のように昼過ぎから夜にサンダーストームが発生し、雷雨に見舞われてしまう。8年前にアメリカで経験したロング・ディスタンス・ハイキング(※1)とはずいぶんと違う旅になりそうだ。

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コロラドでよく発生するサンダーストームに遭遇し、樹林帯にエスケープ。

8年前の2015年、僕はアメリカ3大トレイルのひとつでナショナル・シーニックトレイルに指定されている(※2)パシフィック・クレスト・トレイル(PCT ※3)4,265kmをスルーハイキング(※4)した。その経験がきっかけで、僕はロング・ディスタンス・ハイキングという世界にすっかり魅了されてしまった。

ロング・ディスタンス・ハイキングとは、衣食住を背負いウィルダネス(原生自然)を歩き、野営し、また歩く。食料がなくなった頃に町に下りて補給し、トレイルに戻り、また歩く。これを繰り返し、自由で野生的な生活を楽しむ旅だ。

PCTを歩いた際に仲良くなった、コロラド出身の僕のハイキングバディがいた。彼はキラキラした目で、コロラドの美しい景色や動物たちのことを延々と語ってくれた。それが僕の脳裏に刻み込まれ、こうして8年後のいま、再び渡米し、僕はコロラドトレイルをロング・ディスタンス・ハイキングしている。

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ロング・ディスタンス・ハイキングでの野営風景。

トレイルヘッドから約300kmの地点。カレッジエイト・ウエストというセクションにさしかかった。ここはコロラドトレイルのなかでも、屈指の難所と言われている。標高4,000m近くの峠がいくつもあり、高低差も大きい。その上、このセクションでは補給に下りることができる町も少ない。

難所と言われている一番の要因は、トレイルのほとんどが森林限界を越えており、サンダーストームに襲われた場合、標高を下げたり、木々の影に隠れたりしてエスケープすることができないためである。ハイカーは常にサンダーストームを意識して歩かなければならないのだ。

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カレッジエイト・ウエストに広がるウィルダネス (原生自然)。

僕たちハイカーは、ロング・ディスタンス・ハイキングに困難な課題が存在するのと同じだけ、その後にご褒美がつきものなのも知っている。危険とは裏腹にそこで出会う景色は、そこに到達したものでなければ味わえない、圧倒的な美しさと生命感に溢れているのだ。これだからやめられないのである。

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標高4,000m近くの峠を何度も越えた先に出会えるカレッジエイト・ウエストの景色。

そうこうしているうちに5日分背負った食料も残すところ1日分となった。そろそろ補給をしなければいけないタイミングだ。カレッジエイト・ウエストのセクションで、数少ない補給ができる町サライダへ下りることにした。やっかいなのが、最寄りの町まで35kmと離れていることに加え、バスなどの公共交通機関が存在しないことだ。こうなるとロング・ディスタンス・ハイカーの風物詩とも言えるヒッチハイクを駆使して町へたどり着くしかない。

やっかいないことは続くもので、僕が選択したカレッジエイトのウエストを行くルートは、町から離れているだけでなく、標高が高いため、歩いているハイカーも少なく、ヒッチハイクが難しいと言われているのだ。

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食料などの補給で町に下りるために、ヒッチハイクを試みる。

不安な気持ちを抱えながらトレイルからハイウェイに出てみたが、走っている車はかなり少ない。ようやく現れた車めがけて親指を上げてヒッチハイクのポーズをとるも、なかなか止まってくれる車は現れない。途方に暮れる中一台の車がようやく止まってくれた。それは、僕の期待とはかけ離れたオンボロのダッジのバンだった。そのバンが醸し出す異様な様相に少し戸惑いをおぼえた。不安は的中し、中からアメリカ映画さながらの強面のおじさんが顔を出した。相手の様子をうかがいながら目的地を伝えると、言葉数は少なかったが町まで乗せてもらえることになった。車内で自己紹介をするもいまいち盛り上がらなかったが、「コロラドの方ですか?」と切り出したところ車内の空気は一変した。

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ヒッチハイクで止まってくれたのは、この1990年代のダッジのバン。

僕を町まで乗せてくれたのは、コロラドに住むジェフという初老の男性だった。以前はバイク修理などの仕事をしていたが今は仕事を引退をして、衣食住を詰め込んだバンで、気ままにコロラド中を旅してまわっているらしい。

彼自身はコロラドトレイルを歩くわけではないが、ハイカーたちのことが好きで、コロラドトレイルのハイカーを見つけたら、すぐに声をかけるようにしているのだそうだ。「昨日は4人、一昨日は9人のハイカーを町まで送っていったよ。自然の中で自由に過ごすハイカーたちを見ると、自分と同じ旅人だと感じるんだ」とジェフ。聞けば、この2、3週間の間、毎日のようにコロラドトレイルのハイカーをヒッチハイクで運んでいるらしい。単純計算でも100人を超える人数だ。

彼は地元の自然溢れるコロラドを愛しコロラド中を旅しているだけあって、ローカルのトレイルのことや、僕が次に行く予定の町のことなども詳しく教えてくれた。

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ヒッチハイクで町まで送ってくれたジェフ(写真右)。

カレッジエイト・ウエストは、ヒッチハイクが難しいと言われていたので心配していたという話をジェフに伝えると、得意気に「俺がいるから大丈夫だ」と親指を上げてくれた。

そのまま、ジェフはトレイルから約35kmも離れた町までバンに乗せてくれた。僕はPCTのときには、常にヒッチハイクしてもらったらお礼としてドネーション (寄付) を渡すようにしていた。ハイカーにとっての大事なマナーだからだ。今回も町に着いたところで、ジェフにドネーションを渡したいと伝えると、受け取ってもらえなかった。

アメリカでは、こういうときにドネーションを渡すのは当たり前のことだと思い込んでいた僕は、少々面食らった。「なぜ?」と聞くと、「コロラド・ポリシーなんだよ」とジェフは言った。「自分たちが大好きなコロラドの自然を楽しんでくれることこそが、自分たちにとっての最大のドネーションなんだ」と笑顔で教えてくれた。この言葉は、僕の胸に深く刺さり、コロラドが大好きになってしまった。

ジェフは僕を車から降ろすと、再び、町でヒッチハイクをしているハイカーを乗せて遠くに去って行った。車を降りたサライダという町では、シャワー、洗濯、食料の補給など、ロング・ディスタンス・ハイカーが町で行なう一通りのルーティンを済ませて、ビールを流し込んだ。

翌日、ジェフの「コロラド・ポリシー」という言葉を胸に、僕はまた自然のなかを、歩いて、野営してを繰り返すロング・ディスタンス・ハイキングの旅に戻った。

コロラド・ポリシー

「自分が大好きなコロラドの自然を楽しんでくれ」というジェフの言葉を胸に、トレイルに戻る。

その後、コチェトーパ・クリークが美しいラ・ガリータ・ウィルダネス、もう一つの難所サン・ファン・ナショナルフォレストと、コロラドトレイルの壮大な自然のなかを歩き続けた。34日目、ジャンクション・クリーク・トレイルヘッドにたどり着き、僕のコロラドトレイル780kmの旅は終わりを迎えた。

コロラド・ポリシー

今回の旅の後半、コロラドトレイルのもう一つの難所であるサン・ファン・ナショナルフォレスト。

僕はこの旅で、ヒッチハイクに応じてくれたジェフをはじめ、多くの地元の人たちから「コロラド・ポリシー」を受け取った。彼らは満面の笑みで「コロラドの自然を思う存分に楽しんでくれよ」と繰り返す。

その度に、僕はどんなお返しができるだろうかと考えながら歩き続けた。帰国して胸に去来したのは、この最高なコロラドトレイルとコロラドの人々の魅力を伝えていくことが、僕にできることのひとつなのではないかという思いだ。ロング・ディスタンス・ハイカーの僕としては、これを読んでコロラドトレイルを歩くロング・ディスタンス・ハイカーが現れたら、それが僕にとってのコロラド・ポリシーなのだと。

コロラド・ポリシー

自分らしくコロラドトレイルを歩き、その魅力を伝えていくこと。それが僕にできること。


※1 ロング・ディスタンス・ハイキング:衣食住を背負いウィルダネス(原生自然)を数百km、数千kmにもおよぶ長距離 (Long distance) を歩きつづける行為。自然のなかのトレイルを歩き、野営し、また歩く。数日〜1週間おきにトレイルから町に下りて食料などを補給し、また自然のなかに戻って、トレイルを歩きつづける。これを繰り返し、自由で野生的な生活を楽しむ旅。そのスタイルやカルチャーについては、日本初のロング・ディスタンス・ハイキングにフォーカスした書籍『LONG DISTANCE HIKING』(TRAILS) に詳しい。

※2 ナショナル・シーニック・トレイル:アメリカにおいて国で指定された、「壮大かつ貴重で美しい自然のなかを歩く」という目的によって作られ、また維持されているトレイル。アメリカの3大トレイルは、いずれもこれに該当する。1968年に制定されたナショナル・トレイルズ・システム・アクト (国立トレイル法) によって作られたナショナル・シーニック・トレイルにおいて、最初に指定されたのがアパラチアン・トレイル (AT) とパシフィック・クレスト・トレイル (PCT) 。1978年には、コンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT) も指定。

※3 パシフィック・クレスト・トレイル:メキシコ国境からカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する約2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。スルーハイキングに要する期間は、4〜6カ月。アメリカ西海岸の山地、山脈を貫くトレイルで、砂漠地帯、高山地帯、樹林帯などバリエーションに富んだ自然環境が広がっている。

※4 スルーハイキング:ロングトレイルの全区間を一度に通しで歩くことを指す。これに対してそのトレイルの一区間を歩くことをセクションハイキングと呼ぶ。

※5 MYOG:MAKE YOUR OWN GEARの略。自分なりの必要十分を見極め、自分好みの仕様で、高機能なファブリックやプラスティックパーツなどを選択し、ミシンを使って自ら縫製をしてULギアを自作していく行為を、MYOGと呼ばれている。ロング・ディスタンス・ハイカーやウルトラライト・ハイカーの間で、MYOGはひとつのカルチャーとなっている。

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