つながるために走る
1日で成し遂げた人なんていない。本当に単独でできるのか?達成できたらクレイジーだよ。これらは、僕の計画を発表してからもらったコメントのいくつかである。パタゴニアのコチャモ・バレーからリオ・プエロ・バレーまでの約72キロメートルをソロで走るため、僕は「ラ・エラドューラ(蹄鉄)」と呼ばれるトレイルに目をつけていた。標高差3,400メートル以上、アンデス山脈をはさんでチリからアルゼンチンへ昔の放牧路をたどるという野心的なコースだ。FKTを更新したいという願望もあったが、同時に美しい場所を直に体験したかった。地元の人たちと腰を下ろしてマテ茶を飲みながら、そこでの暮らしについて聞いてみたかった。

太古の木々の間を抜ける。Photo: Rodrigo Manns
コチャモという小さな村は、アンデス山脈が海と出会う場所にある。クライマーのあいだで人気を博す壮観な花崗岩の岩肌が空に向かって千メートル以上そびえ立ち、「南米のヨセミテ」として知られながらもひっそりとした雰囲気を保ち、そのほとんどが未開拓である。国立公園や保護区や保全計画域に囲まれたこの地域には、鬱蒼と茂る雨林、険しい渓谷、大河、美しい自然を通る素晴らしいトレイルが広がっている。しかしこれだけの素晴らしさを誇っていても、コチャモ・バレーとそこに隣接するリオ・プエロ・バレーはまだ保護されていない。パタゴニアの三大河川であるバケル、パスクア、プエロは「ダムのないパタゴニア」と「塔のないプエロ」という2つのキャンペーンの成功により保護された。次なる段階は、これらの河川の保護を永久化することだ。プエロについては川そのものを保護水域に指定することを目指している。僕が話した地元の人たちもそれを望んでおり、僕の訪問の1週間後にはリオ・プエロの水利権の一部が地元の共同体に返還されたそうだ。小さいが、希望のもてる一歩である。

ランニングでは文字通りの「直登」もある。Photo: Rodrigo Manns
午前4時に出発。寒く澄んだ朝で、ショーツと小さなベストとヘッドランプを身に着けて走りはじめた。セルフサポートの長距離走のため、かなり慎重に準備をしていた。完走できなかった場合に備えて、天候の変化に対応するさまざまなレイヤーも持参した。トレイルはすぐに文明をはなれ、山の奥深くへと進んでいった。聞こえるのは、急斜面から流れ落ちる滝や、たくさんの小川や、主流の川の水の音だけ。足を踏み出すごとに自分が泥のなかに沈んでいくようだった。
ルートはシーズンが明けたばかりでまだ整備されておらず、トレイルから外れないように努力しなければならなかった。このような人里はなれた山岳地帯を走っていると、自分がとてもちっぽけな存在だということを実感する。走りはじめてから5時間が経過し、峠につづく上り坂では脚が痛みだしたが、コチャモ・バレーを背後にした僕はもう後戻りできないところまで来ていた。

帰還不能地点を通過する。Photo: Rodrigo Manns
リオ・プエロ・バレーには、またひとつ違った特徴がある。あえて言うなら、はなれていることから醸しだされる独特な性質だ。そこを走るのはまるで時間を遡るようだった。下りのトレイルで馬に乗った父子を追い越すと、「急いでるみたいだな」と声をかけられた。この時点ですでに痛みと闘っていた僕は、苦笑いをしてこう答えた。「今日はちょっと足を延ばそうと思ってね」

ヨセミテ国立公園を彷彿とさせる花崗岩。コチャモ渓谷 Photo: Rodrigo Manns
FKTを更新することの醍醐味は、理想の線を描いてそれを自分の脚でたどって実現することにある。この縦走を達成するために、僕は自分がもっているすべての技能を駆使した。肉体的だけでなく精神的にも、これまでで最も挑戦的な走りだったことは間違いない。そして何よりも、自然は人間が属する場所でもあるという僕の確信の裏づけとなった。自身を試し、自然とより深いつながりを感じるために。いまも川が自由に流れる場所を走ることができたこの機会に、とてつもない感謝の念を抱きながら、僕は完走を迎えた。

天然の氷水浴。Photo: Rodrigo Manns