ローカルの中に飛び込む:屋久島での一ヶ月

横山 勝丘  /  読み終えるまで8分  /  クライミング

その壁は登山とクライミングのみならず、探訪者とローカル、それぞれの考え方やスタイルを繋ぐ壁。そして現在と未来を繋ぐ壁にもなる。

開拓中のボルダリングエリアでローカル達と過ごすのも今回の旅の醍醐味。写真:佐藤 正純

全ての写真:佐藤 正純

世界中の人々の生活を一変させた新型コロナウイルス感染症のパンデミック。巷でよく聞かれるようになった「ピンチをチャンスに」を僕自身に当てはめるとしたら、それは「ローカルをより深く知る」だった。

僕は毎日のように家の近所にある手つかずの小さな岩を登り込んでいった。毎年のように海外の山や大きな岩に未知を求めていた僕にとっては、スケールという意味では物足りなかったけれど、そんな小さな場所にもまだまだ未知が存在する。だから不満はなかったし、充実した日々を送っていた。

だけど一方で、あのヒリヒリするようなクライミングトリップ独特の時間も恋しかった。「ローカル」の範囲をどう定義付けるかは、考え方によってもその時々の状況によっても変化してくる。海外に行けない今、その視点を 「日本というローカル」に戻すというのは、ある意味傲慢に思われるかもしれないが、僕にとっては決して突拍子もない考えではなかった。すぐに頭に浮かんだのが屋久島だった。

ローカルの中に飛び込む:屋久島での一ヶ月

屋久島は花崗岩の島。いたる所に巨大で良質なボルダーが転がっている。

数年前の夏に屋久島に行って、そこにゴロゴロ転がる手つかずの石ころを見つけた時は大興奮した。部外者である僕がそれを自ら発信したり、自分のものだと主張するつもりなど毛頭なかったし、初登かどうかもどうでも良かった。ただこの大自然に身を任せ、自由気ままに登りたい。その翌年に家族で再訪して、海辺に転がる名もなき石ころと戯れたのは当然の成り行きだった。

そしてこの行為が屋久島に住むリアルな意味でのローカルの反感を買った。
開拓中の岩場や誰かの土地ならまだしも、海岸に転がる岩を自分で見つけて(最初にという意味ではない)、それを登る事になんの非があるのだろうか?
だけどローカルルールがあるのなら、それを尊重して従うのも筋なのでは?
僕のローカルで同じような事が起きたら?
これが僕のメインフィールドである山だったら?
神聖な岩や山を踏みにじるような行為をするつもりはないが、そもそもその辺に転がる石ころじゃないか…。
様々な思いが脳裏をよぎる。

ローカルの中に飛び込む:屋久島での一ヶ月

縦横にシワが刻み込まれたこの壁は、トラッドクライミングにうってつけ。

土地が違えば、考え方だって変わる。だけどお互い顔を突き合わせる事なく時間だけが過ぎていくのを待つだけでは、なんの解決にもならない。僕だって、この先も屋久島を訪れて無数に転がる岩と戯れたい。反感された一方で、僕の行為が島におけるクライミングの在り方を再考する良いきっかけになったと言ってくれる方もいた。次回来るときはぜひ一緒に登りましょうとも。

今回は屋久島フリークライミング協会の笠井さんと繋がっていた倉上慶大君にお願いして、コンタクトを取ってもらう事から話は始まった。その後も順調に計画は進み、2021年3月、僕は倉上君とともに再度屋久島に向かう事が叶ったのだった。

島に着いてすぐにローカルと開拓作業を始めると、わだかまりはみるみるうちに氷解していったと僕は感じた。最初は手探りで警戒心もあったと思う。だけど、お互いにクライミングが好きで、とりわけ屋久島でのクライミングの行く末を真剣に考えているという意味での共通項は大きい。直接顔を突き合わせて時間を共有する。当たり前のようでいて、今の時代には難しいことなのかもしれない。そしてなにより、彼らと行動を共にするメリットのほうが、遥かに大きいとすぐに気付かされた。彼らの手持ちのリストから、良質の岩場を共有させてもらえる事になったのだ。

ローカルの中に飛び込む:屋久島での一ヶ月

倉上慶大と一ヶ月を過ごして手つかずの岩と戯れた。

当たり前の話だが、僕一人では探し出せる岩の量には限りがある。「自分自身の足で稼ぐ」という、僕が大切にしているプロセスがなくなってしまうのではと当初は心配したのだが、そこは屋久島、岩資源は膨大なので歩いて探し回るという楽しみはまるで尽きない。
何よりありがたいのは、岩場の開拓にあたって、自治体や土地の所有者等との折衝を笠井さんをはじめとしたローカルが進んで行ってくれていたことだ。こればかりは、僕たち部外者には手も足も出せない地道で骨の折れる作業だ。お陰で僕たちの開拓はスムーズに進んだ。クライミングを始めて25年、恥ずかしながらすべてが初めての経験だった。

今回僕たちがメインで開拓したエリアに相応しいクライミングスタイルは何か?僕と倉上君には明確な思いがあった。クリーンクライミングだ。すなわち、残置支点を使わずにギアを駆使して登るということ。壁にはクラックやシワが刻まれていてクリーンクライミングにうってつけなのは明確だったし、海のすぐ側なので、ボルトなどの金属類はすぐに腐食してしまうだろう。それはまた、この地への訪問を快く受け入れてくれたローカルへの感謝の意味もあった。

ローカルの中に飛び込む:屋久島での一ヶ月

難しいルートはロープにぶら下がってプロテクションの効きやムーブを探る。

いつしかローカルも僕たちも、この開拓の終着点を「公開」として捉えるようになった。であるならば、僕たちの行動もより責任を伴ったものとなる。せっかくならば一流のエリアを作り上げて世に問いたい。そう考えた時に、クリーンクライミングを前面に押し出す事によって50年後も100年後も輝く岩場になるとの確信があった。具体的な場所はまだ伝えられないが、現在のところ素晴らしいエリアになりつつある。

ローカルの中に飛び込む:屋久島での一ヶ月

完成した「無何有」は5.13a。緊張感のある三ツ星トラッドルート。

旅も後半のこと。僕たちはとある海岸に、クラックが走った美しいスラブを見つけた。
この壁を見つけた時の興奮は今でも忘れない。どう逆さに見たって簡単なこの壁こそが、僕たちが求めていたものに他ならなかったからだ。

東京オリンピックのクライミング競技に代表されるように、本来同義であったはずの登山とクライミングは、いまやまったく別のアクティビティだ。それが悪い事だとは言わないが、クライミングも登山も、自分自身の頭と体を総動員し、自然の摂理に従いながら、山の麓から山頂まで登る。この原理においては変わらない事を忘れないでほしい。この壁は、まさに登山とクライミングを繋ぐ壁だった。

旅の最後の土曜日、普段釣り人しか訪れないであろうその海岸には、子ども達の無邪気な笑い声と子どもに返った大人達の歓喜の声で満ち溢れていた。クリーンクライミングは決して危険なものでもマニアックなものでもなく、ただあるがままの自然を受け入れたクライマーの帰結するところなのだ。

ローカルの中に飛び込む:屋久島での一ヶ月

島のみんなと岩場で過ごす。こんな光景が当たり前になることを願って。

島を離れて少し経った頃、一人のローカルからトポが送られてきた。まだ暫定的だというその中には、「繋ぐ壁」と書かれた岩が載っていた。あのスラブの事だ。

心に灯りが点った気がした。
この壁は登山とクライミングのみならず、僕たちとローカル、お互いの考え方やスタイルを繋ぐ壁でもあったし、それと同時に子ども達の笑顔を見るにつけ、現在と未来を繋ぐ壁でもあるのだ。
これから何年かかるかわからない。でも、少しずつでもこの島にクリーンクライミングが定着していけばいい。ローカルと一緒に唯一無二のエリアを育て、ひとつの形として残したい、それが今の僕の願いだ。

これまでの僕のクライミングは、すべてが独りよがりの自己満足だった。だけど思い切ってローカルの中に飛び込み、彼らと時間を共有し、それに纏わる数多の事象を繋げていくという作業が、僕自身のクライミングのみならず、僕自身をも含めたクライミングコミュニティそのものを、より奥行きのあるものにする力を持っている事に、僕は今更ながら気付かされたのだ。

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