闇の川は深く流れる

マイケル・フォーダム & マーティン・ジョンソン  /  読み終えるまで8分  /  トレイルランニング

テムズ川の源流に至る296kmのFKTに挑戦する

ロンドン市内を出発。写真:Holly-Marie Cato

「昔はこのあたりも」と不意にマーロウが口を開いた。「暗黒の土地だったんだ」

この一文はジョゼフ・コンラッドの代表作『闇の奥』の冒頭部である。『闇の奥』は、植民地主義に対する陰鬱な批判文学だ。発表されたこの小説は、コンゴ川を航行するベルギー植民地の蒸気船で「たまたま」船長となった著者の若き日の体験がゆるやかに描かれている。この物語は作中作の形式をとっており、ある静かな夜、テムズ川東部で潮が変わるのを待つ間に少数の船員仲間が耳を傾ける中で語られる。それがテムズであるのは偶然ではなく、この川で植民地や帝国の思想は生まれ、貿易商人や奴隷商人が海洋を制し、世界中の人間と大地からあらんかぎりのものを搾り取るために、ここから船出した。コンラッドの小説の中で、コンゴ川は闇の奥へ深く通じていることを暗示する水路である。その一方、語りの場であるテムズはその鏡像となる。この英国の水路で展開する回想の先に、きらめく光はない。テムズ川の源流には、なおも暗い闇がある。

最初の129kmは舗装された区間で、「ブラック・トレイル・ランナーズ」に所属するペーサーと一緒に順調に走っていた。僕は目標のペースをつかみ、すべてパーフェクト。やがて夜になり、それまでに2人のペーサーが脱落してしまった。それは暗くなりかけた時で、気温が下がり、足元のコンディションはたちまち泥道に変わった。テムズから霧が流れてくると、視界が悪くなる。僕はヘッドランプを付け、1人で走っていた。もう13~14時間になる。現実に見舞われたのはその時だったと思う。

闇の川は深く流れる

左:泥道も仲間といっしょなら少しはましだ。写真:Phil Young
右:前方を照らす。写真:Holly-Marie Cato

ある象徴的な力を常に感じさせるアイデアがあった。列強に分割され民が奴隷となって船に積まれ、土着の文明から引きはがされた大陸の血筋を部分的に継ぐ男が、英国の象徴的な水路の源流へ目指すFKTを打ち立てた。マーティン・ジョンソン(MJ)は、ブリティッシュ諸島の出身であり、テムズ河岸のローカルだ。コンラッドが語りの舞台に選んだテムズ東部から数km南にあるロンドン南東部のダウンハムで育った。ダウンハムは大都会の中の古い町で、第二次世界大戦以降、英国ではこうした無数の町が急速に開発された。「しゃれた庭付き一戸建てをすべての人に」という構想の一環として、こうした地区は住宅難の緩和を意図していた。労働者階級のための気高いバラ色の理想である。そして、それはある程度、効果があった。しかし、そのアイデアはやがて多くの人々にとって苦いものへと変わっていった。世代交代や引っ越しで、新しい家族が住むようになった。1980年代、MJの幼少期には市民のユートピアの夢は色褪せ始め、その代わりに階級制度や元をたどればコンラッドが批判した植民の衝動に直結するこの土地特有の人種差別によって住民社会の不満が蔓延した。

僕はロンドン南東部をよく知っていた。その現実も分かっている。だけど同時に、この街に絵葉書のようなイメージを抱いている。世間が言うように、ロンドンは「文化のるつぼ」だ。でも人々には、こう見てほしいと思うロンドンのイメージがある。僕はこの川やそこを通り過ぎるさまざまな瞬間に、それを思い出す。タワーブリッジ、テムズバリア、あらゆる象徴的なテムズの「絵葉書」の風景。人々はロンドンをそういうものと認識しているし、そう見てほしいと望んでいる。この2年間、僕はそのイメージに疑問を抱き、それらの疑問に向き合ってきた。複数の血筋を継ぐ男として人生で経験してきたことに、自分は目を背けていたことに気がついた。すべては、この都市の理想化されたイメージに合わせようとしていたからだ。

闇の川は深く流れる

既知と未知の狭間にいるマーティン・ジョンソン。写真:Matt Kay

ウルトラマラソンを走っているとき、人は物事を深く掘り下げる。絶え間ないリズムをつかみ、それを受け入れ、そのリズムに合わせて踊らなければならない。その苦痛、そのドラマ、「走るとは何か」という内省と対話に、どのランナーも内向的で控えめな愛着を持つようになる。なぜ?どうして?これは何なのか?不条理な距離をひとりで走っていると、そんな対話が深みを増し、奥へ奥へと導かれる。だが、このランはそれとは別の次元だ。それはほとんどの人には分からない。けれど、マーティンの身体に刻み込まれている。今回のランには、FKT以上の意味がある。その反響は数字や成績の統計を超えたところにある。しかし、走ることそれ自体は、マーティンについて、ロンドンについて、この両者の関係について、何らかの真実を明らかにするのか?

暗闇をひとりで走っている間、膝とふくらはぎに違和感を感じはじめた。それでもなお走り続けた。次のマーカーは、ヘンリーの160km地点だ。そこには僕の仲間が待っていてくれた。そのおかげで気分が下がらずに済んだ。その時点で、夜通し走る最後の80kmが最も過酷になることは分かっていた。こんなコンディションになるとは思っていなかった。フィルムを見ると僕の消耗ぶりが分かるだろう。あんなことは初めてだった。これまでにも160km走は何度か経験していたが、いずれも15時間ほどで完走していて、夜通し走り続けたことはなかった。それは新たな体験だった…

闇の川は深く流れる

左:サポートは不可欠。写真:Holly-Marie Cato
右:もちろん、フットケアも。写真:Phil Young

テムズ東部を離れるにつれて、大英帝国の亡霊や、王室の巨額の蓄財にちなんだ名の波止場を通り過ぎる。東インドドック、カスタムハウス、ライムハウスなど、ロンドンの言葉に深く刻まれる繰り返された搾取の符号。これらの波止場や桟橋、そして現在は超富裕層向けの集合住宅に改築された倉庫では、かつて大陸全土から集められた原材料が加工されていた。ここで大英帝国の略奪品が検品され、課税され、札を付けられ、分配されていた。スパイス、鉱物、金属、織物、そして生身の人間までが、金銭と交換され、ひいては人々に権力や影響力を授けた。土手に連なる重工業の廃墟の中には、労働者の亡霊や悪魔がいる。水と水が出会う場所は昔から聖地とされ、テムズはそこから南北へ支流を送り出す(そこには文化の遺構を含むロンドン最古の地層があり、コンラッドも冒頭でそれに言及している)。だが今は、脱工業化によって衰退を強いられたボロボロの計量所や、その晩年をわずかに知る世代によって管理される自然保護区がある。

ウルトラマラソンでは、苦痛をくぐり抜けなければならない。日が昇れば気分も上がるだろうと期待していた。でもその時になっても、僕はまだもがいていた。そこで何か別のものを探しはじめた。新しいジェルやペーサーだ。絶えず何かにしがみつこうとしているが、耐えるにはそれが必要だ。人は「苦しみの洞窟」とか、暗闇にはまるとか言うが、僕の考えは違う。だれだって全行程を通じて常に正しい快適さを保ちたい。僕はそんなふうに、ただレースや時間の経過に任せて、行程を楽しむ我慢が好きだ。でも今回は初めてそれがあまり上手くいかず、初めてその苦しみの洞窟にはまったようだった。あんな感覚は初めてだった。どうやって進み続ければいい?どうすればやり遂げられる?

闇の川は深く流れる

トレイル沿いは景観の宝庫。写真:Phil Young

この水路を経由して売買された富や影響力をもって英国とは何かを定義することは可能なのだろうか。この島に住む人々は、その歴史と折り合いをつけているのか。せめて、十分な数の人々がその歴史の数ページに書かれた暗闇を知っているのだろうか。植民地主義や帝国主義の問題について、人々が何を信じようと、どんな言葉が語られようと、それがどう響こうと、言葉よりも行動であり、MJのランのような行為こそ、真の光を灯すのだろう。我々は過去に起きたすべてのできごとの蒸留物であり、万物を表現する宇宙が育てた花である。恥じることはない。自らの暗黒の歴史や、その中で自分らが演じる役割に、向き合う勇気を見つければいい。

自分がやったことについては、さまざまな感情を抱えている。もっと速いタイムを目指していたが、目標として宣言したタイムには及ばなかった。そのことに恥じてはいない。しかし、ランニング・コミュニティの人たちが刺激を受けたという話を聞くと、それでよかったのだと思えた。人はトレイルに出向き、僕に話しかけ、このランにどのように心を動かされたのかを話してくれた。この挑戦が刺激になると。それで僕は今回のランを自分のものとし、受け入れることができた。僕は人々にインスピレーションを与えようとしていたのだ。これは肉体的な挑戦であると同時に、僕らがストーリーを語る挑戦でもあった。そして、僕自身は初めて暗闇というものにはまった。それらのどこまでが純粋に肉体的で、どこまでがストーリーなのか、私には分からない。結局のところ、それらはすべて同じことの一部であると言えないだろうか。

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