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森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

千葉 弓子  /  2021年11月18日  /  読み終えるまで12分  /  コミュニティ

ピッコロ代表・中島久美子さんの哲学に共感した元アドベンチャーレーサー佐藤香織利さんは4人の子どもたちを通わせている。

怖くて下りられなくなった子どもを年長の子どもたちが助けにいく。写真:吉田 継理

彼女のSNS はいつも「森のようちえんピッコロ」での温かな話題に溢れている。そこに写る子どもたちは日々、自然の中で伸び伸びと遊んでいて、いったいどんな幼稚園なのだろうと興味を持った。

かつてアドベンチャーレースの世界で活躍していた佐藤香織利さんは5年前、山梨県北杜市に移り住み、いま1男3女を育てている。子どもたちはみなピッコロに通い成長してきた。

結婚後、しばらく東京近郊で暮らしていた佐藤夫妻が、富士山が見えるこの地に移り住んだのは、「毎朝山を走りたい」という香織利さんと「自然の中で読書がしたい」という夫・剛宣さんの想いが重なったから。剛宣さんが自由に場所を選べる仕事であったことも移住を後押ししたという。

「都市部に住んでいた頃は隣近所との付き合いもなく、車が多くて気軽に子どもと散歩に行けなかったんですね。もっと自然の中で子育てしたいと思うようになり、移住を決めました。ここは地域の人すべてが顔見知りだし、みんなで子どもを見守ってくれる雰囲気があって、すごくいいんですよ」

新居を構えた後、同じ年頃の子どもを持つご近所さんからピッコロを勧められ、通園を決めた。

森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

富士山が見える自宅の庭で。写真:吉田 継理

週4日「森のようちえん」へ
朝、香織利さんは長女を小学校へ送り出し、3人の子どもたちとピッコロへ向かう。ピッコロは自主運営の幼稚園で、先生と保護者がともに運営するスタイルだ。現在30名の子どもたちが登園しており、5人の先生とともに保護者が交代で「一日園長」を担い、子どもたちを見守っている。

9時45分近くになると親子が園に集まってきて、子どもたちは庭で思い思いに遊び始める。10時近くになると自然に先生のもとに集まり、「朝の会」が始まった。今日何をして遊ぶか、子どもたちが自主的に意見を出し合い、多数決で決めていく。

森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

10 時になると車座に座り「朝の会」が始まる。 写真:吉田 継理

私たちが訪問した日は年に数回実施される「給食の日」で、地元農家から分けてもらったカボチャを調理してみんなで食べようと、有志の母親たちが準備を始めた。

自然の中で命を学び、感性を磨く
子どもたちの意見がまとまり、今日は「お風呂」という場所で遊ぶことが決まる。森の一角に露天風呂のような石組みがあり、子どもたちはそう名付けているのだ。目的地までは約300mで、年長、年中、年少組が一緒になって移動を始める。道路を渡るとき、年長の子どもが年少の子どもの手を引き、二人一組になって左右を確認しながら渡っていく。

「こうしなさいと大人が決めたわけじゃないんですよ。子どもたちが自然に始めたことなんです」

2007年「森のようちえんピッコロ」を創設した中島久美子先生はそう教えてくれた。ここでは子どもたちが互いに助け合う姿がよく見られるという。

神奈川の幼稚園で働いていた中島さんは管理教育が基本となる既存の保育方法に疑問を抱き、「もっと違う保育方法はないか」と8カ所の園に勤務した。欧州のルドルフ・シュタイナーやモンテッソーリの教育理念も学んだが肌に合わず、それなら自分でつくるしかないと「ピッコロ」を立ち上げる。

「これまで働いていた園では、命について考える機会がなかったんです。子どもたちは食卓に上る食べ物にも命があることを知らずにいました。だから自分が園をつくるなら、自然の中で動植物の命に触れられるような場所にしたいと思いました」

森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

昼食前「ほかの命をいただきます」とお祈りを捧げる。写真:吉田 継理

ピッコロの考え方の礎になっている「森のようちえん」とは、1950年代中頃にデンマークで生まれた保育理念で、自然と触れ合うことを第一に「大人の考えを強要せず、子どもが持っている感覚や感性を信じて引き出すこと」をモットーにしている。現在では同じ理念をもつ幼稚園がデンマークやドイツに多数あり、日本でも全国に所在する。

「森のようちえん」という名称でも園ごとにスタイルはさまざまで、園舎を持つところも持たないところもある。ピッコロは近隣の方から借り受けた古民家を活動拠点にしている。

「いま挑戦したい」という子どもの心を汲み取る
遊び場には急な土の斜面がそびえていた。到着すると、年長の子どもたちから嬉しそうに斜面を駆け上がり、空が開けたところまでよじ登っていく。下りは尻をついて下りなければならないほどの急斜度だ。

森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

思い思いに駆け上がっていく子どもたち。写真:吉田 継理

「この斜面を駆け上がり始めたのは昨日からで、それには理由があるんです。数日前のお祭りで、男の子はかき氷を、女の子は手作り小物を販売し、自分たちだけでお金を稼いだんですね。その体験が自信に繋がったのか、昨日急に『ここを登りたい』とみんなが言い出して。これは挑戦したい気持ちが高まっているんだなと思って見守ることにしました」

威勢良く登っていく子もいれば、途中で引き返してくる子、下で見守る子もいる。怖くて下りられなくなった子どもを別の子どもが助ける姿も見られた。登るのも登らないのも自由。どちらが偉いとかすごいといった言葉はかけない。

森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

お互いに助け合う子どもたち。写真:吉田 継理

「普通なら登った子だけが偉い、頑張ったと褒められるでしょ。でも、そういう言葉はかけないんです。それぞれが自分で判断して、何をするかを決めています。だから登らない子も『自分はダメなんだ』とは思っていない。それぞれのスタイルがあるだけですから」

子どもに判断を委ねているが、決して放置しているわけではない。春に入園した子どもたちの成長過程を見てきたからこそ登らせたのだという。

「これが春先だったら止めていたと思います。半年間で子どもたちは自然について学んだんですね。たとえば倒木があっても、乗って安全な倒木かそうでないかを判断できるようになっていましたから、いまなら行かせても大丈夫かなと思いました」

森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

子どもたちは自分のスタンスで何をするか決める。写真:吉田 継理

とはいえ、一歩間違えば怪我にも繋がりかねない。どこまで子どもたちに任せるかは難しい判断だ。自然の中での保育は、先生も保護者も覚悟が必要だと中島さんは言う。

「子どもたちの力を信じるというんでしょうかね。信じられないと、自然の中では怖くて保育はできないですよね。ここでは自由を大切にしていますけれど、放任と自由は違うんです。大人でも子どもでも、放置された社会は弱肉強食の世界になっていくだけですから」

自然が変わらないなら自分が変わるしかない
入園したばかりの子どもは一年目の冬、「寒い」「冷たい」とよく泣くが、次の年になると厚手の服を着てきたり、たくさん重ね着してきたりするようになる。走って体温を上げたり、服が濡れても太陽の下で乾かす方法を覚えたりして、たくましくなっていく。

自然が変わらないのなら自分たちが変わるしかないことに、子どもたちは気づいていくのだ。自然が子どもたちの器を大きくしていく。

森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

「給食」はみんなで温かな同じ料理をいただく貴重な経験。写真:吉田 継理

ルールによって本質が見失われてしまうことも
ピッコロでは基本ルールをつくらない。ある時、子どもが2m近い木から落ちて額に怪我をした。翌日、中島さんは保護者たちの前で「今後2m以上の木には登らせないようにします」と宣言したが、それを止めたのが保護者だった。

「怪我をした子どもの親御さんから『先生ルールをつくらないでください。自由な中で育ってほしいんです』と言われました。私、驚いてしまって。その時は帽子のゴム紐がゆるんでいて帽子が脱げて怪我をしてしまったので、みんなで話し合い、結局は『帽子のゴム紐はゆるんだら取り替えましょう』とだけ決めました」

ルールを決めると、人はなぜそのルールが生まれたかを忘れてしまう。だから何かを禁止するよりも、なぜ危険でどうすれば回避できるか、自ら判断できる子どもに育って欲しいとピッコロでは願っている。

森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

子どもたちの話をじっくり聞き、自ら答えを見つけ出すまで待つ中島先生。写真:吉田 継理

「私たちは子どもたちが幸せになるために保育をしています。じゃあ、幸せって何かなとずっと考えているんですけれど、まだはっきりした答えは見つからなくて。でもやっぱり自由であることかなって思うんです。心の自由」

自由であるために相手の自由も尊重する
ピッコロで育った子どもたちは小学校に入学して、たくさんのルールと出合う。そんなときでも「なんて不自由なんだ」と不満を持つのではなく、「なぜこのルールがあるのか?」と考える力を持って欲しい。そのために必要なのが「心の自由」なのだ。

「なぜこのルールがあるのだろうと考える思考力が身につけば、大人になっても見える世界が違ってくると思うんですよ。心が自由であれば、どんな場所でも自由でいられるはずですから」

自分の自由を求めるということは相手の自由も認めること。だからこそ、ピッコロではみんなで意見を出し合う。お互いの気持ちを尊重することで、自分も相手も大切に思えるようになるからだ。ピッコロの子どもたちは自己肯定感が高いと中島さんは言う。

一番変わったのは親かもしれない
幼稚園を終えて自宅に戻ってきた香織利さんと子どもたちは、小学校に通う長女や愛犬とともに近くの広場へと繰り出した。ほんの少し歩いただけで、広々とした草原があるのも、この土地の魅力のひとつだ。

森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

イーストウインド時代には「パタゴニアンエクスペディションレース」で準優勝。いまも近所をジョギングしている。写真提供:佐藤香織利

「アドベンチャーレースをしているとき、所属していたチームイーストウインドのリーダー・田中正人さんがこんなことを言っていたんです。『人間が学ぶべきことはすべて自然の中にある』って。子育てをしていると、本当にそうだなと実感しますね」

NHKで挑戦の様子が放映された「日本三百名山ひと筆書き」踏破の田中陽希さんとはチーム仲間。当時は壮絶な喧嘩をしたという。

「アドベンチャーレースではチームで協力し合って困難を乗り越え、ゴールに向かいます。厳しい自然の中、心身ともに極限状態に達するので、本音で対話しないと前に進めない。お互いを理解するために本気の喧嘩ができたことは、人生でとても意味のあることでした。同じ経験がピッコロでもできるんですよ。もちろん、子どもたちは喧嘩なんてほとんどしないんだけれど、常に本音で語りあっている。それって得がたい経験ですよね」

子どもたちとともに彼女自身も5年間、ピッコロで過ごしてきた。いちばん変わったのは、自分自身だと香織利さんはいう。

「私自身がいちばん変わったと思います。それまでは子育てについて漠然としたイメージしかなかったんだけれど、ピッコロに入って『こういう子育てがしたかったんだ』とはっきり見えてきたというか」

子育てには正解がない。だからこそ悩み、迷う。ピッコロで先生や保護者たちといろいろな話をしながら、何が子どもたちにとっていいか常に考える毎日。同じ目線で話せる仲間がいることで、子育てに対して安心感が生まれた。

森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

夕方、大好きな珈琲を淹れてようやくひと息。写真:吉田 継理

「だから子ども同士がちょっとした喧嘩をしても、被害者加害者にならないんですね。すべての子どもを親たちが自分の子どものように考えてくれる。みんなで子育てをするって、こういうことなんだと思いました」

「待つこと」「子どもの話を聞くこと」
かつて香織利さんの悩みは「子どもの話を上手く聞けない」ことだった。どんな児童書にも「子どもの話を聞くこと」と書いてあるが、話を聞いていても上手く頭に入ってこない。

いま思えばそれは、子どもを見下していたのかもしれないという。
「先生たちが子どもの話をじっと聞き、待つ姿を見て、こうすればいいのかと思いました。それを率直に中島先生にお話したら、『家庭ではお母さんたちは忙しくて、子どもの話をじっくり聞けないと思う。でも大丈夫、ピッコロでそれができるから』と言ってくださって。すごく肩の荷が下りた気がしました。自分のどこかに、他者からいい母親だと思われたいという気持ちがあったんですね」

子どもたちを通して、日々学ぶことばかり。ピッコロを卒園し、小学2年生になった長女との会話も大切な時間だ。

「長女は人の心をすごく理解できる子どもに育っているなと感じます。この間なんて『ママ、ようやく心のことがわかってきたね』と言われてしまって(笑)」

森のようちえんピッコロ:自然が子どもたちの器を大きくする

地主さんが私有地を開放してくれている原っぱ。木のシーソーやブランコもある。写真:吉田 継理

ピッコロは心を育てるところ
もうひとつ香織利さん自身が大きく変わったのは、「子育てにはいろんな方法があっていい」と気づけたことだ。

「以前は『こうしなければダメだ』と思ってしまうところがあったんです。食にもこだわっていて、できるだけ砂糖は食べさせたくないとか。でもお土産でいただいたときなんかは、ちょっとぐらい食べてもいいかなと思うようになりました。お弁当も忙しいときにはおにぎりだけでいいじゃないとか、たまには家族みんなでファストフードへ行ったっていいよなとか。自分のこだわりを外すことにも抵抗がなくなってきました」

ピッコロが第一に考えているのは「心を育てること」。その観点に立つと、物ごとが少しずつ違って見えるようになったという。

最後に中島先生の話にもでてきた「自由」について聞いてみた。

「自由って難しいですよね。大人でも集団になると、声の大きい人の意見が通りがちで。子どももまったく同じなんですけれど、そんな人間社会の中で、自分はどうするのか自分自身で決められることが自由なのかな。その力があれば、どこでも生きていける気がするんですよ。考える力を持つことが、心の自由に繋がっていくのかなと思います」

自然から「命」を学んで、人間社会から「一人ひとりは違う」ことを学ぶ。心の自由を掴んだ子どもたちは、これからどんな未来を描いていくのだろう。

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