みんなで作り上げたフリーライドの草大会
人と競い合うことだけがコンペティションの本質ではないと考える大池拓磨。地元の白馬乗鞍温泉スキー場で仲間たちとともにフリーライドの大会を主催した。
「フリーライドの大会は点数が全てじゃない。人との対決や蹴落とすことでは、スキーはうまくならない。選手同士でプッシュしあい高めあってこそ、うまくなる」
長野県小谷村の白馬乗鞍スキー場で仲間たちと開いたフリーライドの大会〈ちゃんめろフリーライドオープン〉で、選手たちにこう伝えるのは、ゲレンデサイドで「ロッヂ チャミンゴ」を営む大池拓磨だ。
スタートとゴール地点だけが決められた斜面を自由に滑り、順位を競い合うフリーライドの大会。2017年から国内で継続的に開かれる大きな大会によって、スキー・スノーボードシーンでもこのフレーズをよく耳にするようなった。
フリーライドは自然のままの斜面を自由に滑るのが最大の魅力だ。スキー場のコースのように管理されている場所を滑るのではなく、地形のうねりや凹凸、降り積もった雪のままの状態を自由に滑ることに楽しさや奥深さを見出す滑りのスタイル。それぞれの滑りにはアルペンやテクニカル、パークやコブ滑走など、その人が培ってきたバックボーンが投影されやすく、ひとりとして同じ滑走ラインや滑り方にならない。それがいろいろな種目を経験してきた人を惹きつける面白さにもなっている。
「ちゃんめろ(フリーライドオープン)をやろうと思ったのは、コルチナで7年続いているフリーライドの大会JAPAN FREERIDE OPEN(以下JFO)が、誰が見ても敷居が上がってきたからです。JFOも最初は誰もが参加しやすい大会をやろうと始めた。けれど、今は興味を持った人が、ちょっとやってみようかなとは思えないレベルに成長しました。でも、本当は誰でもフリーライドが楽しめることを知ってほしいんです」
2016年から白馬コルチナと白馬乗鞍で開かれているJFOに運営側として参加し、選手と大会の成長をつぶさに見てきた拓磨。もっと気軽に誰でも参加できて楽しみを得られる敷居を下げた大会の必要性を感じていた。そんな彼に賛同したのが、同じ地域に住み一緒に山へ入る同年代の仲間。整体師として「Mt.Care」を営む武藤和結樹さんと滑り続けるスキーバムの原田響人さんだった。
はじめは、拓磨の宿「チャミンゴ」に集うフリーライドやBCを楽しむ常連が滑走レベルを問わず楽しめる身内向けのイベントを予定していた。スキー場内のコースでフリーライドの大会をやるのは難しいが、白馬乗鞍には起伏がある地形の豊かな斜面がちょうどある。それがエキスパートコース、通称すりばちだ。コースは700mと短いが、最大斜度は35度、平均斜度は25度。上から下に向かって左に巻いてすぼんでいき、コースの両端から中央に向かってくぼんだような地形は飛んだりするアクションがしやすい。ローカルたちが何年も前から「ここなら大会として成立する」と自信を持っているバーンだ。
大会に向けて準備が順調に進んだ開催1週間前。なんとなく大会らしい雰囲気を出そうとSNSで告知をすると、予想以上の反響が届いた。30名ほどのこぢんまりとした大会をイメージしていたのが地元白馬エリアを中心に年齢を問わず80名ものエントリーが集まったのだ。
予想外の反応に、「ヤバい、(大会が)回るかな」と思ったのは大会運営を身を持って知る拓磨。武藤さんは純粋に「フリーライドの世界すごいな、俺らがこうした大会をやる意味が、なおさらある」と背筋が伸びる思いになったという。
80人という想定以上の参加人数が集まった2021年の〈ちゃんめろフリーライドオープン〉。ちなみに、ちゃんめろとは小谷村の方言でふきのとうを意味する言葉だ。すりばちのスタートゲートには手作りの櫓が建ち、そこには旗などのオーナメントが施され、中心にはピースマークをあしらったモニュメントが飾られた。これは武藤さんがツルをとってきて2時間ほどで組み上げたもの。オフシーズンに白馬乗鞍で開かれたMOKUMOKU フェスティバルというイベントで使われたものを再利用した。選手たちにビブはなく、テープをウエアなどに貼って代用。優勝カップはコース名すりばちにちなんで、本物のすり鉢が与えられた。既成品をなるべく使わずに、丹精を込めた手作りのアイテムが並ぶローカルマインドあふれる大会の雰囲気だ。
「FREERIDE WORLD TOUR(以下FWT)やJFOはかっこいい大会だから、こっちはカッコつけすぎないでいこうという精神が強くて。感覚としては地域のお祭りに近いかな。運営にはどうしてもお金はかかるから、スポンサーが必要だけど、頼りすぎると今度は顔色を伺いながらやる大会になってしまう。なので、できる限りローインパクトなものを心がけようという考えです」
このあたりの想いは3人とも一致している。
スタートエリアでは名前が呼ばれると、居合わせるほぼ全員が「頑張れ」「行け」といった声を選手にかける。「3、2、1、ゴー」の合図にあわせて選手たちは狙っていたラインに滑り込んでいく。下部の方からMCの声が響き渡り、スタートエリアとゴールエリアからは、ライディングに合わせて、歓声やため息混じりの声が上がる。ゴールラインを超えると待っていたスキーバム商会がそれぞれのガッツポーズをiPhoneに収める。親や子とハイタッチをする選手、仲間が駆け寄って抱き合う選手、満足げに斜面を見上げる選手、悔しそうにうつむく選手、上手く滑れた人もそうでない人も、80人それぞれが下まで滑りきり、自分の滑りを表現し尽くす。
採点を担当する原田さんはこう語った。
「ジャッジはライン、ジャンプ、アクション、スピードなどを評価します。ただ、〈ちゃんめろ〉はみんながそれぞれ考えて滑りを表現したことが素晴らしいことをジャッジを通して伝えたいことです。失敗を気にするよりも、自分がやってみたい滑りをすること。それに対するジャッジができたと思っています」
MCとして選手全員の滑りを見守った武藤さんは、
「子どもが降りてくると、お父さんや友達が下から声援を送ったり、ゴールしたときに一緒にガッツポーズしたりを見ていると、この大会をやってよかったなっていうのを感じましたね。父親が滑ってくるときに、子どもが本気でその滑りを見てる姿も良かった。滑る人として父親を見るのは普段の生活ではなかなか味わえないことだと思うしね」
と印象に残った出来事を話してくれた。
誰もが参加しやすいフリーライドの大会を終え、拓磨は安堵していた。
「乗鞍の圧雪をしている人とその息子が、それぞれ前走をしてゴールエリアで親子でハイタッチしあっているのを見て、目頭が熱くなったんだよね。『めっちゃいいスポーツだ』って。息子と父親が同じ斜面を滑り、それぞれがどう表現するか。その自由に滑る様子を見て、これは続けるべきだなって。
転んでも何をしても全員がゴールをする。ケガをして運ばれない限りは、〈ちゃんめろ〉はゴールしたみんなが勝者という感覚がある。お互いに認めあって、高めていこうっていう精神が、もっとうまくなれることにつながる。そういうのがもっと多くの人に伝わってほしいね」
拓磨は中学生の頃からモーグル選手として大会に出場していた。大学時代はナショナルチームを目指し順位にこだわった時期もあったが、昔から人と競い合う感覚はあまりなく、それよりも観客を沸かせたい、盛り上げたいという気持ちで大会を楽しんでいた。
とくにそれが顕著になったのが大学1年のとき。コース途中で飛ぶジャンプのルールが変わり、頭が下になる縦回転のトリックが解禁になったのだ。飛ぶことが得意だった拓磨は、前方一回転を繰り出したり、並んで滑るデュアル種目ではライバルと一緒に回転技を決めるなど、仲間とともに大会を大いに盛り上げ、そして腕を磨いた。拓磨はヒリヒリとした緊張感のなかで滑る大会が心底好きだからこそ、大会というフォーマットにこだわった。1本しか滑れないという局面が一緒に出場する選手同士を高め合い、成長を促してくれる。結果だけに固執するのではない。
大成功に終えた2021年の〈ちゃんめろフリーライドオープン〉は、翌2022年には白馬乗鞍、八方尾根、岩岳の3スキー場で大会が開かれるシリーズ戦へと広がった。参加人数と選択肢が増え、地域の子どもたちが目標にするだけでなく、60歳を超えた大人も大会に参加するなど新たな層も加わり、さらに誰もが楽しめる懐の広い大会へとなりつつある。
2022年12月、FWTが国際スキー・スノーボード連盟FISの傘下に入ることがニュースとなった。今後フリーライドが国際的に統一・整備され、オリンピックへの道筋も見えはじめるだろう。だからこそ、誰もが楽しめる草の根的な大会がその対極として存在することで、フリーライドの魅力が画一的でないものに映るはず。変わりゆくフリーライドの未来は誰にもわからない。ただ、こうした世界の動きに左右されることなく、拓磨を中心にローカルから生まれたムーブメントは、地道だが確実に斜面を自由に滑り降りるフリーライドの面白さを伝え続けていく。