アパラチアン・トレイルからニューヨークへ

ローレン・エバンス  /  読み終えるまで6分  /  カルチャー

ニューヨークの中心部で暮らす母親と4人の子どもたち。母親が幼少期にアパラチアン・トレイルで経験したバックパッキングを通じて、子どもたちに自然の大切さを教えている。

アパラチアン・トレイルでテントをたたみ、2日目に出発する前のブリトニー・カセレスと弟。その朝、脚がひどい筋肉痛で、2、3キロ歩いてやっと治ったことを今でも覚えている。1999年夏、ウェストバージニア州。

全ての写真:Britney Caceres

ブリトニー・カセレスが15歳のとき、両親は彼女と弟たちをアパラチアン・トレイル(AT)で車から降ろし、3日後(80キロも離れた場所に)迎えに来ると言い去って行った。これには少し驚いたが、このトレイルでの経験がいずれマンハッタンで子育てをするときの子育てのあり方になろうとは思いもよらなかった。

ブリトニーは、ウェストバージニア州のブルーリッジ山脈の麓で育ち、幼少期の大半を3人の弟たちと木に上ったり、河岸の土手に登って遊んで過ごした。米国で有数の美しい自然の中で暮らしてはいたものの、両親はそれほどバックパッキングに熱心というわけではなかった。両親が子どもたちをキャンプに連れて行き(絶好の環境に住んでいることからくる義務感だと思うが)、アルミホイルに包んだ料理を焚き火に落とした挙句、お菓子で夕食を済ませたこともあった。

しかし、ブリトニーは幼い頃からアウトドア派だった。特に大きな影響を受けたのは小学校2年生のときの担任の教師だった。家族とのテント暮らしについて教室で語り、ある年のクリスマスには『50 Simple Things You Can Do to Save the Earth(地球を救うかんたんな50の方法)』という本を生徒たちにプレゼントした。「先生のおかげで私は環境保護活動や環境を意識して地球を守ることが重要だと感じるようになった」と、ブリトニーは語っている。

環境に対する世界的な高まりとブリトニーの生活環境は、見事に一致していた。大半の時間を弟や両親の友人の5人の男の子たちと野外で過ごしていたからだ。「両親の子育てスタイルは、いわゆる『放し飼い』。とても自由に自然の中で育てられた」とブリトニーは言う。女の子が1人だけというのは気にならなかったが、不都合な点もあった。彼女は、弟や男の子たちが全員ボーイスカウトに入り、飲み水のろ過や焚き火の起こし方など最も必要なスキルを習っているのが羨ましかった。やってみたくて、隙さえあれば、ボーイスカウトがキャンプで朝食を作っているときなどに紛れ込もうとした。「ねえ、私もやりたいの。どうしてダメなの?としつこく言い続けたわ」ブリトニーは、スカウトの男の子たちが習うスキルを習得することを心がけていた。

アパラチアン・トレイルのハイキングは両親の友人の発案で、友人の家族が計画や準備をすべて整え、ブリトニーと弟たちはそれに便乗した。スカウトで習ったスキルが役に立ち、出発点に戻れないほど遠くへ来ても、不手際ながら何とか自分たちでやっていくことができた。「バックパックはおそらく人から譲り受けた中古品だったし、弟の1人は自衛用にゴルフクラブを持って行ったほどだった。バックパック旅行の経験はほとんどなく、トレイルを歩く子どもにすぎなかった」

それでも地図で水源を探す方法は知っていた。料理を作ることも、テントを立ててたたむこともできた。ブリトニーにとっては、自分たちが野外生活ができるとわかったことが大きな収穫だった。3日間で80キロという旅は決して簡単ではなかったが、彼女は困難に直面したときに自分の判断力を信じて粘り強く頑張ることを学んだ。

アウトドアへの情熱は決して衰えなかった。大学では漁業・水産学を学び、米国森林局か魚類野生生物局に就職することを目指した。卒業すると教育助手としてニューヨーク市に住むことになったが、一時的なものとして考えていた。しかし、後に結婚する男性とそこで出会ったことが人生の転機となった。彼は生粋のニューヨーカーだったのだ。2人でマンハッタンに住み始めた頃は辛かったとブリトニーは語る。何か月も自然の中へ出られないこともあった。「都会に引っ越したときは、本当に自分の一部を無くした気がした」

1人目の子どもを妊娠したとき、2人はセントラルパークのすぐ近くのアパートに引越した。やがて子どもは4歳から11歳までの4人となり、公園は単に都会生活の憩いの場ではなく、自然とつながるかけがえのない場所となった。ブリトニーは公園で子ども向けの教室も開いた。ここでは1歳半の小さな子も自然の中で遊び、泥んこになる価値を学ぶ。「寝室が2つしかなく、子どもは4人もいたが、公園に近いアパートを出る気にはならなかった。大きい家よりずっと価値があったから」と、ブリトニーは笑いながら語る。

アパラチアン・トレイルからニューヨークへ

昨年夏のハイキング旅行。ユタ州ユインタ山地での休暇は、都会暮らしで自然に飢えていた家族の心を満たした。左から:エズラ(11歳)、レオ(7歳)、ルシア(9歳)、アイザ(4歳)、ブリトニー。

アパラチアン・トレイルからニューヨークへ

倒木の橋を一緒に渡って楽しむ家族。昨年訪れたユタ州ユインタ山地での別の1コマ。前からアイザ、エズラ、ルシア、レオ。

子どもたちを公園に連れて行くと自然の中にいるように感じる。セントラルパークのノースウッズは約16ヘクタールあり、樹木、滝、岩、あらゆる動植物で満ちている。新型コロナウイルス感染症の流行によるロックダウン中、子どもたちはバードウォッチングに興味を持ち、エボシガラやコガラなど、いくつかの種類を見分けられるようになった。

大都市で子どもを育てるブリトニーにとって、自分がアウトドアで学んだことを子どもたちにも学ばせるには少し手間がかかる。それでも息子が中学校に入った今は、9歳の妹と2人だけでも安心して公園に行かせられるようになった。

ブリトニーは、自然の恩恵を受けるのに必ずしも田舎に住む必要はないと言う。自分がやったようにアパラチアン・トレイルに子どもたちを行かせるというアイデアも悪くないが、もっと大切なのは子どもたちが自然界における自分の立場、そして地球の管理人であることの重要性を学ぶことだと考えている。

「森や砂漠で過ごしたことがあり、思い出や土地への愛着を持っていれば、それを守り、未来に残したいと感じるようになるはずだから。外はそれを知るのに良い場所。機会はどこにでもある……たとえ都会の公園が第一歩でも」

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