それでもやっぱりクライミングが好き

ニードルズの好ルート”The Don Juan Wall” 写真:花谷泰広
2012年はある意味出来過ぎた一年であった。「これまでやってきたことの成果が出た」と言ってしまえば聞こえはいいが、自分がもっている力なんていうのは自慢できるほどのものではないし、パートナーのおかげで登ることができた部分はたくさんある。自然条件にも恵まれた。キャシャールに行く前、あるいはパタゴニアに行く前に、身を削るようなトレーニングをした記憶もない。それでも登れてしまった理由は、もちろんこれまでの経験は大きかったけど、強かったとか才能があったとかではなくて、やっぱりただたんにいろいろと恵まれていたんだと思う。
けれども6月からおよそ1か月間の北米ロッククライミングツアーは、クライマーとしての甘さや経験のなさを痛感した日々だった。クライミングはスポーツだ。中学時代は陸上部にいたけど、たとえば100メートルの自己記録を縮めるには、日々コツコツとトレーニングを積み重ねていくしかなかった。飛躍的な記録更新などはなく、一喜一憂はほどほどにつづけていった者だけが、次の世界を見ることができた。記録を更新するよりもむずかしいことは、コツコツつづけることそのものなのかもしれない。クライミングも同じだ。飛躍的な進歩などない。「どうやったらうまくなるか」と聞かれても、やっぱり近道などなく、ひとつひとつをコツコツと積み上げていくしかない。誤解を恐れずに言うなら、思い立って富士山に登ることはできるかもしれないけど、クライミングはそういうわけにはいかないのだ。
振りかえれば、山登りはそれなりにできたと思う。できるから面白い。一方でクライミングはあまり好きではない。理由はなかなか上手にならないから。しかも僕の性格は、コツコツ努力を積み重ねられるタイプとは言えない。どちらかと言うとつねに飛び級を目論むほうだ。だけど今回、短いあいだだったけど自分なりにクライミングというものに真正面から向かい合うことができた。そして分かったことは、やっぱりクライミングが好き。あまり好きではないのはクライミングそのものではなくて、うまく登れない自分自身、ということだ。それをもっとポジティブに捉えるならば、まだまだ伸びしろがあるし、これからもっともっと面白くなるということだ。これからは小さなことからコツコツと積み上げていこう。恥ずかしながらこのことに気付いたことが北米でいちばんの成果だったかもしれない。
さて、せっかくなので今回のツアーがどんなものだったのか簡単に振りかえってみたい。 今回はどのエリアでもクラックのマルチピッチルートをひたすら登ることに重きを置いた。自分のピッチが登れても落ちても、とにかく終わったピッチは振りかえらない。ただ先を目指して登っていく。しかもそのすべてがオンサイト。ショートルートもスポートルートもやらない。こんな贅沢な話はない反面、毎回なんとも言えないプレッシャーがつきまとった。まず最初に訪れたヨセミテは、予想以上の暑さと蚊の攻撃に耐えられず、たった3日間で尻尾を巻いて転戦してしまった。個人的には14年ぶりに行ったヨセミテだけに、とても楽しみにしていたけど、クライミングするにはちょっと厳しかった。
転戦先はニードルズ。男2人でのレンタカーでの移動はなかなか濃い時間だ。すでにトポの販売はなく、ネットに転がる情報を頼りに、とにかく現地に入ることにした。情報が少ないというだけでワクワクする。でもやっぱりアメリカ。クライミング好きはたくさんいる。アプローチが片道1時間以上もかかる岩場にも、たくさんとは言えないけど、クライミング好きが集まっていた。トポは持っている人から初日に借りて全部カメラに収めた。スケールはヨセミテと比べるとはるかに小さいけど、美しい花崗岩で囲まれた質の高いエリアだった。いろいろ登った中でいちばん印象に残っているのは、なぜか5.10dのスクイズチムニー。内容の濃い1本だった。でもエリア最難の1本は結局手が出せなかった。麓の街の最高気温が40度を超えてくると、標高2000メートルでもさすがに暑すぎだ。2週間ほど過ごしたニードルズから一路北上。男2人の会話が煮詰まりつつあるなか、カナダのスコーミッシュを訪れた。
いまはうまく登れなくても必ずうまくなれる。格闘技とは違う。相手は人ではない。ロッククライミングは岩という構造物が相手だ。これから先どうあがいても大相撲で横綱には勝てないけど、クライミングは自分自身を高めればおのずと希望は広がっていくはずだ。そしてその先には、また魅力的な冒険が広がっているに違いない。

ニードルズの長いアプローチ。写真:花谷康広
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花谷泰広はクライマーで山岳ガイド、そしてパタゴニアのアルパインクライミング・アンバサダー。2012年のネパールヒマラヤ、キャシャール第2登南ピラー初登攀では、パートナーの馬目弘仁と青木達哉とともに第21回ピオレドール賞を受賞した。主宰する〈First Ascent〉では、それぞれの人にとっての「初めて」をサポート。
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花谷泰広は9月1日(日)午前11時ごろ、渋谷ストアに登場。世界最高のダウンを使用した、これまでで最高のダウン・パーカ、エンカプシル・ダウン・ビレイ・パーカについて語りました。

