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石木ダム:闘いつづける川原の人びと

松本 美智恵  /  2012年10月11日  /  アクティビズム, 環境

ここはこうばる ホタルの里 自然を守る人が住む
ここはこうばる ホタルの里 ふる里愛する人が住む

「川原のうた」の一節です。「川原」と書いて「こうばる」と読みます。長崎県東彼杵郡川棚町の川原地区。13軒の家が点在する小さな集落で、その中心には石木川という細い川が流れています。川棚町民が九州のマッターホルンと自慢するちょっとかっこいい山、標高608mの虚空蔵山が育んだ清流です。

石木川のほとりには5月末から6月にかけてたくさんのホタルが飛びます。絶滅危惧種のヤマトシマドジョウをはじめメダカやサワガニなどが泳ぎ、近くの林にはサンショウウオやカワセミが棲み、棚田ではカエルの大合唱にモグラの運動会・・・まるで生きもののホットスポットのような里山が広がっています。半世紀ほど前なら日本中のいたるところで見られたありふれた風景なのですが、いまではすっかり変わってしまって、この何もない里山が日本の原風景として人びとの心を捉えます。

2009年の春、友人に誘われてはじめて川原を訪れたとき、なぜか不思議な懐かしさを感じました。そしてダム計画があると聞いていた石木川は驚くほど細くて小さな川でした。大小の石があちこちに転がっていて、子どもでも歩いて渡れそう。岸辺には菜の花やレンゲが咲いていて、川の水は陽光を反射してキラキラと輝いていました。そのとき頭のなかには遠い昔に歌った「春の小川」のメロディが流れました。

調べれば調べるほど、石木ダムは不要なダムでした。多目的ダムでひとつには川棚川の洪水対策があげられていますが、石木川の流域面積は川棚川全体の9分の1しかなく、その効果はほとんどないと専門家は指摘しています。またこのダムの最大の目的は佐世保市民のための水源確保といわれていますが、佐世保市民が水不足で苦労をしたのは過去のことです。近年は人口減少や節水機器の普及で水需要は減りつづけており、現在保有している水源で十分間に合っているのです。そして〈石木川まもり隊〉を立ち上げて情報発信をはじめ、さらに学習会やシンポジウムなどさまざまな活動を通して石木ダムについて学んでいくなかで、知れば知るほど疑問に感じることがありました。それは、川原の人たちの強さでした。

川原の人たちはなぜ半世紀にもわたって行政と闘ってこられたのだろう?
お金にも脅しにも負けず、先の見えない不安な状況のなかでも、信念を曲げずにいられるのだろう?
全国各地のダム反対運動をみると、はじめは反対していた地権者も闘いの長期化によって徐々に力尽き去っていく。それが共通の現実なのに、なぜ川原の人たちの思いは揺るがないのだろう?

これらはいまから30年前の1982年、県が機動隊を導入して強制測量を行ったときの写真です。男たちだけでなく、女も子どもも老人も、一丸となって闘っています。足の悪いお年寄りはリヤカーに乗せてデモ行進。子どもたちは学校を休んで「機動隊帰れ!」と声を張り上げました。女たちは雨のなかでも手を合わせ、座り込みましたが、その祈りも虚しく、結局機動隊にごぼう抜きにされ、強制測量は実施されました。そして県による反対住民への切り崩しは一段と激しくなり、多くの地権者が土地を売って出て行きました。しかし、いまも残っている川原の13世帯の人たちは、「どんなにお金を積まれても1ミリたりとも土地は売らない!」、「命をかけてふる里を守る!」と言い切る人たちです。この強い思いはどこから湧いてくるのか・・・不思議でした。

このボロボロの小屋は団結小屋と呼ばれ、当時は県職員の動きをここで常時監視していました。いまでもおばあちゃんたちは毎日ここに集い、一緒にお弁当を食べています。何度かお邪魔してその強さの秘訣を探ろうとしましたが、彼女たちはいつも明るく笑い飛ばすだけでした。

2010年3月、県は付け替え道路工事に着手しました。それから毎日、雨の日も風の日も工事現場の入口を封鎖する座り込みがはじまりました。私たちも佐世保から駆けつけて交代で座り込みをしました。そんな私たちにおばあちゃんたちは毎日採れたての野菜や手作りの漬物などお土産を持たせてくれました。断っても、断っても。県の職員がやってくるとものすごい剣幕で追い返す川原の男たち、座り込みの合間にラジオ体操をしたり歌を歌って明るく元気にリードする女たち、そんな息子や嫁をいつもニコニコ見守っているおばあちゃんたちでした。でも、時折工事の先を見つめる後ろ姿はとても小さくて、寂しそうでした。

ある日、TV局の取材陣に答えるおばあちゃんの声が聞こえてきました。
「そがんダムば造りたかなら、うちたちば殺してから造ればよかたい」

ああ、川原の男たちが「命をかけてふる里を守る」と豪語するあの言葉は本物なんだと、そのとき実感しました。「母なるふる里」を守り、子や孫に手渡したいという強い思いの源は、「ふる里なる母」にあったのかもしれない。それが当たっているかどうかはわからないけれど、この川原の人たちのおかげで半世紀も石木川が守られ、この里山が守られてきたのは間違いありません。それは私たち県民にとってだけでなく、日本中の人びとにとってもかけがえのないひとつのふる里です。

今年6月、石木ダム事業の検証結果に関する国の判断が示されたことによって、いま新たな局面を迎えています。中断されていた事業認定(土地の強制収用に道を開くもの)の手続きや道路工事が再開されるかもしれないのです。それでも、そのような横暴が許されないよう、川原の人たちは闘いつづけるでしょう。

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