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風の谷のフンザから-2013夏、パキスタン、人と山に魅せられて

谷口 けい  /  2013年10月7日  /  クライミング, スポーツ

2013年夏、ナンガパルバット(ヒマラヤ山脈の西端、8125メートル)で登山家殺害事件が起きた。パキスタン遠征の出発間際だった私たちは、外務省からも直々に自粛要請(というほど厳しくはなかったけれど、本当に行くのですか?という連絡)をもらった。協議を重ねるなか、パートナーは珍しく今回は止めようと言ったが、楽天的で刹那的に生きている私としては、「今」行きたいところ、「今」やりたいこと、は「今」を逃したらその冒険的要素や実行意義が半減すると思っているので、やっぱり「行く」という結論だった。カラコルムの山麓に住む、罪無き人たちにも会いたかったし(実際、この事件のせいで今夏のパキスタンへの外国人トレッカーや観光客は激減したと、地元の人々はこぼしていた)、今がダメで未来が大丈夫だなんていう保証も、この国にはない。

40℃を越す灼熱の夏のパキスタン、武装警官のジープにともなわれ、北部のフンザ地域へ向かう。フンザの谷に入った途端、不思議な心地よさに包まれる。4年ぶりのフンザ。そうだった、ここにはナウシカの谷の風が吹いているのだ(「風の谷のナウシカ」のイメージはこの谷から生まれたと言われる)。フンザといえば、アンズの郷。ちょうど今はアンズの収穫期で、あちらこちらに収穫されたアンズが干され、家々の屋根が橙色に彩られている。フンザの常宿から2004年に登ったゴールデンピーク(7027メートル)を眺めていると、なんと隣室には2009年にともにピオレドールを受賞したスイス人のサイモン・アンタマッテンがいた。しかも、私が2009年に敗退を喫したキンヤン・キッシュ東峰を登ってきたというのだ。もちろん初登。うーん、さすがだ。この日は一緒に乾杯する(パキスタンはイスラム国家なので飲酒は禁止だが、フンザでは地酒、ワインがつくられており、仲良くなればたいてい手に入る)。

今回の目的は2山。同じようにフンザから眺めの良いディラン(7266メートル)と、フンザの背後に聳えるシスパーレ(7611メートル)だ。ディランへは対岸のミナピン村からミナピン氷河を越えてアプローチする。北杜夫著『白きたおやかな峰』の山だ。あの高みでいったい何が起きたのだろう?彼らはどんな景色を見たのだろう?そんなにも雪は深かったのか?氷は硬かったのか?そんな小説のなかでさまざまな想像が膨らむ、あの頂へ行ってきた。小説以外でも頂上直下での敗退や、行方不明という記録が並ぶ。地元のミナピン村の人はディランを「2nd Killer Mountain」だと言った。「1st Killer Mountain」はナンガパルバットだそうだ。何?!でもそれを聞いたのは登って降りてきたあとだったので、まあ良かった。

魔の山ディランは我々をその頂へと導いてはくれたけれど、その行程はこれまでの私の好む登攀路とはちがい、西面では心が折れそうになるくらい懸垂氷河地帯のルートファインディングに右往左往させられ、クレバスへの墜落の恐怖やセラックの崩壊の恐怖と闘い、そしてさらに心が折れそうになるくらい長い長い西稜の登高と、最後にはやっぱり氷壁が出てきた。もう頂上へはたどり着けないんじゃないかという思いを何度も打ち消し、最後の岩と氷と雪の壁を登ると、素晴らしい景色が待っていた。はるか眼下に、巨大な氷河のうねりが見える。地球の芸術って、やっぱり素晴らしい。カラコルムの山々は、どこまでも峰を連ねていたけれど、次に目指すシスパーレは雲の帯にその姿を隠していた。スカーフで頭を覆うパキスタンの女性のように。

シスパーレBCはハサナバード氷河奥の緑の台地に設営した。3500メートルと標高は低く、野バラとビャクシンに囲まれた素敵な庭だったけれど、シスパーレの頂まで4000メートルも標高差がある。そしてその頂はやっぱりいつも雲のベールに身を包み、美しい姿はなかなか見せてくれなかった。雨が一週間つづき、その後も雲が切れては湧きくる。壁の状態を偵察しにウロウロしても、結局のところいちばん確認したい上部セラック(懸垂氷河)の詳細は分からなかった。3段に重なるセラックを回避して私たちのラインを引く――出来るか出来ないかは登ってみなければ分からない。天気だって一週間も晴天がつづくことなんて期待できないのだから、どこかのタイミングでGo Upするしかない。

私たちが選んだラインは、一枚の壁というよりは幾つも連なる岩峰群を越えていくというものだ。これがセラックの崩壊というリスクを最も回避できるラインだった。標高差4000メートルとなると上と下とでは相当な気温差だ。下部では気温が高く、落石がひっきりなしに彼方此方から襲ってくる。小さな落石が腿にヒットした。痛がっている場合ではない、ロキソニンを飲んで行動をつづける。こんな危険なところに長居は無用だ。

中間部岩壁でのミックス・クライミングは、ようやく「楽しい!」パートがやってきた感でワクワクした。岩、氷、岩、雪壁……でも、その先に何が待ち受けているのだろう?「ヤバイな」 シスパーレの壁はすんなりと私たちを受け入れてくれるものではなかった。

登っては下り、さらに登ってまた下らされ、雪庇のリッジの次は一枚岩のトラバース。そして登るにつれて目の当たりにしたのは、頭上に迫りくるセラックだった。賢いパートナーはその様を目にした瞬間、「下りよう」と言った。「下りる?」 気持ちが熱くなっている私は、そんなことはすぐには受け入れられなかった。

恋した相手に振られて、すぐにあきらめられるか否か、そのちがいとでも言おうか。私はどうもあきらめが悪いらしい。こんなに想いが熱いのに、どこかに可能性はないのだろうか?しかし、セラックは無情にもそこに立ちはだかっていた。セラック崩壊の脅威に対するリスクは、絶対にゼロにはならなかった。笑顔で帰ること、これが第一命題だ。心では泣きながらも、無傷で帰れることに感謝しなければいけないのだ。未だかつて誰も触れたことのなかったシスパーレ南西壁に触れられたことにだけでも、感謝しなければ。

んー、でもやっぱり無念だ!

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