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レッド・レディを自由のままに

ローラ・イェール  /  読み終えるまで9分  /  スノー, アクティビズム

レッド・レディの山頂にたどり着く地元のスキーヤーたち。コロラド州クレステッド・ビュートから 近いエルク山脈にあるレッド・レディの 頂を、独自の祈祷旗の冠で飾りなおす ことは、この地域における同山の重要 な役割を称えるために行われる。Photo: Forest Woodward

アクティビズムはいつも堅物で政治的である必要はない。コロラド州クレステッド・ビュートの住民たちは、愛するもののために闘うとき、それを楽しみながらやるのもありだということを体現している。

レッド・レディの山頂へ向かう途中、ジュリー・ナニアはお気に入りのアスペン林で立ち止まり、他の赤装束の女性たちを待つ。そして裸の木々が風になびく様子を見上げながら、最高の古き良き物語は大地からふつふつと生まれるものだ、などと言ったりする。

19世紀の著名な地質学者にちなんで名づけられたマウント・エモンズは、地元ではレッド・レディと呼ばれている。1950年ごろにクレステッド・ビュートで生まれ育った坑夫が炭鉱での長い作業を終えて家路を歩いているときにふと見上げると、太陽が山の大きな窪地の赤褐色の岩に反射して、光を放つ女性の姿に見えたのだそうだ。当時は、この山が世界で3番目と言われる大きさのモリブデン鉱床を秘めているとは、誰も知らなかった。モリブデンは鋼の硬化剤として使用され、大規模な採掘作業を要する鉱物である。

レッド・レディの頂上では赤い祈祷旗が激しく舞い、それを木製の山頂標にくくりつけようとする女性たちの赤いスカートもバタバタとはためく。「彼女が永遠に鉱山から自由でありますように」と、風で髪の毛が口に入るのも気にせずナニアが叫ぶ。女性たちは赤いレースやスパンコールやパラソルで飾り、ポリエステルが織り込まれたスキージャケットを身に着けて、輝いている。

1976年に発見されたレッド・レディのモリブデン鉱床は、当時の市場で70億ドル相当の価値があるといわれた。それが北米で最も長い歴史をつづる、鉱山をめぐる闘いのはじまりとなった。この闘いは現在もつづいており、レッド・レディの運命は未だにわからない。

レッド・レディを自由のままに

風にさらされたレッド・レディ・ ボウルの肩を滑る著者(第 35 代 「レッド・レディ」)。Photo:Forest Woodward

「山がまだ形を保っているという事実が、この地域住民の忍耐の証しです」と言うのは、コロラド大学法科大学院の非常勤教授として、天然資源と鉱業関連の法律を教えているロジャー・フリンだ。〈WesternMiningActionProject〉の発起弁護人でもあり、最初の鉱山計画に反対するために組織された地元の環境保護団体〈High Country Conservation Advocates(HCCA)〉の代理人を25年間務めている。小規模ながらも頑固な〈HCCA〉は、採鉱企業に官僚的かつ法的な挑戦を投じつづけ、山の存在を祝福しながら住民の権利擁護を奮い立たせることに貢献している。

フリンの元生徒で現在33歳のナニアは、青く輝く瞳とあふれんばかりのエネルギーの持ち主で、過去10年間、水資源に関する複雑な法律(連邦の水利権問題とナバホ・ネーションとの気候順応管理計画を含む)に携わってきた。彼女はレッド・レディの自然を守りつづけ、称賛している。クレステッド・ビュートの鉱山問題と水資源保護は密接に関係しているからだ。環境保護庁の報告によると、硬岩採掘はアメリカ合衆国内で最大の毒性汚染源であり、西部の水源の40パーセント以上が鉱業によって汚染されている。ナニアは現在、〈HCCA〉のレッド・レディ関連の戦略を先導している。彼女の日常は午前6時にはじまり、数時間仕事をこなしたあとは、バックカントリースキーのついでに同僚の水質調査のサンプリングを手伝う。それから車ですばやく着替えて会議に向かい、そのあとはホッケーやダンスを楽しんでから、午後10時かもっと遅くまでまた仕事をする。

レッド・レディを自由のままに

3,762 メートルの頂からクレステッド・ ビュートを見下ろすレッド・レディ。
かつては先住民のユト族の夏の移住地 でもあり、鉱業と牧畜業に依存して
きた経済を、現在では観光業に切り替え つつあるという、他のコロラド辺境の 開拓地と同じような歴史を共有する。Photo: Forest Woodward

レッド・レディの所有権は過去40年のあいだに4つの異なる企業に渡ってきた。2004年には、そのうちの1企業がレッド・レディ・ボウルの国有地を1エーカー(約4,047平方メートル)につき5ドルという一般的な採掘特許権の価格で買収し、国有地を採掘のために私有化した。現在レッド・レディの一部は、地下の鉱物採掘の権利とともに世界最大級の採鉱企業であるフリーポート・マクモラン社の所有物となっている。

レッド・レディは1872年の鉱業法のせいで危機に瀕することになった。現在のアメリカの運営の枠組みも、「西部を開拓するために鉱山開発を奨励する」というこの法律が成立されて以来、ほとんど変わっていない。現在の法的解釈では、鉱山は清浄な飲料水、狩猟、牧場、娯楽を含むすべての公的な土地利用よりも優先される。つまり、連邦政府は鉱山計画に対して否認はできないということだ。しかしレッド・レディのために、運命のいたずらが救済をもたらすかもしれない。フリーポート・マクモラン社がここでの採掘にはもう価値がないとみなしたのだ。彼らはすでに国内最大のモリブデン鉱山の2つを所有・操業しており、モリブデンは現存する銅鉱山の副産物として採取できるものでもあるため、新たなモリブデン採掘は全体的な生産性には不要となったからである。

レッド・レディを自由のままに

自己を超えた目的と故郷の愛をエネルギー源に、 冷たい突風や顔を刺すような雪、そして不安定な スキーのコンディションにも負けることなく、笑顔を 絶やさないレッド・レディのスキーヤーたち。Photo:Forest Woodward

最近になって、フリーポート・マクモラン社はクレステッド・ビュートの町、ガニソン郡、州および連邦機関とのあいだで了解覚書に署名した。その文書には同社が有するレッド・レディの権利を放棄するにあたり、全関係者が了解できる解決策の模索に専念すると述べられている。しかしそこには複雑な問題もある。たとえば古い採掘場から発生する酸性排水を扱うためにフリーポート・マクモラン社が責任をもつ汚水処理施設があるのだが、それはすでに年間100万から200万ドルの維持費を要するだけでなく、さらに高額な改修工事も迫られている。クレステッド・ビュートだけでその維持費を工面することは不可能だ。幸いにも、これまで長年採鉱企業と闘ってきた周辺地域が、現在では彼らと協力することで、現場の汚染除去に取り組んでいる。

レッド・レディは公有地と私有地が混在し、連邦、州、地方行政によってばらばらに管理されている。しかし複数の関連団体や多世代が関わる複雑なストーリーは、この共同体が自分たちの土地に抱く揺るぎない愛の基盤を築き上げたともいえる。

レッド・レディを自由のままに

第 11 代「レッド・レディ」のスー・ネイビーは、レッド・レディの鉱山反対 運動に 1977 年以来積極的に関わってきた。2019 年 3 月上旬に開催された 「レッド・レディを救う舞踏会」でのこの写真に写るのは、結果を心待ちにする群衆の前で、第 42 代「レッド・レディ」の受称者を発表する彼女の姿。Photo: Forest Woodward

「この土地を崇拝することは、私や他の多くの人たちにとって日常的な活動の一部です」と、自分の動機を振りかえりながらナニアが言う。「レッド・レディのための意識啓発のつもりでやっていますが、じつはレッド・レディが私たちの意識を高めてくれているのかもしれません」

〈HCCA〉が計画した最初の地域活動にスキーによる抗議デモがあった。40人のスキーヤーがクレステッド・ビュートからアスペンまでのバックカントリーを、重たいフレームのパックを担いで細いスキーで旅し、雪洞で夜を明かしたそうだ。スキーヤーたちはアスペンに着くと街のなかを練り歩き、全国の注目を集めたという。お祭り騒ぎのような多くの決起集会の第1回を飾ったこのイベントは、現在は〈HCCA〉によって開催されてはいないものの、「レッド・レディを救う舞踏会」は毎冬42年間も盛況を呈している。この舞踏会では地元の人びとが派手な赤いドレスを身にまとい、レッド・レディの自然を祝いながら踊る。そんな華やかな衣装で変身を遂げるのは、委員会や議会や非営利団体などで地域の価値観を反映する公共政策に、何年あるいは何十年も関わってきた人びとだ。クレステッド・ビュートは積極的に、その経済基盤を鉱業から観光業へと切り替えることを決めた。観光業にももちろんそれなりの課題はあるが、自然のままの土地が最も大切な資源であり、尊重すべきものだからだ。

レッド・レディを自由のままに

一度レッド・レディになったら、永遠にレッド・レディ。クレステッド・ビュートに住むこの女性たちは、山とスキーヤーの共生関係を体現している。 Photo: Forest Woodward

毎年、レッド・レディのために称賛に値する活動に献身した地元のメンバーに「レッド・レディ」の称号が与えられ、翌年の山の大使に任命される。現在は、20代半ばから70代半ばまでの42名のレッド・レディが存在する。第36代の「レッド・レディ」は、レッド・レディについての歌を書き、資金集めイベントなどで演奏したミュージシャン。第12代の「レッド・レディ」は、クレステッド・ビュート・マウンテン遺産博物館を運営し、10年以上レッド・レディの苦境について来館者に伝えてきた。第30代は支援のシンボルとして赤い祈祷旗を作った作家で、それはいまもあちこちの家や職場に飾られている。第11代は〈HCCA〉の創立を助け、現在ではその役員会長を務めている。こうした女性たち(と3名の男性)は皆クレステッド・ビュート近辺に健在で、舞踏会のダンスフロアに集ったり、その翌日はしばしば前夜のドレスを着たまま一緒にスキーを楽しんでいる。舞踏会のドレスを着てレッド・レディでスキーをするという、新しい伝統がはじまったのだ。

彼女たちは皆、声をそろえて言う。「一度レッド・レディになったら、永遠にレッド・レディなのよ」

レッド・レディを自由のままに

ポリエステルとレースの通気性に優れた完璧なレイヤリングシステムで、アスペンが立ち並ぶレッド・レディの山腹を縫い進むシア・ウィルソン(左)とクリスタル・コトウスキー・エドモンズ(第 37 代「レッド・レディ」)。Photo: Forest Woodward

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