プラスティコ
チリ海岸の沖800キロに有名な漂流者の名前がついた小さな島があります。
そこは豊かな海とパワフルな波に囲まれた荒涼とした場所で、レア・ブラッシー、ラモン・ナバロ、コール・クリステンセンがサーフィンのためにそこを訪れたとき、彼らは粗暴な天気と風に手こずりました。しかし彼らはその島が与えてくれるのは波だけではないことも発見し、セッションの合間に島民がいかにしてその野生の海域と漁場を上手く保護しているのかについても学びました。そしてなぜ、アレハンドロ・セルカーク島ではよそ者を「プラスティコ」と呼ぶのかについても。
この旅を綴るパタゴニアの新しい短編映画を下記でご覧ください。また以下はレアの日記の一部です。
「少し前にプンタ・デ・ロボスへ旅したとき、パタゴニア・チリのサーフィンアンバサダーのパト・メキスが、ファン・フェルナンデス諸島のアレハンドロ・セルカーク島に行くのはどうかと言った。彼は美しいドキュメンタリー映画『Más Afuera』を制作するため、すでに2度、兄弟のルカスとフェデと一緒にそこを訪れていた。ファン・フェルナンデス諸島の水は2018年初期に海洋公園として公式に指定されていて、パトはそこでの暮らしが特別なものである所以の生物多様性を保護するために闘った、地元の漁業共同体の優れた構想を私たちに経験させたかったのだ。
行かない手はないと思い、私たちは旅行に必要な準備を整え、ロビンソン・クルーソ島から14時間の旅のあと、ようやく補給船ティオ・ラロ号に乗って、セルカーク島に到着した。主となる理由はサーフィンだったが、ラモン、コール、パト、私の全員が、再生可能な方法で伝統を守ろうとするみずからの地元沿岸地域との強いつながりをもっている。それにしても、私たちは「プラスティコ」だった。それはこの島の地元民が1960年代以来、使い捨てのプラスチックを携えて南米本土からやってくる観光客につけたニックネームだ」
「セルカークの港はその共同体の中心。島の南西海岸にある谷間に位置するとても小さな開拓地に10月から5月までいるのは、ロビンソン・クルーソに戻らずに過ごす30人の男性、10人の女性と1ダースの子供たち。補給船が到着すると、物品を配布する人間の鎖ができて、皆が名前を叫びながら互いをからかう。
港の奥にあるのは木作りの家、とても小さな教会、休養日に汗を出して娯楽するためのサッカー場。不気味な雰囲気を醸し出す倒れた木もある。侵入種であるこれらのユーカリは、自生種と固有種を守るために意図的に毒をもられたものであることがわかると不気味さは消滅する。毎日が定期的で、クルーは朝7時にボートで海に出て作業をし、夕刻には誰かが収穫の取り入れ開始を告げるベルを鳴らす。困難な仕事は心を和ませるような彼らの熱意でもって分かち合う。彼らはそれを共有の仕事と表現するが、私はそれに純粋な兄弟愛を見た」
「地元の漁師トニオとチクゥイがポピト号で私たちを案内してくれた。この島について話しはじめると、彼らはすぐにここよりも素敵な場所はないと言った。彼らの顔は純粋な笑顔で輝き、目には同じきらめきが見られた。ロブスターを罠かごからボートに移しながら、その正しい掴み方を教えてくれた。レア、じゃがいもじゃないんだから優しくね、と私をからかいながら。
ロブスター漁場はセルカークのおもな商業活動で、この共同体は、繁栄しつづけるためにはその資源が注意深く管理される必要があることを、何世代にもわたり理解してきた。彼らの漁場は〈MSC(海洋管理協議会)〉の認証を受けており、ロブスターの個体数に圧力をかけすぎないよう、毎年4〜5か月間収穫を停止する。その他の保護手段も取り入れており、それは漁を許されるのは島の住民だけであったり、手で作られた木製の罠かごだけを使って、一定の大きさ以上のロブスターのみを収穫することだったりする。またロブスターは生きたままの方がより高値で売られるため、それにより地元の家族は確実によりよい暮らしが得られる。罠かごは毎シーズンの終わりに水深150 ファゾムのところから手で引き上げられる。
強力な価値観と目的がこの共同体を可動させ、彼らの仕事の方法に、そして彼らが海を守るためにどう仕事をしているか、強い達成感を感じ取ることができた」
「太平洋の青く光輝く強烈さを想像する。オーバーヘッドのラインが岩礁を巻き込み、無限の青緑色で舞う泡を。目を閉じ、それらの波を滑り、スピードを感じ、威力を受け入れる。巨大な火山岩の壁と日光で金色に輝く草に見下ろされながら。目を開けると自分と数人の友人だけがいる。兄弟愛は波ひとつひとつを称え、喜びで叫びをあげる自分を見つける。そしてその瞬間は一生の思い出へとつながる。
でも私にとっては、最も特別な瞬間は太陽が昇る前にやって来る。彼らは私に向かって
レア、君の番だ。いいかい?
と合図する。アウトリーフで強力なオフショアの風が強打する4.5〜5.5メートルの巨大な波。私はこんな状況でトウインしたことはない。実際、トウインサーフィンの経験は一度もなかったのだ。
ラモンがジェットスキーを運転していたので、私の唯一の仕事は自分のストレス度を抑えることだけだった。それ以外はすべて本能に任せる。この圧倒的な冒険のためにわざわざ私をここに連れてきてくれた仲間たちを失望させたくはない。テイクオフポイントを数度回旋して好機を待つ。スピードがでこぼこをかわすのを助け、波のエネルギーを感じてロープを離すと、私は自分が大好きなことを思い出す。海が背後で轟音を立てながら、大海原の表面を乗る私を運んでくれる感覚。この感覚は素晴らしく、ジェットスキーに戻ると私は彼らを抱きしめた。知識とその日最初の波を私にくれた兄弟愛を共有する彼らへの感謝の念とともに」
「島における最後の時間は、この島でできた新しい友人が作る黒サンゴに刻まれた狼を磨いて過ごす。さあ帰るのだ。ボートは満杯、そして私の心も。ここで起きていることを真に心に刻み込むには、もうあと最低1〜2か月はかかるだろう。そしてもっと多くの言葉、私の母国語であるフラの言葉も必要に。
全員が温かい抱擁をかわすと、水滴から守るために注意深くプラスチックのフィルムに包んだ手紙を誰かが私に手渡す。ボートが出発した数分後、私は封筒に鉛筆でスケッチされた、このセルカーク島にだけ生息する絶滅危惧種の鳥マサフエラハリオカマドドリを見つめる。なぜ私たちはこの世界でこれほど急ぐのか、なぜ自筆で手紙を書かないのか、なぜ本当に大切なもの、愛と自然のために闘わないのか、を考えながら。
結果的には、ビッグウェーブは私が探していた宝物ではなかった。発見すべきことは、共同体が一丸となり、その健全さと持続可能性のためにいちばん貴重なものを保護すれば、みずからの運命を変えることができる、ということだった」