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長く残るもの

ケイティ・ラム  /  2023年12月5日  /  読み終えるまで6分  /  Worn Wear, カルチャー, デザイン

パタゴニア・クライミング・アンバサダー、ケイティ・ラムの裁縫は至ってマイペース。

全ての写真:ティム・デイビス 

両親の車の後部座席に座り、夏の森の緑豊かなタペストリーが通りすぎるのを眺めながら、これから1週間の冒険を想像した。ロングアイランドの祖父母の家に到着し、週末を過ごした後、母は私を1週間そこに残してボストンへ帰っていった。当時8歳、両親抜きで家を離れたはじめての旅行だった。翌朝、腫れた目で目覚めると、祖母のアフは私がホームシックにちがいないと、コットンのキルトと1箱のボストン・クリーム・ドーナツを添えて、私をミシンの前に座らせた。1週間後、両親が迎えに来た時、アフの手ほどきで縫った陽気なネオングリーンのパジャマパンツを私は得意げに履いていた。成長してからもずっと、サイズの合わなくなったそのパンツを手放すことはなかった。

長く残るもの

左:マサチューセッツ州の自宅で、祖母と一緒に縫ったグリーンのパジャマパンツを着た9歳のケイティ。サイズが合わなくなったそのグリーンのパンツは、今も実家のクローゼットにある。写真:ケイティ・ラム提供

右:コロラド州リンカーンレイクのボルダリングで休憩中の一枚。

アフはアメリカで裁縫師として働き、衣料品メーカーのために同じ衣類を作ることやその一部を作っていた。ちょうど既製服が世に出始めた頃の話だ。祖父母の生活は必要に迫られた実利主義的なもので、アフは趣味で裁縫をするようなことは決してなかった。しかし、祖父母の勤勉さと献身的な努力のおかげ、私と母が衣類を作るときに創造性を駆使することの土台が築かれたのだ。

母は裁縫をして育ち、大人になり一度は遠ざかったが、私が裁縫に興味を持ちはじめたことにより、再び手仕事への愛に目覚めた。一緒にに1反の布でダイニングテーブルのカバーを作り、母の古いケンモア製ミシンで、私たちは幼少時代の服を縫い進めた。ヨチヨチ歩きの私に、母は揺れるシフォンのドレスを作ったし、私は、新しいパンツの型紙を自分で作り縫えるようになった。10代の頃には、とにかく洋服で自己表現がしたくて、裁縫ができることで独自のスタイルを編み出した。どんなものでもオンラインで見つけることができたけれど、それでも自作によるカスタムを楽しんだ。高校の頃に作った服を振り返ると、2010年の流行が一目で分かる。同時に、モックネックのタートル、ゆったりとした長袖、古いTシャツのコレクションをつぎはぎしたシャツなどは、私がどれだけ目立ちたかったのかを物語っている。

長く残るもの

両親の家で、ケイティはシャツを作り、兄のアンディはバッグに取り組む。写真:ケイティ・ラム提供

自分に合った服を作りたいという願望は、部分的にはロッククライミングでを通じて見いだした自分の個性の感覚に起因している。7歳でクライミングをはじめた時、両親や兄は真剣に登っていたが、私にとってのクライミングは、新たな友だちを作り、地元の岩山を駆けまわる手段にすぎなかった。成長するにつれて、それは新しい場所を訪れ、個人的目標を追求する手段へと変化していった。クライミングで達成することは、学校での目標達成やキャリアプランよりも、やりがいがあった。幾度かの夏を、ニューハンプシャー州ラムニーで、10代の友人たちとクライミングに費やし、最初はひどく難しく思えた登攀にひたすら励んだ。その難解なシークエンスは、私のクライミングで何が可能なのかを試す初期の実験場だった。

長く残るもの

ケイティは日本製の花柄リネンで縫ったシャツを着て、パンツの縁かがりをする。

これほど長い間、高いレベルでクライミングを追求するためには、自分を奮い立たせるものと、外的要因によって突き動かされるもの違いを意識せざるを得なかった。何を登るか、どのようなスタイルで登るか、クライマーにはそれぞれ選択肢がある。私にとって、最も価値のある登攀は、高水準の美的価値と身体的要件を伴う。難所を登ることに取りつかれた時はいつも、自分の創造性を駆り立てる過程を経る必要があった。それは、裁縫している時と同じように、喜びは構造の細部に専念することから生まれている。

幼い頃からクライミングをやっていたことは、テーラーメイドの服作りにおいて、最初のアイデアを物理的な形にすることや注意深い反復作業を理解することに役立った。まず基礎となる適切な材料からはじめ、生地店の隅々を探し回り、適切な重さやドレープの素材を見つける。そこからは、動きを整理したり、最初の型紙に変更を加えたりなど、細かな調整が最終的なシルエットの成功を決定する。金属製のハサミを使用して、シャツの肩幅を規格外の背筋に合わせるために、縫い目でストライプがきちんとそろうように注意しながら仕立て直す。短距離型のクライマーなので、ムーブを細かく分けて、従来のシークエンスを考え直すことに神経を使う。そして最後には、内側のきちんとした、きれいな仕上がりの縫い目が、完成品のクオリティを語る。

長く残るもの

ケイティとキーナンは、彼らの勲章である「たこ」を調べる。

1つのプロジェクトを終えると、私はその素性の良さを熟知するただ1人だ。ベルニーナ製ミシンにかがみこみ、縫った目のラインが気に入らず悩み、ほどいては直し、またほどいては直した数時間を、私だけが全て理解できる。その背景には、ただの「着る人」ではなく、「作り手」でもあるという違いがある。

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仕事とクライミングで、ケイティは思う存分に裁縫はできないが、ちょっとした修理やパンツの裾上げでも、瞑想的な休息になると彼女は考えている。ケイティは母から譲られたベルニーナ製ミシンを愛用している。

今度は、私は作り手として、全工程を振り返り、結果を判断することができる。私自身の成功の指標は、従来の基準や等級(クライミングにはそうしたものが多々ある)からズレているかもしれない。クライミングを数のゲームに単純化し、的確なスタイルや個人的成長をモチベーションとするプロセスを経ることよりも、とにかく次の目標の達成を優先するのは簡単だ。私は客観的な難易度によって印象付けられるクライミング・プロジェクトよりも、創造力や粘り強さが求められるそれに満足感を見いだしてきた。束の間の流行を追うよりも、時代を超えて残る服を作りたいのと同じように。

私のクライミング人生で最高の日々は、1日が長く、急いで登ることのなかったラムニーの夏だ。最後には登りきれると分かっていた。崖下の洞穴に落としたビレイ器具をつり上げるために釣りをしながら過ごした日もあったし、シーズンのはじめに、岩場までハイキングをして崖から流れ落ちる滝を発見した日もあった。そうした日々は、私がクライマーとして成長する上で無駄ではなかったし、目的を達成する上で障害でもなかった。かかった時間は、プロジェクトの難易度や価値を測る適切な指標ではない。むしろ、裁縫やクライミングは、スローダウンし、必要なだけ時間をかけ、私なりの基準で充足感を見いだせる機会を与えてくれる。より大きくではなく、より良く生きる人生を仕立てるために。

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