厳冬期の島:利尻を滑る、利尻を撮る
上の写真でスノーボーダーを見つけてもらえたかな?(クリックでもう少しだけ解像度はあがります)ここは北海道の北部、利尻島。稚内の近く、日本海に、この標高1721メートルの山は浮かんでいる。日本列島最北の利尻岳の夏は花の百名山とも呼ばれる高山植物の宝庫。しかし冬は一変して海から吹き荒れる季節風の影響から、ヒマラヤに匹敵する山へと変貌する。3月6日から24時間だけ上陸し、そして2人のスキーヤー/スノーボーダーを撮影した話をしたい。
稚内に向かう前日、僕は谷川岳で撮影をしていた。前泊は地下4メートルまで掘った避難小屋。春の陽気だったけどパウダースノーは思いのほかいいコンディションで、結局のところ夕方までシャッターを切りつづけてしまった。週末は激しい渋滞の関越道も、平日なら快適に飛ばせるほどだった。急いで東京に帰り、翌日からの利尻に向けて荷物を入れ替えなきゃいけない。荷物を送る時間的余裕はないから、電車、バス、飛行機、フェリーを駆使して、スキー道具、カメラ機材、さらにはテント泊用品を人力運搬するんだ。毎度、自宅から羽田空港までの移動がつらい。必要最低限の装備でも120リットルのバッグとホイール付きのスキーバッグがパンパンになってしまう。さらに荷物が多ければ階段のたびに2往復して運ばざるを得ない。カメラ機材を思うと乱暴な扱いは許されない。当然、他人の視線が刺さるわけで、冬なのに大汗かいてさらに目立つか、あるいは半袖を着てさらに怪しまれるか。雪山で強風に耐える僕の忍耐力はこうして作られているのかも。
未知の山登りは昔から良くやる探検だ。そしてそれを写真で記録するのがいまの冬の仕事(健康面から季節的に労働は変えている)。目に見える情報、地図、経験者の話を組み合わせ、シャッターポイントになりそうな場所を探す。コツはシンプルがゆえにむずかしい。特等席に構える。ライディングの本質にいちばん迫れる席だ。以前、パウダーを滑ったり崖を飛んだりしていた情熱は、ここ数年はカメラを担ぎ、山で絵を残すことにシフトしている。
強風に突風が混ざり込み、頬が叩かれつづけながらも山頂から標高を下げた。軽く凍傷になりそうだが、高いとこからの島の眺めはじつにいい刺激を与えてくれる。どこを見ても海につづくいい構図で、凸凹した地形や突出した岩場は、カメラポジション天国に見える。山頂から四方八方にのびる尾根は樹林帯にのみ込まれ、島周回道路がそれを囲う。その先にある太陽に照らされながら、ライディングがスタート。島いちばんの大きな沢には逆光が注がれ、期待通りのコントラストでライティングが完成している。
僕は固い雪、つまり氷の上にスキーを履いて立つ。前も右も左も、半歩先は10メートル下に落ちている。スキーブーツでは滑って立てないが、板のエッジを利用して落ちないよう耐えている。被写体を追っているうちに誤って落ちないよう、カメラを動かすリハーサルは欠かせない。まず1人目は広角レンズを使って利尻島と人間のスケールを比較したかった(それが最初の写真)。島と海を前にして、人だけではあまりにも小さいが、舞い上がるスプレーとラインがその存在を少し大きくしてくれるはずだ。ワイドな沢地形をスノーボーダー島田和彦(パタゴニア日本支社勤務)は左から右へと切り返し、ボトムまでノンストップライディング。普段はディスプレイ担当として全国を飛びまわっているが、この島では次から次へと壁にターンを当て込み僕を挑発しているような、スピーディーな動きをみせる。スプレーが無くなれば簡単に見失ってしまうほど小さくなっても、僕は負けじとシャッターを切りつづけた。
彼は岩影に消え、僕は体が動き出さないようにガッツポーズをしてからレンズを交換する。ザックのなかには単焦点レンズが3本入っていて、偶然に任せてそのうちの1本を手に取った。金属のカメラを握っている手は冷えきって少し震えていて、脚も共振して僕自体が落下しそうだ。おまけに容赦なく突風のタックルもくらう。いま落ちても買ったばかりのカメラボディだけははなすまいと左手に力を注いだ(もちろんカメラよりも大切なメモリーカードが入っている)。レンズ交換が成功するとスキーヤー狩野恭一(山岳ガイド〈Hokkaido Backcountry Guides〉 に無線を入れ、彼のイメージしているラインを聞き出した。「光と影のぎりぎりのラインをねらってすべるよ」滑走ラインと僕の立ち位置、中望遠レンズがマッチしていることを確かめて、準備オッケーの手を振った。
すぐさまひとコマ目のシャッターは切られた。彼はグングン加速してゆく。山頂から長く延びた尾根筋の影に合わせ、スキーヤーは規則正しいターンをはじめた。スノーボーダーが地形に合わせた三次元のラインを描くならば、スキーヤーのそれは風景に合わせた二次元のライン。落下運動と横Gを操り、切れ味のあるミドルロングターンを島に刻む。小柄な体が雄大な自然に映えている。僕はファインダーから贅沢な景色を拝んでいる。今朝、何を撮りたいのか尋ねてきた彼に、僕は「スキーヤーとしてのハイパフォーマンスが見たい」と答えたのを思い出した。
変化する夕焼けや礼文島の夜景を眺めながら下山した。背後には闇に消えゆく山容。さっきまで山頂付近で眼下の景色にカメラを向けていたのに、そう思わせるスキーの機動力には毎回感心させられる。稚内からフェリーで渡ったのはこの日の朝のこと。鬼ヶ島のような頂きに立ちえたスピード感は今後のいい指標となるだろう。島滞在はわずか24時間。だがこの脱出のチャンスを逃したら6日後の東京での仕事に間に合わないかもしれない。それほどの嵐が、この島での次の出番を待っていた。