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人の繋がりでエリアを守る都会型ローカルのかたち

小川 郁代  /  2023年4月21日  /  読み終えるまで10分  /  クライミング

ローカルコミュニティ不在のまま、長い歴史のなかで成長を遂げてきた「御岳ボルダー」。2019年、ここに「御岳クライマーズコミュニティ」を立ち上げたのは、開拓者でも地元在住でもない、一人の“普通”のクライマーだった。

ボルダリングの歴史に名を刻む名課題がひしめく「忍者返しの岩」 写真:西脇 仁哉

東京西部、山岳エリアの入り口に位置する御岳ボルダーは、都心から電車で2時間足らずの距離にある。駅から5分ほどの多摩川の両岸に、2㎞あまりにわたって大小のボルダーが点在し、課題の数は300を優に超える。フラットな砂地の河原と整備された遊歩道。日本に数あるボルダーエリアのなかでも、これほど恵まれた環境はあまりないだろう。

1982年に開拓が始まって以降、関東を中心に、全国から多くのクライマーを受け入れてきた御岳ボルダーは、単発的なイベントなどはあったものの、継続的に活動する「ローカルコミュニティ」がないまま発展してきた。オープンで公共性の高いエリアがゆえに、開拓者にも、毎週末のように訪れる常連クライマーにも、自分が「御岳ローカル」だという認識が芽生えなかったのだろう。

人の繋がりでエリアを守る都会型ローカルのかたち

景勝地としても人気の御岳渓谷。河原のボルダーには珍しく、エッジの立ったホールドも多い。写真:西脇 仁哉

2018年クリスマスイブの夜、御岳ボルダーを大きな悲劇が襲う。象徴ともいえる「忍者返しの岩」を中心に発生した、大規模なチッピングだ。何者かが故意に岩に変形を加えたことにより、日本のボルダー課題3大クラシックに数えられる「忍者返し」や「デッドエンド」も、オリジナルが消失したことになる。

この事件を受け、翌年3月、クライマーによるミーティング「御岳会議」が開催された。そこに、一般クライマーの一人として参加していたのが、後に「御岳クライマーズコミュニティ」(以下MCC)を立ち上げる、中井律子さんだ。

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2016年、当時働いていたパタゴニア川上ストアのスタッフやお客さんと小川山でのセッション。現在はふざけてやった反復横跳びで膝を痛め、山もクライミングも休養中。写真:森 隆博

高知県に生まれ、四万十川のほとりで自然と戯れて育った中井さんは、18歳で東京のシティホテルに就職するために上京。しかし、間もなくホテル勤めを辞め、歌手としてホテルのラウンジで歌い始める。

「もともと歌をやりたくて東京にきたので、就職は親を説得するための口実です。歌う仕事を続けて30代半ばになったころ、お客さんに誘われて始めた山に、すっかりのめり込みました。国内はもちろん、ヨーロッパの岩山や雪山を登ったり、スイスでハイキングガイドを経験したり。登山のトレーニングのためにと、クライミングも細々と続けていて、当時はここ(御岳)にもよく登りに来ていました」

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2019年8月、シャモニー針峰群のDent du Géantにて。多発する落石で後続のパーティーが遭難し、救助ヘリが飛び交うなか緊迫のクライミングを強いられた。写真:Yasuko Kikuchi

御岳のチッピング事件が発生したころ、中井さんはパタゴニア吉祥寺ストアのスタッフとして働いていた。「御岳会議」が開かれることを知り、何が起こるのかちょっと覗いてみようと、同僚のクライマーたちと軽い気持ちで参加したという。

「クライミング界の重鎮がずらりと顔を揃え、私には場違いな、とてもピリピリとした雰囲気でした。彼らはこの会議で、御岳を守る団体を作りたいと思っていたようでしたが、名乗りを上げる人もなく、結局その場では何も決まりませんでした。
ミーティングでは、自警団を作って見守りをする、監視カメラを設置するなどの意見が出たんですが、私はそれにものすごい違和感を覚えました。心ない人のチッピングのせいで、みんなが不自由を押し付けられるという、危機感のようなものです。
そのとき、御岳で多くの課題を開拓してきた室井登喜男さんが手を挙げて『カメラをつけたり看板を立てたり、大好きな御岳にそんな無粋なことをするのは絶対に嫌だ』って言ったんです。その姿が、気持ちを全身から絞り出すように純粋で、室井さんの御岳やクライミングに対する愛情がボディブローのように心に響いてきて、何日もそのことが頭を離れませんでした」

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日本のボルダリングの限界を押し上げてきた、室井登喜男さん。MCCの陰の支援者でもある。写真:世良田 郁子

後日、パタゴニア吉祥寺ストアでは、御岳会議に出席したスタッフが集まって話をする機会が設けられた。そこで、「だれもやらないのなら自分たちがやろう」と、吉祥寺ストアが御岳ローカルの活動を担うという案が持ち上がる。

「マネージャーからOKをもらい、じゃあ具体的にだれが担当するかという話になったとき、当時スタッフのなかで業務に一番余裕があるという理由で、クライミングが一番“弱い”私が、この件を任されることになりました」

中井さんはさっそく、周辺のクライミングジムや、アウトドア関連企業などに声をかけ、意見交換の場を設けるなどの行動に出る。ところがその矢先、この計画はいきなり頓挫してしまう。社内での協議の結果、ストアが主体となってこの活動に携わるのは難しいという結論に至ったのだ。

「すでに外の人たちを巻き込んでいたので、今やめたら、私はこの人たちからもらった時間をムダにしてしまうと思いました。御岳のこれからを考えても、室井さんの気持ちを考えても、もう自分がやるしかないと」

自らMCCを立ち上げた中井さんは、協力してくれる身近なクライマー仲間に声をかけ、なかば無理やりに引っ張り込んだ。そのうちに少しずつ輪が広がっていき、発足から4年が経った現在は、6名のコアメンバーがいる。おもな活動は、ソーシャルメディアによる情報発信とイベントの開催。もちろん、その大きな目的のひとつが、チッピング対策だ。

「いくら悪いことだと叫んでも、チッピングをする人との間にある大きな意識の隔たりは、簡単には埋まりません。なにか違うアプローチが必要だと考え、御岳に関わりの深い室井さん、草野さんを講師に迎えたイベントを企画しました。草野さんはトポを持たずに御岳を歩き、岩と対話しながら自分でルートを見つけて登るという開拓のストーリーを体験してもらう内容。室井さんは、御岳の歴史を学ぶ内容で、台風で転がって、違う課題が生まれた岩を登るなど、どちらもとても興味深い体験になりました。
課題づくりを疑似体験をすれば、開拓者の想いやチッピングされる側の気持ちがわかるし、エリアに愛情があれば、それを傷つけることはしないはず。トポやグレードに縛られるのではなく、クライミングの本質に触れてみようという提案です」

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MCCのアドバイザーを務める草野俊達さんは、数々の高難度ルートの初登・再登を成し遂げた日本クライミング界のレジェンド。室井さんがボルダリングに傾倒したのにも、大きな影響を与えたといわれている。写真:西脇 仁哉

「会員制度などがない御岳クライマーズコミュニティは、御岳でボルダリングをするクライマーみんなの、ゆるいつながりと考えていいでしょう。多くのクライマーが訪れる御岳に社会との窓口がないと、うまくいかないこともありますが、今は中井さんが、何か起こったときすぐに出向いてくれています。中井さんが大変にならないように、そして末永く御岳でボルダリングを楽しむために、私も御岳クライマーズコミュニティの一人としてマナーを守って登っていこうと思います」と草野さんは言う。

このアプローチは遠回りで、すぐにチッピングがなくなることはないだろう。しかし、御岳や自然を大切に思う人は、少しずつでも確実に増やすことができる。「北風と太陽」の童話のように、「自警団を作らないチッピング対策」がいつか実を結ぶことを、中井さんは信じて疑わない。

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御岳渓谷はクライミングだけでなく、パドルスポーツや渓流釣りをする人たちにとっても大切なフィールド。写真:西脇 仁哉

2019年10月、御岳渓谷周辺は台風19号によって大きな被害を受けた。御岳小橋は濁流に流され、遊歩道はあちこちで崩壊。ボルダーの下地も大きく変化した。本来なら、その数日後に恒例のラフティング大会「御岳カップ」が開催されるはずだったが、被害の影響であえなく中止。その代わりに、大会に参加予定だったパドラ―らによる清掃・復旧活動が行なわれた。そこに多くのクライマーの姿もあったのは、直前に中井さんが、御岳駅前で宿泊施設「A-yard」を営む御岳カップの主催者、柴田大吾さんに、MCC立ち上げの挨拶に訪れていたことがきっかけだ。

「私たちの役割はこれだと確信しました。MCCがクライマーと繋がり、御岳をフィールドとする別のアクティビティの人たちと繋がる。そうすれば、御岳になにかあったときに、大きな力を発揮することができます。柴田さんはとてもよい理解者だし、応援してくれる地域の仲間もいます。今後も地域にこの輪をもっと広げていきたいです」

人の繋がりでエリアを守る都会型ローカルのかたち

写真:西脇 仁哉

2023年4月8日には、MCCが定期的に実施する御岳ボルダー清掃イベントが実施され、大人から子どもまで26名の参加者が集まった。「ただ登るだけじゃなく、自分にできることでなにかエリアに貢献したい」、「インスタで知り、昔から通っている御岳に恩返しをしたいと思って参加した」など、参加者の言葉からも、御岳を大切に思う人の輪は少しずつ広がっているようだ。

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ゴミ拾いと同時に、岩に残ったチョークをブラッシングで落とすのも、今回の清掃活動の重要なテーマ。御岳駅前の「マウンガ」では、ロングブラシの無料レンタルを行なっている。写真:西脇 仁哉

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河原に設置されたリバークリーン回収ボックスは、A-yardの柴田さんが設置したもの。クライマーが拾ったゴミも、ここに入れれば対応をしてくれる。写真:西脇 仁哉

御岳クライマーズコミュニティは今後、どのような姿を目指していくのだろう。

「みんな仕事や家庭の都合、自分のクライミングもあるから、無理をしたら続きません。やれるときにやれる人が、やれることをやる。柔軟で自由度の高いスタイルが、東京らしいローカルの在り方だと思っています。
今後の最大の目標は、若い仲間を増やすこと。活動を一時のものにせず受け継いでいくために、SNSなどを通じて呼びかけていきたいです」

人の繋がりでエリアを守る都会型ローカルのかたち

思い入れの強い課題は? の質問に「とくにありません」と即答する中井律子さん。登る対象としてではなく、この場所の存在自体が大切なのだという。写真:西脇 仁哉

現在はパタゴニアを退職し、自営業の手伝いや、自分が原作の絵本の出版準備などをしながら、より自由な発想でMCCの活動に取り組んでいるという。彼女がMCCの活動を続ける原動力は何なのだろうか。

「一人で始めたときは、孤独で、うまくいかないこともたくさんあって、正直つらかったけれど、応援してくれる人たちがいるからがんばれます。ここで仲間と過ごした時間が楽しかったから、御岳への恩返しのような気持ちですね」

開拓者でも、筋金入りのクライマーでもない中井さんが、MCCの活動に心と時間を費すのは、自分のクライミングのためでも、ましてや何かの利を得るためでもない。だれかの熱い想いを形にし、それを繋いでいくことを、自分の喜びとして大切にできる人なのだろう。

「御岳クライマーズコミュニティを始めるとき、『コミュニティ』という名前をつけたのは、私の大失敗。これだと、集団とか組織とか、閉鎖的な印象があるじゃないですか。だから、本当は『ネットワーク』がふさわしいんですよね」

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