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日本の天然サケを食卓に

村上 春二  /  2020年4月22日  /  読み終えるまで8分  /  フライフィッシング, アクティビズム

知床連山の尾根に霧が立ち込める早朝、静かに一仕事を終え帰港した漁船が佇む羅臼港。写真:村上春二

早朝3時、北海道の海の男たちが漁港に足早に集まってくる。シロサケ(秋サケ)漁に出航する時間だ。9月から11月の北海道はシロサケ漁の最漁期。秋とはいえ、北海道の朝はかなり冷え込むが、そんな気温に怯んでいる漁師は見当たらない。それはそうだ。彼らにしてみたら、1年間の収益をこの数か月で得なければならない大切な時期なのだ。普段は酒が好きで酔うと日焼けした目尻のシワが愛くるしい強面漁師も、この時期になると真剣そのもの。いったん船の上に上がると、そこは彼らの仕事場。怒号が飛び交い、冷え込む朝に滴る汗。ひとつミスをすれば死につながることもある、緊張感のある現場だ。

作業はおもに10人以内の乗組員で構成され、早朝3時くらいから出航し、朝7時には帰港する。帰港するとその日に獲れたサケを品質やオス・メスに区別して仕分けし、市場にサケを並べたあとは、漁師皆で同じ釜の飯の朝食を食べ、その日の仕事を終える。北海道のなかでもシロサケが漁獲される有数の地域はオホーツク海側。とくに知床半島はシロサケの漁獲量が最も多く、漁師の稼ぎも良い。日本の漁業就業者のうち35歳未満は全体の約15%程度に止まり、高齢化が著しく問題視されている水産業であるが、この地域ではシロサケ漁が魅力ある職業として若者が多く従事している。

日本の天然サケを食卓に

水揚げされたサケを港で漁師が品質などによって仕分けをする。このあと産地市場で競りにかけられる。写真:村上春二

ただ、近年そのシロサケの漁獲量も歴史的に激減している。その実情は地域によって大きく異なるが、場所によっては過去10年間で4〜5割ほど漁獲量が減少し、過去5年間で国内のサケの卵、イクラの仕入れ価格が約4〜5割ほど上昇していると報告されている。このような現状から、一部の漁師は止むを得ずシロサケ漁業を辞め、他の漁業やまったく異なる仕事に就かなければならない実態も生産現場には存在する。そしてその厳しい現状は漁業者だけでなく、地域の流通仲卸業者や加工業者にも共通し、経営難がつづいている地域も多く存在する。

日本にはシロサケ、サクラマス、カラフトマスの天然3種がおもに生息し、商業的に漁獲されて流通している。太平洋でシロサケなどを漁獲する国はロシア、米国アラスカ、そして日本などだが、過去には日本の漁獲量が最も多かった年などもあり、北海道にとっては、とくに地域経済性、そして地域文化的にも非常に重要な魚だ。北海道の漁業関係者に聞くところ、国内需要を満たすには約10万トンのシロサケの漁獲量が必要だが、2009年前後には20万トン近く漁獲量があり、その余剰分を海外市場に輸出して更なる経済効果を見出していた時期があったにもかかわらず、いまでは全体量で約7万トン前後と、非常に厳しい現状がつづいているという。

日本の天然サケを食卓に

定置網にかかったサケをタモで掬う漁師。危険をともなう作業であるがゆえ、船上には緊張感が漂う。その無駄のない手際の良い作業は圧巻。写真:村上春二

ではなぜ、そもそも漁獲量が減少しているのだろうか?世界的に深刻化している温暖化やそれにともなう海水温度の上昇などの環境要因も大きな原因のひとつだが、人間の関与も漁獲量減少に大きく起因していると考えられる。たとえば、河川環境の悪化、人工孵化事業、そして資源管理など。日本には無数のダムが存在するが、それらは必ずしもサケにとって良いものであるとはかぎらない。貯水ダムだけではなく、治山ダムなどの小さなダムも、産卵して生まれた河川に遡上するサケの行く手を阻む弊害になり、産卵する個体数が圧倒的に少なくなる。同時にそのような建設物が産卵場の環境を悪化させ、卵が孵化しづらい環境を生み出すことにもなると言われている。雄大で無垢な大自然の印象の強い知床世界自然遺産にも、じつは100基以上のダムがあり、世界遺産委員会からサケ科魚類に配慮した改良等を行うよう勧告を受けている。そしてサケの卵の人工孵化事業に関しても、天然サケと交雑した際の遺伝子多様性的観点も含め、交雑した子孫の生存率の低下の可能性が、国際的には科学的に指摘されている。そしてシロサケに関してはその科学的根拠がまだ少ないにもかかわらず、漁獲量低下にともなって孵化場魚の放流尾数が増やされるなど、資源全体の影響が配慮されているとはいいがたい。なお、サケは母川回帰能力が高い魚種といわれているが、必ずしも生まれた川にすぐに遡上するわけではない。生まれた川を特定する過程で異なる川の河口域に留まり、確認作業をしていると考えられている。一方、管理としては定置網に入ったサケはすべて水揚げして良いことになっている。すなわち、生まれた川に帰ろうとうろついていたサケも生まれた川に帰ることができず、最後の捕食動物の人間に一網打尽されてしまい、産卵すらできない現状が顕著に存在するのだ。

日本の天然サケを食卓に

設置された定置網を概ね回収した漁師の船上風景。海と空の色合いが調和する漁師特権の景色。写真:村上春二

同じ遺伝子多様性をもつサケが遡上する地域が包括的な資源管理を実施する必要や、放流したサケの回帰率が低下して天然魚の漁獲量も減っているのであれば、その相対関係を科学的に裏付ける調査研究を、漁業現場などとより一層協力し、全域で行う必要がある。米国アラスカなどは、人工孵化放流したサケが天然サケと交雑することで生存率や回帰率に影響があるのかを科学的に裏付けるための研究調査も盛んで、とくにキングサーモンやシルバーサーモンなどは明確に区分して科学的に管理されている。そのように天然サケと孵化場サケを区別して管理する地域の漁獲量はやはり安定し、生産現場の漁師や流通仲卸・加工業者も長期的な経営戦略を描くことが可能になり、より収益の上がる安定したビジネスを継続できているようだ。最近北海道のある河川での研究で、天然サケと孵化場魚の回帰率の割合を調査した研究結果が発表されたが、じつは天然サケの回帰率も孵化場魚と同じくらい、もしくはそれを上回る数値が結果として出された。これは天然サケをより増やして漁獲する資源管理の方が、潜在的に費用対効果も高く経済的に効率も良い管理であることが裏付けられる。

私が学生時代に住んでいた米国カリフォルニア州でも、野生サケの資源量が低迷したことが科学的に把握されたとたん、商業漁業をはじめ河川や海におけるサケを対象にした遊漁も全面規制・禁止された。フライフィッシングを通してサケの生態やその自然界における役割などに魅了され、川や海に通いつづけた私としては痛恨の規制であったが、一方では、この効果は海とサケにとっては必要不可欠な「休み」であるとしばらくして気付かされた。資源量が落ち込んでいる最中もサケの遡上量が劇的に減少することなく維持された河川は、やはりサケの遡上を妨げるダムがなく、また格好のサケやスティールヘッドの聖地であり、さらに大雨が降った直後でも河川の濁りの回復が早い、健康そのものの河川だった。大学生活、そして大学卒業後、サンフランシスコのフライフィッシング専門店で働き、年間200日以上フライフィッシングに没頭していたころには、現在の自身の行動につながる、サケを育みサケが育む山の原風景に多く出会った。

日本の天然サケを食卓に

フライフィッシング道具とキャンプ道具一式をバックパックに詰め、ひとりヒッチハイクでアラスカ各地をめぐり、秋に湖から河川に遡上する大型ニジマスを狙う著者。写真:村上春二

まだまだ改善の余地がある日本におけるサケ漁業の管理や科学的根拠の裏付け。ただ、米国アラスカのような、自然環境がまったく異なる海外事例をそのまま日本に適用しようとしても無理があるだろう。漁師そして地域仲卸流通企業や加工業者にとっては、サケ資源は生命線そのものなのだから、海外の成功事例に学び、日本に適用できる解決策の協議を多様な利害関係者と交わして進めていくことが急務として問われているのではないか。

日本の天然サケを食卓に

10日間にわたる北海道フライフィッシング・ロードトリップの末に行き着いた晩秋の湖で大型イトウを狙う著者。写真:村上春二

とくに水産業という第一次産業は、「環境」が資本であり、その上に「経済」と「社会」が成り立つ産業だと考える。それがゆえに、地域が繁栄するためにはサケという「資本」が、豊富な状態で持続的に担保されないことには、地域「経済」の繁栄が成り立たない。そしてそれは漁村や地域コミュニティが直面する担い手不足などの、「社会」問題の解決にも繋がっていく。これは生産現場だけの問題ではなく、消費者にとっても大事な問題である。消費者にも、持続可能な漁業を目指す漁業者(漁業改善プロジェクト)や持続可能な漁業認証を取得している漁業(MSC認証など)からサケを購入するなど、環境や社会をより良くする貢献方法は多く存在する。

命がけの作業をする熱い漁師。そして美味しい日本の天然サケを食べることができ、さらに次世代に豊富な状態で残すためにできること。獲る人・売る人・買う人・食べる人が、あらためてそれぞれの立場でできることを考え、実行する必要があると思う。これは決して自然を保護したい感情的な行動というだけでなく、私たちの日常の食卓事情に繋がる大きな問題なのだから。

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