解き放つことについて
ロープを手放し、パドルするには速すぎる巨大な波のグライドを体験できるのは、ほんのひと握りのサーファーだけ。それには強い信念と自信、そしてある時点でボードのレールがちょっとでも間違った角度に食い込めば、30フィート(約10メートル)もある波のフェイスが整体師のように体をボキボキにしても平気なことが必要だ。「いつも大きい波のほうが楽しいと思っていたわ」と語るのはレア・ブラッシー。彼女はここ数年で自分の限界を押し広げつづけ、ビッグウェーブサーファーたちの仲間入りをしている。「でも、それを旅の目的にしたことはないの」
昨年7月、ブラッシーはチリにいた。過去20年にわたり世界中で最も大きなスウェルを追いかけている2人の男性、コール・クリステンセンとラモン・ナバロに導かれたのだ。彼らのバンに乗り込む前、ブラッシーはチリの海岸線でもっと乗りやすい波を楽しんでいた。
それは救命装備やインパクト・ベスト、ジェットスキーのいらないファンウェーブ。ひとりでアリカに赴き、サーファーなら誰でも血が騒ぐようなダブルオーバーヘッド級の波をいくつか楽しんだりもしていた。
そのとき、紫色の斑点がスウェルチャートに浮かびはじめた。

この旅のすべてがトウインだったわけではなく、ブラッシーはジェットスキーなしで攻めることのできるラインアップも十分に楽しんだ。チリ、アリカPhoto : MiguelAngelFloresMellado
「ちょうどプンタ・デ・ロボスにいたの」とブラッシー。「コールとラモンはスウェルチャートを見ながらいつも連絡を取り合っていて、私はスウェルが現れたときにたまたまそこに居合わせただけ。そして彼らに『俺たちは使命を果たしに行くよ。君の席も空いているよ』って言われたの」
新しいことを学んで自分の限界に挑戦することに熱心なブラッシーは躊躇しなかった。参加することが決まると、ナバロとクリステンセンのテンションに巻き込まれ、すべてのシステムが起動する。「彼らは世界有数のサーファーたちでしょ」と彼女はつづける。「でも私にはトウインの経験は過去に1回あったきりで、自信があるとは言えなかった。だから私は大きくてもパドルインの波があったらいいなと思っていたの。でも結局トウインになっちゃった。それでも私はやる気だったし、スウェルはどんどん大きくなってきた」

「これは水中で2回も整体治療をしてくれた、おっきなワイプアウトの直後よ!」と語るブラッシー。「それでも笑っている私を見て、コールは安心したみたい」Photo : JeanLouisDeHeeckeren
厳しい結果が待ち受ける波に乗るには、準備が必要だ。実証済みの装備が要求され、間違いを犯す余地はほとんどない。躊躇などは論外だ。
「コールとラモンはそれぞれのやり方や個性や癖があるけど、手順をしっかりと決めているから安心できる。万一の事態に備えて、そこにいる全員が取るべき役割を確認するの。でも同時に2人とも熱狂してもいる。だから、セッションに参加すると決めたら、覚悟して行くしかない。ゴーサインが出たら、恐怖や疑念を抱く余地はないから。その熱狂はすごく伝染するわ」
前夜、彼らはジェットスキーを確認し、レスキュースレッドを取り付けてロープとハンドルの準備をした。翌朝出発した彼らは8人のチームでフォーメーションを組み、危険以外の何ものでもない環境で安全を確保するため、全員が各自の役割と持ち場を把握した。
「すべての準備が整ってないとダメ」とブラッシーは語る。「1セッションに何時間もかかるから、通常の波に乗るときよりもずっと温かいウェットスーツを着る。そしてジェットスキーに乗った時点で準備万全でないといけない。『ああ、もうちょっと温かい装備にすればよかった』なんて言ってられない」

海での長い1日を終えた疲労とともにトレーラーにジェットスキーを戻しつつ、自分たちの幸運に祝杯を挙げるのが待ち遠しいコール・クリステンセンとラモン・ナバロ、そしてブラッシー。Photo : JeanLouisDeHeeckeren
ブラッシーはウェットスーツとインフレーションを装着した。彼女にとって、追加の安全対策が必要になるほどの深刻な波ははじめてだが、これが最後になることは決してないだろう。「いままでサーフィンしてきたなかで、これほど大きくて挑戦的な波はなかった。最初に挑んだ波はかなり大きくて、そこで強烈に叩きのめされたわ!」と彼女は笑う。
好機が重なったこのセッションは、最大級のスウェルに乗るというブラッシーの絶え間ない目標に飛躍をもたらした。「この旅は、これまでのサーフィン人生で最もワイルドな経験のひとつだった。たまたま正しい時に、正しい場所に、正しい人たちといることができたおかげ。コールとラモンは私の兄弟みたい。私はとても恵まれているわ」