農業のありかたを土壌の保全とともに考えなおす

金子 信博  /  読み終えるまで9分  /  カルチャー, アクティビズム

土壌と発芽。写真:金子 信博

地球環境問題と農業

地球環境問題のなかで、農業はあまりよくは思われていません。なぜかというと、農業生産から食品の消費までの活動は環境に大きなマイナスの影響を与えているからです。

この70年ほどの農業の発展はめざましく、大きく生産量を拡大してきました。世界を広く見ると依然として飢餓に直面している地域があるとはいえ、公正な分配や効率的な輸送、貯蔵ができれば、現在この地球に一緒に暮らしている人たちに必要な分の食料を生産できるようになりました。

地球環境問題には温室効果ガスの排出や生物多様性の減少など、私たちが省エネルギーや自然保護区の拡大といった目標を設定してそれに向かって取り組むことで、多少なりとも解決に近づくことが可能なものもあります。

しかし、拡大してきた農業生産は、残念ながら同時に地球レベルの環境問題を引き起こす原因にもなっており、今すぐなんらかの対応をしなくてはなりません。環境を守るために食料生産を大きく低下させるわけにもいきませんし、食料生産を減らさずに同時に環境への負荷を下げることは困難です。急速に悪化しつつある環境問題にきちんと対処するには、世界中で今の農業のありかたを大きく変える必要があります。

いくら文明が発達し工業が発展しても、私たちの食物は大きく農業に依存しています。そして、農業は工業生産と異なり、太陽と空気と水と土壌に依存しているため、自然の能力を超えて生産することはできませんし、基盤となる土壌を傷めるとたちまちその生産力を失ってしまいます。私たちは普段、土壌について特に意識してはいませんが、私たちが食べている食物はその起源までさかのぼって考えると95%以上が土壌で作られたものです。しかし残念ながら、現在の農業はその生産基盤である土壌を大きく損なっています。

軌道を変える
近代農業は化学肥料や化学合成農薬、灌漑や品種改良、そして農業機械の利用によって大きく生産力を伸ばしました。しかし、そのやり方では環境への負荷が大きいことがわかってきた現在、近代農業が引き起こしている問題にどう対処したら良いのでしょうか?

それには2つのアプローチがあります。

ひとつは、より環境影響の少ない代替方法の採用であり、もうひとつは農業そのものを根本から考え直す動きです。

前者はなるべくこれまでの近代農業の軌道を変えることなく、環境に配慮しつつもこれまでと同じように生産を続けようとするものです。後者は、有機農業に代表される化学肥料と農薬を使用しない農法の採用です。有機農業は農業者の健康も守るものであり、多くの国で着実に拡大していますが、それでも有機農業が盛んな国でも農地の4分の1程度にとどまっています。

有機農業が広がりをみせる一方で、日本の有機農家でもほとんど採用していないのが不耕起栽培です。アメリカの有機農業の民間研究所として有名なロデール研究所は1981年から化学肥料・農薬を使う慣行栽培とどちらも使わない有機栽培を比較する栽培試験を続けていますが、2016年から不耕起栽培の試験を取り入れました。土壌を保全する観点から、世界の農地の12.5%はすでに不耕起やなるべく耕さない保全管理を採用しています(Kassam et al., 2019)。

農業のありかたを土壌の保全とともに考えなおす

不耕起草生の保全管理と従来の耕起する管理とを3年間比較した調査区。左が不耕起、右が耕起。開始時には地面の高さが同じだったが、写真では明らかに不耕起区の方が高く、耕起区では耕すことで土壌が失われたことがわかる。ネパール・カトマンズ近郊Devitar,

不耕起栽培とは、タネや苗の植え付け以外には土壌を耕さない栽培です。不耕起栽培にも2つのやり方があり、ひとつは除草剤との組み合わせで栽培が行われます。それに対して有機の不耕起栽培では、カバークロップと呼ばれる収穫を目的としないマメ科やライ麦のような植物で農地を覆います。このような栽培を不耕起草生栽培と呼んでいます。

常識を疑う
農業は自然環境に大きく依存するものの、実際の自然の生態系とは大きく異なっています。たとえば、農地では人が食べるために品種改良された一種類の作物が延々と広い面積に栽培されていますし、自然界ではめったに起こらない耕うんが数か月や半年に一度行われます。「耕す」という言葉は時に農業と同じ意味、あるいは農家の生き方として積極的な意味で使われます。しかし、広い面積で土が掘り返され、根が抜かれ、肥料が混ぜられるということは自然ではありえないことです。土壌生物はそのような突然の撹乱にはまったく対処できません。急に土壌から掘り出され日光に晒されるだけで、多くの土壌生物は死滅します。

私たちの研究グループは、30年以上不耕起で雑草を排除しない有機栽培で維持された農地を調査のために掘り返した(つまり一度だけ耕うんした)場所と、そのまわりの不耕起の農地とでミミズをはじめとする肉眼でみつけることのできる土壌動物相を比較しました。その結果、不耕起のところではミミズを含む14の分類群の土壌動物がいて、その体重は1平方メートルあたり22.6グラムでした。ところが、たった50センチ四方ですが、「耕す」ことで半年後に分類群は8に、そして体重は3.9グラムに減少し、多くの動物たちが棲めなくなりました。耕すことで土壌動物が減ってしまうという事実には、有機栽培も慣行栽培も関係ありません。さらに別の研究で、土壌微生物の量も耕すことで3分の1から5分の1に減少することがわかっています。アウトドアを愛する人は少々の日焼けや地面にぶつかることは気にしないかもしれませんが、土の生きものたちにとってそれらは致命傷なのです。

農業のありかたを土壌の保全とともに考えなおす

2018年。写真:金子 信博

多くの人は、有機栽培であっても土壌を耕すことで微生物もミミズも減少すると聞いて驚きます。地面を耕さず植物をなるべく増やし、裸の地面がなるべく見えないように維持する。このことによって土壌生物の種類や数を増やし、土壌を健康に保つことができます。有機農業は化学肥料と農薬の使用を否定することで、生産力が慣行栽培より劣ることが批判されてきました。さらに耕うんをやめればますます生産力が落ちるのではないかと心配されることでしょう。

この心配には、例えば、ロデール研究所の例をはじめとする多くの研究例を見るとよいでしょう。不耕起草生栽培の採用によって土壌の健康が大きく改善するとともに、生産力も低下しないことが徐々に明らかとなってきています。たとえば、2015年に世界中の研究を精査したところ、不耕起を有機物マルチ、作物の多様化と組み合わせることで、天水依存の乾燥地農業では慣行栽培よりも収量が高まるという報告があります(Pittelkow et al., 2014)。さらに、不耕起草生農地では温室効果ガスの排出を削減し、それ以上に吸収することが可能です(Yagioka et al., 2015)。不耕起草生では土壌に有機物が集積することで大気中の二酸化炭素を固定するだけでなく、メタンガスを吸収し、一酸化二窒素の排出量も低下するのです。

自然を参考に
不耕起でも栽培が可能なのはどうしてでしょうか?そして、土壌の健康が改善されるとはどういうことでしょうか?

先ほども述べたように、自然の土壌にとって耕うんのような撹乱はきわめて稀で、地表面から地下へと深さを増すにつれて土壌の性質が変化します。さまざまな植物の根は、それぞれ自分たちの好みの深さの層に根を伸ばすことで共存しています。根が枯れた後は細いトンネルが残りますし、ミミズの通った跡はそれより大きなトンネルになります。したがって、根が多く、土壌動物も多い土壌は耕さなくても隙間が多く、水や養分の移動も速やかに起こります。

農業のありかたを土壌の保全とともに考えなおす

土の中にトンネルネットワークを作り地面の落ち葉をトンネルに引き込んで食べるノラクラミミズ。農地のまわりや古い家の多い街では庭にも生息しているが、ほとんどの人はその存在に気が付いていない。鎌倉中央公園,

自然の土壌が支えている身近な存在として森林を考えてみましょう。森林ではだれも耕しませんし肥料も撒きませんが、光合成で作り出される同じ面積あたりの有機物量は森林のほうが農地よりも多いのです。もちろん、森林植物はほとんど食用になりません。農地では人が食べられるものを作っているので、単純に光合成の量を比較するのは間違っていますが、現在の農業が自然より優れているとは決して言えないのです。

日本の風土にあった不耕起栽培

よく日本では温帯モンスーン気候(気温の高い夏季に雨が降る)にあるので雑草の生長が旺盛で、除草剤を使わないと農業ができないと言われます。確かに慣行農法ではそうですし、日本の(耕す)有機農家も除草に苦労してきました。一方、不耕起草生栽培は技術的に成熟しておらず、生産力がどうしても低くなることも事実です。日本の有機農業は公的な機関でも研究されていますが、それでも民間の知恵や技術のほうがはるかに進んでいます。他方で、生態学の研究分野では生物が多様に共存することで、さきほど述べた森林のように光合成速度や土壌への有機物の集積、肥料分の利用効率の向上といった生態系の機能が高まることが多くの野外実験で確かめられてきました。

近年、一種類の作物だけを栽培してきた農業から、カバークロップのように収穫しないが土壌を保全する役割をもつ植物とともに作物を栽培する方法が拡大しています。カバークロップも、日本では一種類だけを利用することが多いのですが、何種類か組み合わせる方法のほうが多様性の効果をうまく使うことが出来るので、ヨーロッパ、北米ではカバークロップを混作することが一般的な技術になってきています。雑草は、カバークロップと違って作物への悪影響が多いかもしれませんが、カバークロップと違ってタネを購入してわざわざ蒔く必要がなく、多様性が高いのです。

農業のありかたを土壌の保全とともに考えなおす

2019年。写真:金子 信博

現在、土壌の保全とともに農業のあり方を考えなおし、食料生産を減らさずに環境への負荷を下げることが求められています。パタゴニアが日本国内で取り組み始めているリジェネラティブ・オーガニックは、これまでの農業では成しえなかった環境への負荷を下げながら食料生産を維持する可能性を秘めています。

これまでの常識を疑い、農業のあり方を考えなおすことで、日本の気候風土にあった不耕起栽培が大きく発展する時が近いのかもしれません。ようやくこれから、日本で自然に則した農法を探究し取り組んでこられた方々の「不耕起で雑草を味方として活かす」という知恵や技術が参考になるかもしれません。

よく使われる検索語