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西部の神話を書き換える

 /  2021年6月1日 読み終えるまで13分  /  コミュニティ

ジェイド・ベゲイとパトリス・リンゲルステインは、それぞれフォレストとガペルという名の馬に乗り、カリフォルニア州のカーン川を離れ、ホイットニー山を目指して、長い峠道を行く。Photo:Taylor Rees

2020年夏、米国を席巻した騒動の真っただ中で、この国全体が白人優位の歴史を再考しはじめていたその時に、社会的、経済的、職業的なバックグランドの異なる7人の女性が、ホース・パッキングを再現するために、シエラネバダの山に集結した。彼女らの旅は、現存する孤独なカウボーイの物語に疑問を投げかけ、そして父権主義・植民地主義的な考え方が、今もなお、アメリカ西部史に関する多くの人々の見方や解釈をどのように形成しているかに目を向けさせた。

人種、ジェンダー、環境をめぐる正義のために尽力するこの女性たちは、山間部の75マイルの道のりを10日間かけて旅した。この旅は、西部の癒しのホース・パッキングに出資し、指導している非営利団体「Riding Wild」の創設者であるアニエラ・ゴットワルドによって企画され、実現に至った。そしてパタゴニアもスポンサーを務めた。

旅を終え、ジェイド・ベゲイとパトリス・リンゲルステインは、シエラでの自身の経験を振り返り、人生を変えた瞬間を思い起こし、そして自然の中で過ごすとやがてそれを守りたくなるが、そうしたことから有色人種を遠ざけている厳格な壁について語り合った。

以下はその対談を、要点を押さえて編集したものである。

パトリス:ジェイド、そういえばあなたとあなたが乗っていた馬のフォレストは、旅をしながらどんどん絆を深めっていったよね。他の人たちは馬を交換したり、急な坂や崖とか、不安定な橋で馬を信じきれなかったりしたけど、あなたたちは糊みたいにぴったりくっ付いていた。一緒に過ごすうちに、どのように関係が育まれていったの?

ジェイド:午年生まれだから、たぶん馬とは縁があるのね。それに小さな子どもの頃から馬に乗っていたしね。人間よりも馬を信じるようなところがあるの。そして馬はそういう信頼に合わせることができると思う。私が利用したり、傷つけたりせず、ただ関わろうとしていることを、馬は感じられるのよ。これまでも馬と絆を築くのはけっこう簡単だったし、フォレストともすぐにそうなったわ。

西部の神話を書き換える

(左から)ペソス、ガペル、ブラッド、トビーは、花崗岩の崖に近い草地で食事をする。Photo:Taylor Rees

ジェイド:馬と確かなチャネルを持つには、自分の焦り、執着、恐れを解放しなければならないと思う。そうでなければ、馬がそれに合わせてしまって、結果的に関係に壁ができてしまうの。旅の道中、来る日も来る日も、私はずっと心をクリアにしよう、不安を手放そうと努力した。その不安がこの旅に関するものであろうと、10日間仕事を完全に離れることであろうとね。そしてフォレストと私の絆がもっと深まるように、今その時だけに集中した。一歩間違えば大惨事になるような急斜面を下る時や、フォレストが何かに驚いてギャロップした時、そういう完全な信頼が必要な瞬間にどう協力すればいいかを互いに学習し、そしていっそう親しくなったの。旅が終わり、あの愛しい子にサヨナラを言う時は、もう涙、涙よ。

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旅の2日目、数頭の馬とラバが、自らの意志でキャンプに戻ってきた後のジェイド。パトリスはその日の出来事をこう思い出す。「世話役のアニエラとサムが他の馬やラバの番をしている間、私たちは戻った馬と一緒に待つしかなかったわ。」Photo:Taylor Rees

パトリス:私の場合、にわかに信頼することはできなくて、こんな短期間で私を信頼してくれる馬の度量に感激したのを覚えてる。出会って数時間後に、ガペルと私は、これまで経験したことのない急で延々と続く峠の斜面を横断していて、最初は怖くて飛び降りようかと考えた。ガペルのことも自分のことも信頼していなかったのよ。それでも何とかガペルは私を信じて進み続けた。すぐ気付いたわ。ここはふたりで行くんだと。馬が私を信じるだけでなく、私も馬を信じなきゃいけない。ツルツルした急なガレ場を下る時、次の一歩をどこに踏み出せば一番しっかりした足場があるかを、あの馬は分かっていた。私は手綱を緩め、ガペルにリードさせ、時には彼にもたれかかることで、サドルがたくましい背中を圧迫するのを緩めてあげなきゃならなかった。それに時々は、跳び降りて数マイル歩くことで、休ませてあげる必要もあった。

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ホースシュー牧草地から少し進んで、リトルホイットニー牧草地で丈の高い草を探すガペルの後ろに土埃が舞う。Photo:Taylor Rees

数日後には、ガペルとの強い絆を感じるようになり、彼を通して世界を見るようになった。耳が動いたかと思うと、私なら聞き逃すような音を聞き取り、左側に鹿がいると知らせてくれたし、山道にガラガラヘビがいたことも何度かあった。何日も何マイルも彼と一緒にいるうちに、次第に周囲の美しさや今ここに存在していることのすごさを意識するようになった。今も自分がコントロールできない物事に押しつぶされそうになったり、不安を感じたりした時に、よくガペルと過ごした時間を思い出し、救われるの。

それに、今回の体験は私たちが聞かされてきた「西部劇」とはかなり違うよね。あなたの「孤独なカウボーイの物語は、ロマンティックに美化されていて、まったくもって非現実的」という指摘が気に入ったわ。

ジェイド:私が一番煩わしいのは、こういったカウボーイの物語や、広大で野性的な西部を舞台にした物語が、この件に関する私たち側の視点、つまり、先住民族全体の視点を、歴史から消してしまったことなのよ。彼らは西部について、この土地がだれのものなのか、あるいはだれのものではないのかという神話を築いた。そうした神話や物語が、どんなふうに作品化されてきたかは知っているでしょう。西部開拓の物語は、彼らの言うところの「だれのものでもない土地」を獲得したという意識を永続化させた。それもまた神話よ。そうでしょ?だって、極端に言うと北アメリカ全土は、先住民族の土地だもの。盗まれた、先住民族の土地なのよ。

先住民族の師匠から学んだことの1つに、自然界を「野性」と見なすと、自然とのつながりを閉ざすことになるというものがあるの。野性という考えは、何か別の、異世界や神話的なものを思わせる。代わりに、師匠は自然界を親類と捉えてはどうだろうと提案したわ。そう、この視点なのよ。これこそ私たちの社会に欠けているもので、だから私たちは搾取するばかりで、自然界と正しい関係を築けていないの。自然界に対するこの関係性の欠如のせいで、政治家は北極という、あの驚異的に生物多様性に富んだ地域のことを、「不毛」とか「空地」とか言っては、掘削して利益を得られるようにしているでしょう。私たちの社会や文化が、こうした自然を親類と見なす視点を採用すれば、人間は「自然の権利」に沿って活動するようになるから、川も山も生態系も私たち人間と同じように権利を維持することができる。

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リトルホイットニー牧草地からアッパーファンストン牧草地への長旅に出発するその日、パトリスの1日はヨガで始まる。馬上で6時間、橋を渡り、険しい峠をアップダウンし、ガラガラヘビに遭遇しながら、荷を一杯に背負った馬で多数の倒木の間を進む。Photo:Taylor Rees

ジェイド:ホース・パッキングの世界には父権主義が深く浸透していて、それは白人優位や植民地主義にもつながっている。今回の旅に参加したことが、こういう構造的な問題に疑問を投げかけることになると思わない?私にとっては、先住民族の女性として、他の女性たちと共に西部を馬で旅し、毎日を意識的に過ごし、道中で深い尊敬や畏敬の念を感じた実践や経験こそが、物語の根幹であり、文化的・個人的な変化なの。

パトリス:文化的にさまざまなバックグランドの女性が参加し、主導する旅にするというアニエラの良心的な企画を尊敬するわ。女性や有色人種の人々は、アメリカ西部の山岳地帯はおろか、どの山岳を舞台にした映画、本、テレビ番組にも、取り上げられることはめったにないからね。

ロサンゼルスの街で生まれ育った黒人女性として、私はこの世界ではジョン・ウェインやクリント・イーストウッドだけが「野性の西部」を体験できるのだろうと思って育った。こういう映画の銃、暴力、囚われの姫君のイメージは、アウトドアへのあこがれよりも、私を不安で一杯にした。この意識が変化したのは、サンタモニカの山間部に引っ越して、自分でポジティブなアウトドア体験をするようになってからよ。

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「土埃を避けられそうにない日もあった」とパトリスは回想する。Photo:Taylor Rees

それまで習慣的にアウトドアとは怖いものと考えていたのよ。自然は大いなる尊敬に値する一方で、101号線をドライブしたり、ハリウッド・ブールバードを歩いたりするよりも、自然の中にいる方が、私は安全を感じられる。理解を超えるものに対する恐れや誤った表現は、その破壊につながりかねないと私は思う。例えば、鉱業や過剰取水による淡水の汚染、グリズリーやエルクのような動物の絶滅危惧あるいは絶滅、ずっとこの土地を生かし続けてきた先住民の人々やその習慣への露骨な蔑視がそう。自然が見せるあらゆる姿を本当に好きになれる人が、自然の中に飛び込み、ポジティブな体験をすることでもっと増えれば、自然を守るチャンスも増えるよね。今回の旅が、こうした体験やこの土地が、特定のグループに属するものではなく、この地球の生きとし生けるすべてのものに属するという強いメッセージになればいいと思う。

“「私みたいな外見の人々が、この土地を私と同じように満喫するのを見てみたい。そうした人々に、この美しさに感動し、母なる自然に支配される心地よさを感じてもらいたい。」”

ジェイド:シエラからの道中、ハイカーやパッカーの横を通り過ぎる時、本当に有色人種をあまり見なかった。アウトドア業界は、多様性・受容・平等を高める姿勢を示すために、マーケティングにリソースを投じているけど、マーケティングがどのように現実の変化に転換されるのか、そして私たちのような外見の人々にとって本当にアウトドアが身近になるのかについて、私は懐疑的だわ。受容性を高めるために、これまでアウトドア界が講じてきた対策について、あなたはどう思う?この業界には、修復のために果たすべき役割があると思う?

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パトリスが痛むお尻をストレッチしている間、アニエラは1日の旅のエネルギーとなる朝食とコーヒーを準備する。Photo:Taylor Rees

パトリス:確かに、山道の人々には多様性がなかったよね。自然の中にいると、毎回そう感じる。それは長いこと私を煩わせてきたことの1つで、なぜなら、何より気まずいものね。数マイルも人里離れた自然の中の山道で、たったひとりの黒人というのは、落ち着かない。私みたいな外見の人々が、この土地を私と同じように満喫するのを見てみたい。そうした人々に、この美しさに感動し、母なる自然に支配される心地よさを感じてもらいたい。

何十年にもわたる抑圧が、少数民族の大多数をコンクリート・ジャングルに閉じ込めてきた。不当な賃金で長時間働くから、1日かけてハイキングに行くような時間的余裕はないし、まして1週間もかけて馬旅に出ることなどできない。山はたいてい市の中心部から数時間離れていて、信頼できる車でしかアクセスできないから、どうしようもないよね。アウトドアやアドベンチャー関連の企業が、有色人種に売り込もうとすれば、アウトドアに多様性をもたらすために行動を起こすことで地域社会、自社、地球にメリットをもたらせるでしょうね。例えば、時給12~15ドルの平均的な人々が購入できるウェアやシューズの製品ラインなんてどうかな?あるいは移動手段を持たない少数派コミュニティの人々を対象とする月1回の無料のガイド&送迎付きハイキングとかね。

今回の機会を得られたことをとても幸運に思い、そしてこの旅のスポンサーであるRiding Wildとパタゴニアに感謝するわ。今回の旅が、より多くの企業にとって、富を分かち合い、アウトドアにおける多様性をサポートしようとする刺激になればいいと思う。そうすることは個々の関係者だけでなく、地球全体にとってメリットになるでしょう。自然界の本来の美しさを体験する人が増えれば、多くの人が本能的にそれを守ろうとするようになる。

ジェイド:アクセスの問題以外にも、植民地化や同化政策によって意図的に仕組まれた根深いトラウマやギャップがあると思う。私たち先住民の場合、先祖の土地から計画的に退去させられ、歴史のところどころで、自然界と深くつながり合う自分たちの伝統や儀式をとがめられてきた。そういう内に秘められた恥辱の蓄積があって、先住民の中には、まだそれを癒そうと努力している人々がいる。だって、自分の土地とつながり合うことで罰せられてきたのよ。いまだにそうだという人もいるかもしれない。「Standing Rock Sioux Tribe」や「Wet’suwet’en First Nation」による抗議活動を見てよ。私たち先住民は、水を守ろうとしても、信心深い作法で集会をしても、警察や軍隊に攻撃される。だから、アウトドア業界は、黒人や先住民が大地とどう関わってきたかという歴史や物語を真に意識し、よく知ることが重要だと私は思うの。徹底的に真実が語られないかぎり、癒されることはないでしょうね。だからアウトドア業界にとっての真実、和解、償いがどのようなものなのかをぜひ見てみたい。

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パトリスが言うところの「有名な男前ブレンドのハーブ飲料」のカップを手にしたジェイド。Photo:Taylor Rees

ジェイド:この旅のほんの数日前に、あなたはすごいビッグニュースを知ったのよね。一体なぜ、この旅に出ようと決心したのか、教えて。

パトリス:ここ何年か妊娠を試みていたんだけど、このホース・パッキングに出発する3日前に、妊娠検査薬が陽性になったの!夫も私も震えるほど大喜びした。以前に偽陽性だったことがあったけれど、今度は何だか本物だと感じた。いろいろな考えが頭をよぎったわ。何より、この貴重な新しい命のために大事を取って旅行をキャンセルすることをね。でも、この世に新しい命が誕生するかもしれないことと、旅のタイミングが重なるなんて、あまりにもできすぎているでしょう。

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旅の最終日に、今回の旅の出発地であったコットンウッド荷物ステーションにて、ジェイド、アニエラ、パトリス。写真:Taylor Rees

夫と私が出した結論は、このチャンスは逃すには大きすぎる、つまり私の胎内に抱かれた未来の輝ける生命と一緒に馬でシエラを旅することは、ぜったい良い結果を生むに違いないというものだった。私たちは安全な旅を願って馬と地球を信じた。そして、私たちは守られたの。3月末が予定日の男の子なのよ。いつかこの子に、あなたの命はやさしくて強くて人を信頼する動物の背中から始まったと話せるでしょう。それはきっと自然界との深いつながりを育て、一生を通じて彼を導くことになると思う。

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