コンテンツに移動

地球が私たちの唯一の株主

事業の繁栄を大きく抑えてでも地球の繁栄を望むのならば、私たち全員が今手にしているリソースでできることを行う必要があります。これが私たちにできることです。

イヴォンの手紙を読む

オンラインショップの送料改定について

2024年7月4日から、オンラインショップにおけるすべての注文および返品に対して一律330円の送料をお客様にご負担いただきます。

詳しく見る

修験道を行く:敦賀から潮岬までをつなぐ460km

阪田 啓一郎  /  2022年6月30日  /  読み終えるまで14分  /  トレイルランニング

今いる場所からより高い山へ。修験道の開祖・役行者の足跡を辿り日本海から太平洋まで駆け抜けた6日間。

大峯奥駆道、1300年の歴史ある修行の道 写真:野口 奨太

ある日。山の先輩が言った……。
「役行者(えんのぎょうじゃ)が生駒から金剛山、大峰に行場をかえていったのは、そこから見える高い山へ登っただけちゃうかな」
役行者とは、7世紀末に奈良を中心に活動した修験道の開祖のこと。
「生駒を登ると金剛山、金剛山からは大峰が大きく見えるねん」
眼前に聳える大きい山を登るだけ。そんなシンプルな衝動を新鮮に感じた。そして、自分も同じ道を辿ってみたい、とも。

なんなら日本海から太平洋まで行ってしまおうと、敦賀から潮岬までの460kmのコースを思い描いた。まず敦賀をスタートして野坂岳に登りそこから高島トレイル、比良山地、京都トレイル、生駒縦走、ダイアモンドトレール、吉野から大峰奥駈道、中辺路、大辺路を走り、最後は本州最南端の潮岬に至る。

修験道を行く:敦賀から潮岬までをつなぐ460km

2022年5月1日
1日目
移動距離 83.5km/ 獲得標高 6405m

野口奨太が運転する車で敦賀に向かう。
深夜にスタート地点として受け入れてくれた山本健太郎の家に到着。
準備が整って日付がちょうど変わった頃。野口と山本に見送られ、出発した。

修験道を行く:敦賀から潮岬までをつなぐ460km

スタート前、山本健太郎といつも通りリラックスして過ごす。 写真:野口 奨太

走り始めるや否や、雨が降り出してきたのでレインウェアを着こむ。
最初に向かうのは敦賀三山の野坂岳。
麓のキャンプ場で水を汲み、山頂を目指す。 山の中腹からは敦賀の街明かりが望めた。
野坂岳の頂上(標高913m)に着く頃、あたりは霧で真っ白になり、夜景は何一つ見えなくなっていた。すぐ山頂を後にし、地図に記載のないトレイルで三国山を目指す。

下見済みではあったが、昨年の大雪の影響で倒木が増え、雰囲気が一変していた。
霧で視界が悪い中、倒木を乗り越えながら、トレースを探し進んでいく。
しばらくすると見覚えのある木が現れて、逆走していたことに気がついた。
出だしからこんな事で大丈夫か。とはいえ、いつものことだ。
不明瞭な道を抜け、三国山に着いた。ここからは高島トレイルだ。

夜明け前、雨風が強く寒かった。
武奈ヶ嶽では美しい新緑に癒された。水坂峠までは長く急な下りが続く。
峠から二の谷山に登り返し桜峠に出る、ここから朽木までは舗装路だ。

朽木のコンビニに到着し、初めて長めの休憩を取る。もう雨が上がっていた。
次に向かう比良の山々が見えると嬉しくなり、レインウェアをしまい、比良へと向かった。
汗を噴き出しながら、蛇谷ヶ峰(じゃだにがみね・標高901m)の急登をこなす。山頂からは琵琶湖を一望でき、景色を楽しみながら稜線を歩いた。

イクワタ峠(標高923m)に着くと、これから行く武奈ヶ岳(ぶながたけ・標高1214m)は雲に包まれていた。

案の定、武奈ヶ岳が近づくと雨が降り出してきた。
日没が近づくにつれて、風も出てきた。
やがて前方の山に明かりが確認できた。琵琶湖バレイスキー場のロープウェイだ。

明かりを目指し、暗い山道を進む。スキー場に出てゲレンデを登る。すっかり明かりの消えたロープウェイ乗り場についた。自動販売機で温かい飲み物を買い、建物の軒先に座り込み、一息つく。そのまま眠くなり、その場で寝ることにした。

2日目
移動距離 96.6km / 獲得標高 2949m

寒さで目を覚ました。2時間ほど眠っただろうか。エマージェンシーシートがカサカサ音を立てながら、捲れ上がっていた。吹きさらしのゲレンデを登って行く。身体は温まらずに寒かった。蓬莱山(ほうらいさん・標高1214m)から権現山までは寒さのあまりに体を震わせながら進んだ。霊仙山(りょうぜんやま・標高1084m)からは樹林帯を降り還来神社へ抜けた。ここからはロードで大原へ向かう。
長い坂道を登り、トンネルを抜け、すっかり夜も明けた頃、大原のコンビニに着き、一息ついた。雨は止んだが相変わらず寒い、レインウェアは着たまま出発することにした。

京都トレイルをたどり、嵐山を目指す。京都トレイルは大きな山はなく、ロードパートが多く、鞍馬寺などもありちょっとした観光気分を味わえる。
一か所、道が崩落しており、高巻きで越えるも、それ以外に難所はなく順調。
日が昇り暖かくなったので、トレイル沿いの川に降りる。
シューズやウェア、自分の身体も洗った、冷たい水が心地よい。

観光客で溢れた嵐山に着くと、冨田知代が応援に来てくれていた。天気予報を調べてくれ、しばらくは天気が良いと教えてくれた。渡月橋を渡り、嵐山の駅まで見送って貰った。東海自然歩道に入り、舗装路と竹林を通り抜けると、金蔵寺からは登山道が続いていた。

西山古道で天王山へ、日が沈み暗くなった頃、大山崎の街に降りたった。なにか連絡が入っていないか確認すると、友人の野口奨太と吉岡恒兵が駆けつけてくれるという。もう少しで夕飯と長めの休憩を取るつもりだったので、ちょうどよかった。

修験道を行く:敦賀から潮岬までをつなぐ460km

サポートの吉岡恒兵と、駆けつけてくれる仲間はなにより心強い。 写真:野口 将太

淀川を越えれば大阪だというのに、少し飛ばしすぎたのか、足首の痛みが気になりだした。3時間以上歩きたおし、2人が待つ登山口がある公園に着く。椅子に座ると上着をかけてくれ、温かいカレーとスープをご馳走してくれた。寒いから車で寝るようにと促され、車に乗り込みシュラフに潜りこみ、目を閉じた。

3日目
移動距離 78.2km / 獲得標高 4041m

3時間ほどで目が覚めてからも足首の痛みが気になった。
外はあいかわらず寒い。2人に見送られ、リスタート。
生駒縦走路に突入する。序盤の国見山(標高284m)を登る。やはり足が痛い、まだ半分も来てないというのに……。
夜明け前、交野山(標高341m)から、朝靄が広がる大阪の街並みが見えた。生駒縦走路は緩やかで遊歩道が多く快適に歩ける、終点の高井田までは約40km。日が昇るにつれ、明るくなり、生駒山(標高642m)に近づいているのが見て取れた。
生駒山山頂の遊園地は多くの人で賑わっていた。ポールをついて歩く僕は場違いのようで恥ずかしく、足早に山頂を後にした。

山頂から下る途中、前方に大きく金剛山(標高1125m)が見えた。より高い山に登ってみたくなる心境は良くわかる。役行者がそうだったのように……。登山道が終わり、長いロードを下る。日差しが体を直射して暑い。ふらつきながら、高井田にたどり着いた。

コンビニで食料を補給する。事前に荷物を預けていた戸口裕策に連絡してダイアモンドトレールに入る前に連絡すると伝えた。コンビニの裏で寝ることにした。すぐ意識はなくなるも、アラームで目覚めた。30分ほどの仮眠。歩き出し、3時間ほどかけて穴虫峠に到着。ここが起点となりダイアモンドトレール(通称ダイトレ・大阪、奈良、和歌山の県境に連なる全長約45kmの自然歩道)がはじまる。すでに夕方なので今日中に金剛山を越えられるか不安だったが、山道を登り始めた。

修験道を行く:敦賀から潮岬までをつなぐ460km

ダイアモンドトレール、木段が延々と続く。

竹内峠から岩橋山に向かう頃には暗くなり始めていた。ヘッドライトが照らす木段はどれも同じに見えて進んでいる気がしなかった。葛城山手前でふと戸口に連絡するのを忘れていた事に気付くも、構わず進んだ……。

ツツジの名所で知られる葛城山は真っ暗だった。ちょうど満開の時期で、山の斜面をライトで照らすと赤い花々が咲いているのを確認できた。

戸口に電話をかける。
電話がつながると、「こらー!今どこにいるんやー!」と戸口にかけたはずなのに上宮逸子の声がする、疲れでいよいよ頭がおかしくなったかと思ったが、どうやらサプライズで応援にきてくれ代わりに電話にでたようだ、出てしまったらサプライズにならんやん・・・
金剛山を越え、五條のコンビニで待ち合わせることを約束し、葛城山を後にした。下りだすと前には大きい金剛山のどっしりとした山容が見えた。

大きな杉の木が並ぶ参道に出た。山頂には役行者が開いたお寺や神社があるが、夜中なので立ち寄らず先に進む。金剛山からは古和道で五條に降りる、下りが足に堪えたが、無事に下りきり、日付が変わる頃ようやく戸口と上宮が待つコンビニに到着した。

連絡を忘れたことを怒られるかと思ったが、戸口はいつもの調子だった。戸口の自家用車で長めに4時間の睡眠を取ることにした。

4日目
移動距離 61.1km / 獲得標高 3804m

翌朝、起きると体調はかなり回復していた。
2人は吉野まで見送りに来てくれるという。吉野川沿いのロードを歩いた。天気がよく遠くの山まで望めた。川から離れ細い坂道を登り2人が待つ下千本駐車場へ。ここで大峰山に備え、大きいザックに装備を入れ替える。大峰山(標高1914m)は一人でサポートなしにこだわったが、険しさを知っているので不安だった。

「ねぇ、葛城山のツツジは咲いていた?」上宮が呑気に聞いてくる、どうやらこのあと行こうと考えているらしい。いつまでも居られないので、最後におにぎりを一つ食べ出発することにした。ここまで280km。疲れており、正直、不安だった。
別れ際、「楽しんでー!」と手を振られる。「そうだ、こんな状態で大峰山に挑めるなんて二度とないかもしれない…」不安は好奇心にかわり、気持ちが軽くなる。「ありがとう」と心の中で呟き歩き出した。

お土産屋が並ぶ急な坂道を登って行く。やがて人気がなくなり大きな鳥居が現れた。額束には修行門と書かれている、ここが大峰奥駈道の入り口である。
この道は飛鳥時代に役行者が開いた修験道であり、日本一過酷と言われている。1300年の長い歴史の中でも敦賀から挑む者は自分だけのはず。大きく息を吐き、一礼して修験道に踏み込んだ。

修験道を行く:敦賀から潮岬までをつなぐ460km

待望の大峰奥駈道、山上ヶ岳に向かう。

暫く歩きやすい登山道が続く。五番関には女人結界門があった、ここから山上ヶ岳を越えるまでは未だに女性は立ち入ることの出来ない女人禁制となっている。山上ヶ岳が近づくと、茶屋などが現れ白装束を着た人とすれ違う。やがて岩場が出てきて険しくなる。山頂にはいくつか宿坊があり、修行している者がいることをうかがわせた。

宿坊を抜けた奥には大峯山寺があった。小笹ノ宿は綺麗な沢が流れており、ボトルいっぱいに水を汲んだ。大普賢岳(標高1780m)からはクサリ場が現れ、進みは遅かったがようやく山らしくなってきたと気分は高揚していた。行者還りの小屋を過ぎると緩やかな尾根道が続く、遠くに弥山が見える、弥山には有人小屋がある。営業時間に間に合うようにと、期待を抱えながら走った。

修験道を行く:敦賀から潮岬までをつなぐ460km

弥山に向かう尾根道を行く。

日は沈み、小屋の明かりを目指し最後の登りをこなす。到着した頃には営業時間はとっくに過ぎていた。小屋には明かりがついており目の前のテン場はテントが並び賑わっていた。小屋の主人も起きており話していた。売店でなにか買えないか頼もうかと思ったが、何故だか諦めた。

最高峰の八経ヶ岳(はっきょうがたけ・標高1915m)に登る。山頂は風があり寒かったのですぐに降りる。冷えた身体で楊枝ヶ宿に着いた。中で寝ようと戸を開けるとびっしり人が寝ていた。諦めて外にシェルターを張り、持っている物すべて着てエマージェンシーシートに包まって眠った。

足先が氷水に浸かっているかと思うくらい冷たい。2時間も寝ていないが、仕方なくシェルターから這い出し支度し、出発することにした。

5日目
移動距離 60.8km / 獲得標高 4046m

日が出るまではのんびり歩く。いつも通り歩きながら身体の不具合を確認する。足首の痛みはあまり悪くなさそうだ。今日、大峰を抜けると決心する。釈迦ヶ岳(標高1800m)の頂には、釈迦如来像が祀ってあった。やがて日の出を迎え、朝焼けで木々が真っ赤に染まりだす。太古ノ辻から南奥駈道になる。ようやく半分。開けた景色に、解放的なトレイルが続く。

修験道を行く:敦賀から潮岬までをつなぐ460km

南奥駈道に入り極上のトレイルに浸る。

行仙宿から笠捨山に向かう。新緑のブナ林が綺麗だった。地蔵岳からはクサリ場の連続。クサリや木の根を掴み登る。通過する頃には全身が疲労した。

登山道が何度か林道に交わる。途中から林道を進んだ先に玉置神社の駐車場にうどん屋「栄山」があることを知っていたので一目散で駆け込んだ。

中ではおじちゃんが忙しく動いていた。修験道の大峯奥駈道から立ち寄る人も多いそうだ。
「今日はどこからだ?」と訊いてきた。
楊枝ヶ宿からと応えると「そうかお前さんは健脚だな」と話しながらも、手は動いている。
僕は、しいたけうどんと牛丼を注文した。「お前さんなら本宮まで抜けられるよ」と言いながら置いてくれた2品の丼。腹が減っていたので、2品とも口にかき込んだ。

ここから本宮までは問題ないが、その先の那智までの行動食が足りなさそうだった。致し方なく野口奨太に連絡し、夜に熊野本宮まで来てくれるように頼み込んだ。玉置神社を出る。調子は良く大森山の登りも難なく越えた、五大尊岳からの下りはロープを頼りに、滑りながら降りた。
吹越峠をすぎ、明かりが見え始めると本宮は近い。最後の下りを駆け下り、橋から熊野川を渡り熊野本宮に着いた。疲れが溜まり、バス停のベンチで寝ることにした。
程なくして、車の音で目覚めた、野口が来てくれたのだ。弁当を食べ行動食を受け取る。
1時間半ほど寝られたので、そのまま中辺路に向かった。

6日目
移動距離 78.4km/ 獲得標高 2584m

修験道を行く:敦賀から潮岬までをつなぐ460km

熊野古道中辺路、朝日と共に雲海が広がる。 写真:野口 将太

熊野古道中辺路は古くからある参拝道で石畳のきれいな道が続く。最初の小雲取越えはすぐに終わった、小和瀬では野口がいてくれたので、心強かった。次は大雲取越え。石畳が続く長い登りで、歩きやすく、緊張感もないため眠気が襲ってきた。寝ながら歩いており殆ど記憶がない……。気づいたら那智大社に着いていたという始末だ。

大門坂の参道を抜け野口と合流しここで軽いザックに替え走り出した。
国道まではすぐだった。残り40km。ここからは野口と二人で走る。日没までにはフィニッシュできそうだ。

国道を走り抜け、熊野古道大辺路へ。
峠を抜けると湯川の海に出た。遠くまで来たことをしみじみと実感する。

二河峠、市屋峠と越えていく。二人で走ると早かった、話しながらだとアッという間だ。清水峠を越え国道を行く、熊野灘の海が広がっている。串本の街を抜け、看板に潮岬の文字を見つける、走るペースが上がったまま、坂道を登りきると岬のタワーが見え、坂道を下り、芝生広場に出た。そこには、夕日にてらされた本州最南端の碑があった。遂にたどり着いたのだ、こうして僕の山遊びは終わりを告げた。

敦賀~潮岬
458.65km
23,829m D+
6 days 18h22m

修験道を行く:敦賀から潮岬までをつなぐ460km

潮岬、サポートの野口奨太と、達成感半端ない! 写真:野口 奨太

今いる場所から望めるより高い山へ。
その単純な行動に憧れ思いつくままやったこの山行。僕の頭に浮かんだのは、楽しげに山を走る役行者の姿だった。

神通力を持っていたとされる役行者。人には信じられないような山行をするが故に、そう思われていただけではないだろうか。

好奇心の赴くまま、山に向かう子どものような人。そんなふうに僕は勝手に想像した。

大人になると、やる前に答えを出そうとしてやらなくなる。それでは何もできないではないか。

思いつくまま、好きなように山遊びをすればいい。童心に帰ることが楽しむ秘訣なのだと、修験道が教えてくれた気がした……。

パタゴニアは製品を保証しています。

製品保証を見る

私たちはみずからの影響に責任をもちます。

フットプリントを見る

私たちは草の根活動を支援します。

アクティビズムを見る

私たちはギアを生かしつづけます。

Worn Wearを見る

私たちは利益を地球に還元します。

イヴォンの手紙を見る
よく使われる検索語