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サンゴに救われるもの

瀬戸内 千代  /  2023年7月12日  /  読み終えるまで13分  /  アクティビズム

生き生きとしたサンゴの造形美が見られ、色とりどりの魚たちがにぎやかに泳ぎまわっているはずのサンゴ礁の海、その現在と未来とは。

日本は北に流氷が、南にサンゴ礁が広がる非常に豊かな水域をもつ。とくにサンゴ礁については、沖縄を中心とした亜熱帯域に有するだけでなく、温帯域にもサンゴ群集が成立しているなど、世界的にも多様なタイプのサンゴ礁生態系が存在する。豊かな生物多様性を育み、私たちに多くの恩恵をもたらしてくれるサンゴ礁生態系は、しかしながら脆弱性が高い生態系としても知られており、そのため気候変動や同時に進行している海洋酸性化などの影響により、とくに保全の必要性が高い生態系のひとつとして国際的に認識されている。

全ての写真:垂見 健吾

夏の余韻が残る日差しが降り注ぐ秋の朝、ダイバーたちを乗せた漁船が港を出た。港から10分ほどのポイントに着くと、彼らは海底に降り、ゆっくりと移動しながら生き物たちに目を凝らす。そしてBCジャケットにぶら下げたクリップボードを手に取りながら、記録用紙に鉛筆を走らせる。ここは沖縄本島の西100kmに位置する久米島。ダイバーの多くはこの海とともに暮らす漁業者やダイビング・ガイドだ。彼らは「リーフチェック」と呼ばれるサンゴ礁のモニタリング調査をしている。

「もうちょっとキレイかなと期待していたけれど、やはり、ここもかなり白化していましたね」と静かに話すのは、調査を終えて船に上がった安部真理子さん。

安部さんは公益財団法人日本自然保護協会に所属する理学博士で、サンゴの研究者である。ここ透明度が高い久米島の海は、かなりの深さまで太陽光が差し込み、水深30~40m近くでもサンゴが生息できるという。この日ダイバーたちが調査したのは水深10mと3mの比較的浅い場所で、本来であれば一面に元気なサンゴが広がっていてもよい場所だ。しかし海底は見渡すかぎり岩場がつづき、生き生きとしたサンゴの姿はほとんどなく、ひっそりとしていた。生物多様性の宝庫であるはずのサンゴ礁の海はいま、数十年前とは様変わりしている。

リーフチェックとは、いわばサンゴ礁の健康診断だ。米国UCLA研究所内リーフチェック財団の本部が定める国際基準のルールおよび手法にしたがって行うサンゴ礁の調査で、現在は102の国と地域で14,000回以上実施されている。調査では、指標となる生物の有無や、白化したサンゴや病気のサンゴの割合、船のアンカーなどで傷つけられたサンゴの被害状況、サンゴに絡み致命傷を与えるかもしれない漁網ごみの存在などを記録する。その結果はデータベースに蓄積され、科学研究や政策決定の基礎データとなる。リーフチェックはまた、科学者と地元住民がともに継続的にサンゴを見守るという啓蒙も目的となっており、人為的なサンゴの被害の軽減も期待できる。

安部真理子さんは、リーフチェックが世界中で動き出した1997年に日本での立ち上げに携わり、それ以来25年間にわたり、日本国内のサンゴ礁の海に潜りつづけてきた。さらにリーフチェックの現場を統括する「チームリーダー」と、調査の精度を担保するために海洋科学者から認定を受けた「チーム科学者」を養成するリーフチェックコーディネーターでもある。

幼少期の安部真理子さんは生き物が好きで、セミの幼虫や青虫を喜んで飼うような子どもだった。学生時代は生物学や生化学を学び、大学院で微生物を研究するようになったが、研究者になってからも研究対象でない生物にも興味が尽きなかった。そして研究室で顕微鏡をのぞく日々のなかで、このままでは自然がなくなってしまうという危機感を募らせていた。そんななか、自然保護NGOに転職後、転機は1995年にやってきた。

「シドニーに赴任した同僚をたずねたとき、体験ダイビングではじめてサンゴ礁を見たんです」職場の要請で国内でのリーフチェックの立ち上げを担当することになったのは、その2年後だった。

現在の地球は6回目の大量絶滅が進行中で、過去最高速度で次々と生き物が絶滅している。山火事や暴風雨の増加といった陸の異変や、それにともなう生物の減少は目に見えるが、じつは、どの分類群よりも際立って危機的な状況にあるのが、海のなかに生きるサンゴである。IPCCの「1.5度特別報告書」(2018年)は、産業革命前からの地球の平均気温上昇を1.5度に抑えられても、70~90%のサンゴが失われると警告している。2020年時点で、世界中でなんらかの指定のもとで保護されている海は全体のわずか8%に過ぎない。科学者はそれでは不十分だと言う。いまや100万種以上の動植物の絶滅が迫っており、それは人類にも影響をおよぼす。2022年12月カナダのモントリオールで開かれた国連生物多様性条約締約国会議(COP15)では、生物多様性の損失を食い止めて回復させるネイチャーポジティブに向けて、各国は2030年までに陸域と海洋の少なくとも30%を自然保護および保全の対象とする30 by 30の目標が採択された。

サンゴは海の熱帯雨林とも呼ばれ、地球の生態系で重要な役割を担う。木々と同じように二酸化炭素を吸収して酸素を排出し、炭素の貯留をも果たす。けれども大気中の二酸化炭素が増えると、温室効果で海水温が上昇するだけでなく、過剰な二酸化炭素が海水に溶け込むことで海洋酸性化が進む。熱すぎる海も、アルカリ性が弱まった海も、炭酸カルシウムで骨格をつくる造礁サンゴには生きにくい。加えて漁業や開発行為、富栄養化など、人間の経済活動により、サンゴには複合的なストレスがかかっている。サンゴが弱ると、共生している褐虫藻が抜け出し、骨格が透けて「白化」する。いったん白化しても褐虫藻が戻ってくれば回復可能だが、光合成によって栄養を補給してくれる褐虫藻が戻らなければ、サンゴは死んでしまう。

生きているサンゴは粘液を分泌し、それをついばむ魚、エビやカニ、ヒトデなどを養っている。元気なサンゴの骨格は、生き物たちのすみかにもなっている。透明度の高い熱帯および亜熱帯の海はプランクトンが少なく、サンゴがいなければ高い生産力は望めない。死んだサンゴはボロボロと崩れてしまい、生き物たちが隠れられる場所も少なくなる。生き物は、サンゴがあるからこそ繁殖し、誕生し、幼生期を生き延び、また繁殖して命をつなぐ。豊かで元気なサンゴは広大な地形を創出し、多種多様な生物を育むことで、私たちの水産業や観光業を支え、さらに波を静穏化することで、津波などの減災にも役立つ。サンゴは人類、そしてサンゴ礁生態系に依存するすべての生命の礎だ。

サンゴをしっかりと守っていくためには、科学的な知見をもつ専門家が必要だ。だがそもそも世界的な傾向として、サンゴ礁を見ることができる学者が足りていない。リーフチェックの規定でも科学者の同行が必要だが、フィールドに出る科学者自体が少ないうえ、導入当時の国内のサンゴ研究者コミュニティは極端な男性社会でもあり、協力者ひとりを見つけるのにも四苦八苦していた。

サンゴに救われるもの

リーフチェックの参加者は地元の漁師、漁業者、ダイバー、行政、NPO/NGO、マリンレジャー事業者などさまざま。年に一度を目標に、頻度は少なくとも定期的に継続して調査をすることを目指す。こうした沖縄の浅瀬のサンゴは、水がきれいで透明度が高く、紫外線を含む日光が届きすぎるゆえに、白化もしやすい。

「もう自分が専門家になった方が早いのでは?と思ってしまって」と、安部さんは苦笑いする。

そうしてWWFジャパン(公益財団法人世界自然保護基金ジャパン)を退職後、オーストラリアのジェームズクック大学院修士課程に留学。それから琉球大学でアザミサンゴの多様性を研究し、博士号を取得した。東京からやって来た安部真理子さんは、琉球大学在学中の6年間で、地元沖縄の人たちと率直に話ができる関係を築くことができ、それは現在の活動や地域との連携にも役立っているという。

日本は南北に連なる400以上の有人島から成る島国である。流氷が漂う北海道から、造礁サンゴが生息する南西諸島まで、豊かな海が広がる。とりわけ北緯26度付近に散らばる沖縄諸島は、エメラルドグリーンにきらめく海とサンゴ由来の白い砂浜に囲まれ、観光立国を掲げる日本にとって重要だ。なかでも辺野古・大浦湾沿岸域一帯は豊かな生物多様性が証明され、「ホープスポット」として認定されている。ホープスポットとは、生物多様性が豊かな場所を指す「ホットスポット」という用語に対して、とくにホープ(希望)を強調した概念で、海洋学者のシルビア・アール博士が2009年に提唱し、2022年10月現在、世界で144か所の海域がホープスポットに認定されている。世界の海はひとつにつながっているので、とりわけ重要な海域を効果的に保護できれば、その「希望の海域」から大量の卵や幼生が流れ出て、各地の海を豊かにできる可能性を秘めている。安部真理子さんがその認定に大きく貢献し、日本初のホープスポットとなった辺野日本の海の状況を国際的な基準で把握するため、1997年に日本国内でのリーフチェック古・大浦湾には、5,000種以上の生物の生息が確認されていた。

サンゴはまた島を守る砦でもあり、魚介類や海藻を与えてくれる食料庫でもある。沖縄では、死んだサンゴの骨格も建材となって暮らしを守り、子どもたちに安全な遊び場を提供し、芸術活動や祭礼の場ともなって琉球文化を築くなど、人びとの心のよりどころとなってきた。だがこれらはすべてサンゴの健康度に頼っている。

「台風は海水をかき混ぜてくれるので、水温が下がってサンゴが復活することがあります。令和4年の台風第14号のあとも、かなり白化していた沖縄本島や奄美大島のサンゴ礁に潜ったら、少しずつ褐虫藻が戻ってきているのがわかりました」と安部さんは話す。「台風は恵みでもあるんです。台風は畑の害虫を飛ばしてくれて、打ち上げられた海草は農家が肥料に使ったりしていました。もちろん強すぎる台風は歓迎できないし、最近は台風の進路が変わり、進路からそれた南の八重山海域などでは白化が進行して、ほぼ絶滅してしまっています」

一方では近年の海水温上昇に対応し、日本の温帯域でサンゴ分布が北へと拡大する「サンゴの北上」という現象も起きている。南から黒潮や対馬暖流が流れる日本近海ではとくに顕著で、種によっては1年に14kmも北に分布を移していたと報告されている。世代を重ねながらサンゴが北へ北へと逃げられるなら安心かと思いきや、「サンゴだけ北上しても、サンゴ礁の生き物たちがみんな北に行けるわけではありません。フランスの研究者は、クマノミは真っ先に温暖化の影響を受けて姿を消すと予想しています。新しい場所に適応できないし、決まった共生相手のイソギンチャクも一緒に移動できるわけじゃないですからね」海水温の上昇は簡単には止まるわけもなく、絶望的な気分にもなる。だが、希望もある。日本のサンゴ礁は条件に恵まれ、とくに多様性が高い。

「このあたりには、いろいろなものが流れ着くんでしょうね。サンゴ種の同定ができる研究者に、『オーストラリアには、1本のダイビングで、しかも陸に近いところで、こんなに多くの種が見られる場所はない』と言われました。日本のサンゴ礁は、箱庭みたいにいろいろな種類のサンゴがちょっとずつあるんです。海流に乗ってフィリピンあたりから豊富なサンゴの赤ちゃんが流れ着く可能性があるうえに、定着できる地形も多いんですね」つまり、いったんサンゴが死滅した場所でも、海の環境が改善すれば、サンゴ礁がよみがえる確率が高いということだ。

「サンゴのためにできることは、まだあります」安部さんはつづける。「サンゴは普段健全な状態であれば、多少のことには耐えられるんです。逆につねにダメージを与えていたら、ちょっとした水温上昇で死んでしまいます。ですから陸域の開発はもちろん、海域の埋め立ても、できる限り減らすのがいいんですね。沖縄の農家の人も赤土の流出を防ごうと、サトウキビ畑のまわりに特定の植物を植えるなど努力されています。観光客にもできることはあります。沖縄の離島は下水処理施設が整っていないところもあるので、合成洗剤やシャンプーを石鹸にしたり、ヘアケア剤を植物性のオイルに替えたり、連泊するなら清掃やタオル交換を断るとか」小さなことのようだが、結局は、そういうことの積み重ねなのかもしれない。

「アジア諸国や日本は、浜から海に入ったらすぐにサンゴ礁です。人びとがそれだけサンゴ礁とともに暮らしているということです。それが気候変動でどんどん失われていくことになると、暮らしや文化そのものが脅かされます。なんとか止めていきたいと思います」安部さんは穏やかな表情ながら、きっぱりと言い切った。

海の近くで暮らす人でも、日常的に海のなかを観察できる人はごく限られている。「海と陸はつながっていますが、その陸地で農業を営む多くの人たちはあまり海に入ることはありません」また、海に慣れ親しんだ海人(うみんちゅ)の研ぎ澄まされた目も海洋生物学者のそれとは視点が異なる。安部真理子さんは調査のためひんぱんにサンゴ礁の海を訪れる。冷静にサンゴ礁の状態を見ることのできる科学者が必要だからだ。それでも、当然ながら把握できないことのほうが多い。

「毎日、毎週、見ている人でないと気がつかない変化があるはずなので、地元で海を見る人が貴重なのです。だからこそ、市民が科学する目を後押ししたいのです」見守るべきサンゴ礁に対して、担い手の数は足りていないため、調査ができていないサンゴ礁はまだまだある。

近年、都市に住んでいる私たちも気づかぬふりは無理というほど、気候変動に起因する自然災害が激甚化し、その頻度も増している。大気中の増えすぎた二酸化炭素濃度を減らそうという世界の約束もいまだ果たされず、サンゴ礁をはじめとする海洋生態系の状況はますます厳しいものとなっている。そのようななかで、安部さんは利害が対立する厳しい現場と粘り強く向き合いながら、さまざまな意見交換をして妥協点を探り、仲間と力を合わせて一歩一歩前に進んでいる。

安部真理子さんに熱い活動の原動力を問うと、「やっぱり、現場を見ているということだと思います」と簡潔な答えが返ってきた。「そして地元の方の、変えたい、という気運に背中を押されてもいます。すべての活動は、こちら側ではなく、その土地で暮らす方たちの動きを応援するものです。それぞれができることをして、一緒に守っていきましょう、というスタンスです。少人数で社会を変えていくのは大変なことだけど、そういう熱意がある方々と手を組んで、ずっと活動してきました」

サンゴに救われるもの

現場のサンゴを見ることのできる数少ない学者として、フィールドを基盤に活動をつづける理学博士でありサンゴ研究者の安部真理子。生物多様性の維持のため、生涯をかけてサンゴの保全と再生に尽力しながら、文字通りサンゴとともに人生を生きている。

たまに冗談を言って場を和ませることはあっても基本的に口数が少ない安部さんが、声をもたない自然の代弁者となっている。海に潜る科学者として、現場の視察と調査をつづけ、生き物たちの現状を陸の私たちに伝えてくれている。私たちが守っている海に、私たちは守られている。海を守る安部真理子さんもまた、海に癒されている。「サンゴを見ると、ほっとします。海に行くと、心が落ち着くんです」

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