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「永遠の化学物質」に別れを告げる

アーチャナ・ラム  /  2023年4月5日  /  読み終えるまで15分  /  デザイン, フットプリント

ついに実現したPFCフリーまでの道のり。そして、ここまで長い時間がかかったその理由。

PFCフリーのギアも、フィールドとラボの両方で他のパタゴニア製品と同じ厳しいテストに合格しなければならない。ブンデスマン透水試験機を利用していつでも雨を降らせ、耐水性を評価できる。写真:Tim Davis

パタゴニアのデザイナーと素材エキスパートの計8人が、カリフォルニア州ベンチュラにあるパタゴニアの研究開発施設「ザ・フォージ」で、3m四方のテーブルを囲んでいます。ミシン、3Dプリンター、かがり縫いミシン、数巻のテープ、何箱ものジッパー、スナップ留め、エラスティック、ラベルなどのそばに、何反もの生地が天井まで積み上げられ、そしてビッグ・サー・ブルー、ジン・グリーン、アズキ・レッドなど、あらゆる色が勢揃いしています。

「永遠の化学物質」に別れを告げる

カリフォルニア州ベンチュラにあるパタゴニアの研究開発施設「ザ・フォージ」で、PFCフリーの生地サンプルを検討する素材エキスパートのアーロン・オーダー、ローレン・ウッドワード、ローラ・ホック(左から右へ)。写真:Tim Davis

でも8人が注目しているのは、ベトナムから到着したばかりの、新素材で仕立てられたスキー/スノーボード用ジャケットの試作品です。これは、パタゴニア初のパーフルオロやポリフルオロ化合物(PFC)を含まないDWR(耐久性撥水)加工の防水性製品となるべき素材。PFCは撥水加工や焦げ付き防止加工の調理器具でよく知られている合成化合物ですが、同時に川を汚染し、発がんの危険性を高め、環境――そして私たちの体内――に無期限に残留します。

ついに問題解決の勝者を得たのかもしれません。素材開発担当者がジャケットに水をかけます。水は予想どおり玉状になります。

それから、染みとなりました。
「まさに『ガックリ』の瞬間でした」と言うのは、パタゴニアの素材サプライヤー品質マネージャーのマリンダ・シェフ。2018年5月のその日にチームが目にしたのは、生地に染み込んだミシンの残留潤滑油によるかなり大きな油染みでした。ジャケットが乾いているときは見えませんでしたが、その特定の化学的性質では水が当たった箇所が染みになりました。ミシンの潤滑油を避けることは、私たちに解決できる問題ではありませんでした。しかしこの新たなDWR加工を解明することは必須でした。なぜならPFCフリーの加工は、フッ素化合物と同等の撥油性をもたないからです。「振り出しに戻るような感じでした」とシェフは語ります。

より優れたDWR加工への旅路において、この失望は私たちがようやく現状にいたるまでに経験した数々のひとつに過ぎません。現在パタゴニアのDWR加工を施した生地は、66%がPFCフリーです。

2024年までには、ウェーダーを除くパタゴニア製品に使用するすべてのDWR加工がPFCおよびPFASフリーになります。ウェーダーは2025年にPFCフリーになる予定です。その目標は、最も早いものでは2021年に有効となった米国のカリフォルニア州、コロラド州、メイン州でのPFAS使用制限と一致し、そうした制限は欧州連合でも提案されています。(パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物の略称であるPFASは、広範なフッ素化合物を表す最新用語です。パタゴニアの「PFCフリー」のギアとは、それがPFASフリー、PFOSフリー、PFOAフリーであることも意味します。)

私たちが現段階にたどり着くまでに、15年以上の歳月を要しました。シェフと同僚たちは、完成と呼べる日は近いと言います。その一方で、まだ完成しないのかと言う人もいます。確実に言えるのは、機能性に妥協することなく「PFCフリー」に切り替えるのは想像以上に困難で、その過程で私たちは謙虚にならざるを得ない重要な教訓を得たということです。

「永遠の化学物質」に別れを告げる

素材と重力のテスト。山上のアーチから懸垂下降するウォーカー・ファーガソン。ワイオミング州アブサロカ山脈北部。写真:Beau Fredlund

PFC、PFAS、PFOS、PFOAは、いずれもフッ素化合物を表す略語です。1950年代にはじめて製造されたこれらの化学物質は、分子構造はわずかに異なりますが、非常によく似た機能を提供します。丈夫で、耐熱性、撥水性、そして撥油性を備えているため、調理器具の焦げ付き防止加工や防汚カーペット、食品包装、泡消火薬剤などに多用されてきました。この丈夫なフルオロカーボンはパタゴニアのようなブランドの大半の化繊製品の撥水加工に使用されてきました。防水性ギアにおいては、水を遮断するメンブレン(バリヤー)にも使われています。

PFCは性能が高く、ギアでは素材に強力に結合されているため、着用においては危険性はありません。衣料品に関しては、主問題は製造工程にあります。化学物質が水や食品を汚染する可能性があるのです。最終的にその製品が捨てられたとき、フルオロカーボンはリサイクルを困難にし、土壌や水に影響をおよぼしかねません。そしてPFCが「永遠の化学物質」と呼ばれる所以は、何千年も残留するかもしれないからです。

いま現在も、この化学物質はあなたの体内を流れているかもしれません。ある研究によると、米国の全人口の98%の体内にフルオロカーボンが存在するそうです。それは、発がんの危険性の増加、ホルモンの破壊、免疫の低下、生殖への影響にも関連があるとされます。1999年にこれらの化学物質をウエストバージニア州パーカーズバーグで製造してきたデュポンに対する訴訟が起こると、PFCは世界的な注目を集め、また2019年にはこの訴訟を映画化した『Dark Waters』が公開されました。

環境面では、PFCの製造は温室効果ガスの放出を増加させ、土壌と空気と水質に大打撃を与えます。さらにPFCは移動するため、米国本土ではハクトウワシや魚の体内で発見され、またアラスカのホッキョクグマやフェロー諸島のゴンドウクジラにも確認されています。

PFCのあらゆる危険性を考慮すると、パタゴニアのギアにそれを使用しつづけるという選択肢はあり得ませんでした。そこで2006年、私たちはPFOA(当時最も普及していたフルオロカーボン)フリーDWR加工の調査に着手し、2015年にPFCフリーDWR加工の研究開発の実験を開始、そして2019年に最初のPFCフリーDWR加工を施した製品を発表しました。私たちは確実に前進してはいましたが、少々の疑念があったことは認めざるを得ません。

テレビ番組『Last Week Tonight』でパタゴニアやその他のブランドについてジョン・オリバーが訴えたとおり、「これらの企業は今後数か月もしくは数年のうちに、自社製品からPFASを完全に排除することに取り組んでいると主張している。真実であってほしいとは思うが、これまでにも同じ主張は何度も聞いていて、いまだにこの有様だってのはどういうことなのか」。

切り替えを待ちきれなかった私たちは2016年、当時フルオロカーボンの中で最も有害とされていたC8(長鎖PFC)から、それよりは害が少ないように考えられていたC6に移行しました。しかしまもなくC6も、決して環境への影響が軽いものではないという新たな研究が発表されました。

「結局C6にもフルオロカーボンが含まれているのです」とシェフは説明します。「分解されるまでの時間が少し短いだけのプラスチックのようなものです。当時の業界ではC6への切り替えが主流で、パタゴニアの契約工場でも実現できた方法でした。いま思えば、あのときによく考えて何かをすればよかったのです。あれは言わば『遺憾な代用』だったのです」(これは化学者がよく使う用語で、有害な化学物質を同じように有害な物質に(しばしば意図せずに)置き換えることを意味します。スティングが『アナザー・デイ』で歌っているように、「毒と良薬を見分けるのはときとして難しい」のです。)

C6の失敗後、ローラ・ホックをはじめとするパタゴニアの化学者たちは、さらなる遺憾な代用を避けるべく、PFCフリーの化学を徹底的に研究しました。ホックにはその研究との接点がありました。彼女は子どものころ、デュポンに勤務していた父親とパーカーズバーグに住んでいたのです。「楽しい思い出じゃないけど、そこの水を飲んで育ったことは事実よ」とホックは言います。

ときには他のアウトドアブランドが、PFCフリーの化学に関してパタゴニアに先んじているように見えることもありました。しかし現実は、製品が破けたり、縫い目がずれているなど数々の不具合があり、結局フッ素加工に戻らざるを得ませんでした。PFCフリーの成功例も多少はありましたが、外的要素に確実に耐えることを要する最高レベルの製品に使用できるものではありませんでした。

私たちが使うPFCフリーの精密な化学は、素材と製品と使用目的によって異なります。パタゴニアでは通常、炭化水素(例としてポリマーやワックス)またはシリコンをベースにします。自信のもてる代替化学を見つけた時点で、私たちはDWR加工を施す製品の上位5種類(ナノ・パフ・ジャケットなど)に試しました。

ひとつの解決策が万能型というわけではありませんでした。ナイロンに効果のあるPFCフリーが、ポリエステルには効果を示さない場合もあります。また、私たちが試していたのは撥水性だけではありません。粉をふいたようになっていないか、縫い目はずれていないか、摩耗の問題はないか、そして見た目はどうかなども重要でした。油染みができたPFCフリーの試作品の体験から、パタゴニアの品質管理チームは、縫製と仕上げ加工については工場と共同で取り組まなければならないことを学びました。いまでも私たちは、染みや油に対する化学の影響を比較するテスト方法を模索しています。

ラボでの課題ばかりではなく、パートナー企業からの抵抗もありました。ナノ・パフ製品のPFCフリー化への準備が整ったとき、この新たな加工に要するさらなる時間と経験を理由に、私たちのサプライヤーは移行を拒否しました。またラボでは効果を示したものの、フィールドでの実用に耐えなかった加工もありました。

「パタゴニアでは製品を保証しています。だから新しい化学を製品に使用するだけして、不具合が生じるかもしれないとわかっていながら世に送り出すわけにはいきません」と言うのは、パタゴニアで環境リサーチを担うカーバ。「ラボでもフィールドでも機能するという保証が必要なのです。それが、PFCを含まない機能的で丈夫な化学への切り替えに、何年もかかった理由です」

パタゴニアのPFCフリーDWR加工済み製品を含むすべての防水性製品は、パタゴニアの厳格なH2Noパフォーマンス・スタンダードを満たさなければなりません。これは、長持ちする防水性機能と透湿性を保証する製品だけを認めるために、意図的に厳しく設定された基準です。製品はラボでの検査に合格したのち、スキー/スノーボードの時期に世界各地でテストされます。重要な発見はこのようなフィールドテストから得られます。チーズバーガーを食べた手をパウダー・タウン・ジャケットで拭うと、手についていた油は染みとなり、ジャケットを洗うまで取れません。また「ウェットアウト(浸透)」と呼ばれる現象では、生地の外側は濡れているように見えても、内側と着用者はまったく濡れていないこともあります。これらは適切な手入れと修理で修復可能な、許容範囲内の代償です。

「永遠の化学物質」に別れを告げる

調子は上向き。地元ニューハンプシャーの「ジョーズ(WI5)」を登るパタゴニア・アンバサダーのマイカ・バーハルト。写真:Joe Klementovich

そして2019年秋、パタゴニア初のPFCフリーDWR加工済み製品(パック・レイン・カバーなど)が実現すると、数々の成功を収めはじめました。2年後にはパタゴニア初の100%PFCフリーのテクニカル製品として、アルパインクライミングのためのデュアル・アスペクト・ジャケット&ビブという快挙を達成。お客様が望む「防水性」の定義を満たしながら、シェル表面と内側のメンブレンの両方をPFCフリーに切り替えることは、さらなる革新とテストと時間を要する非常に高いハードルでした。そしてこの2023年春シーズンは、パタゴニアの用心棒的存在であるトレントシェルがついにPFCフリーのレインジャケットとしてデビュー。これにより、パタゴニアのDWR加工を施した生地の66パーセントがPFCフリーとなります。

しかしこれは、私たちの会社だけに関与することではありません。サプライヤーや工場と協力してPFCフリーへの移行を優先させることは、業界全体に顕著な変化をもたらすことにつながります。シェフはあるサプライヤーが彼女のチームに言ったことを覚えています。「工場がパタゴニアのPFCフリーの化学を使用しはじめたら、ブランド側からの依頼の有無にかかわらず、他ブランドの防水性ギアにも使用する」と。2016年にC6の使用を止めようとした際にサプライヤーが示した抵抗を考えると、これは大勝利だと言えます。

2024年までにウェーダー以外は100%PFCフリーにするという目標への最後のひと押しは、最も厳しい挑戦となるでしょう。ウェーダーなどのテクニカル製品の化学は最も難解で、さらにコロナ禍の影響を受けたサプライチェーンの問題もあります。

「機能性に妥協しないことを確認する必要がありました。だから私たちの進みはゆっくりでした」と、シェフは語ります。「素材と化学の完璧な融合に達するために、ウェアを完全に再デザインすることもありました。でもいまは、シャンパンを開けられる日を待つだけです」

「永遠の化学物質」に別れを告げる

スコットランドでパタゴニアが催したクライミングのイベントにて、アルパイン製品のフィールドテスト中。写真:Jason Thompson

PFCフリーへの道のり

約20年にわたる私たちの旅路における画期的出来事と失敗。

2006
防水性ギアを疎水性にする物質であるフッ素化合物が、私たちの健康を脅かしていることが研究により明らかになり、PFOA(当時最も一般的に使用されていたフルオロカーボンの一種)不使用のDWR(耐久性撥水)加工の調査に着手。

2009
防水性化学の分子構造を長鎖のC8(最悪の種類とみなされていたPFOAやPFOSなど)からC6へ移行開始。

2011
グリーンピースが汚染化学物質の使用に対してナイキとアディダスを取りあげ、「デトックス」キャンペーンを展開。パタゴニアは名指しはされなかったものの、問題の一部であることを自覚。

2015
PFCフリーのDWR加工の研究開発に着手。

2016
C8よ、さらば。長鎖フルオロカーボンから、(一見すると)害が少ないC6への移行を完了。

2017
呪わしくも、C6が同等に有害であるという研究結果が浮上。これぞ化学者が呼ぶ「遺憾な代用」で、「永遠の化学物質」を永遠に排除する、という決意を強めることに。

2019
パタゴニア初のPFCフリーDWR加工を施した一連の製品(パック・レイン・カバーなど)を発表。

2021
パタゴニア初のPFCフリー(表面の加工と内側のメンブレンの両方における防水性で実現)のテクニカルギアとして、デュアル・アスペクト・ジャケット&ビブと、マイクロ・パフ・ストームを発表。

2022
目標にまた一歩近づく。パタゴニアのオールマウンテン・シリーズのスノー製品と、DWR加工を施す非防水性製品のすべての生地とトリムが100%PFCフリーに。これらの量を合わせると、DWR加工を施すパタゴニア製品の66%がPFCフリーとなる計算。

2023
ラインアップは増加。改良されたトレントシェルを含む、H2Noパフォーマンス・スタンダード採用のアルパイン・レインウェア製品のすべてが100%PFCフリーに。

2024
全製品100%PFCフリー/PFASフリーに到達することを目指す年。構造の複雑なフィッシング用ウェーダーはその最後となる予定。2025年にご期待ください。

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