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イヴォンの手紙を読む

知床の断崖に懸かるであろう氷瀑を探して

谷口 けい  /  2015年3月24日  /  クライミング, スポーツ

昨夏、新谷暁生さんと知床シーカヤック一周の旅をさせていただいたときのこと、その海の旅は羅臼側の相泊からはじまった。台風をやり過ごして知床岬を順調に越え、もの凄い風が吹くと脅されていた緊張のルシャを越えると、宇登呂までは断崖つづきで上陸できる場所はない。しかしその断崖には、大小いくつもの滝が海へと落ちていた。難所も越え、余裕の出てきた私の頭に浮かんだのは、「この断崖の滝は、冬になったらぜんぶ凍って氷瀑となるのだろうか」という素敵な幻想。「新谷さん、この滝、冬になったら全部凍るんでしょうか?」「お~、誰も見たことねえからわからねえけど、凍るんじゃねえかぁ」

その瞬間から、ワクワクの冒険計画が私のなかで育ちはじめた。見たことのない流氷への憧れ、誰も見たことのない断崖の氷瀑、流氷を歩いて知床のオホーツク海側を探検して見つけた氷を登りまくる……。なんて素敵な冒険行だろう。しかし身近な友人から、かつて流氷を歩いて知床一周をしようとして流され、はるか沖からレスキューされた話を聞き、流氷アプローチはあえなく断念。こうなったら、知床の温泉にベースキャンプ(BC)を構え、毎日偵察と登攀をしてはBCに戻り、温泉に浸かって宴会、という次なる素敵な妄想計画が形作られた。はじめの温泉計画はカムイワッカを標的にしたのだけれど、雪の多いこのシーズンの知床。カムイワッカまでたどり着けるかどうかが問題だったし、川となって流れているカムイワッカの湯温は高くない。それよりは岩尾別温泉の露天風呂を目指して我がBCを設営しようと計画変更。

あるかどうかわからない氷瀑を探して毎日極寒の知床で雪や温泉と戯れる。こんなアホな、けれども最高に楽しいに違いない計画に乗ってくれそうな友人数人に声をかけてみると、案外素晴らしきアホはいるもので、私を含めて4人のメンバーが集まった。住む場所も仕事も普段の遊びもさまざまな4人が羽田に集結し、女満別へ飛ぶ。激安レンタカーに荷物を詰め込み、さらに網走市街で食料、燃料、ソリを購入して荷物満載で宇登呂へ向かう。知床自然センターに車を停め、ソリに食料&燃料、ザックに登攀具や幕営装備一式を背負って、ラッセルのはじまり。入山する日は天気も良く、硫黄岳から羅臼岳の美しい山並みを望みながらのラッセル行。日が暮れるころ、ようやく岩尾別に到着。メンバーの3人がBCを設営するなか、私は温泉の存在と飲める水流の存在を確認する。

夜が明けて偵察行がはじまった。北海道とは思えないほどの重い雪のラッセル。地形図を睨みながら最短距離で五湖へ直進する。この日は湿った大雪で、トレース付けが目的だったのに戻るころにはトレースは埋まり、さらに重く湿った雪に阻まれて、全身びしょ濡れとなった。高温の温泉に雪を投げ入れまくってなんとか浸かる。念願の雪見酒も、熱いお湯にゆっくり浸かっていられなくて思わず一気飲み。あっという間に酒がまわる。あたりは吹雪。熱いんだか寒いんだかわからないままに一日が終わる。

次の日は唯一の好天日。このチャンスを逃すわけにはいかない。ふたたびラッセル。まずは五湖の断崖偵察からだ。この日の偵察で気付いたことは、知床の断崖に落ちる滝のほとんどは岩の途中からの浸み出しであり、いまいち登攀対象にはなり得ない(氷を登ってトップアウトできない)。自分の想像の甘さに少し気を落としながらも、それ以上の感動が眼前に展開されていた。一面に埋め尽くされた流氷。水平線まで真っ白な氷の台地が広がっている。はじめて見た流氷、しかもこんなに一面の白。この感動をなんと表現すればいいのかわからなかった。あの流氷まで降り立ちたい。しかし五湖の断崖からはちょっと厳しく、その周囲に求める氷瀑もないので、場所を変えてさらに偵察を進める。やはり氷瀑はない。でも地形的に可能性のありそうな見当をつけ、翌日のためにトレースをつけながら(つまりラッセルしながら)BCへと帰る。十四夜の月が明るく、硫黄岳から羅臼岳の山並みを青く照らし出していて、最高に贅沢な夜行だったことは忘れられない。夜になって帰路に着いたおかげで、BC近くでシマフクロウの呼応する声を聴いた。

ラッセル4日目。本日の予報は曇り/雪。トレースが消される前に最後の願いを込めて今日も偵察、そして今日こそは登りたい。はやる気持ちとは裏腹に、無情にもラッセル。その周囲で我々をあざ笑うかのようにエゾシカたちが軽快に走りまわっている。氷瀑登攀ができなくても流氷の海岸線まで降り立ちたい、という目標を今日は設定していた。見当をつけていた場所で3回の懸垂と1ピッチFIXをして下っていく。FIXを最後に下りていった私に、先行して降りていたメンバーが振り向いて言った。「けいさん、おめでとう。ドンピシャだったね。あったよ、氷」 あった。あったけど、デカ過ぎる。目を疑うほど巨大な氷瀑がそこにあった。比べるものがなくて、どれくらい大きいのか一瞬わからない。けれど海抜200メートルの高さから降りてきたのだから、氷の全長だけで150メートルはあるってことになる。幅は20~30メートルか。念願の海岸線に降り立ち、目の前の氷瀑を見上げる。中間部に亀裂が入っているのと、今日は流氷が一切無くなっていて下から取付きまで行けないので、今回の登攀は見送ることにした。それでも、お宝を見つけてしまった高揚感と、冬の知床海岸線に降り立てたことに満足して、空中ユマールで登りかえし、幾度目かの帰路へと着いたのだった。そして無情にも、今日降った雪のせいでまたまたラッセル。

翌日は風雪。もうラッセルする余力も残っていない。この日は盛大に温泉で宴とする。しかも、先日入ったときよりも湯温がはるかに熱い。ひたすら雪を投げ入れては湯に浸かり、あちちーっと飛び出しては雪を投げ入れ……をさんざん繰りかえしたあと、ようやくゆるゆると温泉に浸かりながら念願の雪見酒。我らの探検的珍道中の日々を振りかえり、来年の計画が謳われはじめる。

下山日は幸運の好天。この一週間で2度も暴風雪警報が出ていたので下界では心配されているかもしれないと、少し危惧していた。ラジオでは札幌地方の山で遭難者がいることを伝えていた。羅臼では国道で雪崩が発生して車が巻き込まれていた。幾度目かの深いラッセルの末、除雪されているゲートまでたどり着く。知床自然センターに停めていた車はすっかり雪に埋まっていた。心配していたであろう自然センターの方々に、「あなたたちにとってはあの吹雪もそよ風でしょ」と、さらりと言われた……。不要になったソリを引き取ってもらったり、アイヌ語の地名を教えてもらったり、最後までお世話になった。そして、もっと知床が好きになってしまった自分がいた。きっとまた来よう、知床。ありがとう。

こんな出会いがあるから、探検的登山はやめられない。裸の自分に出会えるから、未知の冒険的旅は楽しい。はじめて見た流氷に、自然の営みの偉大さと不思議を思う。たった6日間のプチ遠征、しかし最高に楽しかった。

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パタゴニアのクライミング・アンバサダーの谷口けいが2015年3月1日~6日に、和田淳二、相川創、石間真理とともにまだ見ぬ氷瀑を求めて北海道の知床へ出かけました。装備はテント2張、ダブルロープ×3、シングルロープ×1、スクリュー、ナッツ、カム、トライカム、ピトン、捨て縄など。

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