テンカラ -知れば知るほど、必要なものは少なくなる-

姿勢を低くして慎重にキャスティング。
テンカラと聞いて「あぁ、あの釣りか」と分かる人は少ない。釣りをしない人はてんぷらとからあげをミックスした新発売のファストフードだと思うかもしれない。テンカラは渓流のアマゴ、ヤマメ、イワナを毛バリで釣る方法で、江戸時代あるいはもっと昔から職漁師の釣りとして伝承されてきたので、秘伝・奥義の難しい釣りと思われてきた。しかし道具が進化し、情報が瞬時に伝わる現代にあっては秘伝・奥義もすっかり影をひそめ、いまでは誰でも楽しめるゲーム性の高い釣りとして人気急上昇中である。
テンカラはじつにシンプルな釣りである。タックルは竿とラインと毛バリしかない。竿にしてもリールのない継竿だ。おそらく釣りのなかでこんなにシンプルな釣りはないだろう。「なんにもない。俺らこんな釣りいやだ」となにかの歌のように言う人がいてもおかしくない。毛バリにしても、こんな毛バリで釣っては魚に申し訳ないような、いい加減に巻いたもので十分釣れる。たったこれだけなので、オモリを使わないで毛バリを沈めたり、目印なしでもアタリをとったり、テクニックはそれなりに必要である。そのうえ状況判断などの経験値が必要で、それだけに奥が深いが、そこがテンカラの面白さの本質ではないかと思う。人と魚のあいだに介在しないものが少ないほど釣りは面白い。魚の習性を知る、天候を読む、自然の移ろいを体感するなど身につけなければならないことが多い、だからこそ日常とは違った世界に浸ることができる。

テンカラで釣ったアメマス62.5cm
テンカラはじつに面白い。何が面白いかというと、警戒心が強く、岩陰に潜み魚体を見せることのない魚がバシャンと毛バリをくわえる一瞬が見えるからだ。その瞬間を見ると誰でもドキッとして心臓バクバク、息ハーハーである。たった1匹の魚をチラッと見ただけで大の男がドキッとするのだから・・・。ましてや、魚がバシャンと出たその瞬間をガツ!と掛けようものならもうダメだ。ダメというのはその瞬間にテンカラウィルスに感染してしまい、テンカラの虜になってしまうからである。以降、寝ても覚めてもテンカラのことを考えるようになる。大げさだと思うかもしれないが、それほど面白い釣りなのだ。そんなテンカラを一人でも多くの人に体験してもらい、テンカラを通してハッピーになってほしいので普及のために講習会などを開催している。夢は渓流人口の半分をテンカラにすることだ。
いま日本ではテンカラの人気はうなぎのぼりであるが、同時にアメリカでもフライマンを中心に日本の伝統的フライフィッシング「Tenkara」として広まりつつある。これまでもテンカラが海をわたって紹介されたことはあったが、普及にまで至らなかった。ここまで広がるにはTenkara USAのダニエルと、彼をサポートするパタゴニアの創始者、イヴォン・シュイナードの存在が大きい。ダニエルの奥さんは日系アメリカ人で、祖父母が山形に住んでいることから、しばしば日本を訪れるうちにテンカラを知るようになった。彼自身フライフィッシングをするなかで、もっとシンプルでいいのではないかと考えていたときに、まさに神の啓示のように出会ったのがテンカラである。以来、テンカラについて勉強し、竿やタックルを作り、Tenkara USAを起業したのが2009年の初めである。同年5月にニューヨーク近郊のキャッツ・キルで彼に初めて会った。朗らかで謙虚なうえに素直という愛される要素をもった人柄で、日本人より日本人らしい。一目で彼を気に入り、私のもっているテクニック、情報、人間関係、日本文化のすべてを教えようと思った。そして翌年にはカリフォルニアで、さらに2011年にはモンタナでも会った。モンタナの前に彼は1か月半にわたり岐阜県でホームステイし、日本の生活や文化、渓流事情をどっぷり体験している。

ダニエルとともにパタゴニアのスタッフにテンカラを伝授。Photo: Daniel W Galhardo
アメリカでテンカラが普及している理由はsimplicity(シンプルなこと)である。ダニエルもそれを強調し、アメリカ人がそれに共感しているように感じる。複雑なフライフィッシングに比べて、リールのない竿とライン、そしてシンプルというか粗末にも思える毛バリでも釣れるではないかと。
昨年、私はモンタナで開催されたテンカラサミット2011でイヴォンと初めて会った。私の講演に参加してくれ、一緒に食事をして、テンカラで一日楽しく過ごした。イヴォンすなわちパタゴニアのポリシーは “The more you know, the less you need.(知れば知るほど、必要なものは少なくなる)”である。物事の真実を知らないうちは多くのものを求めるが、真実に近づくにつれ必要なものは少ないことがわかるという意味であろうか。まさにテンカラはこのポリシーそのものだ。無駄をそぎ落した釣りでその本質を知る。イヴォンはテンカラにそれを見出したがゆえに、折にふれ雑誌などでテンカラを紹介し、ダニエルをサポートしているのではないかと思う。

毛バリ交換するイヴォン。ウェスト・マディソンリバー上流
テンカラは歴史が長いだけに物に依存しない日本の文化を代表する釣りのように思える。例えば伝統的な日本家屋はふすま、障子で大きな部屋にも小部屋にも変えることができ、ふとんを敷けば寝室に、ちゃぶ台を出せばそこは食卓にもなる。日本人は質素でシンプルな暮らしをつづけてきたが、現代は物があふれて、なければ不安でさらに物を求める生活になっている。それをけん引してきたアメリカにおいて日本のテンカラが注目されている。現代の生活に本当に必要なものは何なのか、もっとシンプルでもいいのではないか。アメリカでのテンカラの広まりには、彼らがテンカラに日本の文化を感じているからではないかと思う。いまアメリカだけでなくフライフィッシングがある国ではテンカラが広まりつつある。私のテンカラ普及にも一層、拍車がかかりそうだ。

イヴォン(中央)にテンカラ竿をプレゼント。右はブルー・リボン・フライズ社の創設者でありパタゴニアのフィッシング・アンバサダーのクレイグ・マシューズ。テンカラサミット2011inモンタナにて 。
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プロフィール:
テンカラ歴37年。テンカラ大王の愛称で親しまれ、テンカラ普及のために各地で講習会やテンカラサミットなどを開催している。またアメリカにテンカラを普及させるため、2009年より毎年講習会を行い、今年も7月のTenkara Summit in Utahに参加予定。ホームグラウンドは長野県開田高原、遠山川、岐阜県荘川など。テンカラ著書、DVD多数。最近では『超明快レベルラインテンカラ』、DVD『テンカラ大王のテンカラHit Vision』(ともにつり人社)がある。愛知県豊田市在住。
吉祥寺ストアでは石垣氏を招いてスピーカーシリーズを開催します。ご興味のある方はぜひご参加ください。
テンカラのすすめ ~和製フライフィッシングへの誘い~
スピーカー: 石垣 尚男
6月29日(金) 19:30~ (要予約:定員40名)
渓流の毛バリ釣り「テンカラ」は日本の伝統的なフライフィッシング。江戸時代あるいはもっと以前から伝承されてきた職漁師の釣りでしたが、今ではゲーム性の高いスポーツフィッシングとしてファンが増えています。対象は渓流のヤマメやイワナ。日本の渓流にマッチした竿とライン、そして1本の毛バリというシンプルなタックルは日本の文化として海外でもTENKARAとして知られるようになり多くの人が楽しんでいます。ぜひこの機会にテンカラをはじめませんか。
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パタゴニアの直営店ではこのほかにもさまざまなイベントを予定しています。詳細はウェブサイトのストアイベントをご覧ください。