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放すことについての技

スティーブ・シュミット  /  読み終えるまで10分  /  フライフィッシング

キャッチ&リリースの改訂。

ゴールデンタイムにお宝を狙ってキャストするケアニ・タケタとジャック・ポーター。 アイダホ州ヘンリーズ・フォーク 写真:Rich Crowder

大人になってからの人生の主軸にフライフィッシングを据えた古参のアングラーとして、私はこのスポーツの装備やその素材、そして技法における大きな変遷を目にしてきた。何よりも長年を経て、釣ること自体が容易になった。かつてはフライロッドでのキャスティングから学ばねばならなかったが、いまではその必要性の範囲を狭めた製品や技法が出まわっている――実際のキャスティングこそが、このスポーツの美とそれを定義する技なのだが。だから最近の傾向は、そもそもフライで釣ることが私たちを惹きつけたこと、つまり「挑戦」から、ドリフトしていくように思われる。

私たちはフライロッドでキャスティングする必要性を犠牲にし、省略した方法で魚を釣るようになっている。フライフィッシングの目的が、後にも先にも魚を捕らえることにあるのは確かだ。だが今日の私たちは、公正な分け前以上に魚を釣り上げている。技術と技法、そしてこのスポーツにより多くの人間を誘いこもうとする業界が、どのような結果を招くかを深く考えずに、てっとり早い方法を受け入れてしまったのだ。

これは厄介な難題である。釣りの技は失われていくのに、私たちはより多くの魚を捕らえ、見せびらかす。同時に、成功率を最大限に高めることの影響を認識したり、魚を守るために適切にリリースする技(あるいはそれを実践することの大切ささえ)を教えたりすることには、何の努力もしていない。釣り場の現状と新たなアングラー数の増加を考えれば、それらを優先事項とすべきだ。この点について私はもう何十年も心配してきたが、年々記録を更新する最高気温と最低水位、河川を閉鎖しても減少しつづける魚を鑑みて、いまの私の懸念はさらに募っていく。

とっておきの水域で魚を釣るうえで、私が何よりもすぐに貢献できることは単純に釣った魚の数を制限することだと判断した。マス釣りに確固たるルーツを根差す私は、1日にキャッチ&リリースする魚の数を8匹に定めた。なぜ8匹かというと、私がはじめてユタに移り住んだころ、一般的なマス釣りの規定では1日に8匹の魚を取っておくことは許可されていたからだ。それと同時に、魚を捕らえることに躍起になっていた私にとって、それは妥当ながら挑戦しがいがあると思えたからだ。

私は1970年代にアイダホのヘンリーズ・フォークで経験を積んだ。春の釣りで名高い渓流で、そこに棲む魚は最も熟練のアングラーにも課題を与える。はじめは針に魚が掛かっただけでもお祝いさわぎをしていたので、釣り上げるということは貴重なご褒美だった。当時、とくにこの川では、常連はランディングネットを使わなかった。しかしながら、私はそれがあれば釣れた場合により多くの魚をより早くランディングできると気づいた。正直なところ、その自己本位な考えで私はとうとうネットを購入した。ネットは掛かった魚を扱うための効果的な道具であると理解したのは、それから何年も経ち、魚と資源の健全性にまつわる懸念が募ってからだった。ランディングネットは魚にストレスを与えず、最小限の操作でリリースを容易にする。

その認識がはじまりだった。それ以来、私は自分の影響を最小限に抑えるために必要な道具を使い、技法や実践を開発しつづけている。マスを釣る際にはバーブレスフックや「ケッチャム・リリース」といったツールを使い、魚は濡らしたままネットで取り込む。そしてすでに述べたように、単純に扱う魚の数を減らす。現代のアングラーはどんな魚を追い求めようとも、その扱いを制限するために適切な装備を持参し、効率的なリリースの技を開発することに重点をおくべきだ。とくに釣りをする人間の大幅な増加と、地球温暖化が私たちの水域に与える影響を考えるのなら。

昨今の渇水や混雑の状況になる前から、保護活動は私の釣り人生に欠かせない役割を担ってきた。それが重要なのは、私が歩きながらフライをキャストする数々の川は魔法のような瞬間を生み出し、そのすべては必ずしも魚を捕らえることに関係してはいないからだ。釣りは私をそれに惹きつけるおとりでしかない。世界中の水域で釣りをする、あるいはたんに驚嘆する人は、私と同じ気持ちであることを願う。

私たちは文化として、意義ある生活の質の糧や支えとなる資源を執拗に乱用し、しばしば破壊してきた。魚と釣りもその例外ではない。私たちが採用する技法や実践が、いかに資源に影響を与えるかを認識する新しい規範が必要だ。常識となるべきその一案が、すべての魚を釣ることではなく、選ばれし魚を釣ることに意義があるという考えである。そしてそれを実行することで、私たちはその影響とそれを最小限に抑える重要性を理解することに、できるかぎりの時間と精力を投資するのだ。成功するために必要な技の開発もしながら。ともに、次の機会にも釣るための魚が確実にいるようにしようではないか。

私がよく行く水域では多くの場合、1匹の魚とのふれあいはその1日、あるいはその1時間に経験する唯一のものではないかもしれない。私は天候を考慮し、しばしばフライをキャストするよりも見通しを探ることに時間を費やし、そのタイミングを慎重に選ぶ。そしてほとんどの場合、狙うべき1匹の魚を慎重に選ぶ。

釣り上げる魚の数を制限することに加えて、私は自分の釣りを1つの手法だけに限定した。いつもハッチ(虫の羽化)と、それによく似せたフライにマスが食いつく事実に興味をそそられていたので、大部分のマスは水面下の昆虫や消化しやすい他の水生生物を食べるということはよく知っていた。だがドライフライだけで釣ることに決めた。それは良好な日でもチャンスは限られていることを意味する。そして私も次にここに来る人と同じくらい魚を釣り上げたいからこそ、選んだ挑戦に焦点が絞り込まれる。成功するためには技に磨きをかけ、求める魚を、そして魚と私の両方が依存する環境を、よりよく理解することが必要だった。

ときには魚をまったく捕らえずに帰ることもあるが、かまわない。私はそのような結果にも慣れるようになった。さらには一度もキャストしない日もあるが、それらは成果のない無駄な時間ではない。学習の機会や観察と追求の時間を与えてくれる。そしてやがて成功を収めると、私にとって嬉しくて忘れられないのは、そういった瞬間のほうだ。

魚との出会いにこうした制限を設けることで、釣りに対する情熱、技の上達、以前は失いかけていた喜びを一新させる、という恩恵を授かった。いまでは、魚やその動きと習性を調べることにより多くの時間を費やしている。そのことは、私をより優れたより意識あるアングラーにしてくれた。この意図的な取り組みのおかげで、フライに食いつくわずかな魚に多大な感謝と敬意を抱く。この過程は私が水辺で1日を過ごすたびに進化と成長をしつづける。

放すことについての技

ノルウェーのスルダルスラーゲン川で「もうひと口だけ」と、カゲロウの一品料理に目をつける肥えたブラウントラウト。写真:ØysteinRossebø

増えつづけるこうした懸念から、良識あるアングラーとフィッシング業界団体は、「たんに魚を濡らしておく」という、理にかなった実践を奨励している。魚の致死率に関するR.A.ファーガソンとB.L.タフツの研究は、マスが釣られたあとに水の外に上げられた時間を考察し、そのような実践を支持している。彼らの調査結果によると、水中に保たれたままでリリースされた魚の致死率は12パーセント、水からわずか30秒上げられた魚の致死率は38パーセントで、水から1分間上げられた魚の72パーセントが死んだことが明らかにされている。魚を死に至らせるその他の要因には、魚がどれだけ長く格闘させられたかや、釣られた方法や水温もある。いかなる研究もそうであるように、この調査にも不十分な点はあるはずだが、魚を水から上げることは、死に至らせないにしても危害を与えるかもしれないことが示されている。というより、危害を与えないわけがない。だから私たちは皆、その自分本位の自撮り写真に価値があるかどうかを考え直すべきだ。釣った魚の大部分をリリースしたからといって、それが魚の生存を保証するわけではない。考慮すべき要因は他にもある。釣ったあとの魚をどのように扱うかは、そのほんの1つに過ぎない。

魚との接触を制限するための興味深い、そしてある意味過激な方法の1つは、ノース・アンプカ・リバーの保護活動家として著名なリー・スペンサーによる実践だ。彼はスチールヘッドを釣るとき、針を切り落としたドライフライだけを使った。魚をあまりにも思いやる彼は、魚がフライをくわえ、それを吐き出す前に走り、飛ぶ姿を見るだけで満足だった。私はこれを実践してみたことがあり、将来的にはもっと実践してみたいと思っている。フライに食いつくために魚が浮上するのを眺め、最初の引きを感じ、そしてもちろん達成感を得ることで、釣りという行為を楽しみつづけることができる。それだけで十分だ、という日が私にもある。

これは結末ではない。これは釣りの旅路のつづきであり、私たちが楽しんでいる経験が未来の世代のためにも確実に存在するように、いま適応して変化する必要がある。せめて、それこそ自分本位に、私たちは方法を再考すべきである。たとえそれが釣り上げる魚の数を減らし、やり方を変えることになるとしても。この分岐点においては、それが良識的な判断のように思える。


キャッチ&リリース2022

1930年代後半、リー・ウルフは「釣りの対象となる魚は一度だけ釣り上げるには貴重すぎる」と書き、アングラーであるとは何を意味するか、という概念を劇的に変えました。この衝撃的な思想ののち、遊漁における「キャッチ&リリース」という考えが浮かびました。この概念は野生魚の数の減少に直面して広まり、以来標準的な手法となってきました。しかしながら、それから約100年が経とうとするいま、その改訂が求められています。今日のアングラーがキャスティングと同じくらい熱心に励み、実践すべき配慮と技を、ここにご紹介します。

水位(流水量)が低すぎるときや、水温が高すぎるときは、魚を釣らないようにしましょう。 マスにとって摂氏18度以上は危険性が高く、19度以上の場合、釣り上げた魚が生き延びる可能性は非常に低くなります。

接触を制限するため、ボートからではなくウェーディングしながら釣りましょう。 また魚に安全な捕食と休息の場を与えましょう。サーモンやスチールヘッドはフライで釣りましょう。

バーブレスフックのみを使いましょう。 「ケッチャム・リリース」などのリリース用ツールの使い方を習得しましょう。魚を扱うときは空気にさらされる時間を最小限に抑え、魚を濡らしておき、自撮りは控えましょう。

魚を取り込むときはできるだけ迅速に行いましょう。 ネットを適切に使えば魚との格闘を短縮し、暴れる魚をリリース前に安全に捕らえることができます。魚の体表粘液を損なわず、エラやヒレに引っかからないラバー加工済みのメッシュを使用したネットを選びましょう。

釣りをする川の魚の健全性に注意を払いましょう。 もしその流域の生息数が危ぶまれたら、釣らないか、針の付いていないフライを使いましょう。

魚に触れる前に両手を濡らしましょう。 岩や岸やドリフトボートなど、乾いた表面から魚を遠ざけましょう。アゴやエラから吊り下げるのは絶対にやめましょう。

放すことについての技

ユタ州の川で影(とトラウト)を追うスティーブ・フログリー。写真:Andrew Burr

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