冬期登攀の深淵

和田 一真  /  読み終えるまで7分  /  クライミング

真剣だけど、深刻じゃない。苦しいけど、最高に楽しい。
奥深き冬季登攀の世界とその魅力。

朝日を浴びながら、北アルプスの穴毛谷の壁を登る。写真:鳴海 玄希

肺の芯まで凍える冷たい空気のなか歩き続けること5時間、壁であろう場所にたどり着いたようだ。というのも、夜中のアプローチで周囲の景色は見えないし、壁の全貌も確認できない。そもそも目指したこの場所は、40年以上も前の登山資料に一文記載があるだけの場所で、本当に登る価値のある壁があるのかどうかも良くわからない。気温、降水量、壁の方角、周囲の地形それに風のデータから壁の状態と雪の状態を予想し、地質や植生を調べて必要なギアを吟味するなど、事前準備には万全を期してきた。

やがて空は星の瞬きから鴇色、浅緋色へと色を変え始める。それは審判の時を知らせる色だ。

「これか・・・・」

期待を裏切る残念な結審結果を紛らわすための苦笑いと、正当化のための賛辞を相棒と少し交わし、アックスを振るい登り始めた。

冬期登攀の深淵

想定よりも小さい壁。北アルプス穴毛谷ドーム壁左ルートの取付。写真:和田 一真

冬期登攀を取り巻く自然環境は極めて過酷である。ビレイ中の身体は寒風にさらされるうえ、雪が付着すると装備は濡れて冷たい。壁や尾根へのアプローチは急峻な谷を登下降するので雪崩や滑落といったリスクが極めて高い。そんな所でする遊びなので、一般の人はもちろん、登山者やクライマーからでさえも「何でそんなことするの?」と言われることが多いのが現状である。しかも私が愛好しているのは、忘れ去られた岩場や遠すぎる(と皆が思っている)岩場、そして雪崩のリスクが高い岩場である。リスクを冒し、苦労して行ってみたらそこにあったのは壁ではなく段差と言っても過言ではないしょぼい岩場だった、なんていうこともある。そして、取り付いてみれば思いがけない悪さに苦しめられることも多い。このような行為への賛同者は極めて少数だ。

クライミングと登山の普及と社会化は間違いなく進行している。手軽にアクセスできる八ヶ岳の氷瀑や岩稜は冬期の週末には大賑わいと聞くし、同様にアクセスがよい錫杖岳の岩場も活況を呈することが多くなってきた。これは冬の壁を「登る」という行為の面白みは認知されつつあるという事の証なのだろう。一方で、アクセスに膨大なエネルギーや時間が必要な、冬の北アルプス、頸城、白山にあるマイナーな岩壁を目指す登攀者は減少の一途を辿っている。深くて大きな山のクライミングは自然環境に右往左往させられるばかりで、望むような結果が得られない事が多いのは確かだ。結果はさておき、私はそのような環境で活動することこそ価値があると信じている。では、そのような場所で「登る」ことの面白みとは何だろうか。

冬期登攀の深淵

厳冬期の北アルプス。水晶岳を越えて、黒部の岩壁を目指す。 写真:中島 健郎

計画を立てるのはクライミングするくらいエキサイティングで熱量が必要な作業だ。マイナーなエリアとは言え、何らかの情報が無いと計画が立てにくい。地形図、写真、登山記録、自分がこれまで登った山から見た景色、はたまた地域に伝わる伝説などから登る対象を選定する。さらに山行中に行くも戻るも困難となる「一線を越える」箇所があれば意思決定の面白みは倍増するはず。登る場所が決まったならばその場所にどんな特徴があるか情報を収集する。気温、降水量、壁の方角、周囲の地形、風の影響や地質に植生などを調査する。文献を探してもいいし、自分で訪れる事により知見を積み重ねていくのも面白い。誰がどのように登ったという登山記録は気にしない方がいい。ちょっと味気ないくらいの科学的で客観的な情報と、経験とを照らし合わせて想像を巡らしたり、決行前まで現地の天気を想い、山行中に起こりうる事柄を想像してジリジリと手汗を握ったりするのがいい。

入山は答え合わせから始まる。想定より良いのか、悪いのかによって山行のターニングポイントを見定めねばならない。感覚を研ぎ澄まして山の声に耳を傾け、忘れかけていた原始的な感性を呼び覚ましてくれるこの時が大好きだ。山ではクライミングの最大能力よりアプローチをいかに早くこなせるかの方が重要となる。ラッセル、岩稜、複雑なルートファインディング等を的確かつ安全にこなすのも楽しみの一つ。センスよりも地道な登山経験がものをいう。辿り着いた壁や尾根は感性に任せてその時奮い立つ場所を攀じるのが楽しい。脆い岩は氷で固められ、草付きもプロテクションに利用できるので冬期登攀はラインの自由度がとても高く、登る者の個性がより強く表現される。どんなラインでも過去から現在を一本で繋いだ自身の標石となる。私は氷雪の一期一会の演出を楽しむラインを取るのが好きだ。降雪や雪崩など水の振舞いに苦しめられる場合が多いのだが、壁の中では水と調和を感じたい。

登り終わっても全く気が抜けないのが冬期登攀の妙味。疲労を感じながらの行動は生き物としてのしぶとさが試される。

冬期登攀の深淵

人跡もまれな、北アルプスのマニアックな岩壁を登る。大スバリ沢の岩壁にて。 写真:和田 一真

ちょっとエキセントリックな登山を終えた翌朝は景色が一段と輝いて見えたりする。和やかな太陽の日差し、木々の緑や花の匂い、土を潤すあたたかな雨の音。すべてが新しくて期待に溢れているように感じる。こんなにも穏やかで優しい気持ちになるのは、きっと山の中で自然や仲間の声を聴き、調和を図ることに全力を尽くしたご褒美なのだろう。山で過ごす時間は日常にも豊かさと彩りを与えてくれる。その豊かさの度合いは目標を達したか否かでなく、過ごした時間の濃度に依るところが大きい。社会的な成果ばかり問われる日常から離れて、個人の過程を追求するのはとても贅沢な時間だ。

冬期登攀というニッチな世界では、賞賛や批判といった相対的な価値に振り回されることなく、嘘偽りのない世界で感性の赴くままに楽しむことが大らかに許されている。それが善い事なのか悪い事なのかは解らないし、今後もそのような状況が続くかも解らない。それでも自然に最大の敬意を払って、自分自身の可能性を信じ真摯に日々過ごしていれば至る先は同じとなるはず。夢想かもしれないが、冬山が多くの登山者にとって平和な挑戦の場であり、そのことが山に登らない人々からも尊重される社会となることを願っている。

時は流れ続けてひと時たりとも同じではない。今日という日にこの山と仲間と過ごした時間はかけがえのないものだ。そんな体験が明日の私を創っていく。冬期登攀には漠然とした世界の輪郭を浮かび上がらせ、登攀者と世界の融合を促進する力があると信じている。

冬期登攀の深淵

アックスはがっちりと草付きを穿ち、傾斜の強い箇所もぐいぐい高度を上げた。北アルプス穴毛谷ドーム壁左ルート。 写真: 塩谷 晃司

朝日を浴びた岩場に振るうアックスはがっちりと草付きを穿ち、傾斜の強い箇所もぐいぐい高度を上げた。所要時間2時間、ロープスケールにしてたったの3ピッチとちょっと。一緒に入山した友人たちが対岸の岩場を奮闘的に登っているのを見る、自分たちよりも楽しそうなラインを引き当てた彼らがちょっぴり羨ましい。それでも登りたかった岩場で気の合う仲間と遊べたのだから良しとしよう。

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