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バイト(湾)を守る戦い

ショーン・ドハーティ  /  読み終えるまで14分  /  サーフィン, アクティビズム

トップ選手だけが参加できるワールド・チャンピオンシップ・ツアーにかつて参戦していたヒース・ジョスクは、いま別のことに集中している。エクイノール社の石油掘削リグをグレート・オーストラリアン・バイト(湾)から締め出すことだ。グレート・オーストラリアン・バイトは、開発の手が届いていない自然な海で、ジョスクが釣りやサーフィンをして暮らしている場所だ。Rich Richards

ヒース・ジョスクの愛車は1997年製のトヨタ・ハイラックス・トラックだ。錆びて埃にまみれ、貼ってある抗議ステッカーで形を保っているかのように見える。トラックの走行距離は80万キロメートルを超え、そのほとんどが未舗装路を走破してきた。

グレート・オーストラリアン・バイト(湾)に面した小さな漁師町であるストリーキー・ベイ郊外の古い牧羊場で、ジョスクはまだ幼い子供たちと一緒に暮らしている。町から続くタール舗装の道路は彼の家の私道に入ったところで終わっていて、そこから海岸への道路はずっと未舗装路のままだ。バイトはまばらな海岸線が拡がっている。ここで波を追いかけるには、信頼のできる「足」が必要になる。そのハイラックスは、ジョスクの「足」として仕えてきた。

「古いおんぼろ車だけど、結構気に入っているんだ」と彼はそっけなく言う。「ここでサーファーをするなら、人生の半分を運転に費やすことになる。自分の車がよく分かるようになるよ。」

この海岸で波を追いかけるには、大量の燃料と長距離移動が伴う。それがちょっとした皮肉なのは、ジョスクの車に「Big Oil Don’t Surf(巨大石油企業はサーフィンしない)」のステッカーが貼られ、彼がバイトの深海油田開発に反対するキャンペーンのリーダーになっているという点だ。開発は賛否の分かれる問題で、ジョスクは敢えてその問題に関わっている。あらゆる批判を耳にし、それと折り合いをつけてきた。

「『ウチの近所はダメだ』という言葉を多く聞いてきた」と彼は話す。「それから、偽善者という言葉も何回も言われたし、実際にそれは真実だ。燃料を使う車を運転しているからね。それに、僕のサーフボードは、石油から作られた製品だ。でも、他にどんな選択肢がある?それらは住みよい未来を奪っていると十分知っているにも関わらず、ここ、オーストラリアや世界中のシステムは、石油を消費し続けるように仕組まれている。」

バイト(湾)を守る戦い

バイトを突進するデイヴ・ラストヴィッチ。その強風とスウェルは、サーファーにとってはオーストラリアの南海岸が夢の国にもなるし、石油掘削場所にとっては極めて危険な場所にもなる。ここで原油流出が起これば、地域社会と、バイトの多様な海洋生物にとって悲惨な事態となる。Photo:Rich Richards

化石燃料への依存からの脱却は氷河の動きのように遅く、特にオーストラリアでは、政府が化石燃料産業の代理人のような行動を取り、石炭・石油・ガス産業の大規模拡大を推進し続けている。今のところ、ジョスクがサーフィンを続けたいと思うのなら、彼の選択肢は限られている。

「先日、電気自動車のハイラックスが2024年に発売されると聞いた」とジョスクは苦笑しながら付け加えた。「僕のハイラックスがそんなに長く持つかどうか分からないな」

それはさておき、「Big Oil Don’t Surf」のステッカーは一体何なのかと思っている人もいるだろう。これは、ノルウェーの化石燃料の巨大企業エクイノールが、グレート・オーストラリアン・バイトの沖合370キロメートル、水深およそ2.4キロメートルの場所に目を付け、油井を作ろうとしている計画を指している。掘削が行われた場合、オーストラリアで最も深く、最も遠隔地にある油井となり、世界中を見渡してみても最深、最遠隔地の油井の1つとなる。未知の領域にある掘削だ。このバイトは現在、沖合の石油・ガス開発が行われておらず、地球で最後の広大な海洋自然が残るエリアの1つとして現存している。そして、ミナミセミクジラやシロナガスクジラ、オーストラリアアシカ、ミナミクロマグロの繁殖地になっていて、バイトに生息する種のうち85%は、他の地域には生息していないという状況だ。最悪の原油流出事故が発生した場合には、それら、種の絶滅の可能性が生じてしまう。

ジョスクはバイトを知りつくしている。バイト沿岸の巨大なスウェルでサーフィンをするだけではなく、長年に渡って、エビ漁の外洋トロール船で漁師として働いてきた。この海をよく知っているからこそ、石油会社が調査した海の状態に関する評価に抗議を続けてきたのだ。

「掘削をしようとしている海域のスウェルに関して、彼らと面と向かって議論をしてきたが、ほとんどが傲慢な姿勢だった」とジョスクは言う。「『北海を掘削しているんだから、どこだって掘削できる!』という感じだ」

バイト(湾)を守る戦い

国民行動デーには、沿岸の60の町で2万人がパドルアウトし、エクイノール社が計画するバイトでの掘削に抗議した。オーストラリアで今までに行われた中で最大規模の海岸環境アクションとなった。Photo:JARRAH LYNCH

掘削に対する直接的な反対意見として、油井からの原油流出の危険がある。原油の流出が発生すれば、その後の展開は南洋へと拡がるだろう。原油はルーウィン海流に乗って急速に東へ移動する。エクイノール社自身の流出モデルは、オーストラリアの南海全体に原油が到達する可能性を示唆している。この流出モデルが公表されると共に、それまでバイトにある小さな町の問題だったことが、すぐに国家全体の問題へと展開した。

バイトを守る戦いのキャンペーンは、サーファーたちによって導かれてきた。数世代さかのぼってみても、オーストラリアのサーファーは最前線の活動家であった。70年代には、砂の採掘や沿岸開発に対する抗議活動を主導した。海岸を守るために立ち上がるだけでなく、ベトナム戦争やアパルトヘイトのような重要な社会問題についても大きな声を上げてきた。90年代になると、海洋への下水排出やフランスによる南太平洋での核実験に抗議して集結した。しかし、ここ数十年は落ち着いた状態が続いていた。総合的には、オーストラリアの海岸線は息を飲むほど美しいままだ。サーファーにとってこの場所は理想の場所であり、抗議しなければならないことはなかった。しかし、近年は開発の動きがゆっくりと忍び寄っていて、多くのサーファーがそれを感じている。いつ運動が起きてもおかしくない状態で、オーストラリアのサーフコミュニティは、活動のきっかけとなる問題を待っている状態だった。

バイトがその問題となった。

ジョスクはこのキャンペーンの象徴的な存在となり、5月にはノルウェーを訪れ、エクイノール社の年次総会で株主の前でスピーチを行った。オスロ港での象徴的なパドルアウトによる抗議も主導した。エクイノール社の3分の2はノルウェー国民が所有していて、ノルウェーが世界で最も裕福な国の1つになっているのは、その石油収入によるものだ。その一方で、最も先進的な国の1つの側面もある。ノルウェーは、国内ではクリーンエネルギーに移行する道を選択し、世界各地ではエクイノール社を通じて大量の化石燃料開発を続けている。ノルウェー国内に持ち込まれたバイトの問題は、いくつもの大きな懸念を呼び起こしたのだった。

バイト(湾)を守る戦い

「この人たちは過激な活動家ではない。意見を表明している沿岸地域のコミュニティだ。多くの人は、それまでの人生の中で抗議活動をしたことはなかった。だからこそ、これらの集会には強い意味があった」 Photo:MATTY HANNON

オーストラリアに戻ったジョスクは、ハイラックスに荷物を積み込み、バイト沿岸に住む人々のストーリーを伝えるショートフィルム『The Head of the Bight』を制作する旅へ出た。

ほとんどのオーストラリアの人々はバイトを訪れたことがない。バイトは東海岸から離れていて、東海岸に住む人々が意識することは少ない。またバイトは、赤いビリヤード台のようなオーストラリア大陸が海に垂直に落ちていく神秘的な海岸線である。そのバイトの崖線はグレート・サウス・ウォールと呼ばれ、その先には広大な南洋が広がる。石油掘削問題が広範囲に注目されることを、この地域の遠隔性が困難にしていた。そこでジョスクはカメラを持ち、バイト沿岸のサーファーや漁師、科学者、そして地元の活動家たちに話を聞いた。それまで何年もの間、石油・ガス開発の巨大企業と、ほぼ自分たちだけで戦ってきた人々だ。[パタゴニアは、自社の環境助成金プログラムを通して、2016年からバイト・キャンペーンを支援してきている。]

『The Head of the Bight』には、石油掘削に関する協議過程から、除外され続けてきたバイトの伝統的所有者との対話も含まれている。彼らは過去にも土地や文化から退去させられた悲劇的な歴史を経験している。イギリス軍がその地域を核兵器の試験場として選定した50年代頃、アナング族の長老ミマ・スマートがスピニフィックス地方から北へと移住させられた人々の話をしている。ミマの部族の人たちは原子雲を「黒い霧」と呼んだ。今、彼らはまた別の黒い霧の危機に直面している。今回は海から押し寄せる黒い霧だ。

バイト(湾)を守る戦い

ホームグラウンドの海にいるヒース・ジョスク。バイトを守る戦いはまだまだ続く。オーストラリア中のサーファーは、自分たちの乗る波の未来は石油会社の幹部が決めるべきことではないという認識で一致している。愛するものを守るのは、私たち自身なのだ。Photo:Rich Richards

バイト・キャンペーンは2019年に全国各地で行われた一連のパドルアウトによる抗議活動で勢いを増し31,000人が計画に反対する正式な意見書を石油・ガス産業の規制当局に提出した。その後、グローバルなソーシャルメディア上でのキャンペーンへと展開し、エクイノール社は自社のソーシャルメディアのアカウント閉鎖に追い込まれた。なぜ、ほとんどのサーファーが一度もバイトを訪れたことがないにもかかわらず、サーフコミュニティへコミットし、バイトのために立ち上がったのか。ジョスクはこう考えている。

「それには2つの理由がある。原油流出モデルが発表され、オールバニーからポート・マクォーリーまでのあらゆる場所に原油が流れ着く可能性があると分かった。それはとんでもなく広い範囲の海岸線でオーストラリアの人々は海辺でサーフィンや釣り、その他あらゆることを楽しむ国民なのだ。それが1つの側面でもう1つの理由は、どうにかして持続可能な未来を構築する必要がある時に巨大な化石燃料計画を推進して、政府が歴史の窮地に向かって行くことに、人々がうんざりしているからだ」

他の問題にも飛び火し、一体化していった。オーストラリアの東部州は、記録に残る最悪の干ばつに見舞われている。内陸部の河川は干上がり、国中で最高気温の記録が破られている。ニューサウスウェールズ州とクイーンズランド州の海岸線は、広範囲にわたって何週間も燃え続けてほとんどの政治家は、気候変動や、今回の火災の被害の深刻さに関する質問への回答を完全に拒否している。「今はだめだ」が政治家のお決まりの答えだ。化石燃料関連のロビー団体からの熱烈とも言える支援により、政治家の姿勢はひどく損なわれている。国中の熱が上昇している。

これが、バイトを守るための国民行動デーの背景だった。バイトの未来を決める決定が不気味に迫る中、行動デーは団結を示すために計画された。オーストラリア沿岸の人々が、バイトを守るために一斉にパドルアウトし、気候変動に対する効果的な行動を求めたのだ。わずか1週間前の告知で計画され、11月23日の土曜日が決行日となった。有名なサーフボード・シェイパー、モーリス・コールの息子で、その年の初めに最初のパドルアウト抗議を主導したダミアン・コールは、全国のサーフコミュニティや沿岸コミュニティに1週間を電話をかけ呼びかけ続けた。人々を説得する必要はほとんどなかった。彼らは、参加する熱意に溢れていた。

当日の早朝、私はバイロンベイのメインビーチに立ち寄った。そこではサーフライダー・ファウンデーションパタゴニア・バイロンベイがパドルアウトに向けた準備を進めていた。バイロンは、かつての国の精神が残る場所で、オーストラリアにおけるアクティビズムの発祥の地だ。バイロンのパドルアウトが特別なものになるのは確実だった。サーフィン・アーティストのオジー・ライトは、高さが3.7メートルもあり、翼に「Fight For The Bight」と書かれた3つの頭を持つ擬人化したコウモリの人形をバンから出してきて、立たせた。この人形がバイロンでの抗議活動のマスコットになった。全国各地で行われていたパドルアウトは理想のもとに団結していたが、地域ごとの感覚を取り入れてもいた。バイロンはいつも他の場所とは少し違っている。

バイロンから、ゴールドコーストを目指して北へ向かった。到着した時には、海岸から4区画離れた場所にしか駐車スペースが残っていないほどだった。カランビン・アレーまで歩いて行くと、そこにはすでに2~3千人の人が集まっていた。しかし、抗議活動を行う群衆のようには見えなかった。むしろ一般的なゴールドコーストの1日のようだった。サーファー、ライフセーバー、漁師、ビーチでの散歩を好む人など、海岸を愛するあらゆるタイプの人が集まり、その半分は家族連れであちこちに子供たちがいた。

その1週間前に、オーストラリアの首相スコット・モリソンは、鉱業およびエネルギー産業の経営者会議に出席し、化石燃料企業に対して特定の抗議活動を行う人を罰するための新しい法律を起草すると約束した。モリソンは抗議活動者に「過激な活動家」というレッテルを貼り、彼らを厳しく罰すると宣言したのだ。カランビンを見渡してみても、逮捕に値しそうな人は1人も見当たらなかった。彼らは過激な活動家ではない。意見を表明している沿岸地域のコミュニティなのだ。多くの人は、それまでの人生で抗議活動をしたことはなかった。だからこそ、これらの集会には強い力があった。彼らには過激なところも危険なところもなく、だからこそ、簡単に解散させることはできない。抗議活動には、おそらく最もオーストラリアらしい行動が取り入れられていた。つまり、ビーチに行き、1メートルのショアブレイクに飛び込んで行くことだ。

しかし、パドルアウトの本当の力はその数にあった。パドルアウトはオーストラリアの海岸線全体で飛び火し、それは潜在的に原油の流出が到達しうる地域をはるかに超えていた。北西のカルバリから北東のカプリコーン・コーストまで、60のサーフタウンと2万人の人々が、オーストラリアで史上最大となる海岸環境アクションとしてパドルアウトに参加した。

ヒース・ジョスクは、子供の頃の故郷であるコフズ・ハーバーに戻り、そこでパドルアウトを先導した。一握りのバイトの地元住民が石油会社に抗議して立ち上がった時、バイトから数千キロメートル離れたコフズ・ハーバーにいたジョスクは、数百人もの人が支援するのパドルアウトを行う光景にしばし立ち止まった。

「信じられなかった」と彼は振り返る。「これが海岸から海岸へと、全国で起きていると分かって、とても力強く感じた。このキャンペーンは、ピノングやエリストン、ストリーキーのような、バイトの小さな町にある家の台所の食卓から始まった。冷酷な数十億ドル規模の石油会社に対してほんの一握りの彼らだったが、それがどうなったかを見てくれ。この運動がどれほど大きくなったかを。まだ先は長いし、今はまだビールでお祝いをしようとは思わない。でも、土曜日は、サーファーであることを誇りに思う1日だったよ。それは確かだ」

アップデート
パタゴニア・オーストラリアからの最新情報。
ノルウェーの大手エネルギー会社のエクイノールは、グレート・オーストラリア・バイトを深海油田として開発する計画を断念し、オーストラリア沿岸の人々が大きな勝利を手にしました。これによりエクイノールは、4年間でこの沿岸から撤退した4社目の大手石油会社となった。

バイトを守るための活動は、砂浜にその一線を描いてきました。これは、オーストラリア史上最大の沿岸環境保護活動です。沿岸の小さな草の根グループから数万人が参加する国民的な活動へと成長し、サーファーや沿岸地域のコミュニティが、ウィルダネス・ソサエティ(Wilderness Society)、グレート・オーストラリアン・バイト・アライアンス(Great Australian Bight Alliance)、サーフライダー・ファウンデーション・オーストラリア(Surfrider Foundation Australia)の活動家とともに立ち上がりました。

地球上で最後の大規模な海洋原生地域のために、パドルを漕ぎ出して声を上げてくれたすべての人に、心から感謝の意を表します。

いまのところ、湾岸は野生で自由な状態が保たれています。

#fightforthebightの詳細と支援については、ここをご覧ください。

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