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ミシシッピ・デルタとネイティブ~ルイジアナ州の魚を釣って思う

東 知憲  /  2012年5月10日  /  読み終えるまで6分  /  フライフィッシング, コミュニティ

30 ポンドを超える体は、スタミナもある。魚に負担をかけず、できるだけすばやく、手元に寄せたいのです。写真:東知憲/小倉大助

ミシシッピ・デルタとネイティブ~ルイジアナ州の魚を釣って思う

30 ポンドを超える体は、スタミナもある。魚に負担をかけず、できるだけすばやく、手元に寄せたいのです。写真:東知憲/小倉大助

僕たちのキャプテン、グレッグは言いつづけた。「想像したよりも、自然は力強かった。レッドフィッシュたちは、むしろ記録的な数で帰ってきている。これにはハリケーン・カトリーナの『洗浄効果』も関係していると思うけれど……」

海のフライフィッシングを追いかけている人の多くは、2年前の4月に発生したBPディープウォーター・ホライゾン油井事故の映像を目にして、思ったはずだ。「メキシコ湾岸はひどいことになるな」 オバマ政権で環境とエネルギー行政を担当していたキャロル・ブラウナー大統領補佐官によると、米国が目にする最悪の環境事故を起こしたその海底油井は、推定 78万立方メートルの原油を海に放出したあと、閉鎖にいたった。日本の道でよく見かける、各石油会社のロゴが入ったタンクローリーの容量が最大で30立方メートルなので、流出した原油の量はタンクローリー2万6,000台分となる。

メキシコ湾は米国における海のフライフィッシングのゆりかごである。ターポン、ボーンフィッシュ、パーミット、レッドフィッシュ、スヌークといった、個性あふれる魚たちが岸近くに広がる浅瀬を泳ぎ、海を目指したフライフィッシャーマンたちに夢を与えてくれる。白い砂の上を泳いでくるターポン。鼻先を砂に突っ込んで夢中で餌を探しているため、水面から突き出た尾ビレが揺れているボーンフィッシュ。ヨシのあいだを縫って泳ぎながらエビを探すレッドフィッシュ。そんな魚たちに実際流出した原油はどのような影響を与えるのか・・・水面を隔てて異なる世界に住む私たちはほとんど情報をもたない。いったいどのくらいの原油が流出したのかさえ、あくまで見積もりの域である。ボランティアとボートのオペレーターたちがデルタ先端の町であるヴェニスに集結し、流出した原油の沿岸漂着を防ぐために長大なオイルフェンスが設置され、そして7,000 立方メートル(タンクローリー230台分)の油処理剤が空中散布された。それくらいしか、私たちに手掛かりはない。この油処理剤にしても界面活性剤を溶剤で伸ばしたものであり、油は直接目に見えないようにはなるものの、処理剤自体の2次的な被害も心配される。

ディープウォーター・ホライゾンにほど近いミシシッピ河口三角州地帯は巨大なシーフード生産地であり、そこでの漁獲は米国消費量のじつに4分の1を占める。エビやカニやカキなどを追いかける船が忙しく往来するこの海域は、もはや稀少な存在となったクロマグロやターポンの産卵場でもある。複雑に入り組んだ「バイユー」と呼ばれる水路は生き物のゆりかごでもある。すなわち、この海域に何らかの重大事故が起きると、さまざまな方面に深刻な影響を与えることは必然なのだ。

ミシシッピ・デルタとネイティブ~ルイジアナ州の魚を釣って思う

ダークな水を大きな体が割って、重い引きが伝わる。テルテル坊主みたいなマスクは気にしないでください……。写真:東知憲/小倉大助

「80フィート先の11時に、真っ赤なヤツが浮いている。見えるかい?用意して、フライが届く距離まで待って・・・。よしっ、キャスト!」

デルタの浅場でも動きまわれるように吃水を浅くしたフラットボートのうしろには、ファイバーグラスでできた「ポーリング・プラットフォーム」が付いている。キャプテンはその上に乗り、6m にもなる水棹を操って船を押す。高所恐怖症の僕などはプラットフォームに上がるだけでクラッとくるのだが、その高い位置からの視界が対象魚を目で確認してからフライをキャストするサイトフィッシングに必要な条件なのだ。幸いなことに探している魚は大きい。デルタでは20 ポンド (9 kg) のレッドフィッシュなど当たり前で、30ポンド (13.5 kg) を超えてはじめて「大きいなあ!」となるのだが、ソルトウォーター・フライフィッシングのメッカと目されるフロリダに下ると、平均サイズは半分以下になる。デルタは豊饒なのだ。

この釣りは、レッドフィッシュの名前のとおり、水中で赤銅色に妖しく光る魚の前にエビや小魚に似せた大きなフライを落とさなければいけない。水はうっすらと濁りを帯びているし、この魚はそれほど視力が良くないので、本当に目の前、直径50 cmほどに落とせるかどうかで、結果は大きく異なってくる。もしきちんとディナーテーブルの上にフライを置くことができたとすれば、反応はまず確実だ。この気の良さがルイジアナのレッドフィッシュ。何十種類ものフライを見つづけて「スレッカラシ」になったフロリダのターポンやボーンフィッシュなどとはまったく異なる挙動を見せてくれる。じつに癒される。

ミシシッピ・デルタとネイティブ~ルイジアナ州の魚を釣って思う

赤銅色のボディカラーに、暗褐色のドットがレッドフィッシュのお化粧。個体によっては2つとか、3つのものもあるのです。写真:東知憲/小倉大助

はじめての30ポンドオーバーを釣ったとき、僕たちのキャプテンが言った。「知っているか、こいつらは俺たちと同じ歳って可能性もあるんだ。40年以上生きるとされているからね」 ルイジアナ州でレッドフィッシュに適用されるルールはスロットリミットの変形であり、「16インチ以上の魚を1日5尾まで、ただし27インチを超える魚は1尾まで」というもの。成熟した個体数を保護しつつ乱獲を防ごうという意図がある。ちょうど16インチくらいのレッドが偶然釣れてきたとき、彼は感慨深そうにこう言った。「俺たちの希望はここにあるよ。油井事故のころに生まれたやつだ。これくらいのサイズの魚が今年は大量に釣れている。ターポンやマグロなど、他の魚のことは確証をもっては言えないけれど、ことレッドフィッシュに関しては、資源は健全だ。あれだけの大きな事故のあとで、これはじつに嬉しいことだね」

事故の各方面にわたる環境影響に関しては、長期的な調査に基づく科学的な検証が待たれるなか、デルタの代表魚種ともいえるレッドフィッシュの数にあまり影響がないというのはすばらしいニュースだ。あまりに沈鬱なニュースばかりだと気が滅入ってしまうが、頭を出している幸せの芽を探し、楽観を失わないようにしたいという気持ちで各地を旅する今日このごろである。

ミシシッピ・デルタとネイティブ~ルイジアナ州の魚を釣って思う

念願の、やっと念願の、バイユーに住むネイティブ。ヒレの大きさは特筆するべきで、遊泳力を物語ります。写真:東知憲/小倉大助

パタゴニアのプロセールス・プログラム登録者である東知憲(ひがしとものり)は前世でも深く水に関係していたと信じざるを得ないほど水と生き物が好きで、町中を流れる側溝も必ず覗き込む人。フライキャスティング・インストラクター、翻訳者、編集者、ちょっとしたもの書き。なにより釣り人。

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