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ペルーの100の波を救う冒険

ブルーノ・モンテフェリ  /  2024年4月24日  /  読み終えるまで12分  /  サーフィン, アクティビズム

波と波の間で築かれた友情は、サーフブレイクを救うための強力な同盟になる。

ペルーで最高の波の1つであるカボブランコ。この写真は、釣り桟橋の建設によって波がまだ影響を受けていない30年以上前に撮影されたものである。Photo: Steve Wagner

カロリーナ・バトリッチは、読書が好きで、マンゴーが嫌い。自宅の設計をはじめ、何にでもMicrosoft Excelを使う。愛情深いのに、閉所恐怖症で、ハグが苦手だ。何より、カロリーナは消えることのない情熱の炎なのだ。

私たちはペルーのリマで同じ学校に通っていたが、そこで出会うことはなかった。初めて彼女を見たのは、2010年、カニェテ川の水上だ。長い髪を風に躍らせながら現れた彼女は、海の近くで毎日を過ごしていることがうかがえる笑顔に沿った日焼けの皺があった。私がカヤックをまっすぐにしようと格闘している間に彼女は2時間連続で楽しむように漕ぎ続けていた。私たちは話さなかったし、私は彼女に名前を尋ねることもしなかった。数年を経て、思うにあれが、故郷のサーフブレイクや自然を保護することで友情の花を咲かせ、共有してきた数々の活動のはじまりだった。その使命において、これ以上望めないくらい理想的なパートナーなのである。

ペルーの100の波を救う冒険

カロリーナ・バトリッチ。ペルーにて。Photo: Cristina Baussan

ペルーは一般的には、マチュピチュやナスカの地上絵、風味豊かなセビーチェで知られている。逆に、ほとんど知られていないのは、波の保護を制度化する最初の法律がここで誕生したということだ。80年代、チョリヨス地区の長は、多くの人が、海洋の地勢を変え、今や伝説となったラ・エラドゥーラを破壊するといった道路建設に着工した。数年後、ずさんな計画の桟橋のせいでカボブランコの完璧な波がほぼ壊滅し、サーファーたちは自ら組織を立ち上げた。彼らは保護同盟を結成し、ペルー議会が2000年に「Ley de Rompientes」(サーフブレイク法)を承認するまで、あらゆる手を尽くした。施行まで13年を要したが、この法律は、波の保護に尽力するペルーの次世代サーファーのレガシーとなった。2016年には世界最長として知られるチカマの波が保護第1号になった。現在、ペルーには43の保護された波があり、それは「Hazla por tu Ola」(波のために行動を起こそう)キャンペーンに参加した数千人の努力が結果として現れた。それらの活動が、サーフコミュニティに目的を注ぎ、私とカロリーナの間にも鉄壁の友情を築いた。

カニェテ川で最初に出会った後、私は自然保護プロジェクト「Conservamos por Naturaleza」を立ち上げた。あらゆる人々に自然保護への参加を呼びかけ、促進しようとするペルー環境法協会の施策だ。保護は日常社会の文化に深く根付くべきと信じ、そこで人々の自発的な環境運動を奨励した。このプロジェクトは現在、市民、地域社会、組織によってサポートされる250以上の活動を展開し、ペルー国内で約50万エーカー(2,000平方キロメートル)の生態系を保護している。

ペルーの100の波を救う冒険

カロリーナとブルーノ・モンフェリは、2人が保護に貢献したペルーの波の1つ、ロスオルガノスでモーニング・セッションを楽しむ。Photo: Cristina Baussan

私が自然保護プロジェクトに専念していた頃、カロリーナは世界を旅していた。彼女の人生で唯一変わらないのは水だった。かつてはウインドサーフィンのレースに出場したこともあり、伝説のウインドサーファー、アンドレ・パスコフスキーが、マウイのホオキパの波に乗るビデオを見てからは、1年以内に自分も同じ波に乗ると決意した。そこで、毎週末、リマから北のパカズマヨへ、400マイル(640キロメートル)近くバスに乗り、環境工学の学位を目指すかたわら、彼女は波の乗り方を学ぶようになった。

ペルーの100の波を救う冒険

カロリーナは、ペルーのザラテビーチで波をかわす。Photo: Walter Wust

まもなく、ホオキパのウインドサーフィンは現実になり、そのわずか2年後には、彼女はプロウインドサーファー協会のワールドツアーで強豪と競っていた。ハワイのマウイ、ペルーのパラカスやパカズマヨ、ブラジルのジェリコアコアラにはよく通った。それぞれの土地で家族同然の仲間を見つけた。大学卒業前、カロリーナはジェリコアコアラのClubVentosの主任ウインドサーフィン・インストラクターという夢の仕事をオファーされた。実は学費を出資した母親に、6か月後には帰国して学校を卒業すると、誓約書にサインまでして約束していたのだが、カロリーナはこのチャンスを逃したくなかった。

その決断が彼女の人生を変えることになる。なぜなら、ブラジルで彼女はアンドレ・パスコフスキーと出会い、そして2人は恋に落ちるからだ。アンドレは末期患者で、共に過ごせるのはわずか1年とされたが、彼らは一緒に過ごすことを決めた。治療の合間を縫って、ウインドサーフィンのドキュメンタリー映画『Below the Surface』の撮影旅行へ出かけた。プロウインドサーファー協会の元世界チャンピオン、ビクター・フェルナンデスとその友人を取り上げた作品である。アンドレはドキュメンタリーの完成を待たずに他界し、カロリーナがそれを完成させた。そして、その制作が彼女を立ち直らせた。ドイツのジルト島の映画祭で上映することが目標で、アンドレもそれを望んでいたと彼女は分かっていた。「私たちには、一緒に幸せになるためのすべてがあった。愛、信頼、楽しみ、共通の関心、尊敬、称賛…時間以外のすべてが」と彼女は別れの手紙に綴った。

私たちは2013年に環境イベントで再会し、私は彼女に自分の自然保護プロジェクトの話をした。2年後にペルーへ帰国した彼女は、私のオフィスを訪れ、「海が私に与えてくれたすべてにお返しをするために」戻ってきたと言った。

ペルーの100の波を救う冒険

もういくつかの波に挑む前に、著者は赤ん坊のオーリアを抱く。Photo: Cristina Baussan

まさにこの団体は、ポジティブな影響をもたらそうとする人々のために結成されたものであり、ちょうど我々はペルーの波を保護するキャンペーンを立ち上げようとしていたので絶好のタイミングであると彼女に伝えた。ただし、資金がなく、今後10年間で50万ドル以上の寄付を募る必要があり、その間にまったくバラバラのペルー人サーフィンコミュニティを、100の波を保護するために団結させなければならないと私が言うと、カロリーナはこう聞いてきた。「いつ、はじめる?」

数週間後、私たちは「Hazla por tu Ola」を発表するため、混雑した部屋の前方に立っていた。カロリーナは、人前で話すことを恐れ緊張し、口ごもっていたが、それにもかかわらず(2ショットのピスコに励まされ)、私たちの波を守りたいならば、政府を頼らず、サーファーはコミュニティとして結束する必要があると説いた。今ではもう、カロリーナはステージに立っても平気だ。この組織の主旨は、市民や民間企業が自然保護のために行動を起こすように影響を与えることだ。その目的への彼女の貢献とリーダーシップにより、2019年に彼女に対してCarlos Ponce del Prado Awardが、そして2020年にHazla por tu Olaに対してLatin America Green Awardが授与された。

ペルーの100の波を救う冒険

波を保護するためのプロセスは3段階とシンプルだが、それでもLey de Rompientes(サーフブレイク法)の審査をパスするのはなかなか複雑である。Photos: Cristina Baussan

サーフブレイクの保護に関しては、いくつかアプローチがある。確固たる機関が存在し、海洋統制機構が成熟した国では、サーフブレイクの保護は、海洋空間計画制度の範疇とされる。そうしたプロセスでは、政府機関が特定海域に対するさまざまな利害を誘導し、活用ルールを設定できる。例えば、ニュージーランドやオーストラリアには沿岸管理計画があり、波打ち際ではレクリエーション利用が優先され、一帯に影響しかねない行為は制限される。さらにオーストラリアには、ゴールドコーストのサーフ管理計画があり、実施に数百万豪ドルが投じられている。

しかし、その他の多くの国では、海洋空間計画は存在せず、海洋生態系の保護に尽力するコミュニティは、保護を公共の優先事項とするために、絶えず利害関係者と論争している。例えば、これはペルーのケースだが、海軍には港、パイプライン、桟橋、沿岸防衛設備などの建設許可の申請がいくつか寄せられている。

ペルーの100の波を救う冒険

カロリーナとブルーノのパートナーシップは成功と判明した。今日、ペルーには43の保護された波がある。Hazla por tu Olaとその幅広い協力者ネットワークの活動のおかげだ(ペルー、ネグリトス)。Photo: Cristina Baussan

サーフブレイク保護法によって、沿岸が何かに利用される前に、市民がそれを保護するための正式な手順が設けられた。どのような仕組みかというと、保護しようとするエリアに波があると証明できる場合、申請者はペルー海軍にそのエリアに関する技術的ファイルと地図を提出しなければならない。これらの書類は、海底分析と波動記録を通じて、波の存在とその物理的特性を示す必要がある。続いて、ペルー海軍がそれらの情報を検証し、そしてその波がサーフブレイク国家登記簿に登録されたならば、政府はその波に影響し得る行為について権利を認めることができない。つまり、防波堤、波止場、桟橋、海底パイプラインなどの新設は認められない。基本的には、波の時間帯や経路に影響するかもしれない、あらゆる建造物を免れる。

ペルーの100の波を救う冒険

北、西、南西からうねりが寄せるマンコラは、波であり、ツーリストを引き寄せる磁石でもある。ここはHazla por tu Olaが保護に貢献したサーフブレイクの1つである。ペルー タララ Photo: Cristina Baussan

カロリーナの率いるHazla por tu Olaは、スペシャリストへの依頼に必要な資金を集めるため、コミュニティのリーダーを見つけ、協力する。続いて、スペシャリストはファイルを準備し、その波が登録され、保護対象になるように当局の指示に従う。調査および海軍への申請にかかる費用は、波1件当たり3,000~6,000米ドルである。今日まで、波の保護に必要な全資金のうち、90%はペルー市民の寄付によるものだ。

2018年に私たちは、カリフォルニア州サンタクルーズにある「セーブ・ザ・ウェーブ・コーリション(SWC)」が企画した「世界波会議」に招待された。SWCはワンチャコの象徴的な波を保護するプロセスで、地元ペルー人コミュニティをサポートする主要な役割を果たした。ワンチャコは「カバリトスデトトラ」という、葦で編んだ1人乗りの伝統的な釣り船が有名で、3,000年前から地元民に漁で使用されている。SWCとの関係は、この数年間に拡大し、Hazla por tu Olaのモデルを他国へ膨らませ、世界中のアクティビストとつながるカギになった。SWCとの最近のコラボレーションの1つに、12か国のケーススタディをはじめ、サーフブレイク保護の法的手段やアプローチを体系化し、比較できるようにしたオンライン・プラットフォームがある。こうした情報が、地球全域でサーフブレイクの保護に尽くす地元のリーダーや政治家の役に立てばよいと思う。

ペルーの100の波を救う冒険

カロリーナはマイクを手に、未来の波を守る群衆に影響を与える。写真:Conservamos por Naturaleza

追い風を受け、私たちはできるかぎり多くの波を救おうと決意している。「2030年までに100の波を保護することが目標」とカロリーナは言った。「ペルーのすべての波が法律で保護され、そしてこのモデルがもっと多くの国に採用されるまで、私たちはやめません。」

そして、それは功を奏し始めている。ラテンアメリカで、ペルーのモデルが採用されつつある。カロは「Mareas Vivas」という新団体を設立したエクアドルの草の根活動家と協力しており、同団体は市民から署名を集め、議会にサーフブレイク保護法案を提出するキャンペーンを開始しようとしている。国境の南、チリでは、2016年に私が行ったHazla por tu Olaに関するスピーチに感化された、今では親友でもあるルイス・フェリペ・ロドリゲス・ベサが、才能あるフィルムメーカーのロドリゴ・ファリアス・モレノや法律家のヨハン・エステバン・ブタゾーニと共に「Fundación Rompientes」を設立した。この財団は、チリの複数のサーフブレイク保護グループの活動を連携するうえで主要な役割を果たしており、我々とは設立当初より自然な同盟関係にある。

最近、チリのサーフブレイク保護を追求するためにこの財団が推進する法案が、議会によって承認された。このプロジェクトは上院で審議されることになった。メキシコでも、プエルト・エスコンディドのコミュニティが、沿岸の持続可能な開発について包括的計画を策定しており、そこには地元版サーフブレイク法の整備を進めることが盛り込まれている。セーブ・ザ・ウェーブ・コーリションとHazla por tu Olaの両者とも、そのプロセスに助言を提供している。環境上の課題に直面した時、人はつい圧倒されてしまうが、だからこそ、他国で同じ活動に従事する同志とつながり、アイデアを交換できると知ることは、極めて貴重である。

ペルーの100の波を救う冒険

イレスカス国立自然保護区にて、パートナーのウォルター・ウーストと息子のカイといっしょのカロリーナ。カロはペルー北部にあるこの純粋な沿岸サンクチュアリの保護に貢献している。Photo: Carolina Butrich

2015年、カロリーナはほんの数か月のつもりでペルーに帰ってきた。かつてリマは、彼女がいつも逃げていた場所だった。けれど、8年経ってもまだ彼女はここにいる。なぜなら、バランスを見つけたからだ。目的のある仕事があり、サーフブレイク保護というHazla por tu Olaの目標を先導し、刺激的な人々に囲まれている。自分自身に再び恋に落ちることを許し、家族をスタートしようとしている。彼女にそのつもりはなくても、カロリーナは私達に、何かを当たり前と思ったり、根を下ろそうとしたりせず、つまり、必ずしも1つの場所に落ち着かずに人生を生きることは、重大な変化を成し遂げるカギであると教えてくれる。なぜなら、波がそうであるように、愛と忍耐をもってすれば、それに抗える壁などないからだ。

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