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「ニセコ雪崩事故防止協議会の報告書」より

新谷 暁生  /  2017年11月22日  /  スノー, カルチャー, コミュニティ, スポーツ

編集者記:待ちに待ったスノーシーズンがやって来ました。パタゴニアも、ミニマリストのデザインと確かな耐久性を備えた多様なスノー製品を取り揃え、元気いっぱいの子供から困難なルートを初滑降するスキーヤーまで、スノースポーツをさまざまに楽しむ皆様のための準備が整いました。そうした「身に着けられるギア」とともに遊びつづける、事故のない安全なスノーシーズンを願うパタゴニアは今日、私たちが信頼し、また雪山に関する豊富な経験と知識と技術をもち、雪崩問題に深く長く献身的に貢献しているひとりである、新谷暁生氏によるレポートをご紹介します。

雪崩は自然現象であり、そこに人がいなければ事故は起きない。スキー場の雪崩事故を防ぐには危険な日にそれを伝え、人がスキー場外へ出ない仕組みを作らなければならない。ニセコルールはこの考えに基づいて作られた。危険な日とはつまり吹雪の日だ。事故は吹雪の日に多く起こる。晴れれば定められたゲートから外に出し、吹雪けば出さない。これがスキー場利用者を雪崩から守る唯一の方法であり、数多くの事故を経験したニセコの結論だった。しかし危険の線をどこに引くのか、誰がそれを判断するのかなど多くの課題がある。一番の問題は林野庁がスキー場からのコース外滑走を認めていないことだ。しかし紆余曲折を経て作られたニセコルールは、地域の公式なルールとして、国や道の了解を得て運用されている。ルールを支えるニセコ雪崩情報は地域の公式情報だ。情報は当日のコース外の危険を評価し、ゲート開閉の適否や時間などを決めるために使われる。この情報は公開されており、インターネット等で誰でも見ることができる。ここでは30年に及ぶニセコの雪崩事故への取り組みと、ルール成立に至る経緯や問題について述べる。

スキー場は国有林などを借地して開かれる。国はスキー場開設に厳しい条件を課す。第一に自然環境に配慮すること、第二に借地範囲とその境界を明確にすること、第三に索道の保守、安全管理を厳格に行うこと、第四にスキー場からのコース外滑走など目的外使用させないこと、そのためのロープ設置、危険告知等を行うことなどを、各省庁が作る規則や、事業者団体の全国スキー場安全利用対策協議会のスノースポーツ安全基準等で定めている。林野庁はコース外滑走を公式には認めていない。貸しているのは土地であり、コース外を滑らせるのは目的外使用にあたるからだ。スキー場はこれを守る。しかし監視のためのパトロールの増員には費用がかかる。その結果、コース外滑走は建前上禁止、実際には不足気味のパトロールの熱意に依存した放置、本音は事故が起きれば当事者の自己責任で済ませばよい、という状況の中で行われてきた。

1980年代、ニセコではコース外滑走が常態化していた。人々は当然のようにロープをくぐり、スキー場から出て行った。日本海の吹雪がもたらす雪は適度に湿り、反発力のある素晴らしい新雪滑走ができる。山容も穏やかで危険があるようには見えない。標高1308mの山頂から少し下れば、開けた急斜面のシラカバの疎林の中を滑ることができる。その魅力に取りつかれた人々にとってここは天国だった。人々は1000m台地のリフトを降りるとスキーを担ぎ、あるいはシールを張って汗をかき山頂を目指した。山に登らない人はパトロールの目を盗み、リフトやゴンドラを降りてすぐにコース脇のロープを越えた。新雪滑走は小さな冒険だ。しかしゲレンデスキーに飽きた多くがそれを求めるようになった。

リフトが標高1000mから1150mまで伸び、北東側に花園スキー場が開かれ、南斜面に東山スキー場が出来たことで、更に新雪愛好者の利便性が高まった。新たに開かれた南側の東山スキー場には雪が降れば早朝札幌から車を飛ばし、立ち入り禁止の水野の沢を午前中だけ滑る人たちがいた。またそれまで少数しか滑らなかったアンヌプリ山頂南側の鉱山の沢の急斜面を滑る人も増えた。花園スキー場の完成は東尾根を滑る人を増した。それは雪庇の崩壊による事故の危険性を高めた。1985年の鉱山の沢の事故や1990年1992年の水野の沢の事故はこのような中で起こった。事故を起こした多くは札幌圏の手稲山などの新雪を滑っていた人たちだ。事故はその後も1995年のアンヌプリ大沢、1998年の春の滝、2001年の東尾根大野の沢と続いた。大沢の事故は日本初のスノーボーダーによる死亡事故だ。リフトの延長や新たなスキー場の開発がコース外へのアクセスを更に容易にしたことで、ニセコの事故は増えたといえる。

国内の多くのスキー場では今もコース外滑走が禁止されている。もちろんスキー場はパトロールを強化して放送を流し、注意を呼びかける。しかし誰も聞かない。なにしろみんながロープをくぐるのだ。運悪く雪崩に遭った人だけが自分の失敗を悟る。だが死者は何も語れない。そして事故は当事者の無知や非常識が原因で起こり、自己責任であるとして済まされる。メディアは何日か騒ぐ。しかし世間は一週間もすれば、事故があったことさえ忘れてしまう。そして再び以前の状況に戻る。それにしてもニセコはあまりにも事故が多かった。事故は毎年の行事のように続いた。そのたびに私たちは遭難現場で遺体を掘り出した。スキー場も行政も何ら有効な手だてを見いだせずにいた。だがこれ以上問題を放置できないという空気が徐々に生まれていった。地元の多くが事故の続発に危機感を覚えていた。そして真剣な議論が始められた。念仏のように唱える滑走禁止ではなく、条件付きでコース外の滑走を認めるというニセコルールは、そのようにして作られていった。

コース外へはゲートから出る。ゲートが閉じられている時は出ない。ニセコの取り組みは事故を毎年のように経験する中で、必要から始められたものだ。ゲートから出てコース外を滑らせるという方法は、今も林野庁の黙認、緊急避難的追認という形で行われている。これが良いとは誰も思ってはいない。しかし仕組みを変えるのは容易ではない。現場では大きな問題だが、社会的にはどうでもよい小さなことだからだ。役所はこんなことには真剣に取り組まない。たとえば道は観光振興策に毎年10億近い予算を使う。また原発関連の予算は更に大きい。その一方でニセコ倶知安を含む北海道後志振興局の遭難対策予算は、夏のタケノコ採り遭難対策を含め12万5千円に過ぎない。だが放置すれば事故は起こる。私たちは何らかの対策が必要なことを関係機関に訴え続けた。今も基本的にその状況は変わっていない。だから何か問題があれば必ず林野庁はニセコに苦言を呈し、国の方針が変わっていないことを念押しする。ニセコルールには今も様々な批判が行われている。まず国が認めていないことによる正当性への疑義、危険判断の基準が今日の雪崩研究の成果に沿ったものでないこと、また登山や山岳滑走は自由であるべきで、それを妨げることは誤りであることなどの批判がある。しかし私たちはこれらの意見を十分に知った上で、地域の決まりとしてニセコルールを国の決まりに優先させている。他に方法がないからだ。ニセコルールはスキー場利用者の滑走の自由を尊重しつつ、その安全をいかに守るかという、ふたつの相反する目的のために行われている。このルールは登山のような自然の中で行われるスポーツの中での暗黙のルールとは異なり、同じスポーツであってもスキー場という、いわば遊園地のような環境の中でのルールだ。登山では登山者自らが安全を考える。そして自己責任という限定的責任で自らを律する。しかしスキー場はそうではない。スキー場にはたくさんの人が集まる。経験豊かな人だけでなく、雪を初めて見るようなアジアの人たちもいる。子供もいる。子供に責任を問えないように、危険の意味を知らない人に一律に責任は問えない。

晴れた日に山頂へと向かう行列が蟻のように続くニセコでは、誰もがゲートを出て頂上を目指せる。パトロールはもちろんそこで注意を呼びかける。この先はコース外であること。凍傷に気を付けること。雪崩情報を読んでからゲートを通ることなどをにこやかに伝える。ビーコンチェッカーは2年前から設置されているが、ビーコンの着用は義務付けていない。装備の有無で人を選別することは、ルールの公平性のためにも出来るだけ避けたいと考えるからだ。それでもビーコンの普及率は徐々に高まっている。安全意識は他からの強制では高まらない。自分がその必要性を感じてこそ高まる。ニセコルールの考えにある自由の尊重は、この点にも表れている。ニセコは標高が低く山容がおだやかだ。ここはヨーロッパや北米のような急峻な崖山ではない。だから初心者にもなじみやすい。これが家族連れを含む大勢が増えた理由でもある。そしてルールへの信頼の高まりもまた、ニセコ人気が高まった理由のひとつのように思う。ゲートが開いている時もリスクはある。だから亀裂への転落や雪庇崩壊、立木衝突や迷子などの事故は後を絶たない。しかし雪崩リスクに限れば、南斜面の立ち入り禁止区域を除き、晴れた日の山全体のリスクは低い。このルールはそもそも危険な雪崩による死亡事故をなくすために始められたものだ。ルールを守って滑る限り、雪崩事故を起こす可能性は低い。

多くの批判にもかかわらずルールが機能している理由は、その公平性にある。ここでは知識や経験、国籍や年齢そして装備などでスキー場利用者を区別しない。ルールさえ守れば誰もが平等にコース外の新雪を滑る機会を得る。利用者の支持を得ているからこそルールは機能している。ニセコルールを批判する人がいるとすれば、この公平性に不満を持つ人たちかもしれない。知識や経験で区別されないニセコルールは、エキスパートの存在を薄れさせる。しかし彼らも表立っての批判はしない。地域の繁栄は悪いことではなく、自分たちもそこから恩恵を受けていることを知っているからだ。

今年2月25 日、ヒラフスキー場横の春の滝で雪崩事故が起きた。ニセコルールが行われるようになって約10年ぶりの死亡事故だった。春の滝は倶知安町の国有林内にあり、スキー場による管理は行われていない。一方で隣接する水野の沢はニセコ町道有林の東山借地内にあり、東山パトロールによって雪崩コントロールが行われている。南に面して崖や急斜面が多い春の滝、湯の沢は、水野の沢を除きニセコルールの完全立ち入り禁止区域となっている。雪は日射による融解と明け方の寒冷による凍結を繰り返し、いわゆる霜系の弱層が出来やすく、時に大きな雪崩が起こる。また風下にあたるため吹き溜まりが出来やすい。事故の前日、東山水野の沢はダイナマイトによる爆破で雪崩を発生させ、危険除去が行われた。しかし春の滝では当然ながら人為的安全管理作業は行われておらず、自然な状態での危険な状況が続いていた。一方で事故の原因は、一部外国人のルール無視の風潮の高まりなど、人為的な要因と無関係ではない。ここでは以前から常習的にパトロールの眼を盗んで滑る人たちがいた。彼らはリフト券の没収に備えて一日券や時間切れ間近の時間券をポケットに入れている。滑走が禁止されているおかげでいつも新雪がある。春の滝はパトロールに追われても滑る価値のある場所だった。彼らは装備や知識、滑走技術を過信し、パトロールを嘲笑って滑走を繰り返していた。だが繰り返せば必ず誰かが罠にはまる。事故は起こるべくして起こった。この事故はたとえ本業ではなかったにせよ、地元に住むガイドによって引き起こされた。彼らはロープをどこでくぐり、どのポイントから斜面にエントリーするか、見つかればどのように逃げるかなどの情報を共有していた。そしてそのような人たちは増え続けていた。全部がそうではないが、その多くがニセコルールを軽視する人たちだ。彼らはこのルールが日本人によって作られたことを理由に批判を続けてきた。欧米の雪崩先進国から来た彼らは、自分たちは特別だと思っているのかもしれない。そしてそれは欧米人だけではなく、外来の考えを有難がる日本人の中にも少なからずいる。日本人が作った決まりは守らなくても良いというのは、ある意味人種差別的な考え方だ。トランプのような人がニセコにもいるわけだ。彼らは有力者や政治家に取り入り、ニセコルールを批判するだけではなく、ルールを自分たちに都合の良いように変えようとする。これを放置すれば開発は進むだろうが安全への取り組みが疎かになる。ルールを尊重する人たちのためにもこのような芽は早めに摘み取らなければならない。しかしそれは容易ではない。利益を求める人にとって安全は常に他人事だからだ。再発防止には先ず水野の沢11番ゲートと春の滝の監視を強め、罰則を強化しなければならない。しかしそれ以上に、ニセコがこれまで行ってきたことの意味を同じように粘り強く訴え、ルールが何故あるのか、なぜ必要なのかを理解させることのほうがはるかに重要だ。ニセコは誰であろうとコース滑走の自由を尊重する。しかし何をしても良い自由などない。ここはスキー場なのだ。

コース外滑走を違法とする批判は、これまでも他のスキー場から多く出されてきた。しかしそれが利益につながると知ると、多くのスキー場が競ってニセコに倣いルールを作り始めた。その決まりを読むとスキー場が果たすべき責任を言う前に「自己責任」、という文言が当たり前のように書かれている。しかしルールはスキー場の責任回避のためにあるのではない。昨今よく見られるようになったコース外滑走のルールは、利益の拡大を目的に、利用者の自己責任を当然のこととして、スキー場の責任回避を念頭に置くものになっている。そして残念ながらニセコもまた当初の理念を忘れ、地域振興という錦の旗の下で、少しずつその方向に変容し始めているように思う。

ニセコでは当初から責任論を横に置き、立場を越えた議論を進めた。責任を言い出せば話しが前に進まない。目指すのは滑り手の自由を守りつつ安全を保つにはどうするべきか、なのだ。そして利益を得ている以上、スキー場が利用者の安全に配慮するのは当然のことだ。問題はどう配慮するかだ。ニセコでは雪崩情報がその役割を担っている。この作業は各スキー場と倶知安ニセコ両町で構成するニセコアンヌプリ地区雪崩事故防止対策協議会の委託を受け、ニセコ雪崩調査所が行っている。つまりスキー場にかわって雪崩情報で利用者への説明責任をはたそうとしているのだ。これに対して欧米の例を引き合いに出し、ニセコルールがきわめて日本的な、余計なお世話的なルールだとする批判も出ている。また情報そのものに対する批判も数多く出されてきた。しかしルールが一定の成果を上げていることを見ても、スキー場の事故防止に国や人種の違いは関係がないように思う。

雪崩情報はゲートの開閉に関係なく出される。危険評価を欧米のように記号やレベル評価ではなく文章形式で行うのは、読めば考えるからだ。自分でリスクを考えればそれが用心につながる。事故が過信や思い込み、なりゆきで起こるのなら、もし用心することで事故に遭わずにすむなら、事故対策としてこれほど安上がりなものはない。ルールと雪崩情報への批判は自由だ。批判がそもそも考えることだからだ。欧米のようにゲートは閉ざさずに常に開けておき、コース外へは自己責任で自由に出られるようにすべきだと言う人もいる。それは構わないが、明らかに危険と知りながら利用者をコース外に出し、そこで姑息に自己責任を念押しするほどニセコのスキー場は無責任ではない。だから危険が予想される日にはゲートを閉じる。ルールを破りロープをくぐればパトロールが追いかける。一人がロープをくぐれば誰かがそれを真似る。放置すれば大勢がそれに続き、結果的に事故発生の確率を高める。南面の春の滝、湯の沢立ち入り禁止区域だけではなく、西のモイワから東の花園までルールは同じだ。会社と町は違っても、ニセコルールという一つのルールによって山の安全は保たれている。ここはスキー場であって天然の山岳ではない。

ニセコ雪崩情報はスキー場コース外の事故防止のための情報だ。ここではふきだまりの発達などの降雪推移から雪崩の危険を評価している。面発生表層なだれは吹雪が風下側に作るふきだまりの急斜面で起こりやすい。ふきだまりからの危険評価は現実的な事故防止の方法であり、古くから登山家によって行われてきた。ふきだまりとは風による雪の移動で堆積する雪を指す。雪崩情報ではふきだまりと共に、英語のスラブという言葉も同じ意味で使われる。作業は毎朝4時から始められる。現場ではモイワスキー場の圧雪車を使い、主に新たなふきだまりや雪庇の発達とその安定度を見る。そのため場所と標高を変えながら圧雪車のブレードで衝撃試験を行う。たまに雪庇から落ちたり雪崩を食らったりする。シャベルテストやルッチブロックテストを大がかりに行うようなものだ。データの収集は各スキー場パトロールやそれぞれの山の圧雪車も行う。ニセコでは全山が同じ考えに基づいて事故防止のために情報を集めている。そしてこれらの情報や朝の観測、気象庁、海上保安庁や自前の風速データを基に危険評価を行い、当日のパトロール責任者とゲート開閉について話し合う。具体的にはリフト運行可否の目安となる18m/s以上の吹雪と、その時間的経過が判断材料となる。同じ吹雪でも10m/s以下ならふきだまりは安定しながら圧密してしまり雪となり、リスクは高まらない。また標高と斜面の向き、何か所かの特定の場所の状況、曜日やその週のお客の動向なども考慮する。情報は翻訳後、各スキー場に掲示される。ニセコ雪崩情報はインターネットでも公開されており、誰でも見ることができる。最近では北米シアトルの雪崩研究者がニセコの考えを用いて危険情報を出している。カスケード山脈の気象はニセコのように海に左右される。海洋性の降雪という意味では同じだ。厄介なのは朝の作業を4時間で終わらせ、リフト営業開始に間に合わせなければならないことだ。その後は事故が起こらないよう祈るだけだ。危険を風と吹雪から読むのは山での実際的方法だ。私はこれを常識としてきた。私自身、3度の雪崩を経験して幸運にも生き延びた。パキスタンのカラコルム山脈では氷河雪崩に吹き飛ばされかけ、ベルグシュルンドと呼ばれる氷河の山側亀裂に飛び込んで難を逃れた。私は雪崩の危険を軽視しない。

ニセコの方法は天気図型の雪崩予測と言われる。弱層ではなく吹雪など雪の降り方から危険を考えるからだ。今年3月、8人が亡くなった那須の雪崩遭難も、ニュース映像や当日の気象データで見る限り、強い風雪の中で起こっている。彼らは発達するふきだまり斜面を登っていて事故に遭ったのだろう。ふきだまりと雪崩の関係を少しでも知っていれば、事故は避けられたのにと思うと気の毒だ。日本では雪崩講習会が盛んだ。しかしそこで教えるのはニセコで行っている天気図型の雪崩判断ではない。雪の中の弱い層、つまり弱層を見つけてそこから判断する、弱層型の判断だ。この弱層理論は北海道大学低温科学研究所の秋田谷英次先生が提唱した秋田谷理論として広く普及している。面発生表層雪崩は弱層から起こると言われている。しかし風雪時に弱層を見つけ出すのは困難であるばかりか危険だ。観察している時に雪崩を起こすかもしれない。実際にそのような例があるため、ニセコ雪崩調査所では斜面での作業時には、必ずロープで確保して行うことを徹底している。旧雪層との境は観察ですぐに見つかる。そしてそのあたりに弱層があると考えがちだ。確かにそこには温度差で出来た霜系の層がある。しかしどうもそれが原因で雪崩が起こるのではないようだ。晴天下で突然起こるシモザラメなど顕著な弱層が原因する雪崩ではそうかもしれないが、強い風雪時には急激に発達するふきだまり自体の密度の不均衡が破られて、ふきだまりそのものから雪崩が起こるのではないだろうか。私は研究者ではない。これはあくまでも素人考えの域を出ないが、吹雪のふきだまり斜面で雪崩が起きやすい理由をこのように考えている。雪崩を起こすのは必ずしも層序構造の層ではなく、層となる前の、ふきだまり内部の弱線とでも呼ぶべきものが原因かもしれない。層は変化する自然降雪が、やがて圧密と焼結という物理現象によって作られる結果ではないだろうか。それならば少なくとも風雪時の弱層からの雪崩予測はできないことになる。日本の雪崩専門家は30年にわたり弱層理論に基いて事故防止の活動を続けてきた。しかし事故は起こり続けている。私は科学を尊重する。そして科学的知見に基づいて雪崩事故を防ぐ方法が見いだされると信じている。しかし日本で起こる雪崩事故の多くが、雪崩講習で知識を得た人によって起こされていることの意味は重い。今一度専門家諸氏にこの点について考えてもらいたいと思っている。

ニセコで行われている天気図型の危険判断は、今日の学問の理論に沿ったものではないと否定されることが多い。しかしニセコではこの方法で成果を上げている。私は吹雪のふきだまりの発達と雪崩の危険が学問的に裏付けられ、それが常識となれば雪崩事故も減るのではないかと思っている。2015年冬から名古屋大学の西村浩一教授と新潟の雪氷防災研究所のチームがニセコで雪崩発生メカニズムの研究を始めた。これにはスイス、スペイン、ノルウェーの研究者も加わっている。テーマはニセコ雪崩情報の考えの基本にある「ふきだまりの発達と雪崩との関係」の科学的解明だ。雪崩の研究は日本だけでなくスイスなど欧米諸国でも古くから行われている。雪崩が弱層から起こることは研究によって証明されている。しかしふきだまりと雪崩との関係は、まだ十分な研究が行われていない分野だという。1950年代のアメリカの研究では、雪崩は吹雪やその直後に多く発生すること、その予測には吹雪など雪の降り方にも注意すべきだとする報告が出されている。しかし今日の雪崩研究では降り方に関係なく、それが多量の降雪という一言で片づけられる場合が多い。今後の研究によってニセコの方法が裏付けられるか否かはわからない。またそれを待っているわけにもいかない。いずれにせよニセコ全山がこの研究に協力している。

ニセコの取り組みは学問研究が目的ではない。あくまで事故防止が目的だ。悲惨な事故の経験が私たちをこの問題に取り組ませた。観察とは広い視野でものごとを見ることを言う。観察の観の字はフクロウを表す象形文字から来ているという。ふくろうは首を回し用心深くあたりをうかがって獲物をねらう。私たちもまた先入観にとらわれず、広い視野から危険を嗅ぎわけなければならない。私は27才の時にニセコモイワに移住し、70才になる今日まで宿泊業を営む傍ら山に登ってきた。やり残した海や山の冒険はたくさんある。しかし世界は広く人生は短い。だからこそニセコの雪崩ごときで死んではならないと思う。生きてこその冒険なのだ。冒険のフィールドは無限に広がっている。10月15日、今年3月に那須高原で起きた雪崩事故の最終報告書が出された。高校生7名と若い教師1名が遭難死した悲惨な雪崩事故だった。亡くなった若者たちに哀悼の意を表したい。そしてご家族に深くお悔やみを申し上げたい。私は死がすべての可能性、時間を止めてしまうこと、家族の悲しみが計り知れないものであることを見てきた。報告書では事故原因として指導者の危機管理意識の欠如と状況判断能力の不足をあげている。事故が起きるには理由がある。しかしそれを明らかにしても事故は繰り返される。それが日本の現状だ。私は事故の報に接するたびに怒りを覚える。この稿が雪崩事故防止に少しでも役立つことを願っている。

本内容は12月5日にニセコで実施される「ニセコ雪崩ミーティング」でも配布いたします。

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