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時間を越えて共有するもの

横山 勝丘  /  読み終えるまで6分  /  クライミング

ホットライン2ピッチ目(5.12a)の核心を登る。写真:横山 勝丘

時間を越えて共有するもの

ホットライン2ピッチ目(5.12a)の核心を登る。写真:横山 勝丘

やっぱりクライミングって素晴らしい。なにを今さらと思われるのは百も承知だし、クライミングが他のスポーツよりも優れていると主張するモチベーションもない。でも、やっぱり良いものは良いと思わせてくれたアメリカでのクライミングだった。

10月初めに政府の混乱によってアメリカ国内すべての国立公園が閉鎖になり、行き場を失ったクライマーたちが取った行動はどれも似通っていた。ヨセミテにいた連中とユタ州のインディアンクリークで再会し、ザイオン国立公園がオープンしたと聞けばそっちに流れ、ヨセミテの公園再開の知らせとともにみんなして意気揚々と1,500キロもの道のりをドライブしてカリフォルニアに戻る。まるで光に集まる虫のようだ。

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ユタ州インディアンクリークの雄大な自然の中で朝食をとる。写真:横山 勝丘

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ザイオン国立公園の有名ルート、ムーンライトバットレスを登る。写真:横山 勝丘

待ち焦がれたエル・キャピタン。40キロ近い荷物とともに下部をヨタヨタと登りはじめたが、すぐ下から軽装の男たちが猛スピードで登ってくる。狭いビレイポイントで2チームが一緒になった。

「どこから来たの?」 「日本だよ、君たちは?」 「スウェーデンだ」 「おー、そうなんだ。この前スウェーデン人の女の子とニードルズで会ったよ。ここでも会って、そのあとレイクタホでも会ってさ。ハナって名前の子なんだけど、知ってる?」 「もちろん。彼女は僕の妻だ」

以前にも書いたけど、そんな出会いはめずらしくなく、別に驚くことでもない。クライミングエリアは世界中に無数にあるけど、世界中からクライマーが集まるメッカのような場所は限られてくる。ましてやベストシーズンともなればなおさらだ。僕は取りたてて愛想が良いわけでも、人なつっこいわけでもない。格段に友達が多いわけでもないし、ましてや友達を増やそうという努力すらしていない。でもクライミングをしていれば、同じ岩場で出会ったクライマーと仲良くなるのはごく自然なことで、別の場所で再会したときの喜びもまた大きい。でもそれはきっと、ただ同じ時間に同じ空間を共有したというだけじゃなくて、そこにルートというものが介在しているからなのだろう。

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エル・キャピタン全景。写真:横山 勝丘

ハナとヨセミテで二度目の再会を喜んだとき、会話は自然とこの数日間に登ったルートの話になった。聞けば、ヨセミテに着いて真っ先に向かったルートが、どちらもエレファントロックにあるホットラインというルートだった。そうなると、あの2ピッチ目の核心のムーブがどうだの、このルートのエッセンスは上部のオフィズスだとか、とにかく話がマニアックになっていく。だれかと話していても、「今度はどこに行くの?」と聞けば、その答えがときとして僕のお気に入りルートだったり、数年前にとても苦労させられたルートだったりすると、自然とそのときの経験を話したくなるものだ。同じ岩場に集うクライマーが仲良くなるのは不思議なことではないけれど、同じルートを経験できるということが、それをより強めていると僕は思う。もちろん体の大きさから力の強さや手の大きさ、そして柔軟性や指の強さや心の強さにいたるまで、異なる100人のクライマーがいたら100通りの登り方があってしかるべきだ。だから、まったく同じ動きを共有できるわけではない。でもちがう動きをしても、そこで使うホールドの表情や傾斜の強さを理解することはできる。そしてひとつのルートを登れば、同じ喜びや苦しみ、ときには恐怖までも、他のクライマーたちと共有することができる。それが、クライマー同士が仲良くなれるいちばんの理由なんだろう。

そしてそれは時間や世代を越えても共有できる。ホットラインは1975年にパタゴニアのアンバサダーであるロン・カウクが初めてフリークライミングに成功したルートだ。彼がフリー化にトライしたときの興奮や不安、恐怖といったものを、今回同じルートを登ることによって少なからず垣間見ることができた。当時からは考えられないほど進化した靴を履き、必要なプロテクションの数までガイドブックで指定されていて偉そうなことは言えないけれど、彼と同じ場所で同じムーブをこなしたということだけで嬉しい。そして同じルートをトライしたクライマーならその喜びを理解できるはずだ。

今回、1歳になった息子もヨセミテに連れていった。もちろんまだクライミングをする年齢ではないし、数年後に旅の話をしてもきっと覚えていないだろう。けれども岩場にいるときの彼は、おおむね機嫌が良い(親の勝手な思い込みかもしれないけれど)。最近では目の前にある石ころをよじ登ったり、ボルダリングエリアで誰かが完登すれば拍手をしたり。とはいえ、彼がクライマーになるとは限らない。自分がやりたいことは本人が決めるものだし、 しょっちゅう岩場に連れていった反動で、外で遊ぶことが嫌いになる可能性だって否定はできない。でも僕の勝手な希望を言えば、彼にはクライマーになってほしい。理由は簡単。家族全員で同じ喜びを共有したいからだ。岩は数十年後も同じ姿でそこに存在するからこそ、両親が昔に登ったルートを彼がいとも簡単に登ったり、はたまたその逆だったり……。もちろん、そうやすやすとは彼に負けていられない未来の自分の姿や、同じルートをときには切磋琢磨しあいながら登る家族の姿を想像しただけで、思わず嬉しくなってしまう。やっぱりクライミングって素晴らしい。

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エル・キャピタンを登り終えて。左から佐藤裕介、岡田康、横山勝丘。写真:横山 勝丘

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