本質的にタフ
アメリカの大工の総人口のうち、女性が占める割合は5%に満たない。この現状を変えるための取り組みを進める女性の職人たちがいる。
全ての写真:Leslie Hittmeier
「ヘイ!」240エーカーの敷地で電力を自給しているスティーガー・ウィルダネス・センターにレンタカーを駐めると、ジェナ・ポラードが声を掛けてきた。木組みの大工であるジェナは、ミネソタ州イーリーの真北にあるスーペリア国有林のトウヒ、モミ、バンクスマツ、アスペンが茂るこの土地で、過去9年間、夏になると働きながら指導してきた。明日から2週間、彼女は女性を対象にした小屋造りコースを指導する予定だ。4人の講師と8人の大工見習いが、ここで伐採され、加工されたアカマツやシロマツを使って、3.7x4.3mの丸太小屋を「木組み」によって建てる。ジェナはこのコースの計画を何年も前から思い描いていた。
「生徒たちは湖に泳ぎに行っているので、後で紹介しますね。まずは施設を案内します!」
この施設は77歳の北極探検家で気候変動活動家のウィル・スティーガーの私邸だ。ウィルは20歳の時に、北はカナダへ続く自然保護区に隣接する28エーカーの土地をはじめて購入した。その後、遠征の合間を縫って敷地と建物を増やしていった。数年後には、ここは彼の自邸という枠を超えて、巨大な野外教室となった。世界中の生徒たちが夏の間、建築、木工、石積み、ステンドグラス、木組みなどの技術を熟練した職人から学んでいる。
ジェナが指さす先には「ヤード」と呼ばれる木工所があり、生徒はここで工具を使用して作業ができる。その電力はこの施設の小規模発電網を構成する40以上のソーラーパネルによってまかなわれる。さらに1976年に建てられた施設内で最も古い建築物の「ロッジ」がある。当初は厨房、宿泊棟、木工所として使用されていたが、現在は厨房とウィルの書斎として使用されている。ざっと見渡すと、雪を被ったハスキー犬、北極圏の男たち、新築の小屋の前で微笑む大勢の若者の古い白黒写真や、「北極の融氷」「止まらない温暖化」「南極点の遭難」といったタイトルの本がずらりと並んでいる。

ステイシー・ベッドナーは、「ヤード」で資材を選ぶ。
1990年、ウィルとそのチームは、石油産業から南極を保護するための注意を喚起しようと、犬ぞりによる南極大陸横断の最初の遠征隊になった。遠征中のある夜、テントの中でウィルは、ノートに建物のアイデアを描いた。その建物を保護区の中に配置し、主たる政策立案者を招き、気候変動について議論することを構想していた。
もし、そのような意思決定者をオフィスから大自然の中へ連れ出し、森の匂いを嗅ぎ水の流れる音を聞きながら、もっとシンプルな暮らしをすることができたなら、私たちが何を守ろうとしているかを理解してくれるかもしれないと彼は考えたのだった。そして、自分が遠征したときのような、チームワークやコミュニティの精神が招待客の心に芽生えさせることができたなら。とそう考えた。
吹雪の50日間を含む220日の間、全長6,020kmに及ぶ旅の途上で、ウィルは「センター」の構想を固めた。
「この建物に住んだつもりになって、何度も歩き回り、四季を通してすべての部屋で生活してみた。窓から見える月や太陽の動きを観察し、影、屋根や柵のライン、天窓から見る星の輝きに注意を払った。毎朝テントの中で、鉛筆と6インチの定規で、昨日からのアイデアや計画を実際に描き出した。それは長く美しい体験だった。遠征が終わった時、私はその図面を手に『ウィル・スティーガー・ウィルダネス・センター』建設という25年越しの計画に乗り出した」(『Steger Wilderness Center』より抜粋)
南極大陸横断を成功させて時の人となったウィルは、帰還後、イーリーで建設を開始した。その後30年にわたって、引退した親方や熱心な見習いがこの計画に関心を寄せ、その理念に賛同し時間や労力を捧げてきた。それは環境的・社会的問題の解決を中心にコミュニティ、対話、教育を促進し、ひいては化石燃料に依存せずに繁栄する新たな道を見つけるということであった。

必要な工具がすべて揃っており、吹き抜ける風にはマツの匂いもする。ヤードは正真正銘の人気店だ。
木々の間をゆっくり進みながら見学を続けると、住民が数年かけて手作りした小さな小屋に出くわした。「敷地のあちこちに12~17棟ほどの小屋があります」ジェナは微笑みながら言ったが、あえて頭の中で数えようともしなかった。森の奥にある「スギヴィル」は、「スギ」という愛称の日本人が建てた。スギは80年代にアラスカでウィルと出会い、この施設に招待された。スギはここで大工仕事を学び、以後、毎夏訪れるようになった。そして金属廃材だけを使用して、自力で小屋、ゲスト小屋、工房、さらには温泉をイメージした建屋を造った。それらは今では風景の中にすっかり溶け込み佇んでいる。
森の真ん中のどこかに「物書き小屋」があるらしいが、そこに通じる踏み跡はなく、見つけることは出来なかった。さらに、ウィルが山へ遠征に行っている間、そり用の犬たちが寝ていた場所を見下ろす丘の斜面に「犬ぞり旅行者の小屋」が建っている。現在、その小屋にはオーロラ・ワールストロム(26歳)が、ミスターネルソンとジュニパーという茶色の猫2匹と暮らしている。彼女は木挽きと石工の達人で、生徒たちに小屋の基礎造りを指導することになっている。
遠くに、木々と施設を見下ろすように大きな建物がそびえている。その建物のほとんどが窓で構成され、大胆な傾斜で角度があり、階段状に建てられた巨大なサンルーム。まるでガラスの滝。銅板の急こう配の屋根が、湖を見渡すポーチと展望デッキを覆っている。まるで別世界のガラスの城だ。
「あれがセンターです」とジェナが説明する。「あれがこの場所のすべてです。初めて来た時、ウィルはセンターがあと2年で完成すると言っていました」彼女はこの建物の1階を流れる水路の設計に携わっていた頃を振り返る。「ここでの最初の3年間、私はそれを仕上げるのにかかりきりでした。毎シーズンの終わりには、やり残した作業を思い、落胆していました。でも、センターは私たち全員が一致団結することが目標なのだと気がつきました。もちろん、完成させたいという思いはありますが、自分を変える何かや、自分の成長を実感させてくれるものは、完成までの道のりの中にあるのです」

仲間たちはウィル・スティーガーと雑談しながら、1人の北極探検家の夢から始まった「センター」の職人技に感嘆する。
見学ツアーの終点は湖だ。そこでは大工の卵たちが、巨大なドックの陽だまりで、くつろいだり笑ったり、あるいはピケット湖の心地よい水で泳いでいる。自己紹介の後、みんなでおしゃべりをはじめた。ほとんどの女性がミネアポリスのサミット・アカデミーの生徒だと知った。20週のコースを開設する職業専門学校で、授業料は助成金や支援金でまかなわれる。数人はすでに職人としての経験があったが、それ以外は今回のコースが職人への最初の一歩となる人もいる。
マリクルース・ロザーノ・リオス(23歳)は、親族の中ではじめて建築の仕事に就いた女性であると打ち明けた。「みんなここで自分に向いているかどうかを実際に知ることになるのね」これから2週間のプロジェクトを思いながら彼女は言った。
「私が働き始めた頃、現場にほかの女性がいることはまれでした」講師の1人、ベス・ハルバーソンは言った。「女性が力量を証明しても、男性たちは親分気どりだったの。私はこれまで恵まれていたけれど、誰もがそうとはかぎらない。まだ女性の働く世界じゃないと考えている連中がいるのよ」
アシュリー・デイビス(30歳)は、これまでは専業主婦で、建築の世界に飛び込んだのは、つい最近だと言う。「同じ方向を目指している女性に会いたかった。この(プロジェクトの)おかげで10倍は鮮明になってきた…これはすごいことになりそう。自分の目標にどんどん近づいているわ」
生徒たちの話にオーロラはうなずく。「これらの技能を習得することが、どこかの建築現場で働くようになった時、自信につながることを願っています」
なかには、キャンプやシャワーなしの生活をするのはこれが初めてという生徒もいた。彼女たちは笑って、脇毛が伸びてきたことをジョークにしたり、快適なベッドも、携帯電話も、水洗トイレもないことを嘆いていた。
翌朝、ジェナがその日の予定を発表した。その日は小屋の基礎造りに使う石を集めるのだ。朝食の後、みんなでピックアップトラックの荷台に飛び乗り、採石場へ向かった。女性たちは清潔で、笑顔で、初日に興奮していたが、この時はまだ、その後の作業を知る由もなく、一行はイーリー緑色岩の採石場に到着した。27億年前に形成された高密度の変成岩で、基礎造りにもってこいだ。オーロラがロックバールを配り、平らな岩を探すよう説明した。
8月の日中らしい暑さになり、ハエがブンブンと飛び回る。仕事にかかるや、ベッドや携帯の話はどこへやら、大自然での重労働だけが強いることのできる集中が訪れる。マリクルースは泥に埋まった巨岩をほじくり始め、オーロラともう1人の生徒であるステイシーは、一緒に36キロの岩を運ぶ。
「出産の経験はないけど、きっとこんな感じなんだろうね」大きな岩をトラックに載せながらある生徒は言った。
汗が目に入り、ハエや泥を肌にまとわり付かせ、女性たちは懸命に働く。その後、建築現場に戻り、石積みを学ぶ。石を組んで丈夫な基礎を造る方法だ。さらに、継手の墨付けや刻みの加工、接着剤や釘を使わず自立する骨組みを組み立てる構法を学ぶ。コースが終わる頃、センターは未完のままだが、そこには新たな小屋が建つ。それは「シーシャック」だ。「木組みには仲間が必要です」とジェナは言う。「1人でやるのはムリ。建物を造るだけでなく、同時に関係も育むのです。そうしてできる建物は、きっと数百年にわたって存在し続けます」
マリクルース・ロザーノ・リオス
「私が子供の頃、父は建築の仕事をしていました。小さい頃、仕事場に連れて行ってくれ、トラックの荷台に座って父が働くのを見ていました。その後、私にも教えてと頼んだけれど『お前はまだ小さいし、それに女の子だ。これはキツイ仕事だから、お前にはやらせない』と。
腹が立ちましたよ。だって私は一生懸命働きたい。楽な仕事は嫌いです。6年間、父とは口を利いていないので、私が今何をしているかを知りません。きっとすごく驚いて、そして私に教えておけばよかったと思うでしょうね」
アシュリー・デイビス(手前)
「キャンプに行ったことも、テントのバルコニーでお風呂に入ったこともなかったけど、現代人の生活をしないって新鮮。そもそも人類は泥の中で暮らし始めたということを人は忘れている。(ここでは)すべてが静かで、穏やかで、精神的に落ち着く。すべてが平和で、あらゆるものが純粋。ここはポジティブなもので溢れている」
サラ・ラング(後列、オレンジのシャツ)
「私のお気に入りは、ここの家々を訪問すること。母娘みたいにね。『おやおや“ひよっこ”が来たよ』って、実際は言われないけれど、そんな感じ。この先には新たな未来が待っていると思う。何かを違ったやり方でやらなければならなくなった時、私は世界にとって役立つ存在になりたいですね」
ブリティーニ・デアーモン
「何もないところから、何かを作れることがいいですね。しかもそれを自分の両手と少しの創造性でできるのですから。事業を立ち上げ、自分自身の仕事を、自分で人を雇えるようになりたいです」
ベス・ハルバーソン(後列に着席、白いシャツ)
「ここに来たら(生徒たちは)ホームセンターにばかり行かずに、どうやって仕事をやり遂げるか、やりくりを学びます。彼女たちは、どんどん強くなっています。この先に自分たちが活躍できる場があることを学んでいるのです」
ケリシャ・パーマシュワリ
「男の世界で何かをするチャンスがあるなら、やるべきよ。それが何であろうと、女性として、有色人種の女性として、その世界を変えることができるのだから」
ジェナ・ポラード
「私たちは、プロとして、エキスパートとして、その知識をほかの女性に伝えようとする女性を求めいる。すべてはそうやって続いていくと」