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良き隣人がすること

サキアス・バンクソン  /  読み終えるまで21分  /  マウンテンバイク, アクティビズム

地平線にマウント・ベイカーを眺めながら、ガルブレイスのクラシック「SST」トレイルの下りに備えるマーク・アリソン(左)とボニー・バーク(右)。Photo:Paris Gore

エリック・ブラウン、通称「EBエクストリーム」は、ワシントン州ベリンハムの東、レイク・ワットコムの東側にある荒れたクーガーリッジ・トレイルの跡地で被害を調査しながら、倒木の根のあいだを縫うように足早に進む。この「クーガー」はかつて非認可のダウンヒルトレイルで、いずれは閉鎖される予定だった。しかしいまではこの地域の主要な、しかも「合法」のバイク用トレイルとなっている。

この区間は最近の嵐で3本の巨木が倒れ、石と泥と枝が散乱しているが、EBはまったくひるまない。

かつてオンライン企業の製品マネージャーを務めていたEBは、妻のコートニーとともに2008年にシアトルから引っ越してきた。彼は郡の支援グループである〈ワットコム・マウンテンバイク・コーリション(WMBC)〉のトレイルディレクターとして、市民会議や公開討論会、レースやイベント、そしてもちろんベリンハムのトレイルの常連でもある。〈WMBC〉の有償正社員第1号である彼は、みすぼらしいタスマニアデビルのように森のなかを這いまわりながら、トレイルのルート変更や再建、そして切り株を元の場所に戻す方法など具体的な事柄について、歩くのと同じくらいの早さでしゃべる。非公式の「ベリンハムのマウンテンバイク市長」であるEBがすこぶる有能な理由はこれだ。彼は難題に立ち向かうのではなく、あふれる楽観的な熱意で難題を圧倒するのだ。

電話が鳴り、カリフォルニアの市外局番であることが示される。「サリー」ことジム・サリバンからだ。サリーはEBのことを「リコ・スアベ(リッチでソフトなヤツ)」というあだ名で呼び、僕にハイタッチをしろと言うので、その通りにする。それからサリーに「クーガー」が違法でなくなったことがどれほど素晴らしいかを伝えると、彼は間髪を入れずに指摘する。

「『違法』という言い方は止めた方がいい。ハイキングや乗馬や犬の散歩できれいな場所に行くことや、並行する2つのトレイルをつなぐのは良いことで、自転車だと違法になるのはおかしいだろう?たとえ悪かったとしても、それは些細な違反なのに」

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スチュワート・マウンテンの斜面に新しい登り用トレイルを検討中のエリック・ブラウン(前方)とリード・パーカー(後方)。 前の見開き:ワシントン最古の州立公園にある「ダブルダウン」トレイルを駆け抜けるブルックリン・ベル(前方)とサキアス・バンクソン(後方)。Photo: Paris Gore

モンタナ州、カリフォルニア州、アイダホ州、さらにはワシントン州でも、原生地域や国立公園でのマウンテンバイクの使用は禁止され、またサイクリストと環境保護主義者は自然保護論議では異なる立場に立つことも少なくない。しかしベリンハムは例外だ。文字どおり手を汚す行動主義となると、マウンテンバイクのコミュニティの熱心さに敵う者はそういない。彼らは〈WMBC〉に導かれ、これまでに環境税の導入に協力し、またトレイル作業にも(それがマウンテンバイク用のトレイルではない場合でも)大勢が参加する。〈WMBC〉の青と緑のテントはワットコム郡各地のイベントではお馴染みの存在で、テントには同団体のミッション・ステートメント「管理、教育、支援運動を通じて、ワットコム郡のトレイルへの非動力系アクセスを守り、強化する」がくっきりと書かれている。

そしてすべてのストーリーがはじまったのは、ゴミの不法投棄、エスプレッソメーカー、そして数名の良き隣人からだった。

EBがベリンハムの自転車市長だとすれば、サリーはそのゴッドファーザー的存在で、ガルブレイス・マウンテンは2人の共有の「オフィス」となるだろう。そこはアメリカ太平洋岸北西部におけるマウンテンバイクの活発な心臓部であり、しかもかなり見苦しい場所だ。

正式名はルックアウト・マウンテンであるガルブレイス、通称「ガルビー」には、僕たちを取り囲むシダやいくつかの滝のある巨大な二次林はないが、ここにたどり着くまでにバイクで走り抜ける場所には、皆伐地がある。この標高544メートルの山は林業用地として使われている森林で、過去何十年間も定期的に伐採されてきた。しかしそこには全長約105キロメートルの世界級のシングルトラックもあり、マウンテンバイクやハイキングやトレイルランニングを楽しむ何十人もが毎日のように見かけられ、さらにはここで乗馬をする人もいる。町で見る車の2台に1台は自転車を積んでいそうで、どの道路にも自転車が走っている。そしてそのほぼすべてが、ガルブレイスに向かっている。

「ワットコム郡に住んでいれば、ガルブレイスへ遊びに行く人に必ず出会う」と言うのは、〈ワットコム・ランド・トラスト〉でディレクターを務めるリッチ・バワーズ。「ベリンハムでは30年以上にわたって、マウンテンバイカーたちがガルブレイスに関わる肉体労働をしてきた。それが評判を築いてきたんだ」

サリーがはじめてベリンハムを訪れたのは1974年、西海岸の温泉巡りの自転車ツアーをしたときだった。そのあと1979年にガルブレイスの麓に家を買い、エスプレッソメーカーの修理業をはじめた。そのほんの2年前に「発明された」スポーツ、と言われているマウンテンバイクには乗ってはいなかったが、「ファットタイヤ・バイク」には誰よりも馴染みがあった。サリーはマウンテンバイクの誕生の地、カリフォルニア州のマウント・タマルパイスの麓で、初期の伝説的マウンテンバイカーのひとりであるトム・リッチーの隣家で育ったからだ。

良き隣人がすること

エリック・ブラウン、ベリンハムの非公式マウンテンバイク市長。Photo: Paris Gore

サンファン諸島の東、シアトルの約130キロメートル北、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーの約97キロメートル南に佇む、この「控えめに刺激的な町」の人口は約9万人。全国規模のマウンテンバイク会社3社とオーダーメイドのバイク製造者4人に加えて、自動車用バイクラックの会社、トレイル建設用具の会社、シートポストの会社があり、マウンテンバイク誌『Freehub』の拠点でもある。そして町にはブルワリーとほぼ同数のバイクショップがある(2019年はじめ現在は13軒)。

自転車の人気はベリンハムから東に延び、カスケード山脈を越えてワットコム郡全域(その大部分が田園地帯)に広がっている。〈レクリエーション・ノースウエスト〉の2015年度の分析によると、アウトドアレクリエーションは同郡に7億500万ドルの収益と3,728の職業を生み出している。

言うまでもなく、ベリンハムは自然保護にも熱心な町である。その証拠に、アウトドアレクリエーションがこの地方に与える影響は、生態系サービス(生態系が人類の利益となる機能の経済的価値)に換算すると、年間60〜100億ドルにも及ぶと〈レクリエーション・ノースウエスト〉は推定している。

1980年代初頭にサリーがマウンテンバイクに乗りはじめると、彼の家はすぐさまベリンハムのマウンテンバイカーたちのたまり場となった。毎週火曜日の夜は数人の「イカれたバイクマニアたち」がエスプレッソを飲みに集まり、町の周囲の丘のトレイルや四輪駆動車道をマウンテンバイクで「巡回」した。

「当時のガルブレイスはそりゃあひどいものだった」とサリーは語る。「四駆車とダートバイクで深くえぐられ、ゲートは引き倒され、ゴミの不法投棄も日常茶飯時だった。だから『バイカー』の前には必ず『マウンテン』を付けることが肝心だった。僕たちがエンジン付きじゃないってことをはっきりさせるためにね」

サリーにとって、この言いまわしはとくに重要だった。彼はカリフォルニアの初期のマウンテンバイカーたちが猛烈な反感に直面し、ほぼすべてのトレイルでマウンテンバイクが禁止になったことを目撃していたからだ。

「カリフォルニアではじまったことは、必然的に全国に広がる。でも僕はマウンテンバイカーをアウトドアコミュニティで好感のもてるメンバーとして確立させたかった。僕たちはちょっと顔を出すだけでなく、会議や作業に必ず現れる信頼できる存在で、良き隣人だった。だから世間は僕たちを、エネルギーあふれる若者のグループと見なすようになったんだ」

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サリーはベリンハムの反感を避けるために、あらゆるところで友人を作った。彼らのグループの取り組みを皆に理解してもらえるよう、犬を散歩させる人、ハイカー、バードウォッチャー、町内会、さらには〈バックカントリー・ホースメン・オブ・ワシントン(ワシントン州バックカントリー乗馬会)〉にも語りかけた。やがてガルブレイス地区の住民たちは違法行為をサリーに報告するようになり、また火曜の夜のライディングの規模が膨らむと、評判のよい人物たちまでが彼らの「変人の集まり」に姿を現すようになった。

「いいヤツらを連れてくると、悪いヤツらは去っていくんだ」とサリーは言う。「警官、医者、消防士、検察庁の職員などが、僕たちに加わるようになった。それで僕たちは不法投棄者の車のナンバープレートや様相を通報した。捕まった当事者たちは自分でゴミを片づけさせられた。そうすると、その手の行為が起こらなくなくなった。本当だよ」

マウンテンバイカーたちがガルブレイスの非公式の見張り役となったことは、ガルブレイスの大半を所有する伐採企業を含む、誰の目にも明らかとなり、彼らは新たな利用者のグループとして温かく迎えられた。12平方キロメートルにも広がる裏庭を有効に走りまわるべく、サリーは土曜日のバイクライディングも企画し、数か月後には毎週60人以上が集まるようになった。

この勢いに乗って1987年、サリーは中心となるライダーのグループとともに、ベリンハム初の公式なマウンテンバイク支援団体をまとめた。〈ワットコム・インディペンデント・マウンテン・ペダラーズ・アンド・ヨーヨーズ〉、略してWHIMPYS(1990年代はじめに略称をWHIMPSに改名)は、レースの主催や大規模なプロジェクトの管理、有意義な土地開発のロビー活動などに取り組み、地元の自然保護政策に対する影響力を発揮した。1990年に可決された最初の「グリーンウェイ税」はそのひとつで、固定資産税の一部が生息地保護、公園、トレイル、オープンスペースの資金に充てられた。サリーはその創設メンバーだった。

1996年、サリーは2度目の心臓切開手術のためにカリフォルニアに戻り、当時のバイスプレジデントだったマーク・ピーターソンに手綱を渡した。ピーターソンは〈WHIMPS〉の全盛期と内なる葛藤の両方を見ることになった。2000年代のはじめ、マウンテンバイクのフリーライディングが台頭した。これはジャンプやドロップ、そして不安定な木製障害物の妙技などを組み込んだライディングのスタイルで、往々にして危険をともない、そのコースの建造にはトレイルに大きな影響を与え、たいていは人目を盗んで行われた。フリーライディングの反逆的かつモーターバイク的な思考により、自然保護主義者とマウンテンバイカーは大いに対立し、ベリンハムではすぐにクロスカントリー志向の〈WHIMPS〉やその他の利用者グループに緊張感をもたらした。

「ジム・サリバンやマーク・ピーターソンなど初期のメンバーたちは、自然保護の倫理観が強かった」と、〈コンサベーション・ノースウエスト〉の創設者兼事務局長のミッチ・フリードマンは言う。「ギアやスピードやアドレナリンラッシュを好むフリーライダーたちは、木を切り倒して傾斜台などを作る。僕は〈WHIMPS〉のリーダーたちに、それはマウンテンバイクの支援運動に悪影響を与える、ということを説得したかった。長い目で見れば、より良い市民であることの方が大切だと伝え、協力しあってもっと高い基準を設けようと呼びかけた」

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「クーガーリッジ」の下りで追いかけっこをするボニー・バーク(前方)とエリック・ブラウン(後方)。かつて非認可だったこのダウンヒルトレイルは、ガルブレイスを南側の再譲渡地へとつなぐ。Photo: Paris Gore

このことは2002年に〈トリリウム・コーポレーション〉と画期的なアクセス合意をまとめ、〈WHIMPS〉がガルブレイスの正式な管理役に定められた以降の大きな課題となった。ピーターソンとバイスプレジデントのダレン・クラークは、もしフリーライディングを正当に認めて、そのライダーたちを正しい方向に導くことができれば、非常に高い基準を設けることが可能だと信じていた。そこで重要な架け橋となったのが、地元で教員を務める2人のフリーライダー、ビル・ホークとマット・デュランドだった。この2人は2004年に〈WHIMPS〉の役員に加わり、ガルブレイスに設置されたすべての木製障害物の解体に協力した。そのなかには、彼ら自身が建造したものもあった。

「あれは本当につらい体験だった」とピーターソンは言う。「相当な恨みつらみがあったからね。でも〈WHIMPS〉の創設以来、最も重要な時期だったと思う。すべてを取り壊すことで再建が可能になり、いまの僕たちがある。それは僕たちの正当性を証明し、僕たちが長期的な目標を達成するための妥協策を理解していた証拠でもある」

その苦労は報われ、彼らは2005年に新たに〈WHIMPSマウンテンバイク・コーリション〉として非営利団体の認定を受け、その後10年間ガルブレイスには山のいたるところに多くの新しい多目的トレイルが敷かれた。しかしこのすべては2011年4月18日に宙吊り状態となり、人びとはベリンハム高校の体育館に集うこととなる。

その2年前、〈トリリウム〉はガルブレイスに所有していた12平方キロメートルの土地を、1,800万ドルの負債の返済として開発企業〈ポリゴン・ファイナンシャル〉に譲渡していた。そして2011年4月11日、〈ポリゴン〉はガルブレイスへの公共アクセスの閉鎖を発表した。それに応じて、ピーターソンは〈ポリゴン〉の土地管理者であるブレア・マーレイを高校の体育館での公開討論会に招いた。

「市長も、市議会議員も、郡議会議員もいた」と、事前交渉に参加したEBは言う。「そして500人ものマウンテンバイカーが現れた。数日前に知らされたばかりで、しかも平日の夜だというのに。あれはすごかった」 その後まもなく、〈ポリゴン〉はガルブレイスの一般開放をつづけることに合意した。

丘の中腹はかなりの急勾配だ。少し傾斜が緩い場所があったとしても、それはサーモンベリーとアメリカハリブキの棘地獄となっているはずだ。だがそれもスチュワート・マウンテンの山腹ではビレイのような役割を果たし、斜面を幾分か安全に走ることができる。脚下には灰緑色のモミとアメリカツガが林立する斜面が、約600メートル下にあるレイク・ワットコムの暗い湖面まで延びている。

EBとリード・パーカーは、ここがマウンテンバイク用トレイルにもってこいの場所だと考える。

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教育は幼いうちから。ガルブレイスのトレイル作業日に、自分専用の紫色のクワを振り回しながらお父さんを手伝う、ゴム長靴姿のクロエ・ブラウン。月に2回の作業イベントには、あらゆる世代のライダーとその家族を含む、何十人ものボランティアが定期的に集まる。Photo: Paris Gore

2人は進みやすい道を探してベイマツのあいだをくねくねと縫いながら、30メートルごとにピンク色のリボンを枝に結び、GPSのデータを記録する。ワットコム郡の自然保護と公園管理に携わるパーカーはEBと組んで、郡の企画課がルートの環境影響と地滑りの可能性を査定する前に少なくとも2回はこの作業を繰り返す。そして査定が済んだあかつきには、シャベルとバケツとビールを手にボランティアたちと戻ってくる。

最初に遭遇する開けた場所には腐りかけの倒木が散乱しており、それは最近の皆伐(2014年時点が最後)の痕跡である。1990年代初頭には、この斜面で一連の地滑りが発生した。100年間も伐採が行われてきたことの結果である。地滑りは周辺住民を脅かし、湖を汚染した。そこで5,000人以上の市民が〈コンサベーション・ノースウエスト〉の支援のもと署名を集め、土地の所有主である天然資源局にレイク・ワットコム流域保護の管理計画の提出を要請するよう、州議会に申し立てることに成功した。

1957年に設立された天然資源局は、公立学校や州立機関、または郡の業務のために収益をあげる土地利用を義務づけた信託令のもと、ワシントン州全域で約22,660平方キロメートルの土地を管理する。郡がこれらの信託地を取り戻すことができるのは公園を設立する場合にかぎられるため、〈コンサベーション・ノースウエスト〉はその目的だけに運動を展開した。10年間の激しい交渉ののち2005年に、ワットコム郡議会はレイク・ワットコムの両側に延びる広大な自然保護区の計画をはじめた。

この決定により、〈WMBC〉内部では緊張が高まった。メンバーのなかには再譲渡に反対する者もあり、ピーターソン、EB、ホーク、デュランド(2013年に〈WMBC〉のプレジデントに就任)とその他の主要擁護者は仲間に考え直すよう訴えた。その転換期は2012年、天然資源局が娯楽に対して寛大だったかつての評判を崩し、ベリンハム東部のトレイル網を閉鎖したときに訪れた。ガルブレイスの4倍近い規模の事態に直面し、マウンテンバイクのコミュニティは即座に、最も声高な保護支持派となった。

「マークは大きな支えだったが、彼が〈WMBC〉に苛立ちをみせることもあった」と、フリードマンは言う。「エリックや他のメンバーと対立する、ピリピリした場面もあった。異なる倫理観のメンバーをも含めた〈WMBC〉全体を代表しなければならなかったからね。でも彼らはかけがえのない存在で、彼らがいなかったら実現しなかっただろう。エリックはその中心にいて、彼のおかげで大勢のマウンテンバイカーが公聴会に出席したんだ。善良な市民としてね。」

2013年3月、ワットコム郡議会は投票により、約36平方キロメートルの林業用地跡を自然保護と非動力系娯楽のために確保することを可決した。スチュワート・マウンテンを取り囲む約19平方キロメートルと、ルックアウト(ガルブレイス)・マウンテンの約17平方キロメートルは、公式にレイク・ワットコム公園の一部となった。これは全国で7番目に大きな地元管理の公園で、ベリンハムの飲料水源であるレイク・ワットコム全流域の4分の1を保護している。土地開発の計画には約153キロメートルの新たなシングルトラック整備もあり、その大半でマウンテンバイクの利用が認められている。

この勢いは2015年に入ってからも、ガルブレイスの南のトレイルヘッドから16キロメートルに位置するララビー州立公園でつづいた。そこはワシントン州初の州立公園で、腰の高さにまでタマシダが群生し、滝や湖があり、チャカナット山群の砂岩の尾根をまたいで鬱蒼たる原生林が広がっている。サイラス・ゲイツの展望台ではじまり、クレイトン・ビーチの砂利浜で終わるダブルダウン・トレイルは、モミに覆われた550メートルの西側斜面「チャッキーズ」の全ルートを縫うように下降する。マウンテンバイクのダウンヒル専用のこのトレイルは2015年に公園の承認を得て〈WMBC〉が作ったもので、ピーターソンが「チャカナット総合開発計画」に関わっていた1994年に遡る、20年以上のパートナーシップの成果である。

チャカナットは〈WMBC〉と〈コンサベーション・ノースウエスト〉のつい最近の共同事業の現場でもある。チャカナットの南沿いにある短い斜面、マウント・ブランチャードのことだ。10年にわたる市民運動ののち、州議会は2018年に天然資源局の管理下にある約6平方キロメートルの土地をハリエット・スパネル州有林に指定した。そこには年間10万以上の人が訪れ、樹木が伐採されることは永久にない。

「ガルブレイスに加えて、レイク・ワットコムの土地の再譲渡とマウント・ブランチャードは、マウンテンバイカーと自然保護主義者を連動させる2つの重要な取り組みになった」と、フリードマンは言う。

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樹根と岩とむき出しの土が混在する「クーガーリッジ」では、ときどき現れるスムーズな場所でブレーキの指を休めることが重要。高速で進むことのできるセクションのひとつで、その機会を大いに利用するボニー・バーク。Photo: Paris Gore

切り傷だらけの汗まみれでようやくスチュアートの森の斜面から出てくると、気温は16度だった。EBとパーカーはトラックの荷台に地形図を広げ、計画を練っている。2017年、〈WMBC〉は再譲渡地の未来の153キロメートルの最初のセクションとなる、シャントレル・トレイルの登りの下半分の建設に着工した。僕たちが午前中にマッピングした場所は2つ目のセクションとなる。

EBは僕たちがたどったルートを地図上でなぞる。〈WMBC〉には野心的な長いリストがあり、その中なかにはスチュワートのすぐ北側にある、もうひとつの天然資源局管理地(約13平方キロメートル)があり、〈WMBC〉はそれを再譲渡地のトレイルシステムに結びつけることを望んでいる。信託地でありつづけながらも、近隣のケンドールやデミングの住民に娯楽に基づく新たな機会をもたらすことが可能となる。どちらも近年不況に苦しんできた林業の町だ。

「このような田舎町に働きかけるとき、観光客を呼び寄せるだけでなく、その地域に住む家族や子供たちにはけ口を提供するような種類の経済を支持したい」とEBは言う。「それがこれから先の取り組みの大きな構成要素となるだろう」

だがEBが最も熱くなるのは尾根を横切る雑林、つまりベリンハムの巡礼地としては不釣り合いな、ガルブレイス・マウンテンだ。でもその理由は、僕には初耳だった。2002年以来、「ガルビー」への立ち入りは月極め契約になっているのだという。その不明確性により、地元の観光業はトレイルシステムの振興に足踏みし、〈WMBC〉が公共助成金を確保することも妨げられてきた。この30年以上にわたってマウンテンバイクが駆り立ててきた文化、経済成長、市民運動のすべては、あるとき30日以内にあっさりと終わっていたかもしれないのだ。

「僕たちは最終的な永遠の保証という夢と希望を抱き、ボランティアの力を借りて、毎年こつこつとトレイルを作りながら、ここまでやって来た」と彼は言う。「僕たちのことを正気じゃないと言う人もいたけれど、すべては良い信頼にかかっていた」

その信頼がしっかりと築かれていたことは証明された。2018年7月、ベリンハム市と〈ワットコム・ランド・トラスト〉、そして2017年に〈ポリゴン〉から土地を購入した〈ガルブレイス・ツリー・ファームLLC〉は、ガルブレイスとその80キロメートル以上のトレイルへの公の立ち入りについて、「永久」保証契約を結んだのだ。サリーが創設に携わった「グリーンウェイ・プログラム」の資金を利用して、連合は伐採企業から永続的な娯楽と保全地役権を購入。そのうちの275万ドルは市から、25万ドルは〈ワットコム・ランド・トラスト〉から寄付された。〈WMBC〉は要望の高かった新しい駐車場(総工費30万ドル)とトレイルの管理を担うことになった。

契約は完璧ではなく、この土地の森林はいまでも林業用地として使われている。しかし保全地役権は山でのいかなる開発も永久に禁じ、それにはワットコム流域の4平方キロメートルが含まれ、また再譲渡地やチャカナットのような緑地ともつながっている。そして将来政策や所有者が変わっても、保全地役権は変わらない。

「地役権の購入は法律に基づく以上の、永久的な解決策だ」とバワーズは言う。「国立公園は神聖なものだと思ってきたが、いまではそれも定かではない。けれどもガルブレイスは、100年後にもマウンテンバイクのための場所でありつづけ、同時にハイカーやランナー、また犬の散歩やたんに森を歩く家族のための場所でもありつづける」

一方、サリーはガルブレイスの運命について心配することは決してなかった。とくに2018年10月にベリンハムを訪れ、700人のマウンテンバイカーたちの前で、ピーターソンとともに〈WMBC〉の特別功労賞を受け取ったあとは。信頼とは要するに良き隣人がすることなのだ。

「物事をひとりで達成することはできる。でもあらゆる努力と同じように、本当に効果を出したかったら、力を合わせて取り組まなければならない」と、サリーは言う。「それが、僕たちが『いいヤツら』になれた理由だ」

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