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トレイルランナーが自然に対してできること

千葉 弓子  /  読み終えるまで10分  /  トレイルランニング

石川弘樹は南三陸でイヌワシを呼び戻すためのトレイル整備を続けている。2025年には60kmの火防線トレイルが開通する予定だ。

写真:武部 努龍

かつて南三陸の空にはイヌワシの姿があった

東北の地で、石川はひとつの答えを見つけた。トレイルランナーとしての自らの生き方を方向づけるもの、それが「南三陸イヌワシ火防線プロジェクト」だ。翼を広げると2メートルにも及ぶ南三陸町のシンボルバード「イヌワシ」。町の人々にとって親しみのあるこの鳥が、2011年東日本大震災の後に姿を消した。

「イヌワシを呼び戻すために、僕らは毎年秋から冬にかけて南三陸へ通い、使われなくなった全長60kmの火防線(山火事の延焼を防ぐための帯状の無樹林地)をトレイルとして切り拓く整備活動を続けているんです」(石川)

トレイルランナーが自然に対してできること

60kmの火防線を区切りながら整備していく。整備ポイントまでかなり歩くこともある。写真:武部 努龍

このプロジェクトについて私が初めて耳にしたのは、編集者として石川の雑誌連載を担当していた2017年秋のこと。トレイルラン大会をいくつもプロデュースし、レース開催地域でトレイル整備に取り組むなかで、石川は「トレイルランナーと自然との関わり方」について模索していた。

「だからこのプロジェクトを知ったとき、まさに自分がやるべきことなんじゃないかと思ったんですよね」

石川は嬉しそうに話す。
火防線プロジェクトと石川を繋げたのは、トレイルランの先輩であるパタゴニア日本支社の篠健司だ。石川と篠は2015年から、同じくパタゴニアの八木康裕ら有志とともに、木々の葉が落ち、森が藪でなくなる秋から冬にかけて、ボランティアでトレイル整備を続けてきた。

トレイルランナーが自然に対してできること

木々や草で覆われた火防線を切り拓く。一日作業しても進むのは数百メートルほど。写真:武部 努龍

なぜ、火防線を整備するのか?

この「南三陸イヌワシ火防線プロジェクト」は地元出身の二人によって推し進められている。子どもの頃から南三陸エリアの野鳥や自然観察を続けてきた鈴木卓也(南三陸地域イヌワシ生息環境再生プロジェクト協議会 会長)と、この地で代々林業を営んでいる株式会社佐久12代目の佐藤太一だ。

イヌワシは開けた草地や木々の伐採地でノウサギやヤマドリなどを狩って暮らしている。かつて南三陸エリアは4ペアのイヌワシが繁殖する日本有数の生息地だったが、山の木々が混み合ってきたため、イヌワシが住みづらい環境になってしまった。良質な杉が育つことで古くから知られてきた南三陸の山には、植林が多い。佐藤によれば、5年10年、20年といったサイクルで枝打ちや間伐を行い、50年以上育ててから木を伐採し、また新たに苗木を植えていくのだという。

「卓也さんから、山の木の影響でイヌワシがいなくなってしまったと聞いたときにはショックを受けました。それなら自分たちが行ってきた山林管理の力でイヌワシが生息できる環境を取り戻したいと思い、卓也さんとタッグを組んだのです」(佐藤)

トレイルランナーが自然に対してできること

プロジェクトの立役者のひとり、林業家の佐藤太一。撮影:大嶋 慎也「共生のために走る」より

火防線プロジェクトは主に2つの活動が柱となっている。ひとつは佐藤が率いる林業のプロたちによる山林管理。もうひとつがボランティアベースで行う火防線の整備活動で、鈴木とともに石川たちが8年携わってきたものだ。

震災により町は大きな津波被害を受けたが、山はほぼ無傷で残った。町内面積の77%を占める山林は町の復興に重要な役割を担うと考えられ、持続可能な林業の構築を目指す活動が始まった。2015年、Forest Stewardship Council®(森林管理協議会)が定める森林認証「FSC®認証」を取得する。この地では、イヌワシの復活と持続可能な林業の構築が密接に関わり合っている。

トレイルランナーが自然に対してできること

志津川中学校の壁面にあるイヌワシのレリーフ。両翼と尾羽の白い模様は幼鳥のしるし。写真:武部 努龍

子どもの頃から山に親しむことの意味

プロジェクトが始まった当初、実は鈴木はトレイルランナーにあまりよい印象を持っていなかった。その理由は、かつてイヌワシが繁殖のために巣に入っていた時期にオフロードバイクの愛好者が火防線や林道を走り、その大きな音がイヌワシを刺激してしまわないかと困惑した経験があるかだら。そのため「山を走る人」に対して、少し警戒していた。

しかし石川たちと一緒に整備活動を進めるうち、見方が変わっていく。トレイルランナーが自然や山を大切に思っていること、石川が「誰かがつくったトレイルではなく、トレイル自体を自分たちでつくって維持管理することに関わりたい」という強い想いを抱いていることを知ったからだ。

トレイルランナーが自然に対してできること

小学生の頃から野鳥や自然観察を続けてきた鈴木卓也。志津川湾を望む大盤平で。写真:武部 努龍

「実際に走っている姿を見たら山伏修験者のようだったんです。ストイックに道を究めていて、かっこいいなと思いました」(鈴木)

いま、南三陸の子どもたちはほとんど山に入らない。もちろん、南三陸を取り巻く町境の分水嶺などに火防線が整備されていたことも知らない。子どもの頃から町内の山々をくまなく歩き回っていた鈴木は、どこを歩けばどの集落に行けるか頭に入っていた。そして震災で町が津波に襲われたとき、親族の家を確認するために山に入り、藪に覆われた火防線を進んで家まで辿り着いたという。山の知識があったからこそできたことだ。

トレイルランナーが自然に対してできること

火防線トレイルはCの字形の海岸線に平行して伸びている。写真:武部 努龍

火防線をはじめとする山の道を再びトレイルとして復活させれば、子どもたちが遠足や自然観察で楽しみながら山に入るようになるかもしれない。そうした経験は災害時にもきっと役立つはずだ。鈴木も佐藤も、子どもたちにもっと山に親しんでもらいたいと願っている。

「そういう意味でも山を活用して知ることは重要で、このプロジェクトをきかっけにトレイルランニングという遊びがこの土地に根づいて、みんなで山を楽しむ文化に繋がっていったらいいなと思っているんです」(佐藤)

火防線トレイルに全国のトレイルランナーを招待

2021年冬、プロジェクトをより広く伝えるための映像づくりが始まる。それが2023年春に公開されるショートフィルム『共生のために走る』だ。以前から聞いていたこのプロジェクトに、映像ディレクターとして「伝える」という形で携われることを、私自身心から嬉しく思った。と同時に、皆さんの想いを預かる責任も感じた。整備はまだ途中だが、2025年には60kmの火防線トレイルが全線開通する。その先に必要となってくるのはおそらく、継続的な山の維持管理と適正な利活用だろう。プロジェクトはいま、これまでの同心円の輪よりももうひとつ大きな輪へと移行していく、そんなタイミングのように思えた。

これから先の活動を想像しながら、現在進行形の火防線プロジェクトをどう伝えたらいいか。まずは石川を慕うトレイルランナーに実際に足を運んでもらい、自らの目で見て、火防線を走って感じてもらうのがいちばんだろうと話し合った。

私たち撮影チームも鈴木や佐藤から町の歴史や自然環境について学び、火防線でトレイル整備を体験したり、資料を集めたりしながら現在進行形で理解を深め、フィルムでどう伝えていくのがよいかを考え続けた。

そして2022年5月、山形や仙台、長野、神奈川、滋賀などを拠点とする9名のトレイルランナーが南三陸に集まった。

トレイルランナーが自然に対してできること

左から鈴木、佐々木 拓史(パタゴニア)、板橋 菜奈子、武田 忠之、須賀 暁、上野 朋子、西村 広和、高橋 和之、秋山 穂乃果、木村 大志、西城 克俊、石川。写真:武部 努龍

そのうちのひとり、西村広和は滋賀県の消防士で、震災時に南三陸で救助活動を行った経験を持つ。石川がプロデュースする「信越五岳トレイルランニングレース」での優勝など数々の輝かしい戦績を残しているアスリートだ。

「震災の1週間後くらいに訪れたのですが、ただもう瓦礫が山積みでした。それから訪れる機会がなかったので、町がどんなふうに復興したのかを見られることも、今回とても楽しみだったんです。いなくなったイヌワシを呼び戻すために火防線トレイルを整備していると聞き、すごくロマンがあるプロジェクトだなと思いました」(西村)

トレイルランナーが自然に対してできること

火防線スルーランの前日は鈴木の案内のもと、みんなで町を見学した。写真:武部 努龍

長野県でトレイルランの大会づくりを行っている木村大志は、走り終えたあとにこう口にしている。

「今日は本当に来てよかった。ところどころに海が見えて美しいトレイルでした。自分も日頃からトレイル整備をしているのですが、一日で進む距離はわずかなんです。だから、この火防線トレイルの整備がどれほど大変なことかよくわかります」

トレイルランナーが自然に対してできること

新緑の山を味わうトレイルランナーたち。写真:武部 努龍

きっと一人ひとりが異なる感性と視点でこの経験を受け止めたのだろう。

南三陸でも、それぞれの場所でも

映像制作の合間に、イヌワシの自然繁殖に成功した仙台の八木山動物公園へ足を運んだ。石川から「プロジェクトに関わり始めた当初、実物のイヌワシを見たくて訪れた」と聞いていたからだ。鳥舎には幼鳥1羽と親鳥2羽の姿があった。近くで見るイヌワシは堂々とした佇まいの美しい鳥だった。できることならいつか、南三陸の空を飛ぶ姿を見てみたい。

「イヌワシが戻ってくるということは、そのイヌワシを頂点とする生物の多様性、山の多様性がちゃんと確保できたことの証だと思うんですね。イヌワシが戻ってきたから多様性が増すのではなくて、多様性が増すからイヌワシが戻ってくることができる。我々が行っているのは生物多様性を増すための活動なんです」(鈴木)

トレイルランナーが自然に対してできること

火防線が開通してからの利活用についても準備が始まっている。撮影:大嶋慎也「共生のために走る」より

南三陸や北上山地では縄文時代から人々が住み、山の自然を利用して暮らしを成り立たせてきたという。数十年前まで、人々は山の草を刈って家畜の飼料や田んぼの肥料にしたり、茅葺き屋根の原料にしたりしていた。雑木林で木を切って薪や炭をつくっては燃料にし、また生えてきた木を切っては薪や炭をつくった。そうした暮らしの営みがモザイク状に山で繰り返され、常にどこかに開けた環境が維持されてきた。イヌワシは人の営みの近くで暮らしてきた鳥なのだ。

故郷の山に再びイヌワシを呼び戻したいという鈴木卓也の静かな情熱は地元の人々を巻き込み、いつしかそこに石川をはじめとするトレイルランナーたちが共鳴していった。そのエネルギーはこれからどう広がり、深まっていくのか。

このショートフィルムが何かの萌芽に繋がったなら、こんな嬉しいことはない。プロジェクトへの共感や応援はもちろんのこと、減少する動植物について思いを巡らしてみるでもいいし、自分が暮らすエリアの自然へ関心を寄せるでもいい。観てくださった方それぞれの場所で「小さなアクション」が生まれ出ることを願っている。

※2023年現在、火防線トレイルは一般開放されていません。

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