burgerburgerchevron leftchevron leftchevron rightchevron rightellipsesellipsespro logopro logopro logopro logologologonavigation primary cartnavigation primary cartnavigation primary cart fullnavigation primary cart fullnavigation primary hamburgernavigation primary hamburgernavigation primary searchnavigation primary searchnavigation primary xnavigation primary xLoading ...Patagonia Loading Iconplayplaysearchsearchshopping bagshopping bagshopping bag filledshopping bag filledxx

山が孤島になるとき

ジョン・ラリソン  /  読み終えるまで11分  /  フライフィッシング

オレゴン州ワラウア山脈で、未来の野生魚保護活動家ノミが道路わきの水辺を調査している。写真:ジョン・ラリソン

キャトルガード(放牧地の家畜が脱走しないよう路上に敷かれた鉄格子)をトラックでガタガタと走り過ぎてからは、携帯を永久にオフにした。前方に灰色の山と青い空が現れる。8歳の娘ノミは顔にかかる髪をかき上げて「魚を捕まえるの、パパ?ほんとに?」とたずねた。

「その方がいいよ。じゃなきゃ食べるものが足りなくなる。」

オレゴン州の北東の角に位置するワラウア山脈に向かっていた。来週は、牧草地や山の斜面、あるいは国有林のビーバーが棲む池で食糧を採集しているだろう。それが我が家の伝統、通過儀礼だ。13歳で娘たちはバート・ミツバー(ユダヤ教の成人式)を祝うが、8歳では山中で自分を養う術を学ぶ。

“「『セオドア・ルーズベルト自然保護パートナーシップ』は、西部の1,600万エーカー(約647万ヘクタール)以上の州有地・国有地が私有地の大海に浮かぶ孤島になることを決定付けた。」”

この伝統は両親から引き継いだ贈り物だ。8歳の時、私も父に付いて公有地を横断し、狩猟や釣りを始めた。突然の雷雨で断崖の基部に隠れたり、トビケラの上で跳ねるマスを目がけて釣り糸を放ったり、ヘッドランプの灯りでアオライチョウを調理したりしたことを覚えている。何より、自分がそのとき水を得た魚のようだったと覚えているから、私も父が歩いてきたのと同じ大地に踏み出していたのだろう。

山が孤島になるとき

オレゴン州ワラウア山脈での親子フライフィッシングの道中、著者と娘は笑顔で自撮り写真に納まる。写真:ジョン・ラリソン

公有地の原野での子供時代の冒険は、成長期における最も印象的で重要な体験となって、その後のほぼすべての決断を動かした。オレゴン大学に入学したのは、学業のためではなく、豊かなサーモンを育む小川のそばに立つキャンパスが目当てだった。卒業後は本能が命じるままに、フライフィッシング・ガイドや環境教育のほか、森林・湿地とそれらを育む河川の保護活動に従事してきた。40代になった今は、パートナーと共に舗装された道路から遠く離れた場所で子供を育てており、日々のちょっとした感動は日常の雑事に紛れてしまう。ノミは草地の隅の日陰をテント場に選んだ。ポンデローサマツやモミが周囲の山肌を覆っている。寝袋を広げている時、熟れたハックルベリーの濃密な匂いが感じられた。ノミはまだ作業を終えないうちにバケツを持って飛び出していく。心はもうハックルベリーのパンケーキにロックオンされている。私は夕食のサラダにするスイバの葉を集めつつ後を追った。

そこは人々が数千年にわたりキャンプをしてきた場所だ。山脈名の由来であるネズ・パース族ワラウア集団は、夏になるとサービスベリー、エルダーベリー、ハックルベリーを採集するためにこの地に踏み入った。天日干しで乾燥させて、冬の保存食にするためだ。ネズ・パース族は、木の根や草やキノコも採った。また同じ夏の大地の常連である鹿やエルクを追ったり、その当時はまだこんな内陸まで遡上していたスチールヘッドやサーモンを捕ったりもした。ワラウア中心部の岩稜帯は1940年に連邦政府指定の原生自然保護区として保存されることになったが、より肥沃な山麓の丘には、そのような保護が適用されたことがなく、私有地、鉱区、国有林、土地管理局の管轄地が混在するパッチワークのままだ。毎夏、牛は多くの牧草地を食い尽くし、広大な松林は業者の伐採で破壊されている。ゴールドラッシュから100年経ったが、今もいくつかの水路が開かれたきり不毛のまま残っている。しかし場所を知ってさえいれば、今でもまだ、数世代にわたって家族を養ってきた豊かな生態系に出会うことができる。

初めての朝、ノミは夜明けに目を覚まし、魚釣りのことをたずねた。パンケーキをペロリと平らげ、トラックに乗り込み、私が大切にしている小さな渓流を目指した。砂利道を3キロほど走った後、私の良く知る「あの淵」に通じる泥道に入った。そこは自然の川では珍しく、初めてマス釣りに挑戦する8歳児の予測不能なバックキャストに十分な広さのある場所だからだ。トラックは丸石に乗り上げ、ぬかるみで弾んだ。トウヒ類が深く密生しているため流れは見えないが、開けた窓から水しぶきの音が聞こえた。だが、それ以上は進めなかった。細い支流に架かる橋の柱と柱の間に何者かによって鎖が張られていた。金属が光っているから、まだかなり新しい。鎖に吊るされた板には「私有地につき不法侵入(trespassing)禁止。違反者には発砲する」と書かれている。トラックを止めて外に出た。ノミが隣に来て私の手を取りたずねる。

「木(trees)が通り過ぎる(passing)って何?」

娘と同じく私も混乱していた。この土地はどう見ても国有林の中で、公有地だ。少なくともそのはずだ。

「パパ、釣りできるかな?」

「たぶんね。今日はここじゃないけど。」

泥道は方向転換するには狭すぎたため、そのままバックで、枝を折らないように2人でサイドミラーを見ながら、来た道を戻った。30分ほど探して、ついに子供でも釣りができそうな場所を見つけた。砂利道が小川を横切る溝渠の下に淵があった。景色がよいとはとても言えないが、それでもこの淵にはトラウトがいるだろう。

山が孤島になるとき

「こうするんだ。」父から2、3のアドバイスを受け、完璧なアダムスパラシュート・フライを選択し、レーザービームのようなキャストを放ち、8歳のノミは初めてブルックトラウトを釣り上げる。オレゴン州ワラウア山脈の小川にて。写真:ジョン・ラリソン

川底の小石の上でグリーンの魚影がくねる。レインボートラウトと小さめのブルックトラウトだ。この辺りの山では、レインボートラウトは在来魚であるスチールヘッドの遺伝学的子孫だ。これらはダムができる前にコロンビア川から海へ降りたが、また川に戻ってきた。一方でブルックトラウトはそもそも州の養魚場の管理者によって高地の湖に放流された外来種だ。夕食を釣るときは、この侵略者どもを狙う。かつて父がしてくれたように、私は小川の岩をどけ、その下にくっ付いているトビケラをノミに見せ、緑の藻を食べていると説明した。エルクが牧草地の草を食べるのと同じだよ。それならトラウトは、水中のオオカミみたいだろう。一緒にノミのロッドを準備し、小さなアダムスパラシュートを結び付けた。トラウトが上がってくる。ノミは正確なキャストさえ放てばよく、それは意外に簡単だ。8歳の子供であればなおさら。なぜならフライフィッシングのキャスティングは、力ではどうにもならず、とにかく優雅でなければならない。そして優雅であるためには、焦ってはならない。

キャスティングを練習するために、唯一の開けた場所に行った。つまり路上である。10時と2時の位置でロッドを止める練習をしていたら、車が近づいてくる音が聞こえので、ノミを道端にどかせた。脇腹に「林野局」とステッカーの貼られた連邦政府の白いトラックだった。ドライバーは車を止めると、ピンクのゴムサンダルを履きフライロッドを手にした少女に満面の笑顔で話しかけた。

「何か釣れたかい?」

「まだよ。でももうすぐ釣るわ。」

このチャンスに連邦政府の職員に下流の橋で見た鎖についてたずねた。「公有地に立ち入り禁止の札を立てた人がいるんです。そこから下流1マイルはよい釣り場だから。」ドライバーがサングラスを外すと、そこにはアウトドアに人生を費やしてきた男の親しみのある顔があった。深い皺、日焼け痕、何事にも動じない落ち着いた雰囲気。彼はベンチシートの書類の中から地図を取り出した。「どこです?」今朝、釣りを阻止された橋を指差した。男は隣のシートに地図を投げて言った。「そこは小川から向こうの約5エーカー(約2ヘクタール)が私有地なんです。古い鉱区が買い占められてね。」

「でもその5エーカーから向こう側の土地や河川は公有地では?」

「もちろん」と彼は言った。

私は一般市民が公道をゲートで封鎖してもよいのかとたずねた。

「それは違法では?」

「最近はちょっとグレーゾーンなんだ。」彼は両手を上げてみせた。

その後、その朝に遭遇した鎖の掛かった橋が、はるかに大きな問題の一端であることを知った。西部13州全域で、驚異的なスピードで地主によってゲートやその他の障壁が設置されており、公有地から一般市民を意図的に締め出そうとしている。その中には昔ながらの畜産家・林業家が、敷地内での破壊行為、外来種の侵入、失火による山火事を防ごうと設置したゲートもある。しかしこれらのゲートの多くは、西部の荒野を減っていく希少な資産と見なす州外の超富裕層エリートによって立てられたものだ。これらの人々は、できるなら可能なかぎりの地形を封鎖したいと思っている。自分の余暇のため、通常はスポーツハンティングのために。ニューヨークタイムズによると、2019年の時点で、米国人のわずか100のファミリーが、西部の約4,200万エーカー(約1,700万ヘクタール)の土地を所有している。2007年から1.5倍の増加である。最も人気の高い物件は、その先の公有地へのアクセスを遮断できる区画だ。なぜなら私有地を買い占めることで、新しい所有者は公有地を事実上タダで手に入れられるからだ。

「セオドア・ルーズベルト自然保護パートナーシップ」は、魚や野生生物の生息地へのアクセスを守ろうとする非営利団体だが、西部の1,600万エーカー以上の州有地・国有地が私有地の大海に浮かぶ孤島になることを決定付けた。理屈上、まだそれらの土地に行くことはできる。ただしヘリコプターを持っていて、着陸許可が下りればの話だ。最も露骨に土地を買い漁っているのは、水圧破砕事業で巨額の財を築いたテキサス州のウィルクス一族で、その富を利用して公有地に接する私有地を買い占めるだけでなく、武装した警備員を雇って敷地内をパトロールさせている。状況次第では、例えば問題の道路がそもそも地主の作ったものである場合、結果的に公有地へのアクセスを閉ざすことになっても、ゲートを合法的に設置することはできる。しかしほとんどの事例で、ゲートは明らかに州法あるいは連邦法にさえ抵触し、問題の範囲が広すぎて法の執行に限界がある。ハイカントリーニュースによると、ビーバーヘッド・ディアロッジ国有林へのアクセスを遮断する違法なゲートは、当局による撤去命令が下されるまで30年にわたり存在していた。違法ゲートによる弊害が特に叫ばれるのは、アクセスポイントの限られた国有林だ。モンタナ州のクレイジー山脈がその最たる例だろう。全長約60キロの東側の稜線に残されたアクセス可能な登山口はたった1つだ。林野局自体もクレイジー山脈の80パーセントが現在、一般市民にとって機能的にはアクセス不能であることを認めている。

今朝ノミと共に鎖の橋に遭遇したことで、公有地が封鎖され失われるものについて考えさせられた。公有地の原野を探検した子供時代のあの日々も、実は「橋」だったのだ。人間にはエコロジカルな社会の謙虚な番人になる責任があると気付かせる橋。もしあの日々がなかったら、私はどんな人間になっていたろう。

ノミは11歳になった。11月、私たちはモミの大枝で獣道のわきに隠れ場所を作り、毎日午後に、そこで身を寄せ合って待った。ついに野生の七面鳥の群れが悠々と通り過ぎようとした時、ノミは曾祖父のショットガンで我が家の感謝祭のご馳走を仕留めた。この春には誕生日のお祝いに、アミガサタケを探しに遠出をしたいとせがんだ。ノミは野生の獲物を見つけたり捕まえたりすると、どんな時も目を輝かせ、晴れやかな笑顔になる。私たちのどちらもその情熱の原点は8歳で体験したあの公有の小川だ。ワラウアでのあの夏の日、フライキャスティングの練習後、ノミと私は流れの急な部分を一緒に渡渉した。岩は滑りやすかったが腕と腕を絡ませてバランスを維持した。最初の3回は、放った釣り糸が後ろの大枝に引っかかり、私は毎回、土手を這い上がり、彼女のフライを解かなければならなかった。

「ごめん、パパ。」

「いいさ。パパも父さんに同じことをしてもらったんだ。」

4回目、フライは完璧にマスの前に着水し、私たちはその鼻先が水面に現れるのを一緒に見守った。ノミは格闘のすえ魚を手に入れ、その夜、そのブルックトラウトと数匹の魚は杉板の上で燻製にされた。遠くでコヨーテの遠吠えがした。

「私も大きくなったら子供たちをここに連れてくる。」ノミが寄りかかって言った。

「いいね」と答え、考えた。どうか君がボルトカッター無しでここにたどり着けますように。

よく使われる検索語