地球市民が営むべきビジネスとは?Worn Wear College Tour〜北海道大学
服の穴や破れなどを、無料で直してくれるリペアカー「つぎはぎ」が日本の11の大学を巡ったWorn Wear College Tour。3カ月に渡ったツアーの最終地は北海道大学でした。7月12日には本社の事業開発ディレクター、アレックス・クレマー氏が来校。農学部で講演し、生徒と交流しました。衣料品メーカーでありながら、新品への安易な買い替えを推奨しないパタゴニア。聴講に訪れた生徒たちは、Worn Wearに象徴されるパタゴニアの企業としてのユニークな立ち位置にとても関心を持った様子でした。

Photo: Jason Halayko
新しいミッション・ステートメント
講演会場となった農学部大講堂に集まったのは同学部学生・大学院生のほか、今回の講演に興味を持った他学部の生徒、産学連携プロジェクトの関係者など。札幌農学校が前身となった北海道大学農学部は、農業、食、資源、地球環境、エネルギー、生命など、生きることの土台にかかわる課題を広い視野で学び、研究している伝統校です。
アレックス・クレマー氏は、気候変動による海面上昇、森林伐採など、近年の地球環境の深刻さを示す資料を映し出した後、半年前にパタゴニアの企業理念が更新されたばかりであることを紹介。新たなミッション・ステートメントは、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」。この理念に基づき、パタゴニアは最近では農家や科学者、非営利団体などと連携し、「土壌の健康」「動物福祉」「社会的公平性」を3つの柱に据えた新たなオーガニック基準「環境再生型オーガニック認証」の設立に参加、食料品部門のラインナップも充実させてきました。「日本で指折りの大学で農業を勉強する皆さんに、私たちがかかわる農業プロジェクトの話にまず触れたかった」、クレマー氏はそう話します。

クレマー氏に積極的に質問を投げかける生徒たち Photo: Jason Halayko
パタゴニアの環境への配慮は、クライマーでもあった創業者、イヴォン・シュイナードが岩肌を傷つけないクライミングの道具をカリフォルニア州ベンチュラのトタン屋根の納屋(Tin-shed)で作り始めたことがきっかけでした。クレマー氏は、そのトタンの納屋にちなんで名付けられた投資基金Tin Shed Venturesで働く31歳の若きプリンシパル。Tin Shed Venturesの投資先には、環境問題の解決に一石を投じる気鋭のスタートアップ企業が選ばれています。現在、15社に行っている投資の総額はおよそ8,000万ドル(約86億円)。例えば、海洋生物を脅かす不要な漁網を回収し、スケートボードやサングラスを製作するbureoなどがそうで、クレマー氏はサングラスの実物を会場に持ってきていました。
服との濃密な関係性を取り戻す
クライミングギアで成功を収めたパタゴニアは、その後始めたウェアの製造でも、いかに環境にダメージを与えずに事業を展開するかを目標に掲げます。例えば、2005年頃からはCommon Threads Garment Recycling Program(つなげる糸リサイクルプログラム)で中古の自社製品を回収し、原材料に再生する試みをスタートさせましたし、中古服のオンラインマーケットにも挑戦してきました。
服の生産過程でたくさん使われる水やエネルギーを無駄にしないためにも、服は安易に買い替えず、手持ちの服をできるだけ長く着ようと呼びかけるWorn Wearも、基本精神はこれらの流れを組むプログラム。イヴォン・シュイナードが「最高のジャケットは既に作られたものである」と言ったように、その背景には“It’s Better than New.(新品よりもずっといい)”という価値観があります。クレマー氏はWorn Wearの概念は日本人にも親しみがあるはずと指摘し、日本の新聞記事で知ったという言葉 “Mottainai”(もったいない)や、モノの経年変化を慈しんできた日本の美意識“わび、さび”などを例に挙げました。

「パタゴニアのプログラムの中でWorn Wear Tourが一番好き」と、学生たちと交流を楽しむクレマー氏 Photo: Jason Halayko
Worn Wearは、3つのRの柱、Repair(修理)、Reduce(軽減)、Reuse(再利用)からなるとクレマー氏は説明します。パタゴニアは店舗やリペアセンターで自社製品を預かり、スタッフが服のキズや穴、破れなどを直してくれるサービスがあり、愛用者には広く浸透しています。また、アメリカではお客が持ち込んだ中古服をパタゴニアが買い戻し、きれいに整えた後に再販するというTrade inを2年前にスタートさせました。店舗で始めたこのプログラムの反響が予想以上に大きかったことから、今ではネットショップも開設され、売り上げは大変好調だそうです。
ヨーロッパのアンティーク服や仕事着、日本の着物の仕立て直し、裂き織りなどにも見られるように、昔の人は服に手を入れつつ、大切に着続けることは当たり前の習慣でした。しかし、ファストファッションが巨大市場を牛耳る現代、私たちと服の関係はどんどん淡白になっているように思います。パタゴニアがWorn Wearを通して伝えようとしているのは、父や母、祖父や祖母の時代、遠い記憶の中にある、私たちと服との濃密な関係性をもう一度取り戻そうよ―、そういうことなのかもしれません。
クレマー氏も持参したフリースを例に次のように話していました。
「今日も10年着続けているフリースを持ってきました。こことか、ここにも穴が開いている(笑)。でも、いろんなことを一緒にやってきた感じがして、僕はそういうのが好きなんです」

クレマー氏も持参したフリースを預けていた Photo: Jason Halayko
Worn Wearの考え方を広める旅
Worn Wearの考え方を広めるためのツアーが始まったのは2013年。アメリカでは西海岸への旅を続けながら開いたイベントは120にも上り、行く先々で服のお直しを受け付けていきました。大学だけでなく、サーフィン場やスキーリゾート、クライミングフェスティバルの会場などにも立ち寄ったツアーの意義を、クレマー氏はこう語ります。「リペアセンターでは自社製品しか扱ってこなかったので、ツアーはパタゴニアのリペアサービスや、服を長く着る大切さを不特定多数の人に広く知らせる良い機会になっています。中でも、大学を回るツアーの良さは、会話が始められるということですよね。パタゴニアの取り組みを深く話せるチャンスですし、私たちのように環境問題の解決を目的にビジネスに取り組む企業がまだまだ少ない中で、パタゴニアという会社で働くことについても学生たちと話せる貴重な機会になります」

Photo: Jason Halayko
「Worn Wearが、自分と服との関係性を見直す機会になったら良いですよね。中古服を買ったり、リペアすることが当たり前のことになって、例えば、スキーギアを皆が持っている必要はないから、パタゴニアレンタルのような仕組みも広がっていけば良いとか、そんな展開も思い描いています」
地球はひとつ、誰もが地球市民
講演後、5、6人が指名を受けた質疑応答では、パタゴニアがどこで収益を上げているのか、そんな素朴な疑問も出ました。確かにパタゴニアの理念は伝えられたとしても、ツアーには多額の費用がかかりますし、採算はとれているの?と。クレマー氏はこう答えます。「現在はTrade inプログラムが成功して収益も上がっていますし、私たちの環境への配慮を評価してくれる顧客も増えているので、ビジネスとしても好調です。パタゴニアに続いてWorn Wearのような古着ビジネスを始めた同業者もいます。私たちの役割は先駆者であることなので、こういったビジネスモデルに参入するメーカーを増やし、古着がカッコいいと思われる文化を育てていきたい」
ビジネスを営みながら、気候変動の問題を解決していくことは可能である―、そう信じて進み続けるパタゴニアの精神は、生物資源と環境資源の調和について日頃から考えを深めている学生たちにとっても、研究分野の核心に触れる大きなテーマだったのではないでしょうか。

「北大は授業でフィールドワークに出る機会がよくあるそうで、ズボンの破れの直しが多かった」と修理スタッフ Photo: Jason Halayko
参院選も間近に控えたこの日、クレマー氏が最後に学生たちに贈ったメッセージは次のようなことでした。「イヴォン・シュイナードも『死んだ地球ではビジネスはできない』と言っていますが、たとえ収益につながらなかったとしてもパタゴニアのやるべき正しいことだからやり続ける。これが非常に重要だと思います。私たちの住む地球はひとつしかないのですから、誰もが地球市民であるという意識をいつも心のどこかに持っていてください。そして、あなたたちの声や意見がきちんと反映される世の中であってほしい、そう願っています」

Photo: Jason Halayko
<アレックス・クレマー(Alex Kremer)>
コーポレート・ディベロップメントのディレクター兼、パタゴニアの投資部門であるTin Shed Venturesのインベストメントプリンシパルを務める。パタゴニアの投資、イノベーション、また、古着ビジネスであるWorn Wearを含む戦略的イニシアティブに携わる。休日は自転車、ハイキング、スキーを妻と2匹の犬と楽しむほか、アイスホッケーもプレーする。