直して笑顔を広げる旅
全ての写真:笹尾 和義
参加費も修理代もすべて無料のリペアイベント
11月3日、文化の日。よく晴れた秋空の下、千葉県・一宮エリアの「パタゴニア サーフ千葉/アウトレット」には、自身のウェットスーツやアウトドアウェアを小脇に抱えた来場者が朝10時の開店直後からひっきりなしに訪れていた。
パタゴニアでは通常のリペアサービスと並行して、イベントという形式で「修理して長く使う文化」を提案してきた。ひとつは直営店での「セルフリペア」イベント。そして、もうひとつが、リペアトラック「つぎはぎ」で全国各地を巡る、この「Worn Wear Tour」である。
パタゴニアのリペアスタッフがその場で修理する出張リペアサービス、といえばわかりやすいだろうか。その象徴ともいうべきリペアトラック「つぎはぎ」のキャビンは、廃材を再利用して造られたもので、内部には生地や糸、パーツが多数収められ、2台のミシンが据え付けられている。外見はレイドバックしたバンライフそのものだが、その内部はリペア機能の中枢が収められているのだ。
さらに、今回のツアーから「つぎはぎ」はバイオディーゼル仕様にアップデートされている。地域の飲食店などから回収した使用済み植物廃油(たとえば、揚げ物に使った油)が主燃料で、ディーゼルエンジンで走行する場合と比べると、CO2排出を約98%オフセットしている。また、リペアイベントで使用するミシンや照明はすべてソーラー発電パネルによる太陽光発電でまかない、可能な限りゼロウェイストを目指していることにも注目だ。
修理は2つのメニューが用意されている。まずは自身の手で修理を行う「セルフリペア」。これはパッチを貼って直せる範囲の小さな傷や、縫い目のほつれ直しといった簡易的な修理で十分な場合だ。その際、リペアスタッフが付いてアドバイスしてくれるから、初めての人も安心だ。
一方、ミシンが必要な修理はリペアスタッフの手に委ねられる。これが「修理サービス」。こちらは予約サイトからの事前予約が必要だが、当日参加もOKと、多くの人に間口を開いている。
この「Worn Wear Tour」は、もともとはアメリカ本社で2014年にスタートしたもので、日本では2019年冬の「スノーツアー」が最初。このときは全国8個所のスキー場を回った。同年春には全国11の大学を巡る「カレッジツアー」を開催。コロナ禍を挟んで、2022年春には、再び「スノーツアー」と題して東北の6個所のスキー場と直営店を巡ってきた。
国内4回目の開催となる今回の「サーフツアー」は、10月下旬に大阪市の「パタゴニア サーフ大阪/アウトレット」から11月初旬の「パタゴニア 鎌倉」まで、途中移動日を挟みながら6エリア、全12日間に及ぶものだ。この「パタゴニア サーフ千葉/アウトレット」では2日間にわたって開催された。
少しでも製品寿命を延ばすのが私たちの使命ですから
今回の「サーフツアー」では、通常のウェアに加えて、ウェットスーツの修理も行うため、鎌倉リペアセンターから4名のウェット修理チームがツアーに帯同している。一般的なウェア修理とは道具も工程も異なるためだ。
ウェットスーツの故障で多いのは、生地の破れや摩耗などによる浸水だ。特に水が冷たくなる時期には、ヒヤッとする浸水個所は不快でしかなく、修理の頻度としては、実はアウトドアウェアよりも多いかもしれない。
細かいキズや剥がれそうな圧着はウェットスーツ用のボンドを塗ったり、パッチを貼る。ここまではセルフリペアの範疇だ。それ以上の修理になると、ウェットスーツ修理のプロの出番となる。まずは、破損部分を切り抜いて同じような生地をはめ込み、接着剤を二度塗りして圧着。縫製は「すくい縫い」という特殊なミシンで生地を貫通させないように縫い、最後に裏側にシームテープを貼って縫製を保護する。非常に手間と時間のかかる工程だ。
「パタゴニアで使っている水性ボンドは粘度が低いので、油性ボンドに比べるとウェットスーツの生地にしみ込みやすく、二度塗りが必要なんです。最初の塗りで下地を作り、それが乾いてから二度目を塗り、乾ききらないうちに貼り付ける。これをやるのはかなりたいへんなんですが、自然環境と労働環境への悪影響を防ぐためには欠かせません」
教えてくれたのは、パタゴニアリペアチームのウェットスーツ担当の中島勇樹さん。前職のウェットスーツメーカーで長年製造と修理を担当してきたウェットスーツの専門家だ。今回はウェット修理班のリーダーとして、サーフタウンを巡るこのツアー全行程に帯同している。
「ウェットスーツに限ることではないと思いますが、リペアスタッフがお客様と直に接することってまずないんです。なので、直ったことをめちゃくちゃ喜んでくださるお客様達の笑顔を目の前で見られるのは、本当にうれしいこと。間違いなく、自分たちのモチベーションにつながりますね」
今回、リペア部門からは4人のスタッフが帯同しているが、縫製を伴う修理は手間と時間がかかるため、朝のスタートからイベント終了後まで、ほぼ休む間もなく作業が続けられていた。
「それが私たちの仕事です。少しでも製品寿命を延ばすのが使命ですから」と中島さん。その表情には、プロの誇りが見え隠れしていた。
代々譲り受けてずっと使い続けているんですよ
「こういったイベントはホントにありがたいですね」と話してくれたのは、お隣のいすみ市から一家揃ってやってきた石塚正さんだ。この朝、石塚さんが持ち込んだウェットスーツは家族4人分。奥様とお嬢さんは夏の暖かい時期だけだが、ご自身と小学校5年生の息子さんは、通年でサーフィンに取り組んでいるという。
「最初の頃はショップに出して修理をお願いしていましたが、毎回はたいへんじゃないですか。だから、マメにチェックして私が自分で直すようにしているんですけど、やはり、ボンドで圧着するくらいの簡単な修理しかできませんからね。このイベントは目の前でウェットスーツを直してくれるので、それを子どもが見てイメージすることも大事なことだと感じています」
ウェットスーツの修理はそれなりの手間と時間がかかるものだが、修理するリペアスタッフの手先を、子どもたちは夢中になって見つめている。その集中力たるや驚くほどだ。
その理由はよくわかる。リペアスタッフの鮮やかな手さばきは、大人でさえ見惚れるほどで、そのうえ、彼らが修理を手がけているのは、まさに自分のウェットスーツなのだから。
「できれば、一度、パタゴニアのリペアセンターに修理を勉強に行きたいくらい。それくらい子ども達のウェットスーツの修理は頻繁なのですよ」と笑うのは、石塚さんと一緒に来られたご友人の奥様。こちらも子ども達のウェットスーツ数着を持参している。
石塚さんは言う。「子ども達の成長は早いから、みんな代々譲り受けてずっと使い続けているんですよ。使っている人がこうしてリペアして、また下の子に回す。このあたりに住んでいると、ウェットスーツを1枚持っていると、ほぼ1年中海で遊べるじゃないですか。別にサーフィンをやらなくても磯遊びもできるし、海で遊ぶのって楽しいですしね」
笑顔が弾け、喜びの輪が広がった幸福な1日
さて、皆さんは「修理」という言葉にどんなイメージを抱かれるだろうか。少なくとも自分にとっては、いろいろな意味で、予想を大きく裏切ってくれた。
その一番の要因は、あちこちで弾ける笑顔だ。それは来場者もスタッフもなく、みんなが楽しげに笑って過ごすファンな1日だったということ。その理由は、天気に恵まれた海辺のサーフタウンが醸し出す、ゆるくておだやかな空気感だけでもない。
あらためて考えるまでもなく、愛着あるウェアやウェットスーツが直って帰ってきたときの喜びといったらない。簡単に捨ててしまうのはもったいないし、できれば直してでも使い続けたいと思うのは自然な気持ち。丹念に選んだモノならなおさらだ。
それだけに、故障個所がみるみる直されていくのを目の前で見るのは格別だ。それは次第に期待感に変わり、修理完了とともに喜びとなって弾ける。そんなお客様の笑顔を目の前にすれば、修理を担当したスタッフにも笑顔の輪が伝染する。そんな連鎖反応が何度も繰り返されるこのイベントが楽しくないはずがない。
「修理っていいなと思いますね。直った修理を目にしたときのお客様の喜びの顔って、本当にうれしそうですし、共感の深さがある」
と言うのは、「Worn Wear Tour」をはじめ、リペアサービス業務全体を統括するサーキュラリティ・ディレクターの平田健夫さんだ。
平田さんは初日から今回のツアーに帯同し、各地のサーフポイントを巡ってスタッフたちとサーフィンを楽しみつつ、イベントの現場では受付からセルフリペアのサポートまでを担当していた。
平田さんが思い描く理想の未来は、リペアという美しい行為を世の中の人たちと幅広く共有することにある。もちろん、衣料全体の寿命を9カ月間延ばせば、炭素排出量は20から30%減るといわれるCO2削減効果が本来的な主題ではある。だが、「環境のために我慢して使い続ける」のではなく、修理して使い続けるという喜びをあらためて文化として根付かせたい。それが個人的な願いだという。
今回の「Worn Wear Surf Tour」で、移動日を除いた8日間のイベント来場者はトータルで758人、リペアの合計数は295点と事前の想定を上回る成果を挙げた。数字自体は大きなものではないかもしれないが、参加者一人一人が受け取った「リペアは楽しい」という実体験は、新たなメッセージとなって確実に受け継がれていくはずだ。それにしても、ホントにいい1日だったなぁと、あらためて思い返す今日この頃である。