風の吹くままに
ヨットで海を旅する中島力が自然に翻弄されながら見つけた、地球のリズムとともに生きるということ。
強烈な太陽が照りつける8月下旬、鹿児島県の西の沖にある離島の南端の港に入り、漁港の方々にご了承いただき船を繋いだ。翌日、勢力を弱めながら西へ進むはずだった低気圧が夜中に台風へと急成長し、進路を90度変えてこの島を直撃した。地元の漁師さんたちも予想だにしていない事態だった。完全に油断し、安心しきって寝ていた僕は、夜中に強まる雨風に起こされた。ずぶ濡れになりながら船を繋ぎ止めるロープを足し、船を守るために動き続けて眠れないまま朝を迎える。
明け方には風はさらに強まっていった。北国から南下の旅を続けてきていた僕は、台風の本当の凄まじさを知らなかった。ピーク時にはあまりの強風に数本のロープが切られ、船が暴れて岸壁に叩きつけられる。地面に這いつくばり、命からがら新たなロープを足していった。予想外の荒天に自艇を見にきていた漁師さんが貸してくれた緩衝材を岸壁との間に挟み込む。荒れ狂う暴風雨に生きた心地がしなかった。結果的に船尾の一部が欠けたが、それだけで済んだのは幸いだった。
その後に広がった台風一過の晴天。港のすみに積まれていた砂の入った土嚢袋をお借りし、船首に高く積む。その重みで船尾を海面から浮かび上がらせ、修理をした。この先はさらに遠く海の中に浮かぶ無人島に停泊する予定だったので、しっかり修繕を済ませておく必要があった。自然に翻弄されるヨットライフでは、諦めと忍耐が最も大切かもしれない。できないことは望まず、できる全てのことに忍耐強く丁寧に向き合う必要がある。
海から望む陸の景色は、地球の成り立ちを教えてくれる。標高の高い雪山の山頂に立つと、周囲に広がる景色に宇宙を感じることがあり、地球は宇宙に浮かぶ一つの星なんだと実感を持って理解することができる。そしてやはり海にも宇宙が広がっている。海には、特有の空気感があり、エネルギーがある。エネルギーは風となり僕の船を押し動かし、ウネリにもなる。ヨットにとっては時に脅威となり、サーファーとして海に出れば恩恵にもなる。荒れる日もあれば、穏やかな数日が続くこともある。
Photo:Takahiro Nakanishi
そんな日は、岸壁に船をつけるよりも陸からアクセスできない静かな入江に錨泊するのがいい。海底が砂質で比較的浅い静かな入江に入ってアンカーを打ち、錨泊する。良い入江では心地良い揺らぎがある程度で、船が揺れることはほとんどない。人がアクセスできない静かな場所なら、そこでは悠久の時と変わらぬ景色と音が僕の身を包む。南の島らしいエメラルドグリーンの海はガラスのように透き通り、海に飛び込めば色とりどり大小の魚たちが珊瑚の近くでヒラヒラと揺れる。大きく肺に息を吸い、できる限り力を抜いて彼らの仲間になろうと僕も泳ぎを披露する。会話なんてできなくとも魚たちから興味と警戒の目が向けられていることがわかる。3時間程もそんなことを繰り返して珊瑚礁の間を抜けながら、吟味した魚を捕らえて船に戻り、手早く調理して水平線に沈む夕日を見ながら命に感謝して夕食をとる。
この海と島々を眩しく照らした太陽は音もなく静かに水平線に沈んでゆき、息を呑むようなドラスティックなグラデーションを空に描きながら夜の帷を下ろしていく。朝も夕も、太陽が空と海を焼け色に染め、水面を煌めかせる。船上の生活で、もっとも贅沢な時間かもしれない。電気はソーラーパネルで賄っているが、必要以上に電力を消費することもないので、陽が沈み暗くなれば、地球のリズムに合わせて目を閉じる。
人間は自然には抗えない。地球の呼吸に合わせて生きるしかない。耐え忍ばなければいけない時もあるが、それ以上に神々しく美しい瞬間が存在する。地球という惑星で生かされている奇跡を感じ、全身から愛が溢れる。