僕は海になりたい
「たった一息、命の駆け引き」。これが小坂薫平のキャッチコピーだ。自分よりも大きな100キロを超えるイソマグロに、手銛のみで挑む男。車中泊をしながら海に潜り続ける薫平は、どんな世界の住人なのだろう。
グッときた魚しか突かないんですよ。手ぶらだったらすいません。そう言って小坂薫平は、岩場から静かに海に入っていった。目印となる浮き袋がゆっくりと沖へと移動していく。一息がとても長く、なかなか息継ぎに浮かんでこない。水温はそれほど上がっていなかったが、春の始まりのその日は太陽光によって植物プランクトンが増え、大量のキビナゴが舞っていた。沖の岩場の周りでは、魚鷹と称されるミサゴが海に飛び込んで捕食している。薫平は、まるで人界から世界そのものへと生息域を移行していくように身を浸している。三時間ほど海に潜って帰ってきた薫平の手には、美しい石鯛があった。縞模様が消え、口先だけが黒くなった50センチ超の雄。「銀ワサ」とも呼ばれる美しい石鯛の背骨に手銛を打ち込み、動きを止めるのだという。前日に東京から九州まで移動して気怠そうだった顔は、明らかに生気を取り戻し、海からのエネルギーで満たされていた。
「石鯛、久しぶりに食べたくなったんですよね。すごく美味しいから。もっと大きな石鯛もいたけど、なぜかこの魚にガッと引き寄せられた。頭でごちゃごちゃ考えていないんです。そういう時には、大体、獲れる」
突いた魚を売って生計を立てているわけではない。春にはハイエースに寝泊まりしながら、ほとんど毎日、九州の海に潜っている。朝起きて、ご飯に卵と納豆をかけて食べ、数時間潜った後には、温泉で体を温める。本当は車内に迷い込んだ蚊も殺せないほど気が優しく、生き物が好きで、どうしても獲りたいと思える魚がいた時にだけ自分で突いた魚を食べる。ゴムの反動を利用した原始的な道具である手銛を使って、自分よりも大きな魚に挑む。カーボン製の特注の手銛は、長さおよそ4メートルセンチ。特に狙っているのは、100キロを超えるイソマグロだ。手銛で100キロ超のイソマグロを獲った人間は、世界に薫平しかいない。
「後から映像で観ると1~2秒なんですけど、魚と向き合っている時間は、僕にはとてもゆっくりに感じられているんですね。マグロの群れが見えた時に、どっちに体を向けていたら群れの動きを乱さずに自分の近くに来てくれるのか、みたいなことを考えています。群れの先頭の下っ端が警戒しているな、とか。太陽の向き、海底の地形、潮の流れを考えて、マグロを突いたら、どうなるのかを予測する。手銛は長いので、狙いを定めるために動かすと、どうしてもしなるんですね。銛のしなりが止むのを待って、逃げていくマグロの骨格、体の張り具合を見ながら、どこに撃つかを考える。あそこに、これくらいの深さで撃てば、あの骨に引っかかるから抜けないだろう。後から振り返って言葉にすると、そんなようなことを考えています。その1~2秒に、今まで生きてきた自分を総動員している感じがするんです。自分自身を使い切っている感じがして、やっぱり後から、『こんなにすごいことができてしまった』と思うんです」
あらかじめ多くのゴムを引いて準備するために貫通力の強い水中銃は使わない。水中で自分の腕力のみで引いたゴムの反動しか使えない手銛で挑むのは、できるだけイソマグロと対等でいたいからだ。
初めてイソマグロを獲ったのは、師匠と仰ぐ先達に頼み込んで案内してもらったポイントだった。手銛を打ち込み、ものすごいファイトをしながら、初めて40キロの魚を海の中で抱いた。生きたイソマグロの美しさに心の底から感動し、泣きながらその日を祝った。だが、自身が成したことへの興奮は、時間が経つほどに次第に冷めていく。自分ではない誰かが見つけた場所で、いつ、どんなタイミングで行けば会えるのかまでお膳立てされて獲ったイソマグロは、果たして「本当に自分が獲ったと言えるのか?」。
「その辺りから、どうやって獲るのかにこだわるようになっていったんですね。まあ、エゴですけどね。フェアネスを追求して行ったら、船に乗ってポイントに行くこともできない。自力のカヤックで行くべきだろうし、足ひれやウェットスーツだってダメだと思うようになるかもしれない。その考え方も少しずつ変わるから、今は現実的な判断と、なんとかトライしてみるところと、バランスを取っているんだと思います。
手銛を撃って、決まったと思ったのに獲れなかったことは今までに何度もあるんです。もし仕留められなかったら、自分の行動で傷ついたマグロになってしまう。だから迂闊には撃てない。きちんと仕留めないといけないんです」
魚との対峙では、介在するものが少ないほど、純度が高まっていくのだろう。自身の持つすべての能力を費やして、ようやく獲れるかどうか。そのためにフィリピンで潜水トレーニングを積み、日本各地を転々としながらほとんど毎日、海に潜っている。その純粋な生活によって「社会性が失われていくんで、マジでビビってます」とチャーミングに笑う30歳。しかし、社会性よりも生命力を高めていかなければ、100キロを超えるイソマグロを撃つことなどできない。
「海底で身を潜めて狙いをつけたイソマグロとは、ずっと目が合っているんです。いざ撃とうと隠していた手銛のゴムを引き込んで、できるだけ飛距離を稼ぐために前に出す。その瞬間に、ずっと僕のことを見ていたマグロの目がグリって動くんです。動いて、銛の先を見る。
魚には側線といって、水圧や水流を感じる鋭敏な器官があるんですね。視力は弱いと言われているけれど、匂いや音を駆使しながら、多分、僕らが陸上で世界を見ているように立体的に海の中を見ているんじゃないかな。銛を危ないと判断して、脳から尻尾まで信号が到達するまで、つまりマグロの運動神経よりも先に僕が撃つことができれば、狙ったところに当たる。
でも、その瞬間に『本当にこの魚でいいのかな?』って、よぎることがあるんですよ。それまでは100%集中していたのに、ゴムを引いた瞬間に『本当に撃つ場所はここでいいのか?』と迷いが出る。そのコンマ数秒で、自分とマグロの位置関係が変わって獲れないことがあるんです」
その一瞬の迷いがどこから来るのか? と尋ねると、「それは、自分自身でしょうね」と薫平は言った。全身が筋肉に覆われ、まるで「超マッチョが、海の中でギュンギュンと体の左右の筋肉を使いながら猛スピードで進んでくる感じ」という。イソマグロには一般的な銛突きのセオリーは通用せず、筋肉によって張り詰めた皮には、容易に撃ち込む場所がない。銛の角度、潮の流れ、地形、サメを含めた他の生き物との距離、あらゆる要素を鑑みていくと、狙うことのできる箇所は一点に収斂していく。
2023年、それまで9年間追い続けていた100キロ超のイソマグロと初めて近距離に接近した際に、「ここでいいのか?」と疑問がよぎった。それは、過去の銛突きで「なんとなく撃って、なんとなく獲れてしまっていた箇所を突き詰めて考えていなかったから」だという。人生で初めて訪れた大チャンスで、「本当にここでいいの?」と一瞬迷って放った銛は、硬い骨に弾かれてしまった。
「いわば覚悟ですよね。覚悟を決めるために、自分の体も鍛えるし、道具にもこだわるし、日々、生活する。その上でマグロと向き合った時の覚悟が決まるのかな、と思います。グッと来ない魚を撃たないのも、同じ理由です。
写真:深水 敬介
寝起きの薫平。ハイエースで寝泊まりをしながら、海に潜る生活を続けている。写真:深水 敬介
今日の石鯛は、なんだかキレイだったんですよ。海の中で見ると口だけ真っ黒で、体の後ろ側は真っ白。ほかにも石鯛が何枚かいたんですけど、一番大きいやつではなかったんですよね。もっと近くで銀色が見たいし、なんか食べたいなって多分、思ったんでしょうね。やっぱり、いい石鯛だなって思えるかどうか。適当な魚では決してないから」
魚にも、自分自身にも、きちんと向き合っているかどうか。自らを小心者で度胸がないと語る薫平は、「普通の人は狙わない超絶回遊魚でクソでかい魚を狙っているんだから、怖いという気持ちはあるべきだし、大事にした方がいい」という。もしも恐怖心がなければ、より大きな成果を得ていたかもしれないが、すでに死んでいた可能性も高いという。臆病だから、人知れず、海に潜り続けているのか。今では恐怖すらも正面から見据え、その理由を徹底的に考え、なぜ怖いのかを分析している。それでも海の中ではわからないことだらけで、いっそ「海になりたい」と、薫平は言った。
「105キロのイソマグロを獲った日の海は、すごいことになっていたんです。ムロアジの群れが塊となって泳いでいて、その後ろに1メートルを超えるようなツムブリが何千匹もの群れで追いかけている。500匹を超えるイソマグロの下には、ハンマーヘッドシャークの川があって、三メートルクラスのメジロザメも混ざっている。ものすごい密度。もしも誰かがスイッチを押してしまったら、食う/食われるの世界に、状況が一変する。その中に、同じ生き物として一緒にいられる緊張感と感謝の思いは強烈でした。そこには、生き死にの本質があるから。
潜っていると、すごく勘が働く時があって、魚の心の揺れまで手に取るようにわかる気がするんです。そういう時は仕留めることに繋がったり、逆に魚に対して愛情が湧いて、銛を撃たなかったりするんですけど、人間からすれば超自然的な話で、真の意味で理解することはできないんじゃないかと思ってしまう。でも、海が特別に自分にだけ秘密を見せてくれたような気持ちになるんです。それをもっと知りたいんです。同時に、そういう瞬間は、海の中では連綿と繰り返されてきた日常にすぎないとも思う。ほんの少し自分が垣間見ただけっていうことを感じさせられて、逆に一生かかっても海のことはわからないんだなって。それが僕にはすごく残念で、ああ、海になりたいって途方に暮れるんです」