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日常の波

村岡 俊也  /  2026年7月27日  /  サーフィン, スポーツ

沖縄を拠点に活動するプロサーファー・原田祥吾にとって、サーフィンは人生の軸となる営みだ。巨大な波に挑む中で人間性を磨き、充実した日常すべてが自身のチャレンジへと繋がっている。

夏にはメキシコのプエルコ・エスコンディードに数ヶ月間滞在し、まだ夜が明けぬ暗いうちから海に入って「自分が納得できる一本」を待ち続ける。オンショアが吹き始める午後にようやく海から上がり、日本から持ち込んだ食材と現地の市場で買った野菜で食事を作って体を休める。滞在費をできるだけ切り詰め、長く滞在するほど、波に乗るチャンスは増える。ほとんどの時間を一人で過ごしてマイペースを保ち、今日の波を反芻しながら寝床に着く。翌朝まだ暗いうちから起き出して海へと向かう。その繰り返し。

冬にはハワイへと向かう。やはり自炊をし、自転車か、あるいは徒歩でポイントへ向かい、体力が続く限り海に座り続ける。滞在費を節約し、次のスウェルを待つ。世界中からトップサーファ―が集まるパイプラインのようなポイントでは、一日中自分の波を待っても、まったくチャンスが無いこともザラにあるという。2025年シーズンは、スウェルが届かず、自分が乗りたい波がほとんど立たなかった。生活のすべてを費やしても叶わない。
だが、その事実に対して心を揺らすこともない。何せ、相手は海なのだ。簡単に納得できないから、続けられているのかもしれない。日々を積み重ね、いざ自分の求めている波が来た時には、頭よりも体が反応するままに乗っていく。そのために、原田祥吾は生きている。

ハワイのシーズンを終えて沖縄へと帰ってきた祥吾は、父・泰三が営むサーフスクールの手伝いをしながら、次のうねりを探していた。数年前に「一緒にチューブをやろうよ」と声をかけられて以来、何度か旅を共にしている先輩、村上舜、村上蓮の兄弟から連絡が来たのは、低気圧が太平洋沿岸をいいコースで抜けそうだったからだ。夏のメキシコ遠征のための費用を貯めなければならない祥吾は、日本国内とは言え、そう簡単に移動することはできない。ギリギリまで予報を見て、「これは完璧にいいな」と思った前日のタイミングで慌ててエア・チケットを取り、那覇から成田空港へ飛んだ。

村上兄弟にピックアップしてもらい、関東を北上する。目当てのポイントは、沖縄に比べれば気温も水温も遙かに低く、ヘッドキャップまで被るフル装備が必要だった。その日のポイントは、岩に砂が付いて地形も良く、オフショアで面も綺麗だった。テントを張って拠点を作り、メキシコやハワイと同じように早朝から海に入って、腹が減ったら一度海から上がって簡単な食事を済ませ、再び日が暮れるまで波に乗った。この波を待ち望んでいるローカルのほかには人もそれほど多くなく、自分の乗りたい波を選ぶことができた。沖で形のいいセットを待つことが多い祥吾に比べて、村上蓮はクローズに近いような、少々危険な波にもガンガン突っ込んでいく。祥吾はその姿に刺激を受け、自分のスタイルをもう一度、点検してみるのだという。培ってきた方法論に固執するのではなく、敬愛する先輩のスタイルを混ぜていく。そうやって互いに高め合うことのできる友人と共に海に入る喜びを噛み締める。

近所の温泉に入って体を温め、スーパーで買った肉を焚き火で焼いて夕食を済ませる。それぞれのテントで眠り、まだ暗い早朝に寝袋から這い出してくる。干していたウェットは凍っていたが、目の前のポイントの波は少しずつサイズを上げ、3日目にはダブルオーバーにまで上がった。狙っていた波で、素晴らしいチューブに入ることもできた。この旅は、「サーフィンのもっとも楽しい部分が詰まっていたかもしれません」と祥吾は言った。結局、最初の低気圧で五日間のキャンプ生活を送り、新たな低気圧がやってくる予報に従って神奈川県の村上家に滞在させてもらい、再び同じポイントへ。3週間の滞在のうち、半分はポイントを目の前にしてテントで眠った。

「本当に波がいい時、でかい時でないと、自分はなかなか沖縄から動けないんですね。でも、蓮くんや舜くんのように通い詰めている先輩が誘ってくれたから、今回のトリップに行くことができました。そのポイントの波と低気圧のルーティンを知り尽くしていて『絶対いいから、来た方がいい』って誘ってくれたから。それは、この波を大事にしているローカルの方々のおかげでもあって、そういう繋がりによって乗れた波でもあるなと思います」

祥吾のサーフボードを削るシェイパーでもある父の泰三は「俺には態度が悪いんで、それが素ですから。人間的にはまだまだですよ」と笑うが、大きな波への探求がそのまま実直な生き方に現れている。

21歳の祥吾にとって、あらゆる経験は、自分が求める波に乗るためのプロセスなのかもしれない。

昨シーズン、ハワイに滞在中、繋がりのある先達に頼んで、マウイ島のピアヒへと訪れ、ジェットスキーやレスキューを担うローカルたちに挨拶をした。JAWSとも呼ばれる世界屈指のビッグウェーブポイントで巨大な波に乗るためには、少しずつ近づいていくしかない。下見をし、命を預けるレスキューたちに存在を認識してもらう。そのプロセスには、波乗りにおける重要な要素が詰まっている。

「どんな波が割れているのか、もしも波にもまれたらどれほど引っ張り込まれるのか、考えても想像もできないような次元のレベルだと思います。そんなポイントにいきなり入っても、求める波には乗れないですから。来季にチャンスがあったら入ってみて、少しずつ、と思ってます。

でも、そうやって段階を踏んだとしても恐怖心は消えないんですね。大きな波は怖いです。もちろん人それぞれだと思うけど、僕は今でも怖い。例えば何度も入っているワイメアであったとしても、怖くて思うようにチャージできない時も全然あって、毎セッション思うようにチャージできているわけではない。スウェルが入ってきても、メンタル的に行き切れない時もあるんです。でも、ダメだったセッションを繰り返していくうちに、少しずつ大きな波に慣れてきたり、自分に何が足りないのかわかってくる。体力に自信がないからいけないのなら、体力をつけるしかない。波に対しての思いと言うか、『乗りたい』という気持ちの積み重ねで、多分、乗れるんじゃないかな。いきなり波がいい時だけ『よし、やろう』となっても絶対に無理だし、もしも偶然で乗れたとしても、内容が全然違うから」

波乗りの「内容」は、波に乗っている僅かな時間を指すのではない。ほとんど一瞬と言っていいライディングのためのプロセスだけが、自分の背中を押す原動力だと祥吾は知っている。巨大な波に対峙した時、恐怖心をコントロールすることさえしないのだと言う。怖さは消えない。それでも、日々の積み重ねが波に乗せてくれる。

「この波に巻かれたら死ぬかもしれない。そう思ったら一旦引いて、次にもしまた同じようなスウェルが来た時にどうすればいいのか、ずっと考えています。それでも乗れなかったらまた考える。メキシコやハワイでは、ほとんど一人なので、常に自分に問うてます。

キレイで完璧な波なら、誰でも乗れると思うんです。簡単には手が出せないような波に乗れるサーファーになりたい。でもきっと、強烈な達成感のある波は、ずっとサーフィンを続けていって、サーフィン人生で一本乗れるかどうかだと思うんです。それを追い求めている気がします。今の目標は、メキシコのレギュラーで15フィートくらいのすごいチューブを決めたい。それからパイプラインでも同じように、圧倒的な波に乗りたい。そのために頑張っている感じです。ピアヒはまだ入ったことがないから、『この波に乗りたい』って、はっきりしたものはないんです。目標と言うよりも、まだ夢のような感じですかね」

今回の国内トリップの波は、サイズはやや小さかったが海外に負けないクオリティがあった。たとえ風が入ってしまっても来季に繋がるヒントはいくつも見つけられる。無駄な波は一本もなく、すべては理想の波へと繋がっている。

「滞在費もふんだんにあるわけではないですからチャンスは限られていますけど、少ないともまったく思ってないんですよ。むしろ恵まれていると思っています。そのチャンスを無駄にしたくないんです。メキシコやハワイに行っている間、誰よりも海に入っている自信がありますから」

その日、スクールの予定が入っていなかった祥吾と一緒に、東シナ海側のポイントへ向かった。北谷からは一時間ほどかかり、その車中でさまざまな話をした。メキシコまでのエア代が高くなっていること。現地では、頑張っていい波に乗れた時に、ご褒美としてタコスを食べること。これから向かうポイントで、昨日、新しい板を折ってしまった後悔。父にボードを削ってもらう意味。沖縄のアウターリーフで大きな波を狙うプロジェクトについて、そして危険でスケッチーな波に乗る難しさ。巨大な波に乗ることは、人間性を高めることにつながるのだろうか。泰三は「まだまだ」と言っていたが、言葉の端々に周囲への感謝と、それゆえの覚悟が滲む。

アダンの葉で覆われた細い道を抜けてビーチに立つと、沖合のリーフで波が割れている。頭くらいだろうか。ショルダーは短いがチューブが巻いている。どこに流れがあり、どんな風に割れるのかを説明し、安全を確認した後に祥吾は海に入った。すでにポイントに入っていたサーファーたちに挨拶をし、やや手前に座って波を待つ。軽やかにテイクオフして、まるで踊るようにチューブに身を隠す。どこに、そんな波があったのだろう? このわずかなセッションでも祥吾には違う海が見えていることがわかる。セットの波は人に譲り、自分の波を見つけて乗る。繰り返すうちに少しずつ表情が緩み、同時に鋭くなっていく。2時間ほどのセッションの後には、「いい波でしたね」と海に入った喜びをシェアしてくれる。流れ着いたゴミを片手で拾い、車へと戻っていく。この日常の波が、祥吾を作り上げている。

『Oceans Journal 2026』より転載
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