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墜落のあとに

オースティン・シアダック  /  2019年5月23日  /  クライミング, スポーツ

ブリティッシュ・コロンビア州ワディントン山脈。2018年夏。

オースティン:僕の注意を引いたのがクリスの叫び声だったのか、崩れる岩の音だったのか記憶にない。とっさに下を見ると、クリスが後ろ向きに落下していくところだった。車のドアほどもある岩の破片と一緒に。僕が「落(ラクッ!)落(ラクッ!)」と叫ぶあいだにも、それは壁に突き当たり、さらに多くの岩を剥ぎ取って、全部で何十キロ、何百キロにもなろうかという重さで、ビレイしていたサムに向かって真っすぐに落ちていった。何が起こっているのか、1秒以下で脳が処理しなければならないあいだ、僕はたったひとつのことにしか考えが及ばなかった。彼は死ぬだろうと。

落石はサムの周囲で炸裂した。彼は左にジャンプし、岩の小さな突出部の陰に避難した。突進してきた落石の破片のひとつが胴部にあたり、同時に彼をアンカーにつないでいたデイジーチェーンに激しく当たった。彼を山につなぐ唯一の命綱でもあったそれは、まっぷたつに切れた。

サムが落ちた。

僕が最後に見たのは、壁から剥がれていった彼の体。山とのあいだに広がっていく深い淵をつかもうとしながら。そして彼はいなくなった。残されたのは砕けた岩の臭いと、750メートル以上も下の氷河に転がり落ちる岩と、きしむ氷の音だけだった。僕は下方を見下ろした。命を失ったサムの肉体が、眼下の氷のクーロアールを越えて、トマホークのように飛んでいく様子を想像しながら。だがそれは現れなかった。どうにかして、岩壁のどこかに、彼はまだ存在していた。

サム:上から叫び声が聞こえて見上げると、岩が僕に向かって飛んでくるところだった。次の瞬間、僕は無重力で空中にいた。深い眠りの悪夢から目覚めたときのような感覚で。かすんだ視界、感触と音の万華鏡。それから体が崖にぶち当たって跳ね返る荒々しい衝撃。僕の体はすごい速さで動いていて、周囲をかすめる風とナイロンが岩を擦る音が耳をつんざいた。意識的にロープをつかむ決断をしたわけではなく、それはただ僕の手中にあった。ツルツルのナイロンの束が僕の指のあいだをすり抜けていくのを感じながら、とにかくスローダウンしようと体中すべての筋肉でそれを握りしめた。手のひらと指の皮は引き裂かれ、焼け剥がれたが、僕は手を放さなかった。死にたくなかった。どういうわけか、ロープに残っていた指の皮と右脚にひっかかったループのあいだで、僕は停止した。

ビレイしていた場所の10メートル下で必死にロープを握りしめたまま、僕はいま起こったことを理解しようとしていた。僕がつかんでいたロープが、クリスのハーネスの背中にある、荷重評価すらされていないギアループにつながっていただけだったのが判明したのは、あとになってからだった。そしてそのロープが部分的に裂けながらも完全には切れず、僕らがどれほどラッキーだったかを理解したのは、さらにあとのことだった。

クリス:なんてことだろう。いったい何をしてしまったんだ。いま起こったことはすべて本当なのか。ロープにぶら下がり、荷重で後ろ向きに引っ張られると、サムの体が僕のビレイループにぶら下がっていることに気づくのに、一瞬かかった。サムの叫び声が聞こえ、その荷重はじきになくなった。僕はもはや自動操縦状態でハーネスにあったギアでビレイを作り、下へと懸垂下降していった。人生で最も恐ろしい瞬間のひとつだった。

サム:僕の左の1メートルも離れていないところに、もう1本のロープがぶら下がっていた。僕は片手を伸ばしてその端をつかんだ。それを歯でタイオフし、ビレイループにクリップした。そしてとうとう手を放した。上からくぐもった叫び声が聞こえた。僕は大きく息を吸い込んで叫び返した。でもそれは、脇の鋭い痛みによって短くなった。

クリスはゆっくりと上から降りてきた。彼に手を見せると、ボロボロの皮膚が冷たい空気でヒリヒリした。アドレナリンは急速になくなり、まだ担いでいたパックから小さなファーストエイド・キットを取り出すと、すべてが痛いほど明らかになりはじめた。深呼吸をするたびに、肋骨に刺すような痛みが走った。ハーネスのベルトが巻かれていた右側の骨盤は、深く鈍い痛みを発していた。ジャケットをまくると、下のレイヤーから血が滲み出ていた。胴の両側には深くえぐられた傷があり、黄色の皮下脂肪からは血が染み出し、それが広がって乾きはじめた一部が黒ずんでいる。可能なかぎり傷を包帯で巻き、ハーネスの下にジャケットをたくし込んだ。僕ら3人がその先どうするかを決めるため、僕は上のビレイに移動したかった。垂直よりも傾斜の緩い壁のフェイスを引き上げられることより、登ってみることを選んだ。

「できそうだったらこいつを片づけてしまいたい」とクリスに告げた。居心地悪そうに笑う彼を見て、このルートを登ることはクリスの頭にまったくないのだと僕は悟った。

オースティン:サムとクリスが僕のビレイに向かって登ってくるのを見て、サムが生きていることには喜びしかなかったが、同時に僕らの状況を深く懸念しはじめた。僕らは約900メートルの壁を750メートル以上も登っていたし、どの方向を見渡しても道路は約50キロメートル先だ。サムは安定しているように見えたが、内出血していることが気がかりだった。もし急に悪化したら、彼の命を救う唯一の方法はヘリコプターでの救助しかない。だが宙に浮いたような僕らのスタンスでは、それもままならない。僕らはここから脱出する必要がある。下には険しい岩と氷の20ピッチが存在する。ずっと下の氷河まで懸垂下降することもできたが、その途中ですべてのアンカーを作らなければならない。そしてそのあいだ、さらなる落石や落氷の可能性はどんどん高くなる。僕らの上にある山頂台地はまずまず平らかもしれないが、それは何十メートルも上で、サムはそこまで登らなければならない。そしてそのあとにまだ、下山が待っている。

短い議論のあと、僕らは登りつづけた。

硬い高山の氷にアイスアックスを埋め込み、できるだけ速く上へと登りはじめた。60メートル登ると、砂糖のような深い雪に囲まれたところでロープがなくなった。僕は氷でも粒状氷雪でも、とにかくアンカーを作るのに十分な硬さのものを探して、掘りまくった。だが何もない。僕はあきらめ、ただ深い穴を掘り、這いつくばってパウダーのような壁に足と背中をつけて座ると、「オンビレイ!」と叫んだ。もう1ピッチの長い同時登攀のあと、僕は突然足に軽さを感じた。傾斜は緩やかになり、僕らは平らな地面を歩いていた。振り返ってサムを見ると、うまく動いているようだった。安堵の波に包まれた僕は、この何時間もの末に、はじめて周囲を見渡した。僕らは頂上タワーのすぐ下の、大きく平らな雪面にいた。頭上には真昼の太陽で輝く白いピラミッドが立っていた。僕はそれがいかに簡単そうに見えるかに驚いた。僕の頭のどこかでは、すぐに登頂して下山できる、と考えずにはいられなかった。それほど近かった。しかしサムのこと、彼を安全に下山させることが気がかりだった。ベースキャンプに戻るまでには、クレバスやセラックの散らばる1,830メートルもの下山が待っていた。

サムは僕が立ち止まっているところまで歩いてくると、「登頂すべきだと思う」と、単刀直入に言った。

サム:僕はどうしてもこのルートを完登したかった。怪我はしていたが、これほど近くにいながら登頂しないのは、すべてを無駄にするように思えた。僕は自分がタフであることを証明したかった。自分自身のためにも克服できることを知り、そして他の人にもそれを示したかった。この経験から何らかの誇りを持ち帰りたかった。ベースキャンプに戻るためには、最低でももう1日かかることはわかっていた。だったらあとわずか2時間ぐらい、どうだっていうんだ。自己中にはなりたくなかったが、山頂に立ち、全力を費やしてそこに到達してから下山したかった。その意義はルートを完登するということでもなかった。ただ登りつづけたいという欲望があって、怪我をしていること、帰還する必要があるという事実は受け入れたくなかった。

クリス:最後の数百メートルを登る価値を彼らが語り合っているときも、僕はほぼ無言でいた。クライミングパートナーの1人を死なせかけたという思いを、僕は払拭できなかった。何が起こり得たのか、そしてその場面にどれほど近かったかという想像で、頭がいっぱいだった。僕を愛してくれている人たちに、それをどうやったら説明できるのか。サムを愛している人たちに、それをどう説明するかを考えると胸が詰まった。果たして僕は、それと向き合って生きていけるのか。続行することを決めながら、僕はサングラスで涙を隠していた。

同時登攀で頂上へ向かって雪と氷を登りながら、僕は後尾を務めた。山頂に立ったのも僕が最後で、霧氷のアレートを越えると、オースティンとサムが景色を見渡しているのが見えた。そこで僕らはハイタッチをしたのだろうが、よく覚えていない。最後のクライミングは集中力を要したが、それ以外の僕の考えは別のところにとどまっていた。僕にとって、祝う理由はどれも起きたことによって帳消しにされていた。トップアウトすると間もなく、僕は下山を先導した。僕らの試みは巨大な注釈付きだった。僕はもはや、その一部になりたい気分ではなかった。

オースティン:僕は雪を掘ってビールを抜き出し、調理用テントへ歩きながら、その栓を抜いた。下山は予想以上にひどく、巨大なクレバスの氷原が何時間もつづき、懸垂下降と反対側へ登って出ることをばかりを強いられた。僕らは足元から湿雪雪崩が切れはじめ、それが下のクレバスへと生コンクリートのように流れ込むのを、目を丸くして眺めた。僕がもうひとつのクレバスにかかった薄いブリッジを壊し、僕らはそこで一夜を明かすことに決めた。翌朝、氷河に反射する太陽の熱は、僕らの考えの食い違いをさらに深めた。

キャンプに戻ると食事をし、きれいな服に着替えてから、注意深くサムの包帯を解いた。彼の胴にある深い穴と手の焼けただれた皮を目にした僕は、顔をしかめた。クリスが水を流して傷を洗うあいだ、サムはテキーラのぐい飲みと交互にその過程の指示をした。ありがたいことに、骨は折れたのではなく打撲したようで、彼の怪我はどれもプロの助けを必要とするほど悪くはなさそうだった。

「気にしないでクライミングに行けよ」と、サムは励ますように僕とクリスに言った。「傷口をきれいにしておく包帯は十分、最低あと数日分はあるし、どのみち縫合するには遅すぎるからさ」

僕は頭のどこかで、彼は正しいと思った。そびえ立つこれらの岩壁の麓で、太陽は輝き、空には雲ひとつないという状況を、何週間も夢見ていたのだから。この谷にいられることは貴重で、僕らはそのための準備と計画に、本当に多くの時間を割いた。食料も燃料も十分にある。こんな好天のもと、またいつここに戻れるか定かではない。

しかし僕は不安を払拭できなかった。出発前には写真を見て刺激を受け、ほんの数日前まであれほど美しかった山々は、いまでは危険きわまりない存在のように思えた。僕らは上にある懸垂氷河から、解けてゆるんだ巨大な岩がすさまじい音を立ててキャンプの横になだれ落ちてくるのを目撃した。昼夜を問わず、崩壊するセラックの深い轟音が谷を横断してこだました。この山脈全体が崩れかけているように思えた。もし僕らがクライミングへ行き、また事故にでも遭ったら、僕は自分を大バカだと思うだろう。あともう1本のルートを登ることが、僕の人生をそれほど向上させるとでも言うのか。

クリス:その後数日、僕らは暑い夏の太陽の下、キャンプにとどまった。僕はサムと直接目を合わせるのが苦しかった。彼はすでに起こったことについて僕をとがめる様子はなかったが、それは僕が自分をとがめる妨げにはならなかった。キャンプで彼が足を引きずるのを見るたびに、ひどい思いがした。どうにかして彼に埋め合わせをしたい。肉体的にだけではなく、精神的にもサムの回復に必要なすべてが得られるようにしたいと、強く感じた。

僕はある朝サムを脇に呼び寄せ、彼がもう数日滞在することに本当に問題がないかどうか再確認した。彼が保証したことで僕の気分は少し和らいだが、クライミングに出かけるかどうかという疑問はオースティンと僕の頭上に漂ったままだった。僕らのキャンプの上空にはスプリッター・クラックでいっぱいの美しい岩塔がそびえ立ち、登攀の可能性を秘めたルートをいくつも双眼鏡で見つけることができた。僕らがキャンプに負傷したパートナーを置いて出かけることを考えていたというのは、自己中心的、あるいは愚かに聞こえるかもしれない。でもこの詳細を除外することは、それらの山々が僕らを引きつける魅力を否定することになる。僕らは何か月もかけて計画したこの旅で、達成できるかもしれないことへの期待を募らせ、ついにその場所に至ったのだ。しかし同時に、僕らは事故から生まれた疑いと恐れと不安にもがいた。僕はさまざまな感情を縫いながら進んだ。最終的には、ある晩オースティンが僕のところへ来て、家に帰りたいと言った。それで僕らは帰路に着いた。

この事故は僕らのひとりひとりに異なる影響を与えた。僕らは皆異なる役割を担い、異なる背景の出身で、それぞれの人生を導く異なる価値観をもっていた。僕らのロープのシステムやルートファインディングに賛否両論はあるし、あの分裂する山系でのルートの客観的な危険性について語ること、パートナー間のダイナミクスや精神的疲労について指摘することもできる。そしてそれらの結論で、その複雑さの一部をとらえることはできるかもしれない。しかしすべてを包括できるものは何もない。垂直の世界は複雑で、クライミングに厳格なルールを設けることは難しい。だからときにストーリーはただ語るだけで、結論は聞く人それぞれに任せる方がいい。こうしたストーリーや経験が人生の一部となるのは、とても個人的な形だ。分かち合うことはできても、それらが僕らに感じさせたことを真に表現することはできない。

サム:このクライミングは永遠に僕らの一部となるだろう。僕らが個人としてどのように情熱を追い、なぜ山を登るのかということについて、人生の中枢となる基点を与えてくれる。起こったすべてのことはさておき、僕らは皆、ワディントンで過ごした時間に対して深い感謝の念を抱く。山頂はあくまでも刺激でしかなく、あるいは家を出て意義ある経験を生み出すための、ただの言い訳だったのかもしれない。僕らは達成感のためにこうした経験を追求するが、登頂が最重要事項であることは稀だ。いまこの出来事を語るとき、僕はしばしば登頂したことについて触れることすらしない自分に気づく。ルート上での素晴らしいクライミング、チームとしての仲間意識、そして僕らがともに火中を歩き、いかに冷静かつ安全に下山したかに比べたら、それはまったく重要ではない。僕らは皆、そこで達成したことを誇りに思っている。それは山頂で10分間を過ごしたからではない。チームワークと忍耐力こそが僕らの最高の成功となったからだ。

このストーリーはパタゴニアのMarch Journal 2019に掲載されたものです。

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