自然酒の調達
自然酒とは?
パタゴニア プロビジョンズの自然酒は、リジェネラティブ・オーガニック認証を取得した米など、環境修復型の農法によって育てられた原料を、人為的な介入を最小限に抑えた伝統的な技法で発酵させた日本酒です。その結果、これらの製品すべてが産地特有の生きた風味を持ち、グラスに注ぐごとに、傷ついた土壌を再構築して、自然環境を修復します。
なぜ、自然酒なのか?
手作業で大切に作られた自然酒ほど、その土地の土壌や天候、植物相、動物相といった自然環境を表すものはありません。フランスではそれを「テロワール」と呼び、私たちは味と香り、そしてその先にある地球上で最高の場所である「精神」を意味すると考えています。
発酵から熟成、そして瓶詰めにいたるすべてにおいて、天然の風味を維持し、向上させるために、人為的な介入は最小限に抑えます。受け継がれてきた蔵固有の天然酵母が活躍し、天候や季節にも影響されます。時間の経過とともに風味は進化し、強まっていきます。私たちのコレクションの栓を抜くとき、その内に宿る真の自然の息吹へといざなうことを確信しています。
できるかぎり人工的な素材を使わず、自然由来の道具と人の手で作業する(寺田本家)。
Taro Terasawa
水田稲作ガイドラインの制定
2025年、リジェネラティブ・オーガニック(RO)認証に水田稲作ガイドラインが制定されました。
世界の作物生産農地の分布を見ると、その9割が畑地で、水田は1割にとどまります。水田の多くはアジアモンスーン地域に集中しており、日本では農地の半分以上を水田が占めています。畑地と水田では水資源をはじめとする農地管理のあり方が根源的に異なります。水田稲作ガイドラインは、欧米の畑文化圏を背景に、畑地を前提として構築されてきたRO認証を、水田主体の地域にも適応させるためのものであり、同時に、水田になじみのない地域の人々と、地球環境における水田稲作の意義を共有するためでもあります。
畑地と水田では、周囲の自然環境との関係性も農地管理のあり方も異なる。
Taro Terasawa
環境:水田のなりたちは自然と不可分
水田は、周辺環境や多様な生き物とのつながりにあふれ、自然環境維持基盤として機能しています。
雨や雪が多い湿潤な気候、山がちな地形、盆地の多さといった自然条件をもつ日本では、山の水が集まる谷あいや、川の氾濫によってできた湿地などを活用して、水田がつくられてきました。
自立的な管理が可能な畑地に対して、水田は周辺環境との連続性の上に成立しています。山や川を水源とし、ため池や江、土水路など多様な水域ネットワークが欠かせません。水田は農地としての生産機能だけでなく、田んぼダムのように自然災害に対してもレジリエントな機能を発揮し、国土保全の基盤としての役割を果たしています。
水田は、森、川、水路、ため池など、多様な要素と関わり合って成立している。
Taro Terasawa
田んぼやその周りの水域環境、畦畔や森林などの陸域環境、両方が複雑に入り組んだ複合的な土地利用は数多くの生き物の集まる豊かな生態系を育みます。場の多様性が、種の多様性と結び付いているのです。微生物を小魚が、小魚を水鳥が、昆虫をカエルやイモリが、カエルをヘビが、ヘビを猛禽類が――と食物連鎖が繰り広げられ、生態系ピラミッドが成立しています。
また、水域に生息する生き物には、川を通じて下流域へと移動するものもいます。田んぼの位置付けを俯瞰して見ると、山と海を結ぶ流域の中間地点にあって様々な生命を養う存在であることがわかります。水田は、食料だけでなく、水循環や生物多様性、地域経済などを支える多面的な基盤となっているのです。
サギやコウノトリなど大型の水鳥は、水田環境の健全性を示す指標。彼らが餌とする生き物が連なって生息していることを示す。
Taro Terasawa
歴史:大地への刻印
水田稲作が、日本人の暮らしを形作り、精神文化にも影響を与えてきました。
日本に水田稲作が大陸から伝来したのは約3000年前、縄文時代の晩期とされています。以来、日本人の生存基盤が水田の上に築かれてきたことは、数々の遺跡の水田跡が示す通り。「大地への刻印」との喩えもあります。水田稲作を土台とする様々な文化が、歴史と風土、地球の時間軸と空間軸の中で形成されてきました。
日本人の暮らし、経済、政治、精神文化と水田稲作が深く結び付いている例証として、近代以前まで、米は税金「年貢米」であり、自治体(藩)の経済規模を示す物差し「石高」でもありました。また、稲藁からつくられる多種多様な生活用具や、歳時記を彩る飾り祭具は全国各地でそれぞれに進化や洗練を遂げ、日本の風俗の一角を成しています。そこから、水田稲作を軸にめぐる暮らしの営み、作物の循環のありようを見ることができます。
日本酒の起源は神への捧げ物と言われる。米と酒と日本人の暮らしは分かちがたく結び付いてきた。実りの季節には収穫を感謝する祭りが各地に伝わる。
Taro Terasawa
調達:過去と未来を見つめる酒蔵
「やまもり」の醸造元・仁井田本家が目指すのは、地域との相思相愛。
2025年に日本初のRO認証を取得した「やまもり」の醸造を担うのは、福島県郡山市の「仁井田本家」。1711年創業の歴史ある酒蔵で、現当主である仁井田穏彦さん・真樹さん夫妻で18代目を数えます。
契約農家とともに農薬や化学肥料を使わない米の栽培に取り組みはじめたのは1965年。農家との連携のもと、環境に負荷をかけない水田稲作を模索してきました。「日本の田んぼを守る酒蔵になる」をモットーに、2009年には農業法人「仁井田本家あぐり」を設立。稲藁や籾殻、酒粕などで堆肥を作り、田んぼに戻す循環型の土づくりにチャレンジしながら、自らも農薬・化学肥料不使用の米づくりを実践しています。
中山間地域に7ヘクタールの自社田と50ヘクタールの山を有し、小高い山々に囲まれるように田んぼが広がり、その周囲を水路が巡り、所々に雑木林が繁ります。田んぼの点在化が進む現代にあって「田んぼと森林が一体となった貴重な事例」と評されるこの一帯には、野ガモやコサギ、アオサギなどの水鳥、彼らが餌とするドジョウやカエル、そしてトンボ、ハチ、アブなどの昆虫など、さまざまな生き物が集います。
田んぼと森が隣り合う環境。森が水を涵養し、生き物の棲みかともなる。稲作においても生態系にとっても重要。
Taro Terasawa
「やまもり」は、麹米・掛け米ともに、すべて仁井田本家の自社田で栽培したRO認証米「雄町」を使用し、自社山から湧き出る天然水と蔵付酵母による生酛づくりで醸されています。精米歩合85%、汲み出し四段仕込み(*)を用い、米がもつ豊かな旨みを余すところなく表現しています。
「雄町」は江戸時代末期に発見された、日本最古の原生種の酒米です。背が高くなり倒れやすく、病気にも弱いなど、栽培が難しいため栽培量が激減し、「幻の酒米」と呼ばれたこともありました。草丈が160cm以上にもなることから倒れやすく、さらに軟質で溶けやすいという扱いの難しさから「杜氏泣かせの酒米」とも言われています。一方で、その溶けやすさから味に膨らみが出て、「やまもり」は奥行きのある味わいになっています。
仕込みに用いるのは、年に一度、自社林の杉から作られる木桶。豊かな水源を守るために間伐と植林を行い、そこで生まれた間伐材を活かして、一つひとつ組み上げています。
*日本酒の一般的な仕込み工程(三段仕込み)の最終段階で、醪(もろみ)の一部を別の容器に汲み出し、そこに蒸し米を加えて数日間糖化させてから元の親桶に戻す製法。
木桶づくりには蔵人も参加する。木を活かす技術を伝承することも森の持続可能性につながるとの考えから。
Taro Terasawa
「仁井田本家が日本酒をつくり続けるからこそ、この土地が豊かでいられる――そんなふうに、地域から思われる相思相愛の関係になることが夢です」と、仁井田夫妻は語ります。田や森、水、稲、生き物など自然の声に耳を澄ますように、蔵人一人ひとりの声にも耳を傾け、働きやすい環境づくりに心を砕いてきました。労働環境や勤務体系を整え、給与もリビングウェイジ(生活賃金)を基準としています。
田植え、稲刈り、新酒の仕込みなどは蔵人総出で行なうのが仁井田本家の流儀。水田稲作を学ぶイベント「田んぼのがっこう」を開催するなど、田んぼを守る仲間を増やす取り組みにも力を入れる。
新井 'Lai' 政廣
「繁土」を醸す寺田本家は、蔵に棲む微生物にも田の生き物にも温かい眼差しを注ぎます。
「繁土」の醸造元である「寺田本家」は、千葉県香取郡神崎町で1673年に創業した酒蔵です。利根川を望む小高い森に建つ神崎神社の麓に位置します。境内が23000平方メートルにおよぶ神崎神社の社叢として守られる神崎森は、県指定の天然記念物。そんな環境を背景に、350年以上にわたり酒づくりを続けてきました。
速醸の発酵技術や機械化など、20世紀半ばから日本酒業界を席巻した近代的な工業型発酵技術を採用したのち、30年以上前に伝統的な醸造方法へと立ち返りました。すなわち、農薬や化学肥料を使わずに育てた米、神崎森を水源とする蔵内の湧き水、蔵に棲む菌の力のみを生かした生酛づくりです。蔵で採取した麴菌から自前の種麴をあつらえ、山卸(スターターづくり)は蔵人たちが酛摺り唄を歌いながら半切り桶で行なうなど、できるかぎり機械を使わずに進められます。
板壁の蔵に木桶が並ぶ。建物も道具も自然素材を用いることで、微生物が活動しやすい環境をつくろうという考え方。
Taro Terasawa
「繁土」は、自社栽培の亀の尾を麹米に、兵庫県豊岡市の坪口農事未来研究所による「コウノトリ育む農法」で育てられたコシヒカリを掛け米に用い、いずれも精米歩合70%で、四段仕込みにより醸されます。亀の尾は、コシヒカリやササニシキを子孫に持つ古い品種で、現代の農法には向かないとして一時衰退したものの、その食味の良さから1980年代に復活しました。寺田本家の田んぼは利根川に近く、川砂に近い土壌のため地力は強くありません。それがかえって「亀の尾に幸いする」と、寺田本家24代目寺田優さんは語ります。
「亀の尾は、伸びやすく倒れやすいため、栄養過多でない土壌のほうが向いています。肥料を与えず、土と稲の力だけで育てると、必要な分だけ栄養が蓄えられた米になる。すると発酵においても、無理のない自然な進み方となり、グルコースの生成に適した温度帯で推移して、おいしい麴ができるのです」。
蒸し上がった米は手桶に移して、蔵人が運び、広げて冷ます。手の感触の蓄積が経験値となり、微生物にとってより良い発酵環境をつくり出す。
Taro Terasawa
2023年からは、春になると飛来するサシバの保護に取り組んでいます。サシバは、日本の里山を繁殖地とし、沖縄やフィリピンへ渡りをするタカの一種です。寺田本家では、田んぼに集うさまざまな生き物――トウキョウダルマカエル、ヌマガエル、ギンヤンマ、イトトンボ、ミズカマキリ、ゲンゴロウ、チョウゲンボウ、ハヤブサなど――の中でも、絶滅危惧種であり里山生態系の指標種であるサシバに意識を傾けています。日本自然保護協会のメンバーや大学の研究者らの協力のもと、GPSを装着して観察するなどの生態調査を続けるとともに、町民や地元の小学生向けの講座や出前授業を実施しています。
独自路線を貫き、これまでさまざまな認証とは距離を置いてきた寺田本家ですが、自然と共に生きる思想をより広く伝えるため、RO認証の取得に向けて動き始めたところです。
サシバの研究者である岩手大学の東淳樹さんや日本自然保護協会の出島誠一さんを迎えて、地元の小学生を対象にした自然観察会を実施。
写真提供:寺田本家
パートナー:検証と定義
生産者の実践と研究者の探求に導かれて
RO水田稲作の要件を明らかにするにあたっては、日本の里山景観に内在する水田の意味と価値を科学的に検証し、定義していく必要がありました。兵庫県豊岡市「坪口農事未来研究所」などの生産者や、金子信博客員教授(島根大学)、佐川志朗教授(兵庫県立大学)、田和康太特別研究員(国立環境研究所)らと連携して探究を進めています。畑とは異なる、モンスーンアジア特有の水田稲作条件を前提に組み込む考えなどを、<リジェネラティブ・オーガニック・アライアンス>に提供し、水田稲作要件のグローバルなガイドライン策定に向けて、共に協力してきました。
ソーラーシェアリングで栽培される坪口農事未来研究所の「コウノトリ育む農法」によるコシヒカリは、「繁土」の掛け米に使われている。
五十嵐一晴