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the more you know, the less you need:知れば知るほど、必要なものは少なくなる

the more you know, the less you need:知れば知るほど、必要なものは少なくなる

By 武知 実波   |   2018/04/20 2018年4月20日

楽園を見つけた。生命力溢れる自然、四方に広がる瑞々しいフルーツの木々、サーフィンができる美しい海。大きなガジュマルに手を添えて「私とあなたは同じなのかもしれない」とそんな表現が自然に浮かぶ、不思議な海の青と森の緑と火山の赤の国。しかしそこは極めて現実的な楽園だ。

街には車が走り、スーパーマーケットには輸入品が並ぶ。その隣には24時間営業の市場があって(皆そこで寝泊まりしているという意味)、先進国と呼ばれる国から来た観光客がカジノやマーケットが続くメインストリートを歩いている。でもその街から少し車を走らせると、フィルターがかかっていない、笑ってしまうくらい美しい(美しいという言葉が適切なのか分からなくなるくらいの)、生の色を見ることができるのだ。生きている色。先人が見てきた色。忘れていた色。

夕景
夕景

美しい国、ここはバヌアツ共和国。人口約26.5万人(2015年、世界銀行)。83の島々から成る島嶼国で、2006年には「地球上で最も幸せな国」に選ばれた。その国に今年3月末から4月はじめにかけて約2週間、阿南市サーフィン連盟の一員として訪門することになった。

きっかけは1人の女性との出会い。去年の夏、サーフィンスクールを受けにきた彼女から、青年海外協力隊として滞在していたバヌアツの話を聞いた。いま思えばサーフィンが引き合わせてくれた縁だったのかもしれない。彼女は現地でのサーフィン事情についても教えてくれた。現地ではサーフィンに適したポイントはあるが、経済的な理由によりサーフボードを購入することができず代わりに木ぎれで遊んでいる子どもたちも少なくないとのことだった。

サーフィンは私の人生をより豊かにしてくれている。自分の実体験を元に、バヌアツでも多くの子どもたちやサーフィンを愛する人々にとって、サーフィンが彼らの拠り所や夢となる希望があると考えた。そうしてバヌアツの人々にサーフボードを贈呈する企画が、阿南市サーフィン連盟のプロジェクトとしてはじまった。

このタイミングで来訪を決めたのは、イースターの時期にサーフィン大会が開催されると聞き、交流のみならず、その未知なる波を堪能できると考えたからである。我ながらサーファーとしては100点満点の動機であったと思う。また今回はプロジェクトの第一段階として、現地のボード需要の視察を行い、贈呈するボード数の見積もりをすることも検討事項であった。「サーフボード贈呈」、「大会参戦」、「現地視察」を目的として、2か国を経由し約1日半かけて(正式には行きの飛行機が火山噴火の影響でキャンセルになったので2日半)、サーフボードと希望を携えた私たちはバヌアツの地に降り立った。

現地では首都ポートビラから20~30分ほど行くと、パンゴビーチというサーフィンができるビーチがある。その海底は珊瑚や尖った岩で覆われているが、私たちの活動する海面では想像を超えたファンウェーブがブレイクしていた。そしてアウトでも浅瀬でも、大人から子どもまで現地の人々がサーフィン楽しんでいて、バヌアツの人々と少しの外国人サーファーのみが知るサーフィン天国のようであった。

パンゴビーチ
パンゴビーチ

パンゴビーチでの大会がはじまると、そのレベルの高さに驚かされた。パンゴビーチがあるエファテ島以外の島々をはじめ、バヌアツ、オーストラリア、サモア、フィジー、パプアニューギニア、そして日本からもサーファーが参加する国際大会であり、諸外国の選手とサーフィンを通して交流できたことは私にとって大変幸せな思い出となった。

大会集合写真
大会集合写真

VSA(バヌアツサーフィン連盟)の深い理解と協力により、持参したサーフボードを閉会式の場でパンゴビーチのチーフとタンナ島のサーフィンクラブに贈呈する機会を得ることができた。タンナ島をボード贈呈の対象地と選定した理由は、この島にはサーファーはそれほど多くはないが、ボードが入手できないために木ぎれでサーフィンする人がいたり、あるいはサーフィンすらできない状況にあると聞いたからである。

タンナ島へのボード贈呈
タンナ島へのボード贈呈
パンゴビーチへのボード贈呈
パンゴビーチへのボード贈呈

大会終了後、実際に状況を把握するためにタンナ島へ向かった。3日間という比較的短い旅程だったものの、ここにバヌアツの魅力が詰まっていた。まさに消費社会の桃源郷。前日の大雨の影響で予定していたビーチに行くことは困難とされていたが、偉大なる文明発展(4WD)のおかげで、上下左右に揺られ、ときに無重力を感じながらビーチへ向かった。道中、山中を歩く人々は「ハロー」と必ず笑顔で手を振ってくれる。挨拶を交わすのはこんなにも心地の良いものだったのだと忘れていた気持ちが湧き上がる。やっとのことで海にたどり着いた。そこは人工物のほぼない、人間が自然から与えられた空間のように見えた。そして視線の先には無人のサーフポイントがあった。

初めて見る、タンナ島のサーフポイント。Photo: Yoko Nakamura
初めて見る、タンナ島のサーフポイント。Photo: Yoko Nakamura
未開のサーフポイント
未開のサーフポイント

それから私たちは「タンナ島でサーフィンをした初めての日本人」としてサーフィンを楽しんだ。といってもポイントによってはもの凄いカレントに流され、ここが最期の地かもしれないと悟りかけたことも事実ではあるが。

タンナ滞在中は現地の学校視察も行った。現地の子どもたちの教育とサーフィンの認知度について確認したかったからだ。その学校は海から車で1時間ほどの位置にあり、子どもたちは私たちの車を見るなり、授業中にもかかわらず教室から身を乗り出してキラキラした目で迎えてくれた。算数や英語など、授業内容は日本の小学校と変わらない。「日本は知っている?」と尋ねてみると、ちらほら手が挙がる。「じゃあ、サーフィンは?」多くの子どもたちが嬉しそうに反応する。「ああ、ここも同じだ」 日本でもバヌアツでも、サーフィンは人々になにか期待感のようなものを促す作用があるのかもしれない。先生の説明によると、サーフィンをしてみたい子どもたちは多いが、サーフボードを持てないためにサーフィンをはじめられないということだった。

2020年開催の東京オリンピックではサーフィンが正式種目となった。つまり、サーフィン競技者の中から国民の英雄が輩出される可能性があるということだ。もちろんオリンピック選手になることを全員に求めるわけでも、それが頂点というわけでもない。しかし彼らがひとつの夢としてサーファーやオリンピック選手を目指せるきっかけを、日本から渡すサーフボードに期待してもいいのではないだろうか。そしてその夢は、純粋にサーフィンを楽しみ、大切に継承してくれるサーファーを育むことにつながるだろう。そんな期待を胸に、子どもたちの好奇心と現地の波、そして彼らの優しさを、交流を通して実感した私たちはタンナ島の人々へのサーフボード贈呈に向けて前進させるべく、これからまた新たな物語を紡ぐ準備をはじめている。

小学校の様子
小学校の様子
海辺の子どもたち
海辺の子どもたち
初めて見るサーフボードを手にする裸族の女の子。Photo: Yoko Nakamura
初めて見るサーフボードを手にする裸族の女の子。Photo: Yoko Nakamura

改めて現実的な楽園に考えを巡らせてみる。その国土には豊富な食資源があり、金銭的収入は少量であっても人々の心は豊満である。地域によっては何千年も前から続く生活がいまなお営まれ、ガジュマルの下に集い、カバを酌み交わす。彼らはその時々の必要最小限しか自然から頂かない。

“the more you know, the less you need”

「知れば知るほど、必要なものは少なくなる」

バヌアツでパタゴニアが大事にするこの言葉を体現する人々に出会った。イヴォンも唱えるこのフレーズを具現化した光景を先日目の当たりにした。

VSA(バヌアツサーフィン連盟)では環境保護活動を熱心に行っている。
VSA(バヌアツサーフィン連盟)では環境保護活動を熱心に行っている。
マイボトル推奨
マイボトル推奨
ガジュマルと私
ガジュマルと私

タンナ島での彼らの生活では捨てるものがないそうだ。長い歴史の中で必要なものだけしか取らない彼らに自然が応えている。自然と対話することから目を逸らさず、その対話の実現化に向けて努力を怠らない姿勢を見せたとき、初めて人間がその一部となることを許されるのだろう。彼らはつねに自然と向き合うことで、持続可能な生活をこれから先も続けられる現実的な見通しを持つことができているのだろう。

消費社会で生きる私たちに、はたして未来永劫に保証されることは残っているのだろうか。自然に問うとすれば、どんな答えが返ってくるだろう。「愚問」の一言だろうか。そうだとしてもいまの自分が果たせる責任を考えたい。責任を持ち、行動する。それを諦めたくないと強く思う。

出会った彼らのように、つねに真っ正面から自然と対話できるようになるにはまだ学びが必要だが、この先自然との関係性を再考するときには必ず“the more you know, the less you need”、この精神が救いとなり指標となるような気がしている。

最後に、楽しさと感動と、学びの時間を与えてくれたバヌアツの雄大な自然と人々に心から感謝と敬意を表したい。

手を引かれるように、導かれるように、もう一度ここに戻ってこられるような気がしている。Photo: Yoko Nakamura
手を引かれるように、導かれるように、もう一度ここに戻ってこられるような気がしている。Photo: Yoko Nakamura

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