市川 節子
まだ空地や畑が残る横浜鶴見東寺尾で育つ。外遊びが好きで、その一方で本大好きの子どもだった。鎌倉梶原山に住んで子育てをしながら自然の素晴らしさに目覚め、町内会副会長を務めたあとに、町内会環境小委員会委員長になり、梶原山周辺の緑地開発に反対する運動にかかわる。NPO法人「北鎌倉の景観を後世に伝える基金(初代代表なだいなださん)」で台峯の開発反対運動に参加。2001年12月「フレンズ オブ・台峯」を立ち上げる。フレンズオブカマクラ・台峯代表。
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2025年度のWork in Progress Reportでは、私たちの唯一の株主である地球への負担を軽減するために行っている、新しくて楽しい、そしてちょっと変わった方法をすべてお伝えします。
地球が私たちの唯一の株主
事業の繁栄を大きく抑えてでも地球の繁栄を望むのならば、私たち全員が今手にしているリソースでできることを行う必要があります。これが私たちにできることです。
まだ空地や畑が残る横浜鶴見東寺尾で育つ。外遊びが好きで、その一方で本大好きの子どもだった。鎌倉梶原山に住んで子育てをしながら自然の素晴らしさに目覚め、町内会副会長を務めたあとに、町内会環境小委員会委員長になり、梶原山周辺の緑地開発に反対する運動にかかわる。NPO法人「北鎌倉の景観を後世に伝える基金(初代代表なだいなださん)」で台峯の開発反対運動に参加。2001年12月「フレンズ オブ・台峯」を立ち上げる。フレンズオブカマクラ・台峯代表。