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地球が私たちの唯一の株主

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西のエバーグレイズ

ジーナ・ロドリゲス  /  2026年6月5日  /  アクティビズム, 環境

クラマス川源流に湿地を取り戻す。

オレゴン州チロキンにあるカート・トーマスの800ヘクタールはある牛牧場を助手席に乗って走っていると、まるで時間をさかのぼってドライブしているみたいだ。「しっかりつかまって、お嬢さん」ビーバーの巣穴を避けようとバギーのハンドルを切りながら彼は言う。

谷の狭い土手に沿って移動しているが、視界のどこにも牛はいない。代わりに違う種類の世界が出現する。左側にはクラマス川源流へ注ぐ湧水の支流。右側にはガマやトゥーレ、ウォーカスが茂り、ガン、シラサギ、カモ、カワウソ、ビーバーが、青々とした280ヘクタールの湿地を維持するために遅くまで働いている。

「とにかくポンプを止めさえすればよかったのさ。そして18か月後には高さ8フィートの湿原ができた。今では小川と湿地と牛牧場を手に入れ、損失はゼロだ」クラマスでは家系初の牧場主で、79歳のカートは言った。「全然難しいことじゃなかったよ」

カートが牧場の水を抜くのをやめたときから約100年さかのぼった昔、クラマス川流域は湿地帯だった。太平洋沿岸の渡り鳥の飛来ルートに沿って、淡水生息地の広大なネットワークがあり、クラマス川にとって天然のフィルターとスポンジの役割を果たしていた。カリフォルニア州北部からオレゴン州南部にまたがるこの流域では従来、上流の支流は産卵に訪れるチヌークサーモンやギンザケを、湿地や沼地は水生植物ウォーカスや水鳥を、そして源流はこの土地固有のサッカーフィッシュを育んでいた。

ところが20世紀初頭、下流域での巨大ダム4基の建設が、従来の産卵場所へ向かうサーモンの遡上を遮断し、自然の生態学を変えてしまった。その後50年にわたって、米国政府は上流に2基の小規模ダムを建設し、クラマス湿地帯の95%以上(そのほとんどが流域)を枯渇させ、破壊し、産業化された農業や牧畜に道を開くことになる。

クラマス族の首長ウィリアム・レイJr.は、その破壊をリアルタイムで目撃した。

「まるで昨日のことのように覚えている」レイJr.首長は振り返る。「白い大きな荷船が湖の沖にいて、年中無休で働きながら、湿地全体を埋め立てたり、掘り起こしたり、破壊したりしていた。州や郡、連邦政府による監督はなかった」

湿地に代わり、政府は運河と堤防とポンプで構成されるシステムを建設し、アッパークラマス湖に出入りする水の流路を変更した。現在、水は湖から農地へ流れ、再び湖へ戻ってくるが、有害な藻を大量発生させる流出水を運んでくる。汚染物質をろ過し、水の流れを調整する湿地がなくなり、干ばつが断続的に発生したせいで、湖は縮小し、湖水は汚染された。さらには、クワーム(別名ロストリバーサッカー)やコプトゥ(別名ショートノーズサッカー)のような在来淡水種を絶滅の危機に追いやっている。

「私が若い頃は、湖には無数のクワームやコプトゥがいた。今ではコプトゥは5,000匹にも満たない」レイJr.首長は言った。「魚が消滅すれば、我々の食料源も儀式も伝統知識もいっしょに消えてしまう」

流域を見渡せば傷痕が見える。大地は乾き、枯れゆく藻の臭いが大気中に漂い、近隣の火災の煙がまん延している。しかし、数十年にわたって抹消されようとしているにもかかわらず、湿地はレイJr.首長の民の歴史と同じように地表近くで生きている。

ヤマヨモギが生い茂る中、カートの牧場の奥へ車を走らせると、記念碑のプレートがある。ここでレイJr.首長の祖先は米国との1864年の条約に署名するよう迫られ、930万ヘクタールを超える故郷の土地を失い、その代わりに湖沿いに73万ヘクタールの居留地を与えられ、その地権と水利権を「永久」に獲得した。だが歳月を経て、米国政府は部族との法的約束を破り、1954年に彼らの部族認定を抹消し、部族員の大半から土地をはく奪した。

「それは壊滅的だった」とレイJr.首長は言う。彼の家族は流域で最後に残った、部族員が所有する湖畔の放牧地を何とか守り抜いた。「我々は決して真に立ち直ってはいない」

1986年にクラマス族は部族認定の回復に成功したが、彼らの土地の大半は今も個人に所有されるか、または連邦政府の管理下に置かれている。カートの牧場もその1つで、1981年に彼と妻は短期間で閉業した牧場事業者からそれを買い取り、かつてこの地にクラマス族の代理機関(エージェンシー)本部があったことから「エージェンシー牧場」と名付けた。今日、部族は自分たちの伝統文化、薬、食べ物を維持するために残されたわずかな水をめぐって、農民らと競合することになってしまった。多額をかけて何十年も訴訟を続けているが、どの水の流れを誰が管理するかについて法的な結論はいまだに得られていない。

だがこの数年間に、ある種の環境保護ルネッサンスが流域や水系全域に根付いた。湿地が農業と共存し得ることを農民がほぼ受け入れたのだ。クラマス川の諸部族は歴史的な土地返還契約を獲得し、部族間の管理グループを設立した。2024年に下流の4基のダムが撤去されると、サーモンはあらゆる困難を排して、中部クラマス地域にすぐに帰ってきた。これらの画期的な出来事の背後には、数十年にわたる組織づくり、歴史的な地域活動グループ、2022~2024年の連邦政府による2億ドル超の復元投資があり、協力に基づく新しい政治のあり方を示唆している。レイJr.首長とカート・トーマスは、こうした歴史の一部である。

さかのぼって2008年、カートは自分の牧場内に湿地を作りたくなかった。しかし、粘り強い1人の友人がいた。彼女は米国農務省の湿地保全プログラムの仕組みについて説明した。土地所有者は保全地役権を通じて湿地を復元するに当たって、対価を受け取れる。当時、カートは大学に通わせなければならない子どもが3人おり、不景気が肩に重くのしかかっていた。彼は現金を選んだ。

「その瞬間に全てが変わりました」カートの娘で、兄弟とともに牧場を所有し経営するケリー・デルピットは言う。「牛を放牧し、牧場を営みながらでも、復元が可能であることが分かりました。湖岸に柵を巡らし、養分をろ過するために大地を湿地に変えても、利益を生む実用的な牧場は可能です。それ以来ずっと、これが私達のモデルです」

カートは今ではこの流域の「古株」世代の一員と自認しているが、その他にも画期的な復元の取り組みを自ら進んで導入している。例えば、サーモンがついに産卵に帰ってきたときのために、自分の牧場内の小川に礫床を作った。だが彼は、この牧場の変革を自分の手柄にしようとはしない。

「うちの子どもたちは私より賢い。彼らはこの地所を単なる生活の糧ではなく、世話すべきものととらえている。ここを買ったとき、私は牛の放牧しか考えていなかった。次世代の者達は、我々がにわかに信じがたいと思ったことを受け入れた」

ケリーの日中の仕事は、非営利機関サステナブル・ノースウェストでの自身の役割の一環として、地元の牧場主や農民向けにツアーを開催したり、聞き取りを行ったりし、彼らを復元のツール、インフラ、資金源(例えば米国農務省の湿地保全プログラム)につなぐことだ。こうした活動だけでも、彼女は20件の復元事業のために政府から200万ドルの資金を調達しており、土地所有者と政府機関の新たな関係を育てている。

こうした関係は、ケリーが流域における地域活動グループの「黄金時代」と呼ぶ現象の象徴だ。この5年間に形成された、いくつかのネットワークを通じて、土地所有者、連邦政府機関、部族、NGOが、湖岸と湿地の復元、水質、節水などの解決策について、直接対話し、協力するようになった。

流域では長年にわたって大規模な湿地復元プロジェクトが進行している。1996年にはザ・ネイチャー・コンサーヴァンシーが1,200ヘクタールの大麦農園(トゥラナ農園)を買い取り、1994年には土地管理局が1,300ヘクタールの牛牧場(ウッドリバー・ウェットランド)を買い取り、さらに最近ではウォルマートの継承者サミュエルR.ウォルトンが湖畔の重要な土地を次々に購入した。

しかし、ケリーとカートがやっていることは違う。彼らは流域の農業界のために概念実証を確立しようとしている。彼らの目的は、湿地を組み入れるよう誰かを説得することではなく、単にウィンウィンの機会を見いだし、適切な資金源やツールを見つけ、そしてそれらをゼロから実施する手助けをすることだ。

「ウォルトンには、売りたい人から重要な土地を購入して大きな進歩をもたらすだけの資金があります。でも小規模なプロジェクトのどれも重要。良い体験が口コミで広がって、勢いが生まれています」ケリーは言った。

カール・ウェナーは引退した整形外科医で、今はアッパークラマス湖の南東端で160ヘクタールの大麦農園を経営し、この勢いを広げようと奮闘している。彼は複数の保全地役権を組み合わせることで、農園内に永久湿地を作ったり、季節ごとに畑を順番に湿地化したり、クラマス族と協力して、湖の有害な藻の中で幼すぎて生き残れないサッカーフィッシュの稚魚のために自分の湧水池に養魚場を作ったりしている。

「大麦畑を見ると、90年間大麦だったところがたった1年でとんでもなくクレイジーな湿地になる」永久湿地に身を寄せる十数種類の水鳥を指さしながら、ほとんど信じられないといった風情でカールは言った。「ここのシステムはかつての姿に戻りたがっている」

カールの農園は湖と接しているので、彼の湿地は湖と農業の間の直接的フィルターとして機能する。ポンプシステムを使って、リンを過剰に含む農業廃水を永久湿地へ流し込み、そこで有害な養分を除去し、同時に鳥に生息地と食べ物を提供している。そして乾期に湖の水位が下がったときは、よりきれいで新鮮な水を再び湖へ放出する。

「この農園はシステム全体の縮図」とカールは言った。「ここで起きていることをシステム全体に適用すれば、復元に向けて実際に変化を起こせるようになる。そうなれば、サンフランシスコ湾、チェサピーク、ミシシッピなど、より大きなシステムに取り組むことが無理だなんて、誰が言うだろう」

カールの農場では、復元のビジョンが明確だ。数十あるいは数百の小規模な湿地を農場や牧場に再生し、それをNGO、慈善家、連邦政府機関、部族が運営する大規模なプロジェクトと組み合わせれば、少しずつだが、つながりが戻ってくる。水はより清らかになり、より均等に分布し、この土地で暮らす鳥、魚、植物、人々にとって豊かなものになっている。それぞれの湿地は小さいが、分散的なエコシステムと人間関係を形成しており、こうした冗長性は、干ばつ、疫病、あるいは政府の敵対的政策のような脅威から、より大きなシステムを守っている。

バイデン時代にアッパークラマスの復元に取り置かれた資金の大半は、既に使われたか、もう割り当て済みだが、それでもまだ宙に浮いたままのものがいくらかある。例えば、クラマス族はスプレイグ川やウィリアムソン川のような主要な支流を復元するための超党派インフラ投資法による317万ドルの出資を、1年以上受け取れずにいる。クラマス湿地の復元や関連する州・連邦政府の保護プログラムを支援する非営利団体は、トランプ大統領による環境保全資金の予算削減によっても打撃を受けており、水質汚染防止法を弱体化しようとする動きは、今後の湿地復元活動を損ないかねない。それでも、トランプの再任から丸1年経って、複数の利害関係者で構成されるアッパークラマスの比較的大きなグループやプロジェクトは、まだ生き延びている。

あまり注目されていない、エージェンシー・バーンズと呼ばれるプロジェクトは、最も印象的な事業のひとつだ。米国魚類野生生物局がクラマス族やダックス・アンリミテッドと協力して運営する2,300万ドル規模の3段階の事業で、アッパークラマス保護区に5,000ヘクタールを超える規模の湿地を再生しようとしている。これはアメリカ西部最大の淡水湿地復元プロジェクトでもある。

このプロジェクトの第1段階では、長いことエージェンシー湖をアッパークラマス湖から分断していた土手が2024年12月に壊された。トランプ就任式のちょうど1か月前だ。第2、第3段階への出資は凍結されたが、その後再開され、現在はセブンマイルクリークと呼ばれる、かつて歴史的な湿地に注いでいた破壊された水路の復旧に使用されている。復旧され、再び開通すればエージェンシー・バーンズ湿地は、アッパークラマス湖の上流部における巨大なフィルター兼スポンジの役割を果たし、クワームやコプトゥなどサッカーフィッシュが生息できる湿地が2倍になる。

「我々の魚を絶滅から救うにはこれしかないと思う」このプロジェクトの主要な協力者であるレイJr.首長は言った。

エージェンシー・バーンズについて語るとき、レイJr.首長は率直だが現実的である。1864年の契約で保証された部族の上級水利権を施行する裁判所の最終決定がなければ、このプロジェクトは結局、灌漑利用者を優遇することになりかねないと彼は懸念する。同時に、部族による管理を再び確立するという彼の目標は、両親や祖父母が基礎を築いた数世代にわたる闘いでもある。したがって、完璧でなくても、エージェンシー・バーンズは、レイJr.首長にとっては進歩である。

「我々がこのシステムを作ったのではない。しかし、我々はその中で働かなくてはならない」彼は私に言った。

クラマスでの最後の夜、私は新たに形成されたエージェンシー・バーンズ湿地を見ることができた。しかし、私を連れ出したのはレイJr.首長ではない。カートだ。

「水辺までは行けないよ、お嬢さん」とカートは詫びた。太陽は沈みかけ、私達はカートの所有地から約2マイル北にいて、湿地の端をひと目見ようとしていた。左には牛の放牧地があり、まもなく復旧するセブンマイルクリークが右側にあった。

「でも見てごらん」彼はエージェンシー・バーンズ湿地の起点である谷の一画を指さした。「私のところは、ポンプを止めただけだ。そして湿地は復元した。だから隣人と私は魚類野生生物局に尋ねた。もし土地所有者が興味を持てば、我々はセブンマイルクリークの氾濫地役権を得られるだろうかと」

その問いを発端にセブンマイルクリークの保全地役権を確保しようとするカートとその隣人ジョン・フォン・シュレーゲルによる14年間の取り組みが始まった。

エージェンシー・バーンズ区画の大半は連邦政府の土地に広がっているが、この歴史ある小川を復元しないかぎり、湿地の再形成が成立しないことをカートとジョンは承知しており、そしてその小川は2人の他に隣人3名の土地を横切ることになる。そこで謙虚なお願いとして、隣人に働きかけた。1人は喜んで地役権に署名し、もう1人は所有地をザ・ネイチャー・コンサーヴァンシーに売却し、その後この団体が地役権を確保した。3人目はカートとジョンに土地を売り、それが私たちが今立っている場所だった。
カートとそこにたたずみながら、私はレイJr.首長から聞いたことを考えていた。

できるかぎり多くのグループと協力しなければならない。なぜなら、これらの湿地なしに我々の文化が生き延びることはない。

カートを見て、私は納得した。彼やレイJr.首長のような人々は見えない糸で結ばれていて、それがこうした環境保護ルネッサンスを可能にしている。カートはレイJr.首長を知らないし、レイJr.首長もカートを知らない。それでも彼らはこの流域への信念によって、1人が成し得るよりもはるかに大きなことの種を蒔いた。

数か月後、カート、ケリー、カール、レイJr.首長の誰も全く予想していなかった知らせを私は受け取る。アッパークラマス湖の下方に最後に残った2基のダムで、数百匹のチヌークサーモンが魚道をさかのぼり、湖を抜けて、産卵する支流へとたどり着いたらしい。

「1世紀以上にわたって我々はこれらの仲間を家に帰そうと闘ってきた」11月に電話したとき、レイJr.首長は言った。「だから、これらのクイヤル(サーモン)にとって、下流のダムが撤去されて2年以内に、2つの障害と汚染された水域を越えて故郷に戻れたことは、ありがたいことだ」

はるかな旅の果てに完璧なフィナーレがあった。こうしたチヌークサーモンの1匹がカートのエージェンシー牧場を流れるクルックトクリークにたどり着き、数十年前に牧場主が敷いた礫床を産卵場所にしたのだ。全てはいつか戻ってくると期待してのことだった。

レイJr.首長との電話の最後に、私は彼に言った。少年の頃に湿地が破壊されるのを見てから、この流域が歩んできた長い道のりを振り返ってくださいと。彼はしばらく考えてから、きっぱりと答えた。

「異なる道を求める人々の新たな波がある。彼らは法廷での争いにうんざりし、真の解決を求めている。それが私に希望をくれる」

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