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アラバマヒルズの自由

マシュー・タフツ  /  2021年6月21日  /  クライミング, スポーツ

「ここはなかなかのクソったれだ。」スラブの足下についた苔や地衣類を削ぎ落していると、下から声が聞こえた。

「それ、さっきのセクションでも言いましたよね?」フリクションが効きそうなところを探りながら、僕は応じる。このパートナーはここをお気に入りの岩場の1つだと言っていたのだ。

「骨折り損な箇所もあるが、量で取り返せる。」砂の中でビレイ中のトムはニヤリと応える。

要するに、それがアラバマヒルズだ。ここの岩場はカオス。ホールドがしょっちゅう崩れる。(「めげても、やめるな」とは、薄く剝がれやすい緑青の岩面を利用しなければならないことに対するこの辺りの合言葉だ。)クラシックなルートはガイドブックの掲載を免れたが、それでも毎日、あまりに多くの退屈なルートがマウンテン・プロジェクト・サイトにアップされている。現在422件。おそらく週末までにもっと増えるだろう。(パンデミックさえ、その拡大を食い止めるのにあまり効果はなかった。)隣接するチャイナレイク海軍航空兵器基地から、軍用機がギョッとする周波数で稜線や渓谷にセレナーデを響かせる。

インヨー郡の住民にとって、幸か不幸か、ここは故郷だ。しかし、訪問者が年々増加し、閉ざされた地域社会への外圧は次第に複雑化している。

トム・エースに初めて会ったのは、ホイットニー山の麓からわずか20キロ、ローンパインで唯一の信号のすぐそばにあるクライミングショップで働き始めた初日のことだった。彼は白髪で、満面の笑みを浮かべ、大きな手をしている。白いニューバランスのスニーカーを履いているが、彼の足にフィットするクライミングシューズは1種類だけだ。小さい活字を読む時は片メガネを使っているが、もっとも、彼はそれを片メガネとは呼ばない。

「ここは『イマジナリー・ヒッデン・バレー』と名付けたんだ。」隣接するいくつかの岩壁の間の窪みを指しながら彼は言った。「言葉遊びだよ。ジョシュア・ツリー・リアル・ヒッデン・バレーと実数と虚数のね。」

彼はエンジニアだ。東シエラに引越す前は、ハイテク草創期のベイエリアで数年を過ごした。最近ではコンピューターを使用するより、手仕事をする時間の方が長い。1日置きにクライミングをやり、間の日は自分の工房で、額縁から巾着紐の留め具まであらゆるものを作っている。カエデではなくモミを使用することの賛否を僕に話す。地産の木材を好んで使用し、オーエンズバレーやハイシエラに生える各種松類やマウンテンマホガニーのほか、風で落ちた隣家のジョシュアツリーの枝まで使用する。特にジョシュアツリーは多孔質で砕けやすいのだが、問題解決の専門家だ。

僕らは新しいエリアへ移動した。地図にはない、ましてインターネットでは絶対に見つけられない隠れた場所だ。「(ヒルズは)広いからな。誰も立ったことのない場所をいつだって見つけられる。」砂っぽいスラブを這い上がりながら、トムは考え込んでいた。「(10年前は)恵まれていたよ。あの頃はルートを奪い合うなんて絶対になかった。」

往時のアラバマヒルズを知る人がいるとすれば、それはトムだろう。1990年代終わりから2000年代初めのこのエリアにおける初期のクライミング開拓者のひとりである。ヒルズが観光地としてまだあまり知られていなかった頃、トムはラレー・コリンズ、ティム・スタンディング、マイケル・ストラスマンらと共に、この地にいち早く目を付け、率先してボルトを設置していった。ガイドブック『Bishop Area Rock Climbs』(その後20年近く、アラバマヒルズに特化したガイドブックは出版されていない)にざっと目を通すと、ヒルズの中で初登の欄に彼らの名前のないページを見つけるのが難しいくらいだ。それを言うとトムは暗い声で「ヒルズは呪われているに違いない」とジョークを返す。グループの中で今も生きているのは彼とスタンディングだけだ。

アラバマヒルズは、東シエラ山麓、オーエンズ川の谷に位置し、インヨー郡の中でどの自治体にも属していない国勢調査指定地域(CDP)のローンパインからは西へ数キロである。人口2,000人余り、ガソリンスタンドが数えられるくらい、幼稚園から高校までの学校とジェイクスサルーン(レストラン)があり、ほとんどの旅行者はここを町と呼ぶが、カリフォルニア州政府は「極めて不利な地域」と表現し、地元の政治家たちは俗に言う「西ネバダ」帰属論に協調する。インヨー郡はたぶん、カリフォルニア州における自由主義的な「未開の西部」の最後の砦だ。

年間11か月ここヒルズには実質的に水がない。そんな場所でクライミングとは、にわかには信じられないだろう…それどころか指先の皮膚に石英モンゾニ岩の粒が無数に食い込む。尖った岩や乾いた熱気でタコやひび割れができ、たちまち「アラバマヒルズ・ミット」のできあがりだ。冬は太陽を、夏は日陰を追い求める。毎年、秋と春には終日快適にクライミングできる「適温日」が2週間ほどあるが、そんな話は眉唾に感じられるだろう。パラダイスみたいな雪をかぶった山々が一見近くに見えてはいるが、多くの点で、ここは高地砂漠の暗黒世界。アメリカ的なものを求める大衆のイマジネーションを虜にした魅力的な蜃気楼だ。ローンパインには、このエリアで撮影されたハリウッド西部劇数十本を収めた専用の映像博物館まである。

アラバマヒルズの上空3,000メートルにそびえるのがハイシエラだ。その山域にはカリフォルニアのフォーティーナーズ(標高4,000メートル以上の山々)のほぼ全山が鎮座し、世界中のアルパインクライマーが訪れる花崗岩のメッカだ。これらの山が人々をローンパインに呼びよせ、その中に当時20代前半だったマイルズ・モーザー(33歳)がいた。地元のギアショップとホイットニーポータルのバーガーショップの仕事を掛け持ちながら、モーザーは自宅とキャンプ場を行き来し、ローンパイン周辺のしかるべき場所をすべて登り尽くした。登るものがなくなると、自分で作った。彼とその妻で現地ガイドのエイミー・ネスは、ハイシエラに数百のピッチを開拓した。その中にはホイットニー氷河から突き出たデイニードルやキーラーニードルの尖峰、そしてホイットニー本峰があった。そしてヒルズでは、ストラスマン、コリンズ、スタンディング、エースが築いた土台を生かし、めったに人の訪れることのないこの地を、年間を通じて乾いた岩を求める東シエラのクライマーの本格的なトレーニング場へと急速に変化させました。

西部諸州を中心とした国内の風潮を反映し、アウトドアレジャー発祥のエコツーリズムの波が、ここ数年の経済的刺激によって、ローンパインに到来した。何よりここは米国本土48州の最高峰、ホイットニー山のお膝元である。ローンパイン商工会議所とアラバマヒルズ管理会は、この村を支援する手段として、レクリエーションを大いに宣伝し続けた。ただ、登山者やスルーハイカーは、既にしばらく前から、ローンパインのアウトドア経済成長の一翼を担っていたのだが、ロッククライミングに関しては、その劇的急増が比較的最近であり、それは時として軋轢を生む発展だった。

2019年3月、アラバマヒルズ管理会(AHSG:ヒルズの直接管理を推進しようとする地域リーダーによる地元の非営利団体)の要請を受け、内務省はアラバマヒルズを国定景勝地と命名し、国家環境政策法に沿ってスコーピング(方法書策定の手続き)を開始した。AHSG代表で、ローンパインのパイユート-ショショーニ族の一員として数世代にわたりこの土地に暮らしているキャシー・バンクロフトは次のように言う。この施策の目的は「景観保護だけでなく、我々がこの土地を使用する権利を保護することです。公園や記念碑には既に一連の規則が適用されており、(国定景勝地の円滑な適用は)『この高地には自分たちの営みがあり、その権利を守りたいが、同時にこの山を愛している』と唱える地元の人々の草の根運動によるものです。」

この指定を受ける前、この土地はまだBLM(土地管理局)によって管理されていた。しかし、自由なキャンプ、保守サービスなし、オープンなクライミング、熱心なボルト設置など、レクリエーションに対する概して「どうぞお好きに」の姿勢によって(時として悪名)名高いこのエリアでは、「管理」は曖昧な言葉だった。

一部の地元民は、正式な指定によって従来のオーバーユースの深刻な問題が悪化するだけだと懸念している。し尿が増え、車や人の往来によって繊細な砂漠の植生が踏みにじられ、新しい(一般的には危険な、わたしから言わせれば粗末で退屈な)クライミングルートのボルト設置が横行し、さらに今は都会脱出者の群れが十分な医療サービスのない地域にコロナを持ち込む恐れもある。群衆の大移動と過剰なルート開拓にヒルズが蹂躙される脅威の中で、地域社会はジレンマに直面している。自然体験や自由を守るか、それともその源泉であるこの土地を守るために入場やインフラを制限するか。

ヒルズでクライミングが爆発的に増加した一因として、ロサンゼルスやラスベガスのような大都市近郊でクライミング人気が急増したことが背景にある。ジムの普及は多くの未熟なスポーツクライマーが、ジムのような環境であるヒルズに集まってきているのです。車でのアクセスの良さ、堅い岩場にトップロープを容易に連結することができ、あらゆるグレードのバラエティに富んだ短いシングルピッチのスポーツルートがそろっている。

今年は、クライミングの増加がコロナのパンデミックによってさらに激化しており、米国全土で都市部からの大脱出に拍車がかかっている。テレワークの柔軟性、大都市圏にいる恐怖、ソーシャルディスタンスを確保できる野外レジャーの正当性が相まって、観光地であるホワイトフィッシュ、カナブ、ランダーなどの過剰利用が拡大している。ヒルズはと言うと、空前の大混雑だ。

2つの国際空港から車で約4時間のローンパインは、シエラネバダや東カリフォルニアの国有地を散策する人々が頻繁に立ち寄る場所だ。近くにあるセコイア、ヨセミテ、キングスキャニオン、デスバレーなどの国立公園と周辺の国有林では、入場許可制や指定キャンプ地といった規制があるが、ヒルズにはそうした制限がなく、RV車の家族連れから汚れたザックの旅人まであらゆる人を呼び寄せる。3か月の長旅の途中で2週間滞在する者もいれば、ビショップでのクライミングやマンモスレイクでのスキーのための前夜泊だけという者もいる。数百か所もの従来のキャンプ場が散在しているにもかかわらず、アラバマヒルズでは、今や週末の夜にスペースを見つけることが、年間を通じてほぼ不可能だろう。州が旅行・集会を制限しているというのに、2020年の感謝祭の週末、ヒルズがこれまで見たことがないほど混雑していることに多くの地元民は気付いた。

これまでは、無秩序なキャンプや生態系の破壊に対して、修復プロジェクトをもって対処した。その1つが大型RV車を対象とするAHSGのキャンペーン「Don’t crush the brush」(やぶを傷つけないで)だ。こうした車両はヒルズの狭く未整備な道を走行することが難しい。しかし現在の影響の大きさを考えると、ヒルズに積極的なアプローチが必要なことは明白であり、それはこの場所の最も頻繁に利用する市民が、自分たちのために、自ら率先して実施する必要がある。

「正直言って、一番影響を与えているのは誰?」太陽がハイシエラの向こうに沈み、ヒルズに影を投げかけるのをポーチで眺めていたネスがたずねる。「アラバマヒルズにはRVのための十分なスペースがあるし、彼らは未開地をRVでラリーするわけじゃない。RVが立ち入っている広大な荒れた区画は以前からあったものよ。彼らは自分でトイレを処理しているし、水も自分で持ってくるわ。それにたいていはキャンプファイヤーをやらないから、新しいキャンプファイヤーの痕跡は彼らのものじゃない。じゃあ、誰が責められるべきなの?わたしたちよ。車外で寝ることを好み、キャンプファイヤーをして、外で用を足しているのは、みんなわたしたちよ。責められるべきはわたしたちであってRVじゃない。じゃあRVにヒルズでキャンプをしてほしいかって?いいえ。もう誰もヒルズでキャンプすべきではないと思う。神秘は消えたわ。もう手遅れよ。」

町に家を買う前の7年間、タトルクリーク・キャンプ場でネスと暮らしたモーザーは同意した。「(ヒルズの)無法なキャンプは、町にとって金になるな。」モーザーはぶっきらぼうに言った。「タトルクリークはそんなに大きくはない。ホイットニーポータルのローンパイン・キャンプ場も、そんなに大きくはない。人々は仕方なく町へ行くようになる。そして(ソーシャルメディア)以前の、アラバマヒルズでキャンプができることを人々が知らなかった頃のようになるだろう。」

個人や企業がクライマーの急増に適応しているのだから、文化もそうでなければならない。クライミングの正式な監督機関が存在しないため、しばしば地元のショップが、クライミング界の倫理・慣行の教育の第一線に立つことになる。ジョン・ターナーとキャッスル・ルンド・ターナーは、ハイウェイ395号とホイットニーポータル道路の交差点に立つクライミングとバックパッキングのギアショップ、Elevation Sierra Adventure Essentialsのオーナー経営者だ。14年間この店を営みながら、レクリエーションの激増を、中でもクライミングがローンパインにおけるレクリエーションとツーリズムの主流に躍進するのを最前線で見てきた。

ある夜、ジョンは僕に言った。「キャッスルが言ったよ。今ではストラスマンの本(2002年初版発行のアラバマヒルズ専門の初めてのガイドブック)が品切れだと。すべてが変わろうとしているとね。うちの商売を見てくれ。以前ならこの数か月は厳しかったもんだが(今は)春と秋でやっていけるよ。ほとんどクライミングの集まりのおかげさ。」

アラバマヒルズのルート開拓の初期、Elevationは地元のルート開拓者に広くプロモーションを展開し、3/8のステンレス製ボルト、ハンガー、ムッシィフックなど、高品質の備品の使用を奨励し、安全で持続可能で長期的なクライミングの育成に努めた(旧式の標準的なスチール製ギアをステンレス製に交換すれば、30年以上長持ちするだろう)。最近、この店はこの一帯の視覚的なインパクトを抑えるためにデザインされたアースカラーのステンレス製ハンガーを扱っている。従業員(全員地元のクライマー)は現在、ビジターに対し、自分独自のラインにボルトを設置しようとする前に、まずヒルズの既存ルートの探求に大いに時間をかけることを奨励している。またヒルズでは散らばってキャンプせず、既設キャンプ場を使用するように推奨している。

夫婦で経営するこの小さな店は、この15年間、超大手オンライン小売店の攻勢に負けず生き残ってきた。それは主として、パシフィッククレスト・トレイルやジョンミューア・トレイルのスルーハイカーやホイットニー山の登山者への季節的な売上のおかげである。パンデミックのせいでスルーハイカーの数が大いに制限され、ホイットニー山への入山が閉鎖された時、ショップはひどい苦境に立たされた。続いて、悲惨な森林火災の季節とそれに続くインヨー国有林の閉鎖があり、2020年のショップの主要な収入源が絶たれることは確実になった。経済的には、ヒルズ(パンデミック中に一時閉鎖され、その後再び大群衆に解放された)が緩和剤になり、このクライミングショップや町の数軒のレストランは生き延びている。(コロナによる新たな規制によりヒルズが再び閉鎖されるかはまだ分からない。)今年のビジター急増は歓迎だが、「通常」の(パンデミックではない)年であれば、地元の経営者の多くは、事業がわずかに成長したところで、ヒルズが払う代償に比べたら割が合わないと認めるだろう。

当然だが、西部のノスタルジックなイメージを守ろうと奮闘する地域社会において、ヒルズの開発に反対する住民やビジネスオーナーの一般的主張は歴史に関するものだ。「ここはずっと、BLMからさえ『準原生地域』と分類されてきました」とバンクロフトは言う。「それは当初から計画に織り込み済みです。標識を制限し、インフラ、公衆トイレ、ビルは建てません。準原生地域でいなければなりませんから。」

官僚主義的な監視を最小限にしたい要求にもかかわらず、ヒルズの管理が提案されたのは、実は1960年代の昔にさかのぼる。11月のAHSG会議に出席したBLMの専門家から、ある歴史的文書の皮肉的な文言を聞いた。「ロサンゼルスの人々は、かつて我々の水に対してそうであったくらい土地を渇望している。」こうした予見は、そして都会の群衆への根深い不信も、20世紀初頭のオーエンズバレー水戦争に端を発しており、水は今もなお問題のようだが、バンクロフトは、当初の計画では今日ヒルズで起きているツーリズムの急増を考慮に入れなかったことを認めている。

バンクロフトは次のように説明する。「(AHSGの)ビジョン表明では、この場所の静けさや自然のすばらしさが語られています。けれどそれは今もあるでしょうか。この表明は孤独を称えていますが、今はどこにでも人がいて、ここに孤独はありません。これを作成したのはほんの10年前だというのに、わたしたちはどうすればいいのです?」この切実さは何もここに限ったことではない。南西部全域の観光地化した田舎の砂漠都市に共通する感情だ。ただし、公園やインフラのために当事者数人の運命が既に決定的となったケースについては、現在ローンパインのコミュニティは、公有地の管理の仕方に個人的に関わる機会を設けている。

BLM中部カリフォルニア地方担当スポークスマン、セレーナ・ベーカーによると、初期のスコーピング期間に、影響の増加に対する数十件の対策が提案されている。例えば(これだけではないが)グループ人数の制限、デイユース施設、速度制限、標識の増設、指定キャンプ地、指定クライミングエリアなどである。

スコーピングは(地元の利用者だけではない)公開討論会のため、アクセスファンドの関心をとらえた。アクセスファンドとは、全米でクライミングエリアの環境保護と継続利用に尽力する、全国的なクライミング支援グループである。アクセスファンドはBLMに宛てた最初の書簡の中で、クライミング界への支持を明確にし、持続可能なレクリエーションの経済的メリット、人力によるレクリエーションであるクライミングの環境的メリット、何よりもヒルズやその他のBLM管理公有地ではクライミング(およびボルト設置)の歴史的前例があることを概説した。

アクセスファンドは、カリフォルニアアウトドア同盟の協力を得て作成した書簡に次のように記している。「アラバマヒルズでは、一般的に岩が着脱式ギアに不向きであるため、固定アンカーが設置されたクライミングルートを保全する必要があります。このエリアでの固定アンカーの使用は、少なくとも70年代から行われており、新たなルート開拓は今日まで、まれにしか行われていません。」

昔の荒れたアラバマヒルズを登攀したことがある人なら、最初の記述に同意するだろう。それにアラバマヒルズの盛んなボルト設置の歴史的前例は、ストラスマン、コリンズ、スタンディング、エースがこのエリアを今日の岩登りの聖地に変革し始める以前からも、確かにあった。しかし「新たなルート開拓がまれ」というのは、今日のヒルズの急発展からするとかなり控えめな表現だ。

オーエンズバレーの先住民コミュニティのリーダーは、自分たちがクライミングの過剰な発展の実例と見なすものに対し、反対を表明している。バンクロフトは言う。「(アラバマヒルズ)は今も我々の昔ながらの故郷であり、我々が今も利用しているとても重要な場所です。」バンクロフトはローンパインのパイユート-ショショーニ族保護機関の部族歴史保護担当官でもある。「人々がやって来て、それを乱用し、軽視しているのを見るのは、本当につらい。それはもっと個人的で、我々にとってもっと不快なことです。ボルトの設置は多くの先住民の心を逆なでする行為の1つです。(クライマーは)裏側にボルトを打つから道からは見えない、ボルトや器具に色を塗っていると言いますが、ほとんどの先住民が行くと『それでも岩にはボルトがある』のです。なぜ(ボルトなしで)登れるところを登らないのです。ボルトが必要なところなら登らなければいい。」

しかし、バンクロフトは即座に、ローンパインのパイユート-ショショーニ族はアンチクライミングではない、ただ最近のテクニックや発展について懐疑的なだけだと指摘した。「先住民の中にも登る者はいます。わたしたちは子どもたちをここまで連れてきて登り方を教えているし、子どもたちもそれが好きです」とバンクロフトは説いた。(地元の子どもの多くが、ネスのガイドサービスの協力を得てクライミングに触れてきた。ネスによると、常にボルトの設置されたスポーツ用ルートが使用されるという。)「しかし方法がある。知ってのとおり、ルートはたくさんあります。それでも人々は新しいルートを作っている。なぜ?わたしたちはそれを止めさせたいのです。」

アクセスファンドはこの土地の文化的資源を認めたうえで、その利用を巡る潜在的な衝突は、クライミング界がヒルズの先住民をよく知るチャンスになると示している。しかし、クライミング界の中には、アクセスファンドの懐柔的な意見を不十分と感じる人もいる。

「クライミングと文化的資源が近接していることは、現地や遠隔地のクライマーに、アラバマヒルズの先住民をはじめとする人々の長く豊かな歴史、ならびに考古学的・文化的に配慮すべきエリア近隣でのクライミングのベストプラクティスを教育するすばらしい機会になるでしょう」とアクセスファンドは記している。新たな打開案として、同グループはより直接的で実行可能な言葉でBLMに次のように懇願している。「地元のクライミングコミュニティと協力し…岩の質、ルートの質、他のルートとの近接性、道路との近接性、自然・文化的に配慮すべき場所との近接性、当該エリアでのルート追加の必要性、ボルトのカモフラージュ、歴史的基準・倫理、その他に配慮したうえで、新たな固定アンカーの適切な設置に関する一連の基準とガイドラインを策定するようお願いします。

新たな管理計画を策定しようとする過程で、ローンパインの20人ほどのクライマーによる草の根運動が生まれ、サザン・インヨー・クライマーズ(SIC)が結成された。基本理念によるとこのグループは「ボランティアによる非営利組織であり、環境意識を推進する一方で、アラバマヒルズ国定景勝地におけるクライミングへのアクセスを保全することに注力する。」

SICがBLMに送った書簡では、アクセスファンドと同様の問題が取り上げられていたが、ヒルズを定期的に利用するこのグループの体験談も含まれていた。その中には、主要な問題である「し尿とゴミの影響」が、(各種アクティビティの中で)クライミングとキャンピングが併存するこのエリアで、不公正に「クライマーの怠慢」のせいにされることへの懸念があった。どの利用者グループも廃棄物管理のインフラが必要であることに異論はないとみえ、積極的な保護活動を支持する最近のクライマーの声の高まりは、これまでよそ者と思われることが多かったクライマーに対する地域社会の好感度を高めるのに役立っている。(パンデミック以降はオンラインだが)AHSG会議の十人余りの頻繁な出席者のうち、3分の1は地元のクライマーである。

「クライマーたちが責任ある行動を取り、新しいクライマーを教育しているのは、すばらしいことです。これまで非難されてきたから、自分たちが配慮しなければ、他の誰かにやれと言われることが分かっているし、それは嫌なのでしょう」とバンクロフトは言う。「BLMがあちこちに出向いて、何もかもを強制することはできない。この広大な国でそれは不可能です。だからほとんどのことが後手になるのです。」バンクロフトはゴミ、生息地の破壊、見境のないルート開拓についてそう言った。「けれど、クライマーはあそこに登る以上、その最前線にいるのです。」

その他にヒルズを頻繁に訪れる6つの集団をバンクロフトは、次々に述べた。例えばオフハイウェイ車(OHV)、野鳥観察、乗馬などだ。(ヒルズには「トイレ問題」があるという共通の認識以外で)何か共通点はあるかとたずねるとバンクロフトは笑って言った。「愛です。みな言うの『ここを愛している』と。ここを死ぬほど愛さないように、みんなをどうやって守りましょうか?」

ヒルズのクライミングに最適なある日、僕はトムを訪ねた。すがすがしい朝の空気、太陽に温められた岩。彼は木工房にいた。壁をアートが埋め尽くしている。有名な絵画、メトロポリタン美術館のポスター、ドイツの展覧会のチラシ、35ミリの数十年前の彼のポートレート、地図や図面。テーブルには製作中の作品がいくつか置かれているが、道具類はきちんと整理されている。

トムは工房を案内してくれた。旋盤は彼のお気に入りの1つだ。古い道具から新たな道具を生む道具。スクリュードライバー用に自作したハンドルのコレクションを見せてくれた。続いてはテーブルソーだ。これは彼の父親のもので、テーブルが動き、ブレードがじっとしている旧式のタイプだ。退行――今の標準からすれば、そう言うのだろう。自分の視点ではなく平面を変える。旧式のやり方。紛れもなく余計に手間がかかるのだが、ノスタルジアと伝統が便利さを上回ることもある。そう、エンジニアでさえも。僕はローンパインのことを考えた。

トムは廃材で作ったジグを掴むと、テーブルソーに取り付け、新たな板材を完璧な角度で添え、長菱形十二面体の飾り板を切り出した。ふたりとも笑った。彼は粗くカットした大理石模様の板を僕に手渡した。それから六角柱を見せた。ついにはクライミングザックの紐に付ける美しい手作りの木製の留め具まで引っぱり出した。材料を削り、誰もがそれと分かるものにするプロセス。これと同じ精密さを必要とする場所がある。粗削りでも誰かがその価値を認め、それを洗練し、その可能性を引き出さなければならない。

僕らは強い陽光と涼気の中を歩きだし、ヒルズをちらりと見た。ヒルズがかつてのように戻ればいいとトムは言う。それが無理なことはふたりとも分かっている。どんな熟練工も、木材が刃に当たった瞬間から、もう後戻りできないと言うだろう。どの利用者グループにとっても有益な管理計画を丁寧に作ることは、2回測れても切るのは1度きりのチャンスだ。重大な変更は取り返しのつかないことになりかねない。削りすぎないよう慎重にならなくては。

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