タイガー・リリー・バットレス初登頂
写真の説明文は全てデーン・ステッドマンによる。
その音が聞こえた時、3人とも驚きはしなかった。セラック(氷塔)に亀裂が入る音が夜の空気を引き裂くのに続いて、次第に大きくなるごう音。左側の北東壁にせり出した巨大なセラックで、また雪崩が起きたのだろう。初めて挑むカラコルムの岩壁で、オーガスト・フランゼン、コーディ・ウィンクラー、そして私は、取付きから1300mほど登った細い雪稜を削って張った緑色のテントの中で、3人用の寝袋に寄り添っていた。ヤシュクク・ヤズ氷河から2,000m上にそそり立つヤシュクク・サールI峰(標高6,667メートル)の峻厳な北壁。登山隊が初めてパキスタン最北端の人里離れたこの谷を訪れてから18年になるが、この山は今も未登だ。
この遠征は最初から不確かなことだらけだったが、昨年1年間をかけてGoogle Earthの画像や見つけ出せた数少ない写真をじっくり調べても、どうしても確信を持てないことがあった。それは頂上の前に立ちはだかる謎に包まれた約300mのヘッドウォールだ。大きな雪崩は驚きではなかった。既にルート上で1つ見ていたし、その前の数週間の高所順応でも多く見かけた。ただし、それはいつも中央の尖峰の左右どちらかのセラックで発生していた。自分たちのラインはセラックの雪崩からは安全であると分かっていたから、わざわざ見ようともしないところだった。
しかし、コーディがテントの扉を開けた時、私たちは震え上がった。ビバークサイトのすぐ左側で、銀の月明かりの中を雪崩がごう音を立てながら、ヘッドウォールの弱点と思しき中央のラインを落ちてくる。セラックにばかり気を取られ、ヘッドウォール自体に張り付いた巨大なキノコ状の雪だまりのことはあまり考えていなかった。その1つが今剝がれ、翌日登ろうと計画していたルートにものすごい勢いで落ちてくる。氷の塊や黒い粉々の片麻岩が混じった数千ポンドのぶ厚い雪に頭を直撃され、下の氷河に押し流されることを想像し、胃が痛くなった。自分たちの挑むこの勝負で1つ動きを間違えるとどうなるかを、突然まざまざと見せつけられた。
「さて…どう思う?」
暗闇に向かって問いかけた。沈黙。1年かけて夢を見て、数日間をかけてセラックを頂く複雑な岩壁を乗り越えた後で、気分は張り詰めていた。3人とも今回、これまでのどの山よりも成功を望んでいた。少なくとも私にとっては、クライミング人生始まって以来の夢の集大成だった。私のイマジネーションを掻き立てた地球上の名峰に囲まれ、ほとんど調査の及ぶことのない谷にそびえる未登のピークへ続く、美しく技巧的なルート。今回のような機会がまた近いうちにあるとは思えなかった。しかし、夜気の静けさは、この山の無関心を物語っていた。誤ったカードを切れば、たちまち私たちは消される。あの顕著な弱点には立ち入らないとしても、望みを捨てる心の準備はまだできていなかった。
沈黙は続いていた。私はスマホを取り出し、必死にヘッドウォールの写真を写真を調べ始めた。その中には、コーディがこのビバーク地に着いた時、日が傾く前にたまたまクローズアップで撮影した写真があった。テントの奥にかがみこんで、上下にスクロールしたり、ズームインとズームアウトを繰り返したりしても、不確かさは増すばかりだった。あの弱点となるラインは、登攀可能な唯一のラインに思えた。岩壁に張り付いた凄みのある十数個の「キノコ雪」の危険を避ける1つの明確な方法は、ヘッドウォールの右端と境界をなすように連なった黒くそびえる一枚岩をつないで登ることだ。ただそれはあまりにも困難に思えた。
しかしその時、私は上手くいきそうなあることに気付いた。「ヘッドウォールの左に回りこめそうだ」私は隅っこから声を掛けた。オーガストとコーディは、写真を目で追いながら、私が話し終えるのを聞いていた。「朝一でこのリッジから懸垂下降して、アイスガリーに挟まれたリッジを辿ればヘッドウォールまでいけそうだ」
「ああ」コーディが相槌を打った。「そこならキノコが剥がれても、僕らの左右どちらかに落ちるわけだ」
「その通り。ヘッドウォールは、真ん中のラインの左側に細い氷が繋がってそうだし、その上のロックバンドにも弱点がありそうだ。」私はスクリーンを彼らの方に向けて指さした。「これでヘッドウォールの左端に行けそうだし、キノコの危険はまったくない。うまくいけば、ビバークできる場所もあるよ」
興奮で声が上ずってしまうのを抑えきれず、私は続けた。「あのキノコの森までは、ほんのしばらく稜線をたどるだけでいいし、その後はヘッドウォールから離れるまでキノコの間を縫って戻ればいい」
「参ったな」少し憂鬱そうにオーガストが答えた。「だいぶワイルドな感じだけど、なんとかなりそうだな」
「それにキノコからは守ってくれそうだし、試す価値はあるよ」コーディが言った。
こうして私たちは決断した。登攀はまだ終わっていないと。山頂の向こうには最も容易な下山道があるのだから、高く登れば登るほど、ラインへの思い入れが強まるのは分かっていた。しかし、新しいラインは安全そうに思えたし、天候は持ちこたえていて、私たちは自分を信じていた。早口でまくし立てていても正気は失っていない。私は横になって目を閉じた。胃のむかつきは続いていたが、そのかたわらに希望の蕾を感じていた。
3日後の2024年9月23日夕刻、岩だらけの乾燥した氷河の上で、私たちは自分史上最も有意義な登攀を終え、ロープを束ねていた。そのルートを「タイガー・リリー・バットレス」と名付けた。