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世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレース「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」

金子 ケニー  /  2017年7月6日  /  サーフィン, スポーツ

2016年の11月、僕はオーシャンアウトリガーカヌークラブの仲間たちと、タヒチで行われる世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレースといわれる「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」に参戦した。古代の太平洋に生きた人びとにとっての、起源であり、桃源郷であり、理想郷と呼ばれる「ハワイキ」を目指し、3日間でフアヒネ島、ライアテア島、タハア島、ボラボラ島を渡り、135キロメートルを漕ぐレースだ。

僕は7年前、アウトリガーカヌー(以下Va’a)をはじめたときから、いつかはハワイキ・ヌイ・ヴァアに出たいと夢見ていた。世界中のレースで圧倒的な速さを誇るタヒチアンに魅力を感じていたのだ。タヒチに行って肌で感じないかぎり、彼らの速さの秘密を知ることはできない、と思っていた。 それからというもの、毎年ハワイのモロカイホエなど、多くの海外レースに出場することはできても、なかなかタヒチでのハワイキ・ヌイ・ヴァアに出場することはできなかった。 3日間で135キロメートルを漕ぎ切る意思をもった人が集うということは、そう簡単にできることではない。ましてや6人で漕ぐVa’aで過酷なこのレースに挑むとなると、クルー全員が何か月ものあいだ、朝練と週末練をする必要がある。そのためには家庭や仕事との調整をつけて取り組まなくてはいけない。
「覚悟」が必要なのだ。

そんななか、2016シーズンのはじめのクラブミーティングで、過去に何度も参戦してきたハワイのMolokai Hoe(モロカイからオアフへ渡るレース)ではなく、タヒチのハワイキ・ヌイ・ヴァアを目指したいというメンバーが10人もいた。これは驚きであった。そして彼らの強い意志のもと、「今年は必ずタヒチへ行く!4つの島を漕いで渡る!」ことを決定した。僕はそのリーダー、コーチの役を引き受けることとなった。

実際、このレースには12人でエントリーするのが通常である。オーシャンからのエントリー予定は10人。2人足りないわけで、その分、誰かがその2人分、多くの距離を漕ぐわけだ。もし1人でも欠けたら?そんな不安もなきにしもあらずだったが、「もしそんなことがあっても、6人でも漕ぐよ!」という皆の強い覚悟と意志のもと、前に進むことにした。 そうは言っても、本当にこのメンバーで漕ぎ渡れるかという不安はあった。今回のチームは幅広い年齢層(10代ー50代)や、国際レースを経験してないメンバーや漕ぎはじめて1年もたたないメンバーなどで構成されている。本来選抜チームで臨むような過酷なレースにもかかわらず、選抜チームでなく、手を挙げたメンバー全員で行くのだ。

そして5月からの6か月間、レースに向けて練習をつづけた。平日の朝は出勤前に5時から漕ぎ出し、週末は長いときは4~5時間海に出て漕いだ。メンバー全員が睡眠や、家族や友達との時間を、互いのために6か月間犠牲にした。これはそうはできるものではない。それをやり通したメンバー全員を誇りに思う。 この準備を積んだ6か月間のお陰で、チームにはまるで本当の家族になったような一体感と信頼感が生まれ、レース前タヒチに出発するときには当初あった不安はまったくなくなり、いよいよタヒチだ!4つの島を皆で漕ぎ渡るぞ!というワクワク感だけが漲ったいた。

今回はハワイキ・ヌイ・ヴァアへの日本から初参加だったため、タヒチのファアア国際空港に到着すると、アウトリガーカヌー協会のプレジデントのトゥトゥ、ハズバンドであるハワイキヌイのプレジデントのディトーとその家族が暖かく歓迎してくれた。 フアヒネ島行きの乗船まで時間があったので、海の目の前にある協会で休憩した。はじめて降り立ったタヒチ。はじめての光景。そこには大きな青い海が思いっきり広がり、その景色に溶け込むようにVa’a(アウトリガーカヌー)が海沿いにたくさん並んでいた。小さい子供たちがVa’aで遊んでいる。こうやって小さいころから島の皆がVa’aに触れ、Va’aの選手を目指すんだなとあらためて思った。

今回は50周年大会で、開会式にはフレンチ・ポリネシアの大統領やミス・タヒチもいて、僕たちを大歓迎してくれた。90以上のクルーがフアヒネ島に集まり、翌日の大会に向けて練習をしたり、準備を進めていた。彼らの漕いでいる姿を見ると、いつも見ていた動画より美しく、力強かった。そして何よりもVa’aと海とパドラーたちが調和している姿に僕たちは見惚れていた。 大会がはじまる前夜、僕たちのエスコートボートに乗ってくれるテパさんにはじめて会った。彼はハワイキ・ヌイに数十回出場し、以前2位になったことがあるレジェンドパドラーだ。彼が僕たちに教えてくれたのは、レースを最後まで漕ぎ切るためにいちばん大切なのは「Taho’e」皆でひとつになることだと。彼との出会いは僕たちにとってはとても大きなものだった。

レースの3日間はあっという間に過ぎた。毎朝スタート地点に97艇のカヌーが同じ帽子とジャージを着て並ぶ。スタート地点に僕たちが向かっていると、他のチームが「ジャポン!」「コンニチハ!」など温かい声を送ってくれた。レース中、カヌーの上でもエスコートボートの上でも、刺すような陽射しに当たった。ハワイなどで陽射しには慣れていたので、陽射し対策を甘くみていたわけだ。タヒチのこの陽射しはかなりキツかった。この暑さと漕ぐ距離のせいで、毎日ゴールするたび、僕たちはかなり疲れ果てていた。そしてそんなときは、「Taho’e!」「必ずゴールするんだ!」言い聞かせ、漕ぎつづけた。3日間、全島にゴールするたびに、現地の人からの有り難い声援に答えるよう、毎日漕ぎ切った。彼らは僕たちにまるで優勝したかのように「ジャポン!」と大声援を送ってくれた。

レース中、参加したパドラーは毎日地元の教会や学校に移動し、翌日に向けて休んだ。用意されているのはタヒチの伝統料理と敷き布団1枚。畳10畳ぐらいの空間で雑魚寝した。僕たちはこの慣れない環境のせいで疲れが取れず、疲労が日々蓄積してしまったのだが、タヒチのパドラ ーたちはこの暑さや距離にまったく動揺せず、翌日になると疲れるどころかパワーアップしているように見えた。彼らにとってパドリングはスポーツではなく、何千年も前から生きるための道であり、その文化を継承しているからこそ彼らは自然と調和し、世界一のパドリングを披露できるんだと感じた。クルーが互いに海の上でTaho’eになり、家族のような強い絆で結ばれた彼らは、海の上で何があっても互いのために漕ぎつづけることができる。彼らは人生のすべてをパドリングに捧げているのだ。つまり、Live,eat,sleep,paddlingだ。

3日目の昼過ぎ、僕たちはレース最終地点のボラボラ島にゴールした。ボラボラ島に近づく瞬間、これが先人たちが海を渡って目指した地だと思うと、喜びに満ちあふれた。1位でゴールしたEDT Va’aの数時間後にゴールしたにもかかわらず、地元の人たちは僕たちが優勝したかのように歓迎してくれた(翌日の新聞記事には、優勝チームよりも大きく「チーム・ジャポン」として掲載されていた)。

経済大国であり、先進国などと言われる日本人の僕たちだが、タヒチの人たちから学ぶことが多くある。それはパドリングだけではない。人びとの温かさであり、金銭に関係なく人のために行動すること。そして奉仕しても見返りを求めない精神。ハワイでも「アロハ」という言葉があるが、タヒチはいままで僕が行ったどの場所よりもこの精神が残っていると感じた。 はじめてのタヒチでの世界一美しい過酷なレースハワイキ・ヌイ・ヴァアは、レースや人びとを通し、僕らに多くの大切なこと、そして感動を与えてくれた。 僕たちにできるタヒチの人びとへの恩返しは、今年もまた出場すること。タヒチの皆が喜んでくれるよう、少しでも成績を上げることだと思っている。そのためにも、今年も僕らはTaho’eになり、少しでもタヒチアンに近づけるように、これからの6か月を皆とのパドリングに捧げようと思う。

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