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ミック・ファウラーさんと共に過ごした時間

花谷 泰広  /  2014年7月28日  /  クライミング, スポーツ

ミック・ファウラーさんを知らないアルパインクライマーはいないだろう。しかし世間的に有名人という訳ではないので、今回の初来日では、その名前をはじめて聞いた人が多いかもしれない。それは素晴らしい登攀の数々をひけらかすことはない、ミックさんの謙虚な姿勢も影響していると思う。彼の足跡は凄まじい。ほんの一部だけ紹介すると、スパンティーク(パキスタン、7027メートル)北西壁ゴールデンピラー初登攀(1987年)、セロ・キシュトワール(インド)北西壁初登攀(1993年)、四姑娘山(中国、6250メートル)北西壁初登攀(2002年)、近年ではシヴァ峰の舳(インド、6142メートル)北東稜初登攀(2012年)など。多くのクライマーを魅了し、刺激してやまない。僕もそんなクライマーのひとりである。一方で彼は税務官というフルタイムの仕事をもち、なおかつふたりの子供(22歳の娘さんと、もうすぐ20歳になる息子さん)の父親でもある。また、世界でいちばん歴史がある山岳会で、過去にはクリス・ボニントン氏やダグ・スコット氏といった伝説的な登山家が会長を務めたこともある、英国山岳会の前会長でもある。彼の登山は、いくつかの山岳団体からの助成金と彼をサポートするバーグハウス社からの金銭的支援、そしてそれ以外は自己負担で行っている。いわばアマチュアの登山家だ。

僕は昨年のピオレドールで、そんな憧れのミックさんと共にノミネートされ、はじめてお会いすることができた。やはり思っていた通りの人柄で、憧れはさらに揺るぎないものになった。気さくで偉ぶらず、何よりも山を心の底から愛している謙虚な気持ちが伝わってきた。フルタイムの仕事をもつ彼にとって、休みは非常に貴重な時間である。それらはすべて、彼の家庭と登山に費やされてきた。これまで何度も日本への招聘の話はあったらしいが、いずれも実現できなかったのはそれが原因だ。そんな彼も状況が変わり、今後は税務官としての仕事のボリュームを減らし、彼をサポートしているバーグハウス社の仕事にシフトしていきたいということだった。この話を聞いて、現実的に日本に来ていただけるのでは、と思うようになった。

今回の来日は、好日山荘の創立90周年の記念イベントで実現したが、こんなに早くミックさんの来日が叶うとは思ってなかった。来日を働きかけていただいた好日山荘とバーグハウス社の方々、そして現場でサポートしていただいた皆様に、感謝の気持ちでいっぱいだ。

僕がミックさんに日本に来てもらいたいと思った理由は、彼の話は必ず日本人の心に響くと思ったからだ。そしてそれをできるだけ多くの人に聞いてもらいたかった。家庭と仕事を両立しながらあれだけの登山をつづけているという事実。プロクライマーがそれだけのことをするのは、ある意味当然かもしれない。そしてもちろんそのストーリーは魅力的だけれど、どこか自分とは違う世界だなという感覚が残ってしまう。でもフルタイムの仕事と家庭をもがきながら(彼は講演では決してそのような言い方をしなかったけど、ふたりで話しているときにいろいろ苦労を聞かせてくれた)両立しているというのは、多くの日本人と同じであり、そういう人の話だからこそ日本人に響くと思った。

講演では、前半はミックさんにピオレドールを受賞したシヴァ峰の舳の初登攀の話をしてもらい、後半に僕がインタビュアーという形でミックさんにライフスタイルや登山に対する考え方のようなものを聞いた。そのなかからとくに印象に残った部分を抜粋したい。

*****

花谷:ミックさんには子供が2人いますが、子供が生まれたことによって山に登る姿勢はどう変わりましたか。日本では就職、結婚、出産が山男の三大北壁と言われていますが、イギリスではどうなのでしょう。

ミック:表現はともかくとして、イギリスでも同じように人生の節目は転換点になっている。山登りからはなれてしまう、あるいは以前ほど時間を費やせなくなることはよくある。私自身は子供が生まれたことで、登山に対する姿勢が大きく変わったことはないと思う。しかし以前と比べて、セラックの崩壊や落石など、外的要因の危険がともなうルートには行かないようになった。つまり、困難なことは求めるが、危険は求めないということだ。また、家族と過ごす時間を何よりも大事にしている。いまは連続した休暇が一年で30日間与えられるが、そのなかで遠征に行かない時間は、基本的には家族を優先するようにしている。

花谷:家族とは山以外のアクティビティも楽しんでいるようですが、どんなことをして過ごすことが多いのでしょう。子供にはクライマーになってほしいですか。

ミック:スキーはよくするけど、私が家族のなかでいちばん上手くないかもしれない(実際に昨年ミックさんの家族とスキーをしたとき、そういう印象だった)。シーカヤックをしたりダイビングをしたり、いろいろなアウトドア・アクティビティを楽しんでいる。もちろん山にも登るし、ロッククライミングもするけど、子供たちはあまりのめり込まないようだ。もし彼らが私と同じようにアルパインクライマーになりたいと言い出したら、私は諸手を上げて賛成はできない。なぜならその行為(の不確定性や危険性)をいちばんよくわかっているのは私自身だから。親としてはかなり心配だ。

花谷:遠征に行くと長く休まなければならないけれど、職場や家庭の理解は得られていますか。また、理解を得るコツみたいなものはありますか。

ミック:職場にはかなり早い時期から山に出掛けることを話している。例えば、来年の秋に遠征に行くことはすでに話している。当然のことながら普段からきっちりと仕事をこなし、上司や部下との信頼関係を構築することにも努力している。一方で職場は、私の登山を広報として積極的に利用している。例えば私がやっているようにチャレンジングなこともできる職場だということをアピールすることで、若い人たちが税務官という職業に関心をもってくれる一助になっている。家族にはつねにハッピーな父親として振る舞うようにしている。遠征は上手くいくこともあったり、そうでなかったりもする。しかし結果がどうであれ、つまらなかったとかむずかしい顔をせず、楽しかった!という姿を見せるようにしている。

花谷:いま現在58歳ということですが、体力的にも精神的にもまだまだ衰えていないように感じます。コンディションを保つ秘訣のようなものはありますか。

ミック:若いころ(子供が生まれた30代半ばまで)は毎週のように山に登り、長期遠征にも出かけていた。でも、子供が生まれてからは年に一度の遠征に集中するようになった。週に一度は何かしらトレーニングをすることにしているが、仕事や家庭の事情でできないことも多い。やはり家庭というものをできるだけ優先したい。その結果として、クランポンを使うような山には遠征のときにしか行けないこともある。長くつづけるということは、山に行き過ぎないということかもしれない。

花谷:フルタイムの仕事をやめて登山に専念しようと思ったことはないのですか。

ミック:過去に一度だけあった。登山のインストラクターにならないかという話だったが、結局は断った。それは山にいる時間が長くなると、家族と過ごせる時間が短くなってしまうからだ。それに私は、税務官という仕事が気に入っている。この仕事はとても精神的に厳しい仕事だが、それが登山に役立っていると感じている。仕事で精神的に、登山で肉体的に自分を鍛えるというライフスタイルが気に入っている。

花谷:ミックさんにとっていいクライミングとはどのようなものですか。

ミック:外的要因の危険(セラックの崩壊や落石など)が少なく、頂上にまっすぐ突き上げる傾斜のあるラインを登ること。それはつまり、遠くから見ても明らかにそれとわかる印象的なラインを登ること。またできれば下降はクライミングルートではなく、違うルートから下れたほうがいい。以前から職場での年間休暇が30日間というかぎられた時間しかないことと、自分の関心が6000メートルから6500メートルぐらいの山にある特徴的なラインを登ることにあるので、そんなクライミングが多いのかもしれない。でも今後は子供が成人して自分の時間にも余裕が出てくるので、より時間がかかる標高の高い山にも挑戦していきたいと思っている。

花谷:今日は若いクライマーや登山をはじめたばかりの人たちも聞きにきていると思います。何かメッセージはありますか。

ミック:若いクライマーには、焦らず着実に力をつけてからより大きな山に向かうようにアドバイスしたい。大きな山に登るには何日間もかかる。クライミング技術も生活(ビバーク)技術も、それまで培ってきたものをすべて発揮して登ることが多い。だからこそ基礎の力というものが重要になってくる。もうひとつには、経験が大きく左右する場面が多くなる。経験というものは山に登ることによって身に付くものであるから、やはりたくさん登るしかないと考える。

*****

話を聞いていると、ミックさんの話はつねに現在進行形であることが印象的だった。昔はこうだった、という話はほとんどなかった。むしろ、これからは時間ができるから、より好きなだけ山に登ることができると話されたときの、とても素敵な笑顔が忘れられない。そしてもうひとつ付け加えたいのは、ミックさんのクライミングパートナーに対する敬意である。家族や職場のみならず、人間関係を大切にする姿勢が、ミックさんの人柄そのものを表し、尊敬を集めている理由であると思う。しかもミックさんは先を見据えている。それはミックさんの情熱がまだまだ衰えていないということだけでなく、登山という文化が、どの世代にも幅広く浸透しているからではないだろうか。

いま僕は、この原稿をヨーロッパアルプスの中心でもあるシャモニから、ロープウェイで上がった標高3800メートルにあるエギーユ・ド・ミディのカフェで書いている。天候が悪い今日は、高所順応を兼ねてここまで来た。周りを見ると、コーヒー片手にトポや地図を見ながら今後の計画を考えているクライマーの姿もある。老若男女問わず、ここにはアルピニズムという文化が浸透している。日本でここまでの文化が育つにはまだまだ時間が必要かもしれないが、ミックさんのような登山家が日本から生まれたとき、日本のアルピニズムは少し前進するのかもしれない。

ミックさんとは講演会のあと、テレビの取材も兼ねて瀬戸内海の小豆島にある岩場でクライミングをした。あこがれのミックさんとロープを組み、ビレイをしてもらってクライミング。撮影のスケジュールもあり、たった2本しか登れなかったけど、僕にとっては忘れがたい思い出である。そしておそらく上から確保していた僕にしか見えなかったであろう、ミックさんが一瞬だけ見せたクライマーの鋭い眼差しを僕は見逃さなかった。幸せな時間だった。

花谷泰広はこの原稿を書き上げると、モンブランの歴史的ルートへと向かった。ヨーロッパのクラシックであるモンブランをはじめて登ったそのストーリーは、また後日クリーネストラインでご紹介します。

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